近代西洋的な人間とシティズンの像に対して20世紀を通じて強まった批判は、1980年代以降には国際関係論の研究や実務者による政策論議にも浸透した。そして、国際関係論においては、国民国家のシティズンと見做されずシティズンシップを否定される人々を疎外しないようなシティズン概念の形成や、人間中心のコスモポリタン的倫理・価値の実現が提唱された。さらに、1990年代に形成された人間の安全保障概念には、国家に規定された安全保障概念を超越することが期待された。こうしたなかで、国民国家に規定されたシティズン概念の限界を克服し、国家主権を超越する人道的規範を形成し、人間中心のコスモポリタン的価値の実現に貢献しうるものとして、グローバル市民社会への注目が高まった。
本稿では、まず、人間の安全保障に含意されるシティズンと人間の像に関する先行研究を概観し、一定の整理を行う。次に、グローバル市民社会としての役割を期待され人間の安全保障を謳う実際のアクターの言動に顕れたシティズンと人間の像を、2000年代のウガンダにおける「平和と正義」論争の事例から考察する。そのうえで、本稿は、この事例においてグローバル市民社会を称した人々の言動に表出したシティズンと人間の像が、彼らと対峙したアチョリのアクターに必ずしも共有されなかった可能性を指摘する。それとともに、アチョリのアクターが概して「グローバル市民社会」から切り離されていたからこそ、政治の主体として自らの社会における善を見定め、その達成に向けた戦略を構想することが可能だったことを論じる。