抄録
大川小学校は、東日本大震災で多くの死者・行方不明者を出した学校である。震災当時にここで起きたことは証言によって再構成され、それを異なる語り手が異なるストーリーとして語ってきた。本論では、大川小学校を巡る災害に関する展示や語りを集合的記憶の表現として捉え、一つの出来事に対して複数の集合的記憶があること、それぞれの語りや集合的記憶が、特定の社会的な立場から形成されていること、そして、語りの中には、曖昧な部分や語られない部分、間違っていたり矛盾する情報などが含まれるため、多声的で対話的であることを示す。こうした集合的記憶を伴う震災遺構への訪問は、ダイナミックで対話的な学びの機会を提供する。