文化人類学
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特集 動物をほふる民俗知の実践——屠畜をめぐる比較民族誌
定住農耕モンゴル人の編み出す民俗知
屠畜の多様化と肉食行為の変化をめぐって
包 双月
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2023 年 88 巻 1 号 p. 134-153

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抄録

本稿では、現代中国内モンゴル自治区の東部地域において、遊牧から定住農耕へと移行したモンゴル人を対象とし、定住農耕化に伴って新たに導入されたブタ飼育によって、彼らの屠畜方法と肉食行為がいかに変化しているのか、あるいは持続しているのかを明らかにする。彼らは、18世紀中頃から始まった大量の漢人農耕民の入植、および中国共産党政権が成立以後に実施した農業推進政策により、定住農耕化した。その屠畜方法から見てみると、後から入ってきたブタについては、従来の家畜ヒツジやウシと全く異なる屠畜方法が採用されている。他方、ブタ肉の民俗分類およびその名称、調理方法においては、ヒツジやウシのものをそのまま流用している部分が多い。また、ブタ飼育の導入により、日常的に消費される肉も、かつてのヒツジやウシからブタへと変わったが、人びとのあいだでは肉への嗜好性は依然として高い。本稿では、このような事例分析を通じて、屠畜および肉食をめぐる民俗知の実践がいかに継承・改変・創造されているかを見極める。かつて、遊牧と肉食はモンゴル人のアイデンティティの根幹であった。しかし、遊牧をやめ、日々ブタ肉を食するようになった定住農耕モンゴル人は、ヒツジやウシを日常食から宴会やもてなしの場における儀礼食へと昇華させることで、自らのアイデンティティを支えるようになった。このような肉食行為は、マジョリティの漢人と自己区別する指標ともなっている。本稿では、このような肉の文化的利用から遊牧生活との連続性を考察する。

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2023 日本文化人類学会
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