文化人類学
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88 巻, 1 号
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表紙等
原著論文
  • エチオピア正教会信徒の食の実践に着目して
    上村 知春
    2023 年 88 巻 1 号 p. 005-024
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/09/20
    ジャーナル 認証あり

    エチオピア正教会信徒の食に関する人類学的な研究では、断食や祝宴の分析を通して食と信仰生活が深く関連することが解明されており、そこでは断食と祝宴が対比的に記述されてきた。断食=禁欲と祝宴=解放に対応する食の差異はたしかに信徒の食生活の軸をなす一方で、人びとは断食と祝宴をつねに対立的にとらえているわけではない。また、信徒にとって信仰上重要な食の側面は断食と祝宴だけではない。この点を理解するために、本稿では「祝い」という分析概念を用いて、エチオピア正教会の信徒がいかにして信仰に根ざした食を実践するのかを、聖日に着目して明らかにする。飲食物を準備するにあたって、人びとはそれが何を目的とするものかを言明しないことが多いが、その活動には聖日を「祝う」意味あいが込められている場合がある。本稿では、外見上は明確な特徴のない聖日における人びとの実践を含めて対象とし、暦のなかに位置づける。断食と聖日の関連及び、聖日をめぐる食実践と日常生活の関係の検討を通じて明らかになったエチオピア正教徒の「祝い」のあり方は、日常を重視して信仰生活をとらえることの重要性を示唆していた。

  • スンバ島東部地域における財の人格化と非人格化をめぐる考察
    酒向 渓一郎
    2023 年 88 巻 1 号 p. 025-043
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/09/20
    ジャーナル 認証あり

    スンバ島の東スンバ県では数多くの馬が飼育されている。馬はかつて交易品として島外から導入されたが、現在では東スンバの慣習儀礼において交換・供犠されるなど儀礼において欠かすこのできない財の1つとして定着している。本稿では調査地の慣習儀礼における馬の扱いに注目し、そこに馬の財としての両義性を見出した。すなわち、馬は親族間での財の交換の文脈では主人にとって人格化された馬であっても非人格化された財として扱われる。また供犠の文脈では、故人にとって人格化された馬の供犠こそ望ましいとされる一方で、そうした馬がいなければ、非人格化された馬を供犠することも可能である。本稿ではこうした馬の扱いを、ストラザーンとスチュワートが示した「固定と流動のモデル」を援用しつつ検討し、人々が馬を、常に人格化された財として扱わないだけでなく、常に非人格化された財としても扱わない、つまり両義性をもつ財として交換や供犠に用いていることを明らかにした。以上を踏まえ、人や物が人格化され、また非人格化される過程に注目することが、複層的な社会の成り立ちを明らかにする視座であることを指摘した。

特集 動物をほふる民俗知の実践——屠畜をめぐる比較民族誌
  • 澤井 充生
    2023 年 88 巻 1 号 p. 044-055
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/09/20
    ジャーナル 認証あり

    This special issue, "Practice of Folk Knowledge to Slaughter Animals: Comparative Ethnographies of Slaughter," focuses on how folk knowledge of slaughtering animals constructs the life world while reexamining the traditional customs of slaughtering animals in terms of the practice of "folk knowledge," demonstrating adaptability, resilience, and creativity. Additionally, this issue describes case studies of ethnic and religious minorities in China, Nepal, and Indonesia—minorities who are relegated to the periphery of nation-states where the traditional customs of slaughtering animals are placed under control in their daily lives. Minorities frequently find themselves unable to avoid adapting to the majority societies. Therefore, this special issue examines how traditional practices of slaughtering animals have been sustained and transformed by political and social changes in the modern and contemporary era, focusing on the "folk knowledge" that people have created and maintained in their daily lives.

  • ネパールの肉売りカースト「カドギ」による屠畜の再構築
    中川 加奈子
    2023 年 88 巻 1 号 p. 056-075
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/09/20
    ジャーナル 認証あり

    本稿では、「動物の首を切らねばならない理由」を正当化し続けることの意味を考察する。

    近年、ネパールでは衛生観念や動物福祉言説が浸透しつつある。また、政府が工場屠畜への移行を主導し、食肉産業の近代化が推進されている。従来カーストに基づく役割として屠畜・食肉加工や血の供儀を担ってきたカドギたちは、これらの社会の要請に適応し、政府と連携して食肉加工販売会社を設立するなど、カースト役割を彼らの職業として確立しつつある。

    他方で、同時に彼らは、カーストに根差した儀礼的実践にも熱心である。彼らは動物の首を切ることを、カースト役割や起源譚をもとに、「女神の守護人としての奉仕」等として正当化する。カドギをその1つのカーストとするネワール社会では、仏教とヒンドゥー教が混在した独特の信仰世界が形成されている。ネワールの人びとは、殺すことや傷つけることへの欲望の不在を意味する「アヒンサ (ahiṃsā)」を、美徳として尊重している。

    屠畜と近代化の関係を捉えた従来の研究では、屠畜が忌避すべきものとして他者化および不可視化され、それにより、屠畜に従事する人びとが周縁化あるいは排除されてしまうことが指摘されてきた。これに対し、本稿で浮き彫りになるのは、屠畜の理由を正当化し続けることで対話可能な内なる存在に留まり、関係するアクターを巻き込む形で屠畜の民俗知を再構築する実践である。

  • 〈正しいイスラーム〉を追求するための民俗知の実践
    澤井 充生
    2023 年 88 巻 1 号 p. 076-094
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/09/20
    ジャーナル 認証あり

    2012年に発足した習近平体制下中国では、ムスリム少数民族の宗教活動や民族文化に対する統制が強化されており、ムスリム少数民族は自分たちの生活世界においてさえも自律性を発揮しづらくなりつつある。本稿では、2014年に実施された犠牲祭の供犠を取り上げ、イスラーム改革主義者が供犠のありかたをとおして〈正しいイスラーム〉を追求する現象の意味について検討する。中国では清朝末期から中華民国期にかけてイスラーム改革主義運動が提唱され、中華人民共和国成立以降もイスラーム改革主義者は日々の礼拝から人生儀礼や年中行事にいたるまで自分たちが理想とする〈正しいイスラーム〉を追求する。犠牲祭の場合、イスラーム改革主義者は預言者ムハンマドのスンナ (慣行) を模倣し、自力供犠を選択・実施し、神からの報奨を数多く獲得しようと試みる。2010年代半ば頃以降、中国共産党・政府は供犠の実施場所に対する制限を徐々に強化したが、それにもかかわらず、イスラーム改革主義者は自分たちの生活圏のなかで自力供犠を敢行しようとしていた。本稿では、宗教統制が強化される社会主義国家においてイスラーム改革主義者が自力供犠の実践をとおして〈正しいイスラーム〉を追求することの意味を〈民俗知〉の実践と関連づけて考察する。

  • 家内的屠畜実践をめぐって
    別所 裕介
    2023 年 88 巻 1 号 p. 095-114
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/09/20
    ジャーナル 認証あり

    本論は、中国青海省の草原地帯でヤクを主体とする放牧生活を送るチベット牧畜民が自家消費のために行う屠畜を取り上げ、彼らの日常生活と結びついた畜産物利用をめぐる生業民俗的知識(生業民俗知)の全体性が、近代的な宗教運動によって改編を迫られている状況を、家畜管理をめぐる「生かし」と「殺し」という、表裏一体になった活動の間で見定めようとするものである。従来、チベット高原の大半の地域では、1)血液の食利用、2)滋味の追求、3)家畜の苦痛軽減、などの見地から、「窒息殺(mchu sdom)」という独特の屠畜手法が選好されてきた。本論ではその実践の背景を民族誌的目線で描写する一方で、動物福祉的な目線から窒息殺の暴力性を問題視する改革派のラマ(高位の指導僧)たちの言動を取り上げ、中国的近代化の中で教義解釈を刷新した新たな仏教運動によって、牧畜民の家畜管理や食体系が改編されていく様相を活写する。こうした作業から最終的に浮かび上がるのは、政府の辺境開発によって激変する現代チベットの生業環境において、「動物の正しい扱い方」を指標とする近代的アイデンティティ・ポリティクスが、厳しい草原の生活条件を生き抜くために形成されてきた生業民俗知の全体像を内側から切り崩していく局面である。

  • インドネシア西スマトラ州における家畜の商品的価値と供犠
    西川 慧
    2023 年 88 巻 1 号 p. 115-133
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/09/20
    ジャーナル 認証あり

    本稿の目的は、インドネシア西スマトラ州ペシシル・スラタン県の村落社会を対象として、食肉市場の拡大による家畜の商品化が進むなか、屠畜と供犠の実践の現状を明らかにすることである。2つの供犠における家畜の種類とその扱いの連続性と非連続性に注目することで、供犠をめぐる人びとの民俗知がいかにして生成しているのか検討する。

    現代のインドネシアでは、順調な経済発展に伴って食肉の消費量が増大している。本稿で対象とする西スマトラ州のミナンカバウ村落では、換金作物ガンビールの価格高騰も伴って、肉製品の消費量が増大している。また、村落内外における肉の需要の高まりを受けて、近代的な畜産の様式も普及しつつある。本稿では、このような変化を受けて、人びとの生活において行われる供犠がいかなる様相を見せているのか検討する。なかでも供犠における「計り得るもの」から「計り得ぬもの」への転換という性質に着目することで、畜産業の変化を受けた民俗知の生成について考察する。

  • 屠畜の多様化と肉食行為の変化をめぐって
    包 双月
    2023 年 88 巻 1 号 p. 134-153
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/09/20
    ジャーナル 認証あり

    本稿では、現代中国内モンゴル自治区の東部地域において、遊牧から定住農耕へと移行したモンゴル人を対象とし、定住農耕化に伴って新たに導入されたブタ飼育によって、彼らの屠畜方法と肉食行為がいかに変化しているのか、あるいは持続しているのかを明らかにする。彼らは、18世紀中頃から始まった大量の漢人農耕民の入植、および中国共産党政権が成立以後に実施した農業推進政策により、定住農耕化した。その屠畜方法から見てみると、後から入ってきたブタについては、従来の家畜ヒツジやウシと全く異なる屠畜方法が採用されている。他方、ブタ肉の民俗分類およびその名称、調理方法においては、ヒツジやウシのものをそのまま流用している部分が多い。また、ブタ飼育の導入により、日常的に消費される肉も、かつてのヒツジやウシからブタへと変わったが、人びとのあいだでは肉への嗜好性は依然として高い。本稿では、このような事例分析を通じて、屠畜および肉食をめぐる民俗知の実践がいかに継承・改変・創造されているかを見極める。かつて、遊牧と肉食はモンゴル人のアイデンティティの根幹であった。しかし、遊牧をやめ、日々ブタ肉を食するようになった定住農耕モンゴル人は、ヒツジやウシを日常食から宴会やもてなしの場における儀礼食へと昇華させることで、自らのアイデンティティを支えるようになった。このような肉食行為は、マジョリティの漢人と自己区別する指標ともなっている。本稿では、このような肉の文化的利用から遊牧生活との連続性を考察する。

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