薬学教育
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実践報告
効果的なフィジカルアセスメント学習の工夫
~血圧・脈拍測定における運動負荷の導入
服部 尚樹角本 幹夫
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2018 年 2 巻 論文ID: 2018-007

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Abstract

我が国における医療制度は,病院中心の医療から在宅医療へと変わりつつある.「かかりつけ薬剤師」制度もはじまり,在宅や健康相談窓口で薬剤師がフィジカルアセスメントをとる機会も増えることが予想される.

立命館大学薬学部では,医療薬学実習2の中で,フィジカルアセスメントを学生に教えている.今回,フィジカルアセスメントの中の血圧・脈拍測定を学生に教える方法と教育上の工夫について紹介する.運動負荷(600 m走)を取り入れ,運動前後の脈拍・血圧を学生同士で測定させた.運動負荷により,血圧・脈拍測定に対する抵抗感がとれて手技を自然に修得できるとともに,自分達の測定結果を基に,血圧が生じる機構の効果的な学習ができた.教育において,「楽しさ」を取り入れることは,その学習効率をあげるための重要なファクターであると考えられる.

目的

我が国における医療制度は,病院中心の医療から在宅医療へと変わりつつある.病院では,高度な医療機器や医療技術を必要とする患者を主に診て,それ以外の患者は在宅やセルフメディケーションでケアする.高齢社会に向かう我が国では,病院に行けない高齢患者を在宅で診療し,看取りも患者の自宅で行うことが多くなると予想される.その様な社会の潮流にあって,薬剤師の在宅医療への参画が期待されている.「かかりつけ薬剤師」制度が2016年度から開始された1).降圧薬を患者宅に届けた際,夜間に調子が悪くて急に呼ばれた際,薬局の健康相談窓口で服薬指導をする際など,薬物治療が正しく行われているかチェックする機会が増えることが予想され,薬剤師も血圧と脈拍を正しく測定できる事が望ましいと考えられる.

立命館大学薬学部では,実務前実習が始まる前の4回生春学期に,「医療薬学実習1,2」を配置している.その医療薬学実習2の中で,フィジカルアセスメントを教えている.フィジカルアセスメントは,1. フィジカルアセスメントモデルPhysiko(京都科学,京都)を使った基礎的フィジカルアセスメントのとりかたの練習,2. もう1体のPhysikoを使った応用フィジカルアセスメント,3. 学生同士で行うフィジカルアセスメントの3セクションから成り,学生は3日間かけて各セクションをローテーションする.その他のフィジカルアセスメントとして,ペンライトを使った対光反射,ピークフローメーターとパルスオキシメーターを使った簡易呼吸機能検査,実際の心電計を使い学生アシスタントを被験者にする心電図検査,トルソーを使った心臓マッサージ練習,ALSシュミレーターと実際のAEDを使った心肺蘇生術,簡易血糖測定器を使った血糖測定を実施している.今回,学生ができるだけ興味を持って,ためらうことなく血圧と脈拍が測定できる様にと実施している教育上の工夫について紹介する.

方法

対象は本学薬学部薬学科4回生.1グループ6名程度の15グループで,2017年4月6日~2017年7月13日の毎週木曜日,午後1時から5時50分までの医療薬学実習2の中で行った.今年度は91名が実習に参加したが,最初の実習にあたったグループの7名は,実習全体の説明に時間をとられたため,運動負荷はせず,また,当日体調不良のため見学した学生が1名,運動途中で気分が悪くなった学生が1名おり,運動負荷は82名(男性30名,女性52名)の学生に実施した.

実際に血圧と脈拍の測定を始める前に,心臓模型(図1a),聴診器と,血圧計(水銀血圧計,アネロイド型血圧計)(図1b)を用いて,心臓の構造,聴診器と血圧計の取り扱い方,心音が生じるメカニズム,脈のとり方,聴診器で収縮期血圧(最高血圧)と拡張期血圧(最低血圧)を測定する方法とメカニズムについて解説した.1グループ6人で実施したのでテーブルを挟んで2人ずつペアで向かい合わせに着席させ,薬剤師役,患者役を交互に演じさせた.

図1

a:心臓模型(B17 Classic Unisex Torso with Head & Open Back Model 21-Part,日本3Bサイエンティフィック株式会社).

b:聴診器,水銀血圧計,アネロイド型血圧計.

脈拍測定は,「患者の両手首を,親指と人差し指の間で下から支える様に軽く持ち,人差し指,中指,薬指の関節を曲げて,患者の橈骨動脈の走行に沿って3本の指の腹で脈を触れる」と説明した.「脈を触れて何を観察するのですか?」,「なぜ最初は両方の手で脈をみる必要があるのですか?」と質問し,脈拍数,不整脈,大動脈炎症候群など脈に左右差のある疾患があること等を解説した.

血圧測定は,以下の要領で説明し,実施した.

1)聴診器法の原理の説明:血流が断続的に発生する時,乱流が生じて血管雑音(コロトコフ音)が聞こえる.たとえば収縮期血圧120 mmHg,拡張期血圧70 mmHgの患者の場合,マンシェット圧を140 mmHgまで上げると血管内を血液は流れないのでコロトコフ音は聞こえない.この患者の収縮期血圧である120 mmHg以下まで下げると,収縮期には血液が流れ,拡張期には止まるので「トットッ」というコロトコフ音が聞こえ始める.この時の血圧計の目盛りを読んで収縮期血圧とする(水銀血圧計なら水銀柱の上端の目盛り,アネロイド型血圧計なら針の指す目盛り).以降,水銀柱や針が心拍に合わせて少し揺れるのが観察される.この患者の拡張期血圧である70 mmHg以下までマンシェット圧を下げると,血液が定常的に流れるのでコロトコフ音は聞こえなくなる.この時の血圧計の目盛りを読んで拡張期血圧とする.

2)マンシェットの巻き方:ゴム管が患者の末梢側(自分側)を向き,ゴム管が出ている側の黒い接着布(その下にゴム嚢が入っている)を外側にして患者の上腕(肘関節の2 cmくらい上)に軽く巻く(指が2本くらい入る強さ).

3)調節ねじを閉めてから,ゴム球(送気球)を揉んで加圧するが,あまり加圧しすぎると患者に苦痛を与えるため,通常150 mmHg程度まで上げてから調節ねじを少しずつ緩めて1秒1目盛り程度の速さで減圧する(最初からコロトコフ音が聞こえたら150 mmHgより収縮期血圧が高いので,もう少し加圧してから開始する).

4)測定し終わったら患者に苦痛を与えない様,直ちにマンシェットを外す.

交互に脈拍と血圧を3回測定したら建物から外に出て,キャンパス内で片道約300 mを中等度のスピードで往復した.この時,学生は脈拍・血圧測定をしている者同士で走り,教員も一緒に走ると学生のモチベーションも高くなった.走り終わったら直ちに脈拍と血圧をお互い測定し合い,続けて5分後と10分後に測定した.

合計6回の血圧測定を,42名の学生は水銀血圧計で,残り40名の学生はアネロイド型血圧計で実施した.最後に,運動負荷試験とは別に,2種類の血圧計(水銀血圧計とアネロイド型血圧計)の相違を調査する目的で,6回の測定を水銀血圧計で行ったグループはアネロイド型血圧計で,アネロイド型血圧計のグループは水銀血圧計で7回目の血圧測定を実施した.測定結果は,測定者が被検者のレポート用紙に記入した.レポート用紙には,(問1)頻脈や徐脈はどんな時,どんな病気で起こるのでしょうか?(問2)高血圧や低血圧はどんな時,どんな病気で起こるのでしょうか?という質問が記載されており,学生は測定の合間や実習終了後に参考書などで調べて記入し,提出した.

尚,統計解析は,血圧・脈拍の運動負荷前値と各時点の値の比較はDunnettの検定(http://www.gen-info.osaka-u.ac.jp/MEPHAS/dunnett.html)で,血圧・脈拍の各時点の男女差の比較はステューデントのt検定(Microsoft Excel)で行った.

結果

運動前に測定した3回の平均血圧は,収縮期血圧が男性116 ± 1.9 mmHg(平均±標準誤差),女性104 ± 1.4 mmHg,拡張期血圧が男性72 ± 1.7 mmHg,女性65 ± 1.1 mmHgと,収縮期血圧も拡張期血圧も男性が女性より有意に高値であった.運動負荷により,収縮期血圧は運動直後と5分後に有意に上昇したが,拡張期血圧はほとんど変化しなかった(図2a).運動前に高血圧の診断基準である140/90 mmHg以上の学生はいなかったが,運動直後82名中18名の学生(22%)が高血圧を示した.血圧が男性で女性より有意に高値であるのは,収縮期血圧に関しては,運動前,直後,5分後,10分後のすべての時点で認められ,拡張期血圧に関しては,運動前,5分後,10分後で認められた(図2b).

図2

a:運動負荷前後の収縮期血圧と拡張期血圧の変化.*運動前との比較:P < 0.05

b:男女別の運動負荷前後の収縮期血圧と拡張期血圧の変化.男:実線,女:破線.◆男女の比較:P < 0.05

運動負荷前の脈拍は,男性80 ± 2.2回/分,女性75 ± 1.5回/分と,男性が女性より有意に高値であった.脈拍数は,運動負荷によって有意に上昇し,運動10分後まで高値が持続した(図3a).男性は女性より脈拍数が高値であり,この傾向は,運動直後,5分後,10分後でも認められた(図3b).

図3

a:運動負荷前後の心拍数の変化.*運動前との比較:P < 0.05

b:男女別の運動負荷前後の心拍数の変化.男:実線,女:破線.◆男女の比較:P < 0.05

拡張期血圧が,運動直後に前値より10%以上低下した学生は20名,10%以上増加した学生は23名,残り39名は10%以内の変化に留まった.運動直後に拡張期血圧が低下した学生の心拍数は,増加した学生の心拍数より有意に増加していた(図4).

図4

運動直後の拡張期血圧の変化と心拍数の関係.運動直後に前値より10%以上の低下(低下群n = 20),10%以内の変化(不変群n = 39),10%以上の上昇(上昇群n = 23).

運動負荷が終了した後,グループ内での自分達の結果についてディスカッションを行った.運動負荷後に収縮期血圧が上昇する原因について,「血圧は心拍出量と血管抵抗の積で決まります.運動によって増加する酸素需要量をまかなうため,心拍出量が増加し,収縮期血圧が上昇します.」と説明した.拡張期血圧が低下する場合がある原因について,「運動によって放熱のため末梢血管が拡張するため,血管抵抗が低下し,拡張期血圧が低下することがあります.」と説明した.学生も自分達で走った後のデータの解釈であるため,興味を持ってディスカッションに積極的に参加しており,教育効果があったと思われた.

水銀血圧計とアネロイド型血圧計の比較についてのアンケート結果で10名以上の学生が指摘した点を以下に記す.

・使い易さで大した違いは無い.

・水銀血圧計は,アネロイド型に比べ,目盛りが大きくて見やすい.

・アネロイド型血圧計は,水銀血圧計に比べ,軽くて扱い易く,コンパクトなので患者にとって威圧感が少ない.

・アネロイド型血圧計は,針が心拍に応じて動くので,収縮期血圧が目でも確認できて良かったという学生と,逆に針が揺れるので正確に読みづらいと感じた学生がほぼ同数いた.

考察

「薬剤師は患者の体に触れてはいけない.患者の体に触るのは違法である.」年配の薬剤師の中には,いまだにそう信じている先生がいる.薬が適正に使用されているかどうかをチェックするのは薬剤師の業務の範疇であり,そのためにはフィジカルアセスメントが必要な場合がある.医師,薬剤師,看護師にはそれぞれ役割分担があるが,重なる部分も多い.フィジカルアセスメントは,医師がいる病院に勤務する薬剤師にはほとんど必要が無い.必要となるのは,在宅,薬局の健康相談窓口,かかりつけ薬剤師として緊急で患者宅に呼ばれた時などであろう.

フィジカルアセスメントを学生に教育し始めた頃感じたのは,学生側に「なぜ薬剤師がフィジカルアセスメントを?」というためらいがあるなということであった.初めてすることに対して,学生にとまどいと,ある種の照れがあった.それらを払拭し,自然に血圧と脈拍測定の練習ができる様になるため,運動負荷を導入した.600 mを走りきるのはかなりの負荷であり,筆者も学生と一緒に走るのだが,最後は足が先へ出なくなる程消耗する.その直後の血圧・脈拍測定である.照れも,ためらいもあったものではなく,学生は肩で息をしながらお互いに血圧・脈拍測定をすることになり,自然とその技能を体得できた.学生には,実習前に「今日7回血圧・脈拍測定を行いますが,8回目は患者さんが相手です」と説明している.運動前に3回,運動後に4回行うことで,実習終了時には短時間で血圧・脈拍測定ができる様になった.実習のみではむろん十分とはいえないが,将来,彼らが臨床現場でフィジカルアセスメントをとる際に必ず役に立つと考えている.

運動負荷をするにあたって注意すべきことは,1)無理をせず,測定し合うペアでペースを合わせて走る事,2)体調不良の学生は走る前に申告させて見学してもらう事,3)走り終わった学生にはスポーツドリンクを飲んでもらう事などである.

今年度実施した82人の学生の運動負荷前後の血圧と脈拍の結果について若干の考察を加える(グループ毎の結果の考察は学生と一緒に実習中に行った).運動負荷前の血圧に関して,男性が女性より高値であったが,この血圧の性差は,これまでの報告2) と一致するところであり,女性ホルモンの血管拡張作用が一因と考えられる.今回,運動負荷前の脈拍数も男性が女性より高値であった.心拍数は加齢と共に減少し,一般に女性の方が男性より多いと言われている3) が,性差はないという報告2) や,若年者で男性の方が多い傾向を示した報告4) もある.運動負荷によって収縮期血圧は全員上昇したが,これはこれまでの報告と一致する5).血圧は,心拍出量と血管抵抗の積で決まるため,運動によって交感神経系が亢進し,心拍出量が増加するため収縮期血圧が上昇すると考えられる.学生の中には,運動直後200 mmHg近くまで収縮期血圧が上がった学生もいて驚くと共に,今回,運動後に22%の学生が高血圧を呈したことから,大学生でもかなりの割合で高血圧症が存在する現状6) を実感した.拡張期血圧に関して,全体で平均すると運動負荷前後でほとんど変化しなかった.しかし,個々でみると10%以上低下した学生が20名(24%)存在した.拡張期血圧が10%以上低下した学生の心拍数は,10%以上増加した学生の心拍数より有意に高値であった.走るスピードは学生に任せており,より速く走って汗をかいた学生ほど心拍数も増え,血管も拡張した可能性を示唆する所見として興味深い.

以上,本学において実施しているフィジカルアセスメントの中の「血圧・脈拍測定」の実施方法と教育上の工夫について紹介した.薬剤師にとってフィジカルアセスメントは,とらなければならない状況,とった方が良い状況で,いつでもとれることが重要であり,今後もいろいろ工夫を凝らして学生が興味を持つフィジカルアセスメント教育をしていきたいと考えている.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

尚,この実践報告に関して,立命館大学「人を対象とする医学系研究倫理審査委員会」では,通常の授業の中での実習内容の紹介であるため,審査不要と判断した.

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