薬学教育
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原著
薬学部6年間の課程で使用される認知的学習方略の変遷と方略相互の因果関係の分析
井上 信宏, 大野 修司, 山内 理恵, 久保 元, 山﨑 正博
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電子付録

2026 年 10 巻 論文ID: e10003

詳細
抄録

本研究では,薬学生が使用する認知的学習方略の相互の因果関係と経時的な変遷を明らかにすることを目的として,一私立薬科大学におけるある学年集団を6年間に渡り追跡調査した.その結果,大学入学当初の深い処理方略の使用傾向が,最終学年での使用に大きく影響すること,また深い処理方略は,浅い処理である反復作業方略による抑制的な影響を受けることが示唆された.さらに,反復作業方略とまとめ作業方略の使用は,個人差を伴いながらも6年間で徐々に減少することが本研究の対象集団において明らかになった.これらの知見から,高度な専門的内容を学修する薬学部において,学生がより効果的に学べるように導くためには,大学入学の早期から深い処理方略の重要性を認識させ,浅い処理の方略に過度に依存させないような学修支援が有効であると考えられた.対象集団の特性を考慮する必要はあるものの,本研究結果が薬学部における長期的な学修支援の基盤構築の一助になることを期待している.

Abstract

A six-year longitudinal study of Japanese pharmacy students at a private pharmacy university aimed to identify student cognitive learning strategies and the academic support needed in pharmacy education. Data were analyzed using a cross-lagged panel model and a latent growth model. Students tended to use a deep processing strategy upon university admission, but over time, were negatively influenced by shallow processing, such as rote and repetitive task strategies. For example, in the cohort studied, the use of both rehearsal and note-summarization strategies gradually decreased over the six-year period, albeit with individual differences. These findings suggested that academic support, early awareness of deep-processing strategies, and prevention of overreliance on surface-processing strategies promoted effective student learning in pharmacy education. While the specific characteristics of the cohort must be considered, these results will lay a foundation for long-term learning support in pharmacy education.

 目的

将来社会の担い手となる質の高い薬剤師を養成することは,薬学部が担う重要な使命の一つである.薬学生が薬剤師になるためには,薬剤師が身に着けておくべき知識や問題解決能力が問われる薬剤師国家試験に合格することが要求される.薬学部の教育課程では単に知識を網羅的に詰め込むのではなく,理解力と応用力を併せ持つ学生の教育に力を注ぐべきであり,これらの能力獲得を裏付けるのが大学における卒業試験や薬剤師国家試験への合格と位置づけられる.そして薬学部教員は,学生が知識を効果的に習得し応用可能な形で理解するために,科学的根拠に基づいた適切な学習方略を指導することが求められる1).学生が学修において意図的に用いる認知的学習方略2) は,学業成績に影響を与える要因の一つとして,様々な教育研究の中で注目されている3).この認知的学習方略の具体例として,複数の領域の学修内容を互いに関連付けてその意味の理解を目指す「深い処理方略」,反復による暗記を主体とする「反復作業方略」,教科書や講義内容を整理しノートなどにまとめ上げる「まとめ作業方略」などがよく知られている.

大学生の認知的学習方略と学業成績との関連性については,薬学部4年生及び6年生を対象とした研究も含め,深い処理の方略は成績に対し正の影響を,また浅い処理の方略は何らの影響を示さないあるいは負の影響を示すことが,概ね共通した結論としていくつかの研究で示されているe.g.4–8).こうした中,我々がこれまでに薬学部生を対象として行った研究8) では,学年によって方略の使用傾向が異なり,方略の使用が経時的に変動する可能性が浮上してきた.これには,薬学部6年間の課程の中で,基礎科目から応用科目への発展や,薬学共用試験や卒業試験といった重要な試験の存在などをきっかけとして,学生が学修のやり方を変化させている可能性が考えられた.さらに,例え浅い処理の方略による学修であっても,時間をかければ学業成績は少なからず向上することを考慮すれば9),浅い処理の方略を使用した結果,即時的な成果が得られにくい深い処理の方略の使用が制限されることが推測される.こうした学習方略の変動を扱った研究は他にも複数知られており,例えば学習方略の使用傾向と学習観の関係性を数ヶ月といった比較的短期間の縦断分析で検討した研究や10),数年間の追跡調査によって学習方略の使用傾向を分散分析で比較した研究11,12) などが存在する.しかし,これらの先行研究は比較的短期間の調査や,単に一個人としての経時的推移を観測する研究が中心であり,薬学部に入学してから卒業に至るまでの長期間で,異なる学習方略が経時的にどのように影響し合うかという点については,検討が十分に行われているとは言い難い.認知的学習方略の使用が他の方略に及ぼす影響を明らかにすることは,学業成績の向上に寄与する適切な学習方略に関する指導への根拠となると考えられる.

このような背景の下,本研究では第1に薬学生が使用する認知的学習方略間の経時的な影響を,第2に学習方略の薬学教育課程における長期的な変遷を解明することを目的として6年間に渡る追跡調査を行い,そのうち薬学部6年間の教育課程で特に重要と考えられる,入学直後の1年次,薬学共用試験CBTのある4年次,及び国家試験のある6年次に注目した縦断データを取得して比較検討を行った.

 方法

1. アンケート調査

1) 調査手続き

調査対象は2019年度に入学した星薬科大学薬学部薬学科学生301名であり,カリキュラムの都合上,対象の学生全員が揃う機会が得られた,1年次は2019年6月の授業時間中,4年次及び6年次はそれぞれ2022年及び2024年4月の進級ガイダンス時に,googleフォームを使用したアンケート調査を行った.なお1年次の調査時期は,入学から約2ヶ月が経過しているが,薬学部における本格的な専門教育が行われる前であること,前期定期試験を目前とした集中的な自己学修の開始前であることから,1年次のデータは大学教育の影響を受ける前のベースラインとしての性質を有していると判断した.どの時点においても,調査にあたり予め本研究の趣旨等を文書及び口頭で説明した.2019年及び2022年の調査では同意書を提出した学生に対してのみ回答を依頼し,2024年の調査では回答をもって同意を得ることとした.

2) 調査内容

認知的方略を測定する項目は,先行研究で使用されている認知的方略尺度8,13,14) を用い,「全くあてはまらない」,「あてはまらない」,「どちらともいえない」,「あてはまる」,「よくあてはまる」の5件法で回答を求めた.この尺度には,学習内容を何かに繰り返し書いて覚える「反復作業方略」3項目,新しい学習内容を今まで習った知識と関連付けて覚える「深い処理方略」6項目,学習内容をノートにまとめることで覚える「まとめ作業方略」3項目が含まれた(表1).

表1

単純集計

No 質問項目/方略名 1年次
(n = 170, 56.5%)
4年次
(n = 103, 60.6%)
6年次
(n = 106, 62.4%)
平均値(標準偏差)
反復作業方略 3.70(0.87) 3.49(1.00) 3.42(1.10)
Q1 勉強するときは,何かに書きながら学習を進める. 4.00(0.83) 3.79(1.06) 3.76(1.22)
Q2 用語などを覚えるとき,何かに書きうつしながら勉強する. 3.65(1.04) 3.42(1.09) 3.36(1.24)
Q3 用語などを覚えるときは,繰り返し書いて覚える. 3.49(1.10) 3.22(1.23) 3.13(1.37)
深い処理方略 3.83(0.60) 3.70(0.61) 3.92(0.65)
Q4 前に習ったことを思い出しながら,勉強を進める. 4.07(0.69) 3.67(0.88) 3.91(0.87)
Q5 勉強するときは,同じ内容はまとめて覚える. 3.74(0.78) 3.72(0.77) 3.90(0.87)
Q6 勉強するときは,その内容を頭の中に思い浮かべながら学習を進める. 3.83(0.79) 3.71(0.88) 4.01(0.83)
Q7 用語などを覚えるとき,似たようなものをまとめて覚える. 3.85(0.79) 3.70(0.85) 3.89(0.94)
Q8 勉強するときは,内容を関連づけて覚える. 3.81(0.79) 3.77(0.84) 4.02(0.77)
Q9 勉強するときは,新しい内容と今まで習ってきたことを頭の中で結びつける. 3.76(0.77) 3.64(0.84) 3.82(0.85)
まとめ作業方略 3.15(0.90) 2.97(1.06) 2.97(1.10)
Q10 ノートを自分なりにまとめ直して勉強する. 3.29(1.13) 3.14(1.26) 2.99(1.21)
Q11 勉強するとき,教科書や問題集の内容をノートにまとめている. 3.23(1.10) 3.00(1.16) 3.08(1.22)
Q12 教科書や問題集を読むとき,その内容の大筋をノートに書いてまとめる. 2.94(1.03) 2.66(1.15) 2.85(1.19)

1年次のサンプルサイズの割合は,1年次在籍者301名に対する回答率を,4年次及び6年次のサンプルサイズの割合は,1年次の回答者数を基準とした回答率を示す.

2. 分析方法

1) 多母集団同時分析

IBM SPSS Amos 26を用いて3つの年次データを多母集団同時分析で比較した15).制約条件は,等値制約を置かず因子構造のみが同じとする配置不変モデル,観測変数に対する因子負荷量を等値とする測定不変モデル,それに加えて観測変数の誤差分散及び因子の分散共分散を等値とする全母数等値モデルの3モデルとした.モデルの適合度は,Comparative Fit Index(CFI,基準 ≥ 0.9),Root Mean Square Error of Approximation(RMSEA,基準 ≤ 0.05),及びAkaike’s Information Criterion(AIC,基準:モデル間でより低い値)によって評価した.

2) 交差遅延効果モデル

本研究では,長期的な影響を評価できる2次交差遅延効果モデル16) を用いた.モデルを解釈しやすくするため,2次の遅延効果は1年次から6年次の同一方略間の自己回帰パスのみを指定した.分析に投入する変数は,各因子に負荷する下位項目の平均値,及び6年次生のほぼ全員が受験する11月の卒業試験の成績を用いた.モデルの適合度は,CFI,RMSEA,AICに加え,χ2値(基準p < 0.05)により評価した.

3) 潜在成長モデル

潜在成長モデルでは,切片から各年次の変数に対しパスを引き,それらのパス係数を1に固定した.また,傾きから各年次の変数に対しパスを引き,時間軸を考慮して1年次のパス係数を0,4年次のパス係数を3,6年次のパス係数を5に固定した.さらに切片と傾きの共分散を推定した.

4) 欠損値処理

1年次の調査後から1回でも調査できなかった群と,3回の全調査を完了した群で,(i)1年次の各認知的方略:ベースラインでの値が異なることによる,観測変数に依存するMAR(Missing at random)でないこと,(ii)6年次での卒業試験成績:成績が低く学修に自信がないから回答しないことによる,未観測変数に依存するMNAR(Missing not at random)でないこと,の2点について比較して差異がないことを確認した上で,欠損メカニズムがいずれの変数にも依存しないMCAR(Missing completely at random)であると仮定し,利用可能な全ての情報を活用する完全情報最尤法(FIML法)を用いて欠損値を処理した.また感度分析として,欠損のあるデータを除外し,全3回の調査全てに回答した71名のみのデータによる完全ケース分析を行い,FIML法の結果と比較することで,本研究の主要な結論が欠損値の扱いに起因するバイアスに対してどの程度頑健であるかを評価した.

3. 倫理的配慮

本研究は,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」に該当せず,星薬科大学倫理審査委員会から「審査対象外」と判断されたが,調査実施時には文書及び口頭で,研究不参加によって何ら不利益を受けないこと,研究参加に対する同意をいつでも撤回できること,個人のプライバシー保護に配慮すること等を説明し,研究参加者の同意を得るとともに取り扱うデータは厳重に管理した.

 結果

1. 単純集計と因子不変性,因子間相関

2019年度入学生301名に対する1年次,4年次,6年次における3時点のアンケート調査の結果,1年次170人(入学者301名に対し56.5%),4年次103人(1年次回答者に対し60.6%),6年次106人(1年次回答者に対し62.4%)の回答が得られた(表1).いずれの時点でも,平均値 ± 標準偏差(SD)が最大値の5を上回る天井効果や,最小値の1を下回る床効果は見られなかった.反復作業方略の下位項目の平均値 ± SDは,1年次3.70 ± 0.87,4年次3.49 ± 1.00,6年次3.42 ± 1.10であった.同様に,深い処理方略の下位項目は1年次3.83 ± 0.60,4年次3.70 ± 0.61,6年次3.92 ± 0.65,まとめ作業方略の下位項目は1年次3.15 ± 0.90,4年次2.97 ± 1.06,6年次2.97 ± 1.10であった.各方略の相関分析は表S1にまとめた.次に,測定した因子が年次間で同一であることを確認するために同時分析した結果,その適合度は配置不変モデルCFI = 0.907,RMSEA = 0.050,AIC = 584.0,測定不変モデルCFI = 0.901,RMSEA = 0.049,AIC = 578.0,全母数等値モデルCFI = 0.867,RMSEA = 0.052,AIC = 614.0となった(表2).このうち測定不変モデルが適合度の基準を満たし,AICが最も低かったことから,このモデルを採用した.測定不変モデルにおける因子間の相関は,1年次は全ての方略の組み合わせに有意な正の相関がみられるのに対し,4年次および6年次では反復作業方略とまとめ作業方略にのみ正の相関がみられた.

表2

認知的方略の多母集団同時分析(測定不変モデル)

因子負荷量 1年次
(n = 170)
4年次
(n = 103)
6年次
(n = 106)
Q1 0.733 0.716 0.690
Q2 0.865 0.870 0.928
Q3 0.812 0.772 0.766
Q4 0.627 0.521 0.525
Q5 0.604 0.578 0.589
Q6 0.831 0.741 0.794
Q7 0.681 0.661 0.681
Q8 0.802 0.821 0.846
Q9 0.812 0.722 0.760
Q10 0.827 0.858 0.913
Q11 0.775 0.890 0.901
Q12 0.699 0.786 0.770
因子分散
 深い処理方略 0.191 0.197 0.174
 反復作業方略 0.412 0.497 0.421
 まとめ作業方略 0.825 1.178 0.955
共分散(相関係数)
 深い処理方略⇔反復作業方略 0.106***(0.376) 0(0.001) –0.061(–0.162)
 深い処理方略⇔まとめ作業方略 0.149***(0.376) 0.104(0.215) 0.053(0.102)
 反復作業方略⇔まとめ作業方略 0.218***(0.374) 0.217*(0.283) 0.429***(0.466)
モデル適合度 CFI RMSEA AIC
配置不変 0.907 0.050 584.0
測定不変 0.901 0.049 578.0
全母数等値 0.867 0.052 614.0

* p < 0.05,*** p < 0.001.

2. 認知的方略間の経時的な相互影響

認知的方略間の相互の影響を検証するため,3時点の調査データを交差遅延効果モデルで分析した結果,適合度はCFI = 0.996,RMSEA = 0.022,CMIN = 12.993(p = 0.370)と良好な値を示した(図1).交差パスとして,1年次深い処理方略から4年次反復作業方略への負の効果(β = –0.24, p = 0.005),4年次深い処理方略から6年次反復作業方略への負の効果(β = –0.20, p = 0.026),4年次反復作業方略から6年次深い処理方略への負の効果(β = –0.23, p = 0.015),1年次まとめ作業方略から4年次反復作業方略への正の効果(β = 0.26, p = 0.001)が確認された.また自己回帰パスとして,深い処理方略は1年次から4年次(β = 0.56, p < 0.001)及び1年次から6年次への正の効果(β = 0.47, p < 0.001)が,反復作業方略は1年次から4年次(β = 0.53, p < 0.001)及び4年次から6年次への正の効果(β = 0.52, p < 0.001)が,まとめ作業方略は1年次から4年次(β = 0.48, p < 0.001),4年次から6年次(β = 0.54, p < 0.001)及び1年次から6年次への正の効果(β = 0.18, p = 0.033)が示された.さらに,6年次深い処理方略から卒業試験成績へ正の効果(β = 0.25, p = 0.007)が示された.完全ケース分析の結果,1年次深い処理方略から4年次反復作業方略へのパス,1年次まとめ作業方略から4年次反復作業方略へのパス,4年次深い処理方略から6年次反復作業方略へのパスが非有意となった(図2).一方,1年次反復作業方略から4年次深い処理方略(β = –0.26, p = 0.010)及び1年次反復作業方略から6年次反復作業方略(β = 0.23, p = 0.016)へのパスが有意となった.これらの結果から,反復作業方略と深い処理方略は相互に負の影響を及ぼすこと,深い処理方略は一時的に安定を失うが長期的には安定していること,まとめ作業方略は反復作業方略に正の影響を及ぼすことが示された.全ての分析結果は表S2にまとめた.

図1

交差遅延効果モデル(FIML法).矢印上の数値は標準化パス係数を示す.有意でない交差パス,変数間共分散及び誤差間共分散は,可読性のため省略した.全てのパス係数は表S2に示した.CFI 0.996,RMSEA 0.022,CMIN 12.993 DF 12(p = 0.370).* p < 0.05,** p < 0.01,*** p < 0.001,n.s. not significant.

図2

交差遅延効果モデル(完全ケース分析).矢印上の数値は標準化パス係数を示す.有意でない交差パス,変数間共分散及び誤差間共分散は,可読性のため省略した.CFI 0.996,RMSEA 0.031,CMIN 12.819 DF 12(p = 0.382).* p < 0.05,** p < 0.01,*** p < 0.001,n.s. not significant.

3. 認知的方略の学生個人の時間的変動

認知的方略の個人内変動の評価のため,方略ごとに潜在成長モデルを用いて分析した.なお,潜在成長モデルにおける切片は1年次の方略使用度の平均値を,傾きは年間当たりの平均変化量を,分散は個人差を示す.その結果,深い処理方略は傾きの分散が負となり,モデルがデータに適合しない不適解となった(表3).反復作業方略は,切片及び分散がそれぞれ3.70(p < 0.001),0.507(p < 0.001),傾き及び分散がそれぞれ–0.179(p < 0.001),0.177(p = 0.022),切片と傾きの共分散は–0.066(p = 0.433)であり,適合度はCFI = 0.999,RMSEA = 0.015,CMIN = 1.04(p = 0.308)であった.また,まとめ作業方略は,切片及び分散がそれぞれ3.14(p < 0.001),0.480(p = 0.004),傾き及び分散がそれぞれ–0.118(p = 0.02),0.157(p = 0.086),切片と傾きの共分散は–0.020(p = 0.837)であり,適合度はCFI = 1.000,RMSEA = 0.000,CMIN = 0.77(p = 0.380)であった.完全ケース分析の結果,反復作業方略の傾き分散,まとめ作業方略の切片分散及び傾きが非有意となった.さらに,サブグループ解析として3時点全てに回答した71名のデータを用い,1年次反復作業方略の平均値3.79を指標に,反復作業方略high群(n = 40)とlow群(n = 31)に分け,反復作業方略と深い処理方略の推移を比較した.その結果,1年次に反復作業方略の値が高いとその後も比較的高い値であり,深い処理方略の値が向上しないことが示された(図S1).以上より,反復作業方略とまとめ作業方略の使用が進級によって減少することが示された.

表3

潜在成長モデル

FIML法 切片 切片分散 傾き 傾き分散 共分散
深い処理方略 不適解(傾きの分散が負)
反復作業方略 3.70***(0.07) 0.507***(0.14) –0.179***(0.05) 0.177*(0.08) –0.066n.s.(0.08)
まとめ作業方略 3.14***(0.07) 0.480**(0.17) –0.118*(0.05) 0.157n.s.(0.09) –0.020n.s.(0.10)
完全ケース分析
深い処理方略 不適解(傾きの分散が負)
反復作業方略 3.77***(0.10) 0.366*(0.16) –0.132*(0.06) 0.09n.s.(0.09) –0.05n.s.(0.09)
まとめ作業方略 3.15***(0.06) 0.24n.s.(0.17) –0.09n.s.(0.06) 0.14n.s.(0.10) –0.06n.s.(0.10)

括弧内は標準誤差SEを示す.* p < 0.05,** p < 0.01,*** p < 0.001,n.s. not significant.適合度:〈FIML法〉反復作業方略:CFI 0.999,RMSEA 0.015,CMIN 1.04,DF 1(p = 0.308).まとめ作業方略:CFI 1.000,RMSEA 0.000,CMIN 0.77,DF 1(p = 0.380).〈完全ケース分析〉反復作業方略:CFI 1.000,RMSEA 0.000,CMIN 0.52,DF 1(p = 0.472).まとめ作業方略:CFI 1.000,RMSEA 0.000,CMIN 0.03,DF 1(p = 0.858).

 考察

本研究では,同一学生の6年間の縦断データをもとに,薬学生が用いる認知的方略間の経時的な相互の影響と,方略使用の長期的な発達を検討した.同時分析により,深い処理方略,反復作業方略,まとめ作業方略は測定不変モデルで安定的に推定された(表2).縦断分析の結果,薬学生の深い処理方略の使用は反復作業方略による負の影響を受けつつも,大学入学当初の使用傾向が最終学年に大きく影響すること,反復作業方略とまとめ作業方略の使用は6年間で徐々に減少することが明らかとなった(図1及び表3).

交差遅延効果モデルから,深い処理方略の使用はどの年次でも次の測定時点の反復作業方略の使用を抑制させること,4年次の反復作業方略の使用は6年次の深い処理方略の使用を抑制させることが示された(図1).反復作業であっても時間をかければ学業成績に結びつくため9),反復作業で成功したという体験によってその使用が強化されると17),深い処理に必要な能力が十分に身につかない,あるいは深い処理を行うための時間や動機が失われるといった理由が考えられた.また本研究では学習方略のみを測定変数としたが,先行研究では学習観と学習方略の循環的な関係も示されている10,17).したがって今回の結果においても,例えば反復作業方略を行うことでその有効性を認知し,暗記を志向する学習観が強化され,それにより認知負荷の高い深い処理が行われなくなるといった関連が予想される.以上の結果より,深い処理方略と反復作業方略のどちらを学修の初期に重視して行うかが,その後の学修プロセスに大きな影響を与えることを示唆している.長期的に有効な方略である深い処理を学生に身に付けてもらうには,例えば低学年時での定期テストで選択式問題だけでなく,深い理解がないと解答できない記述式問題を出題するなどの工夫が求められるだろう.

交差遅延効果モデルにおける深い処理方略の自己回帰パスを確認すると,1年次から4年次は安定である一方,4年次から6年次は安定が失われており,さらに1年次から6年次への長期的な安定性が示された(図1).本学薬学科では,CBTや国家試験を全ての学生が受験するという性質上,それら試験を意識した授業を構成する,また定期試験問題の形式として多用する傾向が見られ,学生は1年から3年次にこれらの要素を含んだ教育プロセスを受け,対処してきていると考えられる.特にCBTは,特別な準備学習をしなくても正答できる想起レベルの問題であり,解答に際し深い理解は求められていない.この背景から,学生が4年次後期に受験するCBTを予期した結果,一時的に深い処理方略の使用を低下させたことによって(表1),方略使用の安定性が失われたと考えられる.同様に,このような非線形の推移を示したことが,深い処理方略の潜在成長モデルが不適解になった理由と考えられる(表3).ただし,このような試験形態であっても知識を整理し深く理解する学修方法が,より高い学業成績の達成に有利であることには留意が必要である7,18).以上より,一時的に使用頻度が低下したとしても,大学入学時の深い処理方略の使用度が最終学年での使用度を左右するという結果は,大学生活の早い段階で深い処理方略を身につけることが,その後の学修の質を長期にわたって維持するための重要な基盤となることを強く示唆している.

さらに交差遅延効果モデルから,まとめ作業方略は短期及び長期的に安定して使用され,1年次のまとめ作業方略が4年次の反復作業方略を促進する効果が示された(図1).これは,大学早期に行うまとめ作業が単に情報を整理するだけでなく,その後の反復学修を効率的に行うための準備となる,あるいはまとめ作業自体が反復的な側面を有している可能性を示唆している.薬学教育のように膨大かつ詳細な知識の習得が求められる分野では,効率的な暗記も重要な学修要素となりうるため,早期のまとめ作業スキルは,その後の情報量の増加に対応するための効率的な反復作業を促進する役割を果たしていると考えられる.ただし,今回使用したまとめ作業方略の尺度項目は,学生がどのような目的でまとめ作業を行っているかといった,まとめ作業の質や意図を区別できていない.ノートテイキングのやり方は,内容の深い理解や再構成を伴う場合と,単に情報を書き写すだけや表層的な整理に留まる場合とがあり19),比較的表層的なレベルでのまとめ作業は,その後の構造化された情報の「暗記」,すなわち反復作業に直接繋がりやすいと考えられる.本研究での尺度は,様々な質のまとめ作業を含む平均的な効果を捉えたものであり,特に表層的なまとめ作業がこの関連性の主体である可能性が高い.また,まとめ作業方略は反復作業方略と相関性があり,深い処理方略とは相関性が失われることも,この解釈を支持する(表2).したがって,今後の研究では,まとめ作業方略の質や意図をより詳細に測定できる尺度を用いることが望まれる.

潜在成長モデルの分析から,薬学生は6年間を通して反復作業方略とまとめ作業方略の使用を減少させることが示された(表3).薬学部では,学年が進むにつれて基礎科目から応用及び臨床科目と,学ぶ内容の複雑さが増していき,またそれに伴って覚えているべき知識量も増えていく.こうした状況では,反復やノートのまとめでは絶対的な時間が足りず,体系的な理解の方法が必要になることから,6年次に向けて反復作業方略とまとめ作業方略の使用を減少させたものと考えられる.また,モデルの分散はまとめ作業方略の傾きを除き有意であることから,認知的方略の使用度や経時的な変化は全体的に個人差があると示唆された.大学生を対象に3年間追跡調査した先行研究20) でも,深い学習方略への経時的なシフトと表面的な学習方略の使用の減少,及び調査初年度の個人差が確認されており,本研究結果を概ね支持している.本研究結果において,1年次での反復作業方略の個人差が大きいこと,加えて交差遅延効果モデルにおいて反復作業方略が将来の深い処理方略の使用に影響を与えることを踏まえると,大学初期に反復作業方略の使用度が高い学生に対して,方略使用に関する個別の学修支援が必要であると考えられる.具体的な学修支援策としては,深い処理の学習方略の定着を目指した薬学部での実践や21),方略使用の有効性の認知に介入する方法22),試験形式による方略使用への影響を検討した研究23,24) が参考になるだろう.

1学年を6年間追跡調査した結果,1年次には3つの認知的方略相互に相関がみられたが,4年次と6年次では反復作業方略とまとめ作業方略間のみに相関性が見られ,深い処理方略と他の方略との相関性は消失した(表2).この結果は,変化が観測された時点は異なるものの,横断的調査を行った先行研究と同様の傾向であり8),薬学生の使用する認知的方略の相関性の変動を支持するものである.この相関性の変動は,反復作業方略の1年次の使用度及び減少傾向に個人差があることで,大学生活を通じて反復作業方略を比較的高く使い続けた学生群では,反復作業方略による抑制効果により深い処理方略の使用が相対的に伸び悩むといった分化が生じ(図S1),両方略間の相関が失われた可能性が考えられる(図1及び表3).また,先行研究8) で言及されたように,高次の認知プロセスである深い処理方略は,卒業研究や薬学臨床など専門性が高い科目が始まるにつれてその重要性を増し,他の認知的方略とは異なる次元で使用されるようになると考えられる.このように,学習方略間の相関性の変動は,個々の学生の学習方略の使用の継続性の個人差や学習方略間の相互影響,カリキュラムなどの環境変化といった複数の要因が複雑に絡み合った結果であると解釈できる.

6年次認知的方略と卒業試験成績とのパスから,我々の先行研究8) で最も重要な結論と考えられた6年次の深い処理方略から最終成績への正の影響が同様に再現された(図1).このことは,薬学部6年次における学修方法として深い理解が不可欠であることを強く裏付けている.一方,6年次の反復作業方略は最終成績に対し有意な影響を示さず,負の影響を示した先行研究の結果とは異なった.先行研究8) では,反復作業方略による成績への影響について,「相対的に非効率的で時間がかかる」ためと考察した.しかし,本研究における6年次生では,コロナ禍を経て国家試験対策アプリなどが充実した結果,デジタルツールの活用によって反復作業が効率的になり,反復作業方略の直接的な負の影響が打ち消された可能性を考えている.デジタルツールの影響を示唆する事例として,フラッシュカードによる学修成果を比較した報告がある25).この研究では,紙のカードよりもデジタルカードを用いた群の方が事後テストで良い成績を獲得しており,デジタルならではの反復システムやマルチメディアの要素が学修者のモチベーション向上に寄与したと結論付けられている.ただし,1年次からの経時的な相互作用を鑑みると,現在のところ反復作業方略は間接的に卒業試験成績に負の影響を与えることにも留意すべきである.

本研究で用いたFIML法は,欠損値を含むデータセットにおいて利用可能な全ての情報を活用し,統計的バイアスの少ない頑健なパラメータ推定を可能にする方法である.この方法を用いた妥当性を評価するため,欠損値を持つデータをすべて除外した完全ケース分析を実施した.二つの解析結果を比較したところ,論文の主要な結論に影響を及ぼすような重大な差異は見られなかった.完全ケース分析において,一部の結果が有意性を失ったことは,サンプルサイズの減少に伴う統計的検出力の低下(タイプ2エラー)によるものと解釈され,実際の効果や関係性を見過ごしてしまう可能性を示唆している.一方,完全ケース分析では新たに有意となった交差パス及び2次遅延パスが存在した.この場合は通常,サンプルバイアスに起因する偽陽性(タイプ1エラー)と解釈されるが,これらのパスはFIML法の結果において,それぞれ4年から6年次間及び他の方略でもみられるものであり,理論的には矛盾しない関係性である.この可能性を現時点で正確に判断することは困難であるが,本研究の完全ケース分析のサンプルサイズは,パス解析の安定したパラメータ推定に推奨される水準を下回っていることから,新たに有意となったパスはサンプルサイズの小ささに起因する偽陽性の可能性があると考えられる.以上のことから,欠損値の偏りによる統計的バイアスを軽減できるFIML法による解析結果が,本研究における真の母集団の傾向をよりよく反映しているとみなし,これを主たる結論として採用した.

本研究は薬学生を対象とした長期縦断研究であるが,いくつかの限界が存在する.まず,統計解析上の限界として,欠損値処理にFIML法を用いたものの,真の追跡調査と言える完全ケース分析のサンプルサイズが測定変数の数に対して十分でなく,解析結果の頑健性には限界が残る.FIML法は統計的バイアスを軽減できるが,本研究における欠損率を考慮すると,その結果が真の母集団の傾向を完全に反映していることの信頼性は低下している可能性を否定できない.加えて,その結果の妥当性を評価するために行った感度分析についても,対象者数が測定変数数に対して統計的に不十分であり,厳密な意味での検証として完全には機能していない点も限界として挙げられる.本研究結果の妥当性を高めるために,より欠損の少ない大規模なデータセットでさらに検証する必要がある.次に,研究モデルの限界として,認知的学習方略以外の要因,例えば学習観やメタ認知的方略などは認知的方略の使用に影響を与える可能性があるが10,14),それらは本研究のモデルには含まれていない.これらの要因をモデルに含めることで,薬学生における学習方略の発達や相互作用のメカニズムをより包括的に理解できるだろう.また,データ収集上3つの時点のみのデータであるため,時点間のより細かい変化や深い処理方略で示唆された非線形的な変化を完全に捉えきれているとは言えない.より多時点でのデータを収集することで,変化の軌跡をより正確にモデリングできるだろう.そして,本研究が一つの大学の薬学部学生を対象としているため,得られた知見の他大学や他分野の学生への一般化には特に留意が必要である.6年制薬学教育のカリキュラムやディプロマ・ポリシーは大学によって異なり,本研究で観測された方略の変遷は,対象とした学生の教育環境に影響されている可能性があるため,異なる集団での検証が強く望まれる.

本研究は,薬学生の認知的学習方略が大学生活を通じて動的に変化し,特に深い処理方略と反復作業方略が互いに抑制し合う関係にあること,そして早期の深い処理による学修経験が長期的な学修の基盤となることを明らかにした.これらの知見は,薬学教育における効果的な学修支援のあり方について重要な示唆を与えるものと考えている.特に,大学入学早期から深い処理方略の重要性を伝え,その使用を奨励することで,6年次における卒業試験成績の向上8) に繋がる可能性が高い.これは,単なる暗記に留まらず,長期的な知識の保持と応用を目指した学修方法を習得するという,学生と教員双方が科学的根拠に基づく学修方法の導入に努めるべき理想像とも合致する1).また,反復作業方略への過度な依存が,後の深い処理方略の発達を阻害する可能性があることから,学生が多様な学習方略をバランス良く使い分けられるよう指導することの重要性が示唆された.本研究の結果は,薬学部における長期的な学修指導の在り方を明確にするとともに,学修支援の必要な1年生を早期に発見し,適切な支援に繋げるための基盤作りに資すると期待される.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

この論文のJ-STAGEオンラインジャーナル版に電子付録(Supplementary materials)を含んでいます.

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