抄録
本論文は、インドおよびネパール在住のチベット難民のポピュラー音楽であるチベタン・ポップの音楽家たちの商業活動ネットワークに着目し、生業としての音楽家の実際の様相を描き出すことを目的とする。そして、表象やアイデンティティを取り扱ってきた旧来の研究が十分に論じてこなかった音楽家の実際の生活環境や彼らが形成するネットワークの様相を描きだすと同時に、チベット難民を取りまく現状の一端を提示することを目的とする。自らを取りまくメディア環境の変化等もあって、現在、1990年代後半から形成され、また独自の発展も伴う商業活動ネットワークに依拠した活動を音楽家たちは展開しており、彼らの生活はそのネットワークに支えられている。他方、彼らの音楽に金銭を払う主催者や聴衆、商人などの人びともまた、生計を稼ぐという音楽家の意図とは離れたところで音楽活動に独自の意味づけをおこない、それこそがチベタン・ポップを取りまく商業活動ネットワークの、そしてチベット難民や彼らを取りまく人びとの固有な状況の形成に寄与している。本論文は、音楽家の商業活動ネットワークを記述・分析することで、音楽家の生業としての側面およびその商業活動ネットワークの二重性、そしてそれが明示するチベット難民や彼らを取りまく人びとの現状を明示するものである。