薬学教育
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実践報告
薬物乱用防止に関する薬学部1年生の意識変化
村上 勲齋藤 百枝美渡辺 茂和土屋 雅勇
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2018 年 2 巻 論文ID: 2017-020

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Abstract

帝京大学薬学部では学生の薬物乱用防止に関する意識調査を継続して実施している.今回5年間(2012~16年度)の1年生を対象とした調査結果を解析した.調査の結果,危険ドラッグ販売店舗数がゼロにもかかわらず危険ドラッグが「簡単に手に入る」と考える学生が12.3%であった.また危険ドラッグの認識では「どのような理由であれ,絶対に使うべきではないし,許されることではない」と回答した学生は2014~15年度で91.0~94.2%だったが2016年度には89.4%と低下した.この傾向は大麻の認識に関する設問でも同様であった.乱用薬物に関する主要な情報源は各年度共に「小中高の授業」(80.9~89.1%)で,次いで「テレビ」(44.2~56.1%)であった.本調査時期中に池袋脱法ハーブ暴走事故が発生しており,大学教育前の薬学部1年生,特に2014年度に調査を行った学生はメディアからの大きな影響を受けている可能性が示唆された.

目的

現在,薬物乱用問題は全世界的規模で深刻な社会問題の一つとなっている.我が国でも乱用者層の低年齢化が懸念されることや危険ドラッグを使用した者が,意識障害,嘔吐,痙攣,呼吸困難等の健康被害や二次的犯罪を起こす事例が多発している.そのため「第四次薬物乱用防止五か年戦略(2013年8月)」 1) が策定され,国・都道府県・関係団体が連携するなど,政府は一体となり総合的な薬物乱用対策に取り組んでいる2).第四次薬物乱用防止五か年戦略では,特に留意すべき課題として「合法ハーブ等と称して販売される薬物等,新たな乱用薬物への対応」(2014年7月に合法ハーブ等と呼ばれていた薬物は「危険ドラッグ」の名称に統一された3))を挙げている.さらに,青少年・家庭及び地域社会に対する啓発強化と規範意識向上による薬物乱用未然防止の推進が戦略目標の一つとして挙げられており,学校における薬物乱用防止教育の充実強化が図られている.このような社会状況の中,薬剤師は薬物乱用防止教育において指導的立場を担う事が期待されており4),帝京大学薬学部では薬剤師を目指す薬学部1年生に対して薬物乱用防止に関する講義を実施している5,6)

本研究では,薬物乱用防止に関する講義の直前に実施したアンケートから,薬物乱用,特に若者の乱用が多い大麻7,8)および最近問題となっている危険ドラッグ1)に着目した5年間(2012~2016年度)の意識調査結果を解析し,年度ごとの意識推移について検討したので報告する.

方法

対象者は,5年間(2012~2016年度)に帝京大学薬学部に在籍する薬学1年生である.アンケート調査は,1年生前期の薬物乱用防止講義開始前に自記式アンケート用紙の配布・回収を行う形で実施した.アンケートの調査項目は,性別や年齢に,乱用薬物に対する情報源や大麻および危険ドラッグの認識などの調査項目について実施した(図1).アンケートの内容は「あなたの知っている乱用薬物をすべて記載してください」の項目では,薬物名の記載を求めた.また,「あなたは,そうした薬物の名前をどのようにして知りましたか」の項目については,複数回答可とした.一方,大麻および危険ドラッグに関する内容を中心にしたアンケート項目「あなたは大麻を使うことについてどのように考えていますか」「あなたは危険ドラッグを使うことについてどのように考えていますか」「あなたが危険ドラッグを手に入れようとした場合,どの程度難しいですか」については単一回答とした.

図1

アンケート実施項目

なお,2015,2016年度については2012~2014年度に行った内容と整合性を取りつつ,学生の生活環境や社会情勢の変化に配慮して項目や選択肢の変更・削除することでアンケート内容を改善した.

倫理面での配慮として,アンケートの調査結果は研究以外の目的には使用しないこと,回答者が特定されないように配慮すること,調査結果はまとめて処理するために個人が特定されることは決してないことを口頭と書面で説明のうえ,回答を依頼した.なお,本研究は,帝京大学倫理委員会(帝倫14-146号)の承認を得て実施した.

結果

1. 対象者背景とアンケート調査実施時期

5年間のアンケート回答者の属性を年度ごとに表1に示した.アンケート回収数は,調査に同意が得られた薬学生より提出されたアンケート用紙の枚数とした.アンケート調査実施時期と危険ドラッグ・大麻関連事例発生時期の関係については図2に示した.

表1 対象者背景
調査年度 調査年月日 アンケート回収数 回答者性別 平均年齢±標準偏差
男性 女性 未回答
2012 2012年7月19日 327 138 186 3 18.71 ± 1.40
2013 2013年7月29日 321 134 184 3 18.64 ± 1.32
2014 2014年7月7日 301 125 171 5 19.00 ± 1.98
2015 2015年5月18日 325 121 204 19.03 ± 2.26
2016 2016年5月18日 330 114 212 4 18.56 ± 1.05
図2

アンケート調査実施時期と「危険ドラッグ」「大麻」関連事例

2. 乱用薬物に関する知識と情報源

「あなたの知っている乱用薬物をすべて記載してください」の設問についての結果を図3に示した.知っている乱用薬物については「大麻(マリファナなど)」の回答が最も多かった(80.0~89.4%).次に,覚せい剤(44.6~52.8%),MDMA・LSD(30.6~54.5%),コカイン(30.5~47.1%),有機溶剤(28.5~41.9%),麻薬(30.8~44.6%),危険ドラッグ(20.5~44.9%),マジックマッシュルーム(4.5~11.5%),医薬品(3.0~6.1%),アルコール・タバコ(0.3~4.0%)であった.危険ドラッグは,5年間の調査において2014年度の回答(44.9%)が他の年度に比べ高かった.

図3

乱用薬物に関する知識(複数回答可)

「あなたは,そうした薬物の名前をどのようにして知りましたか」の設問についての結果を図4に示した.各年度共に「小・中・高の授業」(80.9~89.1%)が最も高く,次いで「テレビ」(44.2~54.8%)であった.同様に「ポスター・パンフレット」(11.8~26.3%),「インターネット」(7.0~14.0%),「本・雑誌」(6.1~10.5%),「新聞」(7.0~14.3%)が情報源との回答が多かった.

図4

乱用薬物に関する情報源(複数回答可)

3. 大麻・危険ドラッグの認識

「あなたは大麻を使うことについてどのように考えていますか」「あなたは危険ドラッグ(脱法ハーブ)を使うことについてどのように考えていますか」の設問についての結果を図5に示した.なお,「あなたは大麻を使うことについてどのように考えていますか」については,2015年度のアンケート調査の設問は設けなかった.大麻,危険ドラッグの認識については共に「どの様な理由であれ,絶対に使うべきではないし,絶対に許されることではない」と回答した高い規範意識を持つ学生の割合は,2012~2016年度では年度ごとに増加していた.しかし,2016年度では,大麻,危険ドラッグ共に前年度以前に比べ規範意識の低下がみられた.さらに,2016年度の大麻に関する認識の回答において「その他」(4.5%)を選択した理由に「病気の治療に使用するのは良い」「医療目的であれば構わない」等の理由を挙げる回答がみられた.

図5

大麻・危険ドラッグの認識変化

4. 危険ドラッグ入手の容易度

「あなたが危険ドラッグを手に入れようとした場合,どの程度難しいですか」の設問についての結果を図6に示した.危険ドラッグの入手に関しては,不可能だと考える(「絶対に不可能だ」+「ほとんど不可能だ」)回答が23.3~39.4%であったのに対して,可能と考える(「少々苦労するが,何とか手に入る」+「簡単に手に入る」)回答が34.5~47.5%であった.特に,取り締まりが強化されている2016年度においても34.5%の学生が入手可能と考え,その中でも12.3%の学生が「簡単に手に入る」と回答していた.

図6

危険ドラッグ入手の容易度

考察

日本における薬物乱用の現状は,覚せい剤関連の検挙人数(2015年:11,200人)が最も多く,次いで大麻(2015年:2,167人),危険ドラッグ(2015年:966人)との発表が法務省より出されている12).このため我が国では覚せい剤が主要な乱用薬物で関心も高かったのに反し,これまで検挙人数の少なかった大麻についてはあまり注意が及ばず,高校までの薬物乱用防止教育でも扱われることが少なかったとの指摘がある13).しかし,薬物乱用犯罪では覚せい剤関連で検挙された人数が最も多いのに対して,29歳以下の年齢層に注目すると2015年における検挙人数は1,536人と全体の13.7%であり,1997年(9,934人)の29歳以下の年齢層と比べると1/6以下に減少している12).また大麻関連の2015年における29歳以下の検挙人数は1,590名(73.4%)であり,覚せい剤関連の検挙人数を上回っている12).大麻を乱用する者は,その後更に依存性が高く危険な覚せい剤の乱用を行う確率が高く,そのため大麻はより危険な薬物乱用への門戸を開く薬物,ゲートウェイドラッグあるいはエントリードラッグと呼ばれ,薬物乱用の連鎖では重要な位置を占める薬物との指摘もある13).また大学において学生が大麻に関わる事件が報道されており,学生にとって大麻が身近なものになっているとの指摘もある7,8)

本研究においても学生の乱用薬物に関する知識では,大麻の回答が最も多かった.一方で,大麻の認識については,2012~2014年度では9割以上の学生が高い規範意識を持っている事が示された.同様の調査を関西・関西学院・同志社・立命館の4大学が2015年度に新1年生に対して行っており,92.2%の学生が「どの様な理由であれ,絶対に使うべきではないし,絶対に許されることではない」と回答しているとの報告がある14).このことより大麻についての認識には,将来,薬剤師をめざす薬学生と他学部他学科の学生との間に差がないと考えられる.本研究では2012~2014年度の3年間の調査の結果,大麻に関する認識は3か年度共に規範意識は高かったため,2015年度の大麻に関する認識調査は行わなかった.しかし,2016年度の調査時期には,医療大麻裁判があり,参議院選・東京選挙区の医療大麻解禁を公約に挙げる候補についての多くの報道が行われていた(図2).そこで,この報道の影響を考慮し2016年度には大麻に関する認識の調査を再開した.その結果,高い規範意識を持つ学生の割合は予想通り減少していた.この減少は「その他」の記載を踏まえると,現在は日本には存在していない「医療用大麻」という誤った認識によるものであることが推察される.

同様に,本研究では危険ドラッグの認識についても調査を行った.危険ドラッグは,2010~2011年頃から新たな薬物犯罪として社会問題化しており,我が国の市場に登場し始めたのは1995年夏頃といわれている.最初は一部薬物マニアの間で流行し始め,その後乱用が拡大し,繁華街の店舗(雑貨店やアダルトショップなど)で販売されるようになり,次いでインターネット上でも販売されていった15).本研究において,危険ドラッグの認識について高い規範意識を持つ学生の割合は,2012~2015年度間では年度ごとに増加しているのに対して,2016年度では規範意識に低下がみられた.また,実際には危険ドラッグの入手は,2015年7月には販売店舗数がゼロ11)になり,入手が不可能もしくは困難が予想されるにもかかわらず,2016年度の危険ドラッグ入手の容易度についての設問で「簡単に手に入る」と回答した学生が12.3%であった.乱用薬物に関する知識において,「危険ドラッグ」の回答は,2014年度(44.9%)が突出して高かったが,2016年度(22.7%)では 2014年度の半分にまで減少していた.この原因は2014年度の調査時期が池袋脱法ハーブ暴走事故の直後であったため(図2),2015年度にかけて危険ドラッグの取締に関する多くの報道が行われていたことによると考えられる.これらのことより危険ドラッグについては報道による影響があり,マスメディアから大きな影響を受けていることが推察された.

本研究により,薬学1年生の主要な乱用薬物に関する情報源は小・中・高校の授業であり,大麻・危険ドラッグに対して高い規範意識を持っている.そのため小・中・高校での薬物乱用防止教育には一定の効果があることが示唆された.特に,今回の調査対象である学生は,小・中・高校生の時に薬物乱用防止教育の充実に関する文部科学省通知16) が出されている世代である.その通知の中では「すべての中学校及び高等学校において,年に1回は薬物乱用防止教室を開催するとともに,地域の実情に応じて小学校においても薬物乱用防止教育の開催に努め,警察職員,麻薬取締官OB,学校薬剤師等の協力を得つつ,その指導の一層の充実を図ること」が記載されている.地域によっては学校薬剤師による効果的な薬物乱用防止教育の取り組みが行われており,その取り組みの成果が報告されている17)

しかし,「テレビ」「インターネット」「本・雑誌」「新聞」「ラジオ」が情報源との回答も多く,関西・関西学院・同志社・立命館の4大学の情報源に関する調査においても同様の回答傾向が見られており14),今回対象とした年代層では各種マスメディアからも多くの情報を入手している事が示唆された.これらの媒体は興味本位でダーティーな内容を得やすい媒体であると言われている13).実際に,アンケート調査期間中,危険ドラッグ吸引による交通事故,芸能人・有名スポーツ選手等による多くの薬物犯罪や医療大麻という誤った認識などがメディアでセンセーショナルに報道され,本研究でも,2014年度の危険ドラッグに関する高い規範意識や,2016年度の大麻に関する規範意識の低下と「病気の治療に使用するのは良い」「医療目的であれば構わない」等の回答などの点から,それら報道に影響を受けている事が示唆された.これら薬物乱用問題に関わる報道はセンセーショナルな取上げ方がされないと世間の目が向かないという不幸があり,センセーショナルな部分が飽きられると関心が遠のき,それに乗じて薬物乱用が広がるとの指摘がある13).そして本来,重要であるはずの健康問題としての薬物乱用・依存がマスメディアで報じられる事はまれである18).さらに,小・中・高校では「ダメ,ゼッタイ」をスローガンとする薬物に手を出させないための「脅し型教育」が主流である2,18).一方,中学生を対象とした薬物乱用経験率の調査では約100人に1人の割合で何らかの薬物乱用経験を持つとの報告19) もあり,本研究における大麻・危険ドラッグに関する意識調査では規範意識の低い学生が2015年度において大麻13.9%,危険ドラッグ10.6%存在していた.この割合は,関西・関西学院・同志社・立命館の4大学の規範意識に関する調査14)ともほぼ一致している.薬物乱用防止教育を行うに際しては,単に知識を与えるだけ,あるいは恐怖心を煽るだけの古典的な教育では不十分との指摘があり20),また関心が低い・規範意識の低い(薬物乱用のリスクが高い)集団には「脅し型教育」は効果が無いばかりか逆効果であるとの報告もある21)

これらのことより,薬剤師を目指す薬学生に対して,薬学教育を通して薬物に対する基礎的な知識及び薬物乱用防止に関する正確な情報,健康問題としての薬物乱用・依存についての情報を学生に習得させることが重要であると考えられる.実際,地域によっては学校薬剤師による効果的な薬物乱用防止教育の取り組みが行われている17).薬剤師は薬の専門家として率先して薬物乱用防止教育に携わる立場にあり4,16),今後より積極的に関与していく事が必要と考えられる.現在,薬学教育では薬学教育モデル・コアカリキュラムに沿った教育が行われており,平成25年度改訂版では,「A(1)薬剤師の使命」や「F(5)地域保健への参画」の項目において,地域保健における薬剤師の役割と代表的な活動として薬物乱用防止の項目が挙げられると共に,薬物乱用防止啓発活動を担う学校薬剤師についての項目も挙げられている22).薬物乱用防止に対しては,興味や好奇心から安易に使用しないような教育,知識不足を解消するための教育を行うことが必要であり,将来,薬物乱用防止啓発活動で主導的立場を担うこととなる薬学生に対して,薬物乱用に関する意識とその意識に影響を与える要因を把握した上で,より効果的な薬物乱用防止教育を導入し実践していく事が必要だと考えられる.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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