抄録
目的:職場のソーシャルサポートが充実していると労働者の精神的健康が良好になることは広く知られている。し
かしながら、先行研究は横断調査による検討が多く、観測不能な個人特性由来の交絡因子の存在が考えられる。本研
究では、個人特性を統制しても職場のソーシャルサポートの充実が精神的健康および疲労の回復状況と正の関連を示
すか、またそれらの係数の推定値の大きさが個人特性の統制の有無で異なるのかを検討することを目的とした。
対象と方法: 2021 年11 月に日本の就業者構成を模した10,000 名の調査会社のweb モニター就業者に対して横
断調査を行い、翌年に追跡的に調査を実施した。最終的に2,410 名の正社員労働者を解析の対象とした。2 期の縦断
調査データを用いた固定効果推定を行うことで、個人属性(時間を通じて変化しない個人属性、以下同)を統制した
うえで職場のソーシャルサポートと精神的健康指標(抑うつ傾向、主観的幸福感、ワークエンゲイジメント)および
疲労の回復状況との関連を検討した。
結果:分析の結果、個人属性を統制しても、職場のソーシャルサポートと抑うつ傾向、主観的幸福感、ワークエン
ゲイジメントおよび疲労の回復状況との間には、正の有意な関連が確認された。個人属性を統制した固定効果推定に
よる係数値と横断的な推定手法(横断調査データのみを用いた推定や、縦断調査データを横断調査データと同様に扱
う推定手法)による係数値の大きさを比較すると、固定効果推定の係数値の方が絶対値がより小さくなることが示さ
れた。また、男女別にみても概ね同様の正の関連と係数の絶対値の縮小が示された。
考察と結論:先行研究から示唆されていた職場のソーシャルサポートと精神的健康および疲労の回復状況の正の関
連は、2 期間の縦断調査を用いた固定効果推定からも確認された。しかし、固定効果推定の結果は、横断的な推定手
法による結果よりも係数の絶対値の大きさが小さく、横断的な推定手法の結果には個人特性由来のバイアス分を含ん
でいる可能性があるため、係数の推定値の大きさを割り引いて考える必要性が示唆された。