2006 年 18 巻 2 号 p. 105-120
混合診療問題をめぐっては、「市場の失敗」や「公平性」、「実態」に関する認識や前提の違いに端を発する議論の混乱があり、これを解消するためには、実証分析による共通認識の積み上げが重要であると考えられる。本稿はその一環として、鈴木・齋藤(2006)が行った混合診療に対する仮想市場法を使った分析を拡張し、特に公的医療保険を通じた所得再分配と患者の自己負担の軽減といった、医療アクセスの公平性の観点から、混合診療問題を実証的に再検討した。
分析の結果、公的医療保険の範囲内の医療で、余命1年という重篤な疾患が想定されるケースでは、①混合診療の解禁によって、公的医療保険を通じた所得再分配効果は改善され、むしろ低所得者を利する、②カクワニ指数で見た自己負担の逆進度は、制度変更前後であまり変わらない、③これは制度変更前後における医療費の平均支出比率の変化が、各所得階層において同程度であることに起因していると考えられる、また④このとき平均支出比率は、各所得階層で若干上昇するが、大きくは変化せず、低所得者におよぼす医療費の負担感への影響はそれほど大きくないと考えられる。さらに⑤カーネル推定による各階層内での自己負担額の変化や、平均支出比率の変化をみるかぎり、同じ階層でも患者行動が異なり、支払い能力という点だけからは、自由診療をするかしないかを判断できない、といったことが明らかになった。これらの結果は、資産でみた場合でもほぼ同様である。
以上より、あくまで余命1年という重篤な疾患が想定されるケースではあるが、従来、考えられていたこととは異なり、混合診療の解禁は医療アクセスの点で必ずしも支払い能力の低い者を不利にするものではなく、むしろ改善しうることが明らかになった。また自由診療をするかしないかは、支払い能力だけでは説明できず、その他の決定要因の存在も無視できないことが示唆された。