抄録
ジャコウアゲハの生活史は, 食草の質, 温度, 光周期, 飢餓, 込み合い等, 気候要因と生物的要因に依存する. 休眠誘導だけでなく休眠の期間も, 光周期やその他の休眠誘導に影響した様々な因子 (個体飼育, 餌植物の質, 温度, 飢餓など) に依存した. 変異は個体群間だけでなく, 同じ個体群の中の個体間にもみられ, そのゆえに個体群の中で生活史の分裂を起こさせた. 兵庫県神戸地域の個体群は, 生息域, 食草 (木本と草本の4種がある), 行動, 色彩, 休眠反応, 発育速度, サイズと温度耐性で3つの型に分けられた. これらのデータから, 開放的な生息域では単純な生活史が一般的であるが, 森林内に棲むものは多型的で, 休眠が生活史の様々な相でおこることが判った. この生活史の分裂は, 食草中の毒物質を体内に蓄積することによる捕食の回避で個体群密度が高くなり, 餌を食い尽くしてしまうという事態に対する危険分散のための適応だと考えられた. 安定的な森林内の生息圏では餌の回復を待つという時間的逃避が, 生息圏自体が不安定な開放的な場所では, 移動をして世代を重ねるr-戦略型がカタストロフィーを回避するのに有効であるのだろう.