2019 年 48 巻 2 号 p. 147-151
Stanford A型急性大動脈解離に対する全弓部置換術後に生じた稀な合併症である遅発性対麻痺を経験した.症例は52歳男性,突然の胸背部痛のため前医に救急搬送され,Stanford A型急性大動脈解離の診断で手術目的に当院に紹介搬送となった.術前の造影CTでentryは上行大動脈に認め,遠位弓部に大きなre-entryを認めた.偽腔は開存しており,右総腸骨動脈まで広範囲の解離を認め,腹部大動脈の真腔は狭小化し右下肢の血流不全を認めた.術前の意識状態は清明で血行動態は安定しており,両下肢の運動は確認されていた.同日に緊急手術を施行した.左大腿動脈送血,右房脱血で体外循環を確立し,膀胱温26°Cの中等度低体温循環停止(最低膀胱温21.9°C),選択的脳分離体外循環下にelephant trunk法による全弓部大動脈置換術を施行した.経過は良好で,術後6時間で人工呼吸器を離脱した.平均血圧は70 mmHg前後で安定しており,呼吸器離脱前後で四肢運動が可能なことが確かめられた.術翌朝まで下肢の運動に異常は認めなかったが,術後約17時間で対麻痺が生じた.平均血圧を90 mmHg以上に保ち,緊急に脊髄ドレナージを施行し,ステロイド大量療法とナロキソンの持続点滴を併用した.脊髄ドレナージ直後から右下肢の運動が確認でき,その後のリハビリテーションにより介助なく歩行可能となり,膀胱直腸障害もなく,術後20日で独歩自宅退院となった.弓部大動脈人工血管置換術後の遅発性対麻痺は比較的稀な合併症であるが,対麻痺発症の早期診断と早期治療介入が奏功し,その重要性が示唆された.