抄録
冠動脈起始異常は稀であるが,大動脈弁手術に際しては手術時の冠動脈損傷や術後の心筋虚血など重篤な合併症が発生しうる.今回われわれは左冠動脈起始走行異常を伴った大動脈弁狭窄症(AS)の手術例を経験し良好な結果を得た.症例は84歳,男性.労作時呼吸困難を呈する重症ASと診断された.術前冠動脈造影検査および冠動脈CTにおいて,左冠動脈前下行枝は右冠動脈から分枝し,回旋枝は右冠動脈に隣接して独立起始し,大動脈基部を無冠尖側から背側へ回り込むように走行していた.手術においては,大動脈基部の回旋枝を可及的に剥離露出して走行を確認した後に,これを損傷しないよう注意しながら大動脈横切開を行った.冠動脈の入口部がひとつになっており通常より拡大していたため,確実な順行性の心筋保護液注入は困難であると判断した.また,冠静脈洞開口部からの冠灌流用カテーテルの挿入も困難であったため,心外膜側から冠静脈洞へ直接カニューレを挿入し逆行性に心筋保護液の注入を行った.Mosaic 19 mm弁(Medtronic, Minneapolis, USA)を使用してsupra-annular positionに大動脈弁置換術を施行し,術後経過は良好であった.冠動脈起始走行異常例に対する大動脈弁置換では,起こりうる合併症に留意した慎重な手術手技と経過観察が必要と考えられた.