2021 年 35 巻 4 号 p. 223-229
免疫システムの個性や変調はアレルギー・炎症性疾患の発症や感染症など様々な局面で我々の健康に深く関与する.免疫は遺伝的背景だけでなく,食事栄養や腸内細菌といった多様な腸内環境因子によっても制御されることが分子レベルで解明されつつある.本稿では,最近我々が見出した必須脂肪酸代謝物の新たな免疫制御機構について紹介する.α-リノレン酸とリノール酸は植物性食用油に含まれる代表的な必須脂肪酸で,それぞれω3,ω6脂肪酸に分類される.マウス飼料の脂質原料としてα-リノレン酸含量の多い亜麻仁油を用いると,一般的に用いられる大豆油の場合に比べて食物アレルギーの発症が抑制されることがわかった.亜麻仁油餌で飼育したマウスの腸管をリピドミクス解析したところ,17,18-エポキシエイコサテトラエン酸(17,18-EpETE)が著増することが判明し,本代謝物が亜麻仁油の抗アレルギー作用を担う実効代謝物として働くことが明らかになった.さらに,17,18-EpETEはアレルギー性接触皮膚炎に対しても有効性を発揮することがマウスやサルを用いた実験で示され,その作用機序として,好中球に高発現するGPR40に作用することでRacの活性化を抑制し,仮足形成を阻害することで好中球の炎症部位への遊走を阻害することがわかった.さらに立体構造に着目した研究から17(S),18(R)-EpETEの機能性を見出し,微生物機能を活用した本代謝物の生産法を確立した.また,ω6脂肪酸代謝物のロイコトリエンB4の受容体であるBLT1が腸管IgA陽性B細胞や形質細胞に発現することを新たに見出した.BLT1を介したシグナルはMyD88の遺伝子発現を誘導することで腸内細菌からの自然免疫シグナルを増強し,形質細胞の細胞増殖を促進することで経口ワクチン抗原に対する抗原特異的IgA産生を促進する作用があることがわかり,経口ワクチンの成立に必須の分子機構であることが明らかになった.これにより,経口ワクチンの有効性を規定する因子として,受け手の栄養状態や腸内細菌の存在が重要であることが示唆された.これらの知見は今後,個々の食生活や代謝活性,腸内細菌叢に合わせて最適な免疫療法を提供するための個別化/層別化医療・栄養の創成につながると期待される.