2023 年 88 巻 2 号 p. 287-307
本論では、自然物や人工物からなる構成要素とその配置構成から成り立つ物質的形態という意味での景観の生成や動態に注目する近年の景観人類学のアプローチを援用しつつ、特に人間と人間以外の存在の「固有の時間」の絡まり合いに着目しながら、日本の国有林を含む山地景観の生成とその動態を記述することを試みる。その事例として、高知県東部の中芸地域に位置する魚梁瀬山を取り上げる。江戸時代の土佐藩における代表的な林業地であった魚梁瀬山は、明治時代に入るとその山林の多くが国有林化され、明治時代末には木材陸運のための森林鉄道が導入されたことで、その景観が大きく変容した。この約200年にわたる魚梁瀬山の山地景観の動態を本論では、山岳などの地形、気象条件、主要河川を中心とする水文環境、そこに育ち資源として利用されてきた樹木、森林鉄道といった自然物や人工物と、国家やその関連組織、地域社会などの人間の統治・管理・開発をめぐる思惑と働きかけとの絡まり合いとして捉え、特にそれぞれの固有の時間の流れが接合したりズレたりするところに注目しながら記述する。そして、こうした作業を通じて、本論における人間と非人間の固有の時間の絡まり合いに着目するアプローチが、景観人類学の現代的課題に対して有する意義についても検討する。