抄録
社会的相互作用を行う二者間の対人認知過程において, 社会的立場, 視点の相違は個人の行動, 認知をどのように規定し, また, どのように相異なる対人認知を形成させるであろうか。本研究は, 社会的相互作用場面のモデルとしてPDゲームを用い, 「協力」, 「非協力」の異なる立場を設定し, 社会的立場と対人認知の関係を社会的相互作用の力動的視点から検討することを目的としている。
被験者は女子大学・大学院生32名で16ペア。実験に先立ち・被験者の1人は「協力者」に, 他の1人は「非協力者」にランダムに割り当てられ, 別々に, 協力的或いは非協力的方向づけを受ける。次に15試行のPDゲームを行い, ゲーム終了後, 質問紙において, (a) ゲーム結果に対する成功-失敗感, その原因性, (b) 相手および自己の行動・意図に関して答えた。結果の概要は次の通りであった。
1) ゲーム行動 ; 非協力者の協力反応数は, ゲームの進行にもかかわらず比較的安定している。一方協力者の協力反応数は, ゲームの進行にしたがい減少し, 非協力者の協力反応数に近づいた。
2) 成功-失敗感情 ; 協力者は強い失敗感を表明した。
3) 対人認知 ; 形容詞対評定尺度上, 協力者は自己と他者を引き離して認知した。一方, 非協力者は自己と他者を近づけて認知した。
以上の結果は次のように考察された。協力的立場の人間と非協力的立場の人間がPDゲームで相互作用を行う場合, 協力者の協力的意図は, 非協力者の非協力反応により阻止され, 協力者は非協力者に行動的に巻き込まれる。それ故, 協力者は強い失敗感を感じ, 自己と相手の異質性を意識することにより, 自己と他者を引き離して認知する。一方非協力者は, 協力者の側における行動的変化のため, 自己と他者を近づけて認知する。さらに, 因子分析の結果, 協力者, 非協力者の認知は, 各々独自の構造をもつことが明らかにされた。特に, 協力者の自己認知においては, 極めて複雑な構造の存在が示唆された。