高齢者の口腔状態の変化と老人医療制度の関係について、保健医療関係の統計資料の分析から検討を試みた。
日本の医療保険制度は診療報酬の出来高払い制と、患者の自己負担の定率制が採用されてきた。老人医療制度は、1970年代に老人福祉法によって70歳以上の一部負担金を公費で負担する制度が導入され、1983年に制定された老人保健法では70歳以上の自己負担額が定額制となった。また、1975年から1999年の間に人口10万対の歯科医師数は1.8倍、歯科診療所数は1.7倍に増加しており、老人医療制度導入以降の受診時の自己負担額と歯科医療の供給状況からみると、高齢者の歯科医療へのアクセスは改善しているといえる。
日本の65-69歳の1人平均の現在歯数は1975年から1999年の24年間で1.8倍に増加し、70歳以上の各年齢層においても同様な増加傾向を示していた。1975年と1999年における加齢による喪失歯数の変化を、喪失歯数と平均余命の関係から補正した年齢と比べると、平均余命の伸長の割合よりも喪失歯の減少した割合の方が大きかった。また、歯科疾患実態調査の調査時の年齢による擬似コホートでみた現在歯数の変化では、老人保健法の適用を受けた初めの世代である1914年から1919年に生まれたグループは、それ以前の生年グループに比べて加齢に伴う喪失歯数が少なく、生年が下がるにつれてこの傾向は顕著であった。
歯科医療の供給量の増加と老人医療制度による歯科医療費の個人負担の軽減による歯科医療へのアクセスビリティの向上は、平均余命の伸びに示されるような全般的な健康状態の改善による現在歯数の増加以上に、高齢者の口腔保健の維持に寄与していることが伺えた。