生活大学研究
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1924年 自由学園を訪れた中国視察団
外務省東方文化事業との関わりを中心に
清水 賢一郎
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2019 年 4 巻 1 号 p. 14-41

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抄録
本稿は自由学園と中国との交流の歴史の、開始当初の状況について、学園を訪れた中国からの視察団の来訪記録を通じて明らかにしようとするものである。中国からの来訪者との交流の積み重ねは、1938年の北京生活学校創設へと至る経緯として、また日中戦争を軸とする東アジアの国際情勢の中で自由学園がいかなる位置を占めたのかを理解するうえでも重要な意義をもつが、その実相は従来ほとんど知られていない。こうした状況を踏まえ、本稿では事実の掘り起こしを主眼に、学園の内部広報誌、外務省の未公刊文書、及び中国側の報告書や新聞雑誌等を対象に探査を進めた結果、1924年に中国各地から相継いで視察団の来校があったこと、その背景には外務省の東方(対支)文化事業が深く関係していることが明らかになった。中国からの視察団が学園の教育実践の何に注目したのか、逆に学園の生徒は視察団との交流を通じて中国への認識をどのように深め得たのかを、両者を媒介した第三者、日華学会や中華留日基督教青年会との関係性の中で多方向的に照射させ合うことによって、自由学園を舞台に繰り広げられた歴史の一端を解明するとともに、学園という〈場〉が日中文化交流史において果たした役割とその意味を、社会・文化的側面から政治・外交的側面まで含め多面的に理解するための重要なヒントが浮かび上がってきた。学園と中国との関わりの検討は、一学園や個々人の友好交流から視点を拡げ、国際政治や文化外交、さらに交流相手の国内事情までを含む、多層的な力学の中に置き直して再検討される必要がある。国内的/国際的に複雑多様な力線の輻輳する磁場の中で、学園は一つの自立的な位置づけを有しており、そのことこそが種々の難しさを抱える文化外交の中で、訪問先として学園が選好された所以と見なされる。
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© 2019 自由学園最高学部
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