薬史学雑誌
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日本における硝石製造の歴史的起源に関する研究
野澤 直美村橋 毅高野 文英
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2024 年 59 巻 2 号 p. 140-151

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抄録
目的:日本に天然硝石鉱床が存在しないため,銃火薬の製造には安土桃山時代から江戸時代末まで,硝石の製造が必要であった.日本における硝石生産の方法は,一般的に「古土法」,「培養法」,「硝石丘法」が知られている.これらの方法のうち「古土法」と「培養法」は日本独自の硝石製造法であり,どのようにして開発されたのかについては不明な点が多い.本研究では,これらの方法がいかにして開発されたのかを明らかにする目的で,史学的検討と実験学的手法を用いて検討を行った. 方法:硝石製造の起源について,文献調査,現地調査,および床下土土壌の分析を通じて検討した.日本における硝石製造の起源を明らかにするために,数十年前に建てられた家屋の床下土について硝酸イオンを調べるとともに,「培養法」を再現して生成された土を分析し,硝石生産効率に関する検討も行った.さらに,鉄砲伝来の地として知られる鹿児島県の種子島において実地調査と口伝等の調査を行った. 結果・考察:床下土壌の分析と家主への聞き取り調査から,かつて家畜小屋や養蚕場として使用されていた家屋の床下土壌には硝酸塩の濃度が通常の家庭の床下土壌よりも高かったことが明らかになった.また,養蚕のフンが添加された土壌の方が通常の床下土壌よりも硝酸塩の濃度が高かった.火縄銃が日本に導入された歴史的な地域である種子島は,「南蛮貿易」の重要性から硝石の生産に適した環境であった.種子島は「牧」として知られる様々な牧草地があり,島周辺の土壌は硝石の原料となる硝酸イオンが豊富な土壌があることが示された.戦国時代,「古土法」の方法を含む硝石生産に関する情報は,西日本や南日本の各地の大名に伝えられた.この「古土法」には木灰を用いるが,中国の古文献には硝石製造に木灰を用いる記載はない.したがって,硝石の製造方法である「古土法」は西洋から派生したものと考えられた.「培養法」は「古土法」から派生したと推定でき,日本の建築構造と養蚕の実践がこの方法の発展に寄与した可能性が考えられた.
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