国際教育
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ニュージーランドにおける教育の果たす役割
アイデンティティ醸成の視点から
大庭 由子
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2018 年 24 巻 p. 18-32

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抄録

 教育は国の将来を担う人材を育成することが目的であり、その国の経済事情、政治的背景、国際関係が影響することは望ましくない。しかし、国の基本方針に則り運営していかなくてはならないのが現実である。
 ニュージーランドは英語とマオリ語の二か国語を公用語とする国である。戦後の移民の流入から多文化国家となったが、これは労働不足のため移民を奨励したためである。マオリ文化とイギリス文化の二文化主義が崩壊したため、多文化主義に移行せざるを得なくなったとする説があるが、現在も原則二文化主義は健在である。二文化主義を包含する多文化主義を教育にも反映している。
 アジアに目を向けた多文化主義に注目が集まるようになったのは、1972年のイギリスのEC加盟が主原因であり、決してマオリ文化との二文化主義が終焉を迎えたわけではない。このイギリスのEC加盟により経済的危機を迎えたニュージーランドは、1989年経済改革の一環として教育改革を実施したのである。
 ニュージーランドは先住民族マオリと1840年にワイタンギ条約を締結しており、この条約の存在がニュージーランド人のアイデンティティを長きにわたり支えてきたのである。このアイデンティティが経済的に困窮した教育において威力を発揮した。これを機会にマオリ語のみで教育ができるコハンガ・レオ(『言葉の巣』という意味の幼児教育施設が誕生し、マオリ語の公用語化が実現した。
 ニュージーランドの教育レベルは非常に高く、2000年のPISAランキングでは世界のトップファイブに位置付けられていた。しかし、移民規制が緩和され、21世紀前後のITバブル、1997年香港の中国返還などにより非英語母語者の流入が増加し、2003年にはPISAランキングが下落した。そこで教育省はこれまでのイギリスに倣ったテーマ教育からニュージーランド独自のカリキュラムを開発し、マオリ文化とイギリス文化を基盤とした多様性を重視する新教育カリキュラムが2006年からスタートした。
 しかしながら、2012年のPISAランキングは惨憺たるものであり、新カリキュラムは教員の混乱を来し、効果的ではないとする研究者すら出現した。しかし、教育省のPISA結果に対するコメントは、あくまでも「教育レベルは世界の平均値を上回っている」としており、決して流入したアジアからの移民子弟による教育レベルの低下には言及していない。教育現場の教員は移民子弟の英語力による学力低下を認めているが、二文化を包含する多文化教育に起因するとはしていない。さらに2015年のPISAランキングにおいてようやく学力向上がみられるようになったが、相変わらず教育省のコメントは「世界の平均値を上回るよい成績である」との認識を表明している。
 そこで、新カリキュラムを反映した各学校のカリキュラムを改めて検討した。新カリキュラム発足当初教育現場は混乱しているとされていた。しかし実際は、あくまでもマオリ文化とイギリス文化をベースにする多文化を尊重する教育方針であり、ワイタンギ条約に裏付けされたアイデンティティに「ぶれ」はない点に気付かされた次第である。

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