抄録
本論稿では、大乗仏教のヴァルナ観を概観し、先行研究の提起した問題を再考する。
仏教はインド文化圏固有の身分制度であるヴァルナ制に批判的であったとされる。この姿勢は初期仏典に散見されるだけでなく、大乗仏教にも見出すことができる。
大乗仏教は中観派と唯識派に大別できるが、中観派のアーリヤデーヴァは厳しくバラモンを批判したと伝えられ、また瑜伽行派の文献『瑜伽師地論』では四ヴァルナの平等が標榜されている。
一方で、中観派のバーヴィヴェーカなどは、ヴァルナ制に肯定的であったとの報告もある。しかし、この主張の根拠となった一文を文献学的に精査すると、彼らが必ずしもヴァルナ制を容認しているとは言えないことがわかる。少なくとも現時点で大乗仏教がヴァルナ制を許容したとする根拠は見いだせない。