2025 年 28 巻 p. 11-22
本稿は,タイ・プラス・ワン企業戦略において,多国籍企業が,協調・互恵関係に着目して最適な移転先を検討する際に,考慮すべき観点を明らかにすることを目的としている。タイ・プラス・ワン企業戦略において,昨今の企業間の価値連鎖は,互いにアームレングス(arm’s length)な状態で行われてきたにも関わらず,敵対的な関係ではなく,相互依存的かつ共同的な関係に置き換えられた。自社の競争優位を高めるにあたって,価値連鎖(バリュー・チェーン)という概念が必要であり,グローバル・バリュー・チェーンを社会的・制度的・組織的な文脈において,「関係性ネットワーク」と捉える事で,形成する複数のアクター間で価値が共有され,共有価値の実現が重要となる。メコン地域におけるリージョナル・バリュー・チェーンの展開は,ゼロ・サム型の競争関係や主従関係のみでなく,協調的な次元を追加し考察する必要がある(藤岡,2021)。本稿では,エンベデッドネス(embeddedness)を中心的な概念として援用し,グローバル・バリュー・チェーンを再検討した。エンベデッドネスは,「経済活動や経済システムが社会的な関係や環境に埋め込まれている」という考え方であり(入山,2019),タイ・プラス・ワン企業戦略の協調・互恵関係を考察する際に,既存研究に新たな視点をもたらすと考え中心的な概念として採用した。本稿では,体系的な先行研究レビューを行い,重要な要素を抽出し,多国籍企業が最適な移転先を検討する際に考慮すべき観点を帰納的に整理・分類した。本稿を通じて,タイ・プラス・ワン企業戦略に関する学術的・実務的貢献を図りつつ,理論化のプロセスに貢献したい。