日本全身咬合学会雑誌
Online ISSN : 2435-2853
Print ISSN : 1344-2007
原著
苦味の違いが咀嚼時の咬筋筋活動と脳内血流に及ぼす影響
志賀 博荒川 一郎中島 邦久横山 正起上杉 華子小見野 真梨恵佐野 眞子仁村 可奈
著者情報
ジャーナル フリー

2023 年 29 巻 1 号 p. 1-6

詳細
抄録

咀嚼は,脳幹のパターンジェネレータによってリズミカルなパターンが保持されるが,同時に末梢の感覚受容器からのフィードバック情報によっても調節される1〜3).したがって,食品の性状が異なると咀嚼時の脳へのフィードバック信号も異なることから,咀嚼運動が変化することが予想される.

食品の味の違いが脳内血流に及ぼす影響を調べた研究8)では,食品の味の違いにより,脳内血流の増加の程度が異なることが報告されている.しかしながら,味の違いによる影響を調べる場合,食品の成分を変化させると硬さも変化するため,味の違いをみているのか,成分の違いによる硬さの違いをみているのかわからなくなる.それに対し,苦みの違いについては,極微量のキニーネの添加で調べることができるため,味以外の性状を変化させずに調べることができる.苦味の違いが咀嚼運動に及ぼす影響を調べた研究9)では,苦味が増すと咀嚼運動経路の狭小化と咀嚼運動リズムの緩徐化などが生じることが報告されている.
そこで,本研究では苦味の違いが咀嚼時の咬筋筋活動と脳内血流に及ぼす影響を明らかにするため,苦みの異なる3 種類のグミゼリー(苦くない,やや苦い,苦い)咀嚼時の咬筋筋活動と脳内血流を分析した.その結果,3 種類のグミゼリー咀嚼時における咬筋筋活動の積分値は近似し,3 種類のグミゼリー咀嚼間に有意差は認められなかった(表1).脳内血流は,いずれのグミゼリーでも咀嚼中に有意に増加し,咀嚼終了後に減少し,咀嚼前の状態に回復する傾向を示した(図3).また,脳内血流の変化量は苦いグミゼリー咀嚼時が最も少なく,やや苦いグミゼリー咀嚼時,苦くないグミゼリー咀嚼時の順に多くなり,3 種類のグミゼリー間すべてにそれぞれ有意差が認められた(表2).
NIRS は,照射部と受光部を結ぶバナナ形の領域における脳内血流の計測が可能(図1)である.しかし,照射部と受光部の距離を大きくすると,深部まで脳内血流を測定できるが,受光部に到達する光が減弱するため,5 cm が限度である10)こと,照射部と受光部の距離を4 cm に設定した場合,大脳表面より0.9cm の深さまで脳内血流が測定できる11)ことが報告されている.本研究では,近赤外線の減弱を少なくするために照射部と受光部の距離を3 cm に設定した.大脳皮質の厚さは,1.5〜4.0 mm(平均約2.5 mm)と報告されている12),NIRS では照射部と受光部の距離が3 cm の場合,大脳皮質表面より約0.8cm の深さまで脳内血流を測定できることから,大脳皮質は測定可能な範囲内に十分収まっていると考えられる.
本研究では,側頭部の脳内血流を測定しているため,側頭筋筋活動の影響を受けると考えられる.したがって,3 種類のグミゼリー咀嚼時に異なる強さの筋活動が生じているかどうかを確認する必要がある.そこで,3 種類のグミゼリー咀嚼時の咬筋筋活動を測定した結果,3 種類のグミゼリー咀嚼時の咬筋筋活動には差異がないことがわかった.これは,筋活動の影響があったとしても被験食品間の結果に影響を及ぼしていないことを示すものと考えられる.また,本研究の結果は,苦みの程度の違いで味が異なっていても硬さと大きさがほぼ同一であるため,ほぼ同様の筋活動が発揮されたことに起因すると考えることができる.
味の情報は,大脳皮質咀嚼野にフィードバックされるが,その情報は情動の中枢である扁桃体に送られ,食行動に直接関与することが報告されている13, 14).また,甘味刺激と苦み刺激で側坐核に異なる反応を誘発することも報告されている15, 16).本研究では,脳内血流の変化量は,苦いグミゼリー咀嚼時が最も少なく,やや苦いグミゼリー咀嚼時,苦くないグミゼリー咀嚼時の順に多くなり,3 種類のグミゼリー咀嚼間にそれぞれ有意差が認められた.これらの結果は,咀嚼時に脳活動が増加するが,苦み刺激により低下することを示していると考えられる.また,苦み刺激(不快情報)が脳活動を変化させ,咀嚼運動の狭小化と緩徐化が起こる9)ことを裏付けていると考えられる.

これらのことから,咬筋筋活動は苦みの違いの影響を受けないこと,脳内血流は咀嚼によって増加するが苦味の違いにより影響を受けることが示唆された.

注:本文中の文献番号は,英論文中の文献番号と一致する.

※内容の詳細は英論文になります.

著者関連情報
© 2023 一般社団法人 日本全身咬合学会
次の記事
feedback
Top