2023 年 88 巻 1 号 p. 115-133
本稿の目的は、インドネシア西スマトラ州ペシシル・スラタン県の村落社会を対象として、食肉市場の拡大による家畜の商品化が進むなか、屠畜と供犠の実践の現状を明らかにすることである。2つの供犠における家畜の種類とその扱いの連続性と非連続性に注目することで、供犠をめぐる人びとの民俗知がいかにして生成しているのか検討する。
現代のインドネシアでは、順調な経済発展に伴って食肉の消費量が増大している。本稿で対象とする西スマトラ州のミナンカバウ村落では、換金作物ガンビールの価格高騰も伴って、肉製品の消費量が増大している。また、村落内外における肉の需要の高まりを受けて、近代的な畜産の様式も普及しつつある。本稿では、このような変化を受けて、人びとの生活において行われる供犠がいかなる様相を見せているのか検討する。なかでも供犠における「計り得るもの」から「計り得ぬもの」への転換という性質に着目することで、畜産業の変化を受けた民俗知の生成について考察する。