2010 年 22 巻 1 号 p. 79-90
近年、効率的な医療提供を実現する目的で、医療の機能分化が政策的に進められている。しかしながら、こうした医療の機能分化が社会に与える影響について、これまで経済学的な分析は十分になされてこなかった。本稿では、各医療機関が自身の医療資源をある医療分野に集中させるという特化行動を通じて医療の機能分化が形成される状況を想定し、単純化された経済理論モデルを用いて様々な機能分化のパターンを特定する。また、ロールズ型社会厚生関数を用いて医療の機能分化の社会厚生に与える影響を検討する。さらには、医療の機能分化が進められる状況下で社会的最適解を導くための医療提供体制について考察する。本稿で得られる主要な結論は、以下の2点である。
1. 各医療機関において特化戦略が採用されるとき、少なくとも地域の社会厚生を高めるためには、各医療機関が個別の医療分野に特化することが必要である。このような分業型特化均衡が実現されるには、各医療分野に対する診療報酬上での価格差が一定の範囲以内に収まることが条件となる。このことは、診療報酬制度におけるインセンティブ政策としての機能が低下することを示唆している。
2. 分業型特化均衡が、必ずしも地域での社会厚生を最大化させる社会的最適解を導くとは限らず、分業型特化均衡が社会的最善解を導くためには、各医療機関の保有労働量の格差がある一定の比率であることが必要である。各医療機関の保有労働量に相応の格差がある場合に、社会的最適解を実現するには、一方の医療機関が利潤最大化行動を、他方の医療機関が公益性を重視した行動原理を採用していることが条件となる。この結果は、公私協働による医療提供体制の効率性を示唆しており、採算性を重視する医療機関と公益性を重視する医療機関の双方の存在意義を見出すことが可能である。
以上の結果は、医療の機能分化を進めていく上で、インセンティブ政策としての診療報酬制度の運用についてより慎重に検討し、特に各地域で中核的に医療提供を行っている医療機関に対して公益性を確保させるような取り組みが、重要な課題となることを示唆している。