薬学実務実習終了生を対象としたアンケート調査によれば,大半の学生は実習中に基礎薬学の知識を活用する機会は少なかったと感じていることが報告されている.その要因として,教員が基礎薬学は臨床現場でどのように役に立つかを具体的に説明できていないことが指摘されている.しかし,臨床現場での問題は基礎薬学が問題解決に有用となることもある.そのため,基礎系教員と臨床系教員が連携し基礎薬学の臨床現場での有用性を理解させ,それが可能であることを示すことが必要であると考えた.そこで,実務実習事前学習において有機化学を専門とする基礎系教員と実務家教員が連携した医薬品の配合変化に関する実習を実施し,終了後にアンケートを行った.この結果,受講生の90%以上が基礎薬学の内容が臨床の問題を解決するのに有用であることを意識できた.すなわち,基礎薬学が臨床現場でどのように役に立つかを意識させる実習を提供できたと考えられる.
平成24年度および28年度診療報酬改定において,病棟薬剤業務実施加算,かかりつけ薬剤師指導料が相次いで新設され,チーム医療や地域包括ケアシステムの現場において,薬物療法全般に責任を持つ薬剤師が求められている.医師や看護師のような他職種と協働する中で,薬剤師にしかできない職能を発揮するためには,他職種よりも専門的に深く学んでいる物理化学や有機化学の知識を応用して臨床現場の問題解決に向けて取り組んでいく必要がある.6年制薬学教育が開始され10年を迎えるが,基礎薬学系科目の学習内容が臨床に結びついていない薬剤師が多い状況は変わっていないという意見が存在する1).さらに,長期実務実習を経験した薬学生を対象とした薬学部授業内容の活用状況に関するアンケート調査によれば,薬理学,薬物治療学のような医療薬学系科目は80%以上の学生が役に立ったと回答する一方で,物理化学,有機化学の知識が役に立ったと回答した学生は10%以下と非常に低く,基礎薬学系科目の学習内容をどのように活用すれば良いかわからないという意見を持っていることが明らかとなっている2).その1つの要因として,有機化学を例にとると,担当教員は臨床現場における有機化学の重要性を認識しているが,その知識が臨床の場でどのように利用できるかを説明できないことが指摘されている3,4).このため,既に一部の大学では,初年次を中心に基礎薬学系科目と臨床応用を橋渡しする分野横断型教育による基礎薬学系科目の重要性を意識づける様々な演習形式の取り組みが行われている5,6).これら統合型教育に加え,臨床事前実習などの実習科目で基礎系教員と実務家教員が連携し,臨床現場の問題を基礎薬学系科目の学習内容の活用による問題解決事例の疑似体験型学習を行うことにより,薬学生に基礎薬学の重要性を長期実務実習前に改めて認識させられるものと考えられる.そこで我々は,兵庫医療大学薬学部4年次実務実習事前学習において,有機化学を専門とする基礎系教員(以下,有機系教員)と実務家教員が連携した配合変化実習を実施し,受講生に対する実習後アンケートから連携実習による受講生の意識について調査した.
実習の概要を図1Aに示す.配合変化実習の題材の選定に関しては,まず,実務家教員が配合変化の10例程度を有機系教員に提案した後,化学構造から配合変化の要因について受講生が考察できる例を有機系教員が選定し,6種類の組み合わせとした.1コマ目は,講義室で前週に実務家教員が行った注射剤混合の実習から,配合変化の内容を抽出した図2Aの演習シート(図2A)を使用し,有機系教員1名が担当し,医薬品の溶解性,溶解度のpH依存性について,化学構造を踏まえた振り返り講義および個人および自由グループによる演習を実施した.臨床現場への応用として,pH変動試験スケールに関する解説および演習を行った.さらに,2~3コマ目で実施する配合変化実習内容について図2Bの演習シートを用いて,実習前に配合変化を予測する演習を行った.配合変化実習は,実習室に移動し,図1Bに示すように,実務家教員および外部の薬剤師8名が1人当たり12名程度のグループを1~2グループ担当し,秤量・混合操作の指導を行った.本実習では,1つテーマの混合・観察を行った後に有機系教員1名が生じた配合変化についての化学的側面からの振り返り解説を実習室内で行うデザインとした.
実習の概要(A)実施内容・タイムテーブル,(B)実習時の担当教員・受講生の配置
演習シート(A)医薬品の溶解性,pH変動スケール用,(B)配合変化予測演習用
実習終了後に実施した全10問のアンケートのうち,質問1~5では,化学構造式から医薬品の物性を説明・予測できるとの自覚,質問6では,臨床現場で添付文書やインタビューフォームに記載されている情報だけでなく,必要に応じ基礎薬学系科目内容を活かして考えるという意識,質問7では,有機化学などの基礎薬学で学習した内容が臨床に活かせるかどうかの意識について調査した.評定尺度は5段階(とてもそう思う,そう思う,どちらともいえない,そう思わない,全くそう思わない)とし,印象度の高い順に5点~1点で点数化した.この時に,5点および4点を選んだ受講生を同意層とした.さらに,質問8~10で自由記述により実習の良かった点(質問8),改善してほしい点(質問9)および感想(質問10)の記載内容から本実習の利点と改善点の抽出を行った.
3.共起ネットワーク分析受講生が自由回答で用いた語句が,どのような関係で使用されているのかを視覚的に捉えるために,KH Coder 3を用いて,共起ネットワーク分析を行った7).ChaSenを用いた形態素解析により得られた出現回数2回以上の名詞,サ変名詞,形容動詞,固有名詞,人名,ナイ形容詞,副詞可能,未知語,タグ,感動詞,動詞,形容詞および副詞を解析対象語とした.また,形態素解析の結果,過剰に分割された「構造式」「配合変化」「pH変動スケール」「有機化学」などの語句は強制抽出を行い,著者のうち2名が同じ意味を持つと判断した複数の語句を「分かる,わかる→分かる」「pH変動スケール,pH変動試験,変動スケール→pH変動スケール」のように,一つの語句に置換した.共起ネットワーク分析の結果として得られたネットワーク図は,Jaccard係数が大きいものから順に,描画数(共起関係の数)40で,強い共起関係ほど濃い線で描画した.また,出現回数の多い語句ほど大きい円で描画するバブルプロットで描画した.
4.倫理的配慮実習後の印象度アンケート調査は,兵庫医療大学倫理審査委員会の承認を得て行った(承認番号:17022号).なお,アンケートへの参加は自由意思であること,アンケート参加を拒否した場合においても,不利益を生じることはないことを文書および口頭で説明し,書面で同意を得た.
受講生152名中,130名からアンケートの回答が得られ,回収率は85.5%であった.
1.印象度アンケート結果実習後の印象度アンケートの結果を表1に示す.化学構造式からの医薬品の溶解性の予想(質問1)について,同意層の割合は94.6%,平均印象度は4.35であった.医薬品の溶解性と水溶性・脂溶性の関係についての理解(質問2)に対する同意層の割合は93.8%,平均印象度は4.42であった.医薬品の溶解性を向上させるための工夫についての理解(質問3)に対しては,受講生の93.0%が同意層となり,平均印象度は4.30であった.配合変化と医薬品の酸性・塩基性との関係についての理解(質問4)では,受講生の98.4%が同意層であり,平均印象度は4.49であった.配合変化と水溶性・脂溶性の理解(質問5)における同意層の割合は97.7%であり,平均印象度は4.55であった.臨床の問題解決には添付文書やインタビューフォーム情報で十分(質問6)に対しては,53.2%が同意層であり,平均印象度は3.63であった.有機化学などの基礎薬学の臨床応用(質問7)に関しては,同意層の割合は96.8%であり,平均印象度は4.41であった.
質問番号・内容 | 回答率(%) | 平均印象度 (標準偏差) |
||||
---|---|---|---|---|---|---|
印象度(強く思う5 ↔ 1全く思わない) | ||||||
5 | 4 | 3 | 2 | 1 | ||
1.医薬品の溶解性は構造式から予想することが可能だと思いますか? | 40.0 | 54.6 | 5.4 | 0 | 0 | 4.35(0.58) |
2.医薬品の溶解性は水溶性・脂溶性に関係していることを説明することが可能だと思いますか? | 48.5 | 45.3 | 6.2 | 0 | 0 | 4.42(0.61) |
3.医薬品の溶解性を向上させるための工夫を説明することが可能だと思いますか? | 35.7 | 57.3 | 7.0 | 0 | 0 | 4.30(0.60) |
4.配合変化において,医薬品の酸性・塩基性が関係していることを説明することが可能だと思いますか? | 49.6 | 48.8 | 1.6 | 0 | 0 | 4.49(0.54) |
5.配合変化において,水溶性・脂溶性が関係していることを説明することが可能だと思いますか? | 56.6 | 41.1 | 2.3 | 0 | 0 | 4.55(0.56) |
6.臨床現場では,添付文書やインタビューフォームに記載されている情報で十分だと思いますか? | 18.8 | 34.4 | 35.2 | 10.8 | 0.8 | 3.63(0.98) |
7.有機化学等の基礎分野の知識が臨床現場で応用することが可能だと思いますか? | 43.3 | 53.5 | 3.2 | 0 | 0 | 4.41(0.56) |
アンケート回答者130名のうち,質問8に回答した受講生57名の自由記述について語と語の共起関係を分析した.形態素解析により得られた出現回数2回以上の解析対象語を表2に示した.「実際」や「見る」など,座学よりも実習に特化した語句が認められた.共起ネットワーク分析の結果として得られたネットワーク図を図3に示した.互いに強く結びついている語句同士をグループ化し,その中から「a:構造式-見る-目-実際-体験-深まる-理解」「b:構造式-医薬品-変化-予想-楽しい-実習」「c:医薬品-構造-臨床-重要」の3つのグループを抽出した.なお,具体的な自由回答の例は以下の通りである.「構造上の重要性と臨床への応用性を提示していたのがよかった.」「化学構造式から,医薬品の変化を理解できた.」「実際に目で見て体験することによって理解が深まった.」「今まで習ったことを生かして予想する実習で楽しかったです.」.また,質問8の回答者と未回答者の2群について,質問1~7の印象度の平均値の偏りについて検討し,本結果の標本に偏りがないことを確認している(データ未記載).
抽出語 | 回数 | 抽出語 | 回数 |
---|---|---|---|
分かる | 20 | 実習 | 3 |
実際 | 12 | 体験 | 3 |
理解 | 10 | 入る | 3 |
見る | 8 | 反応 | 3 |
構造式 | 8 | 意義 | 2 |
説明 | 7 | 学べる | 2 |
解説 | 6 | 楽しい | 2 |
配合変化 | 6 | 具体 | 2 |
変化 | 5 | 見れる | 2 |
目 | 5 | 考える | 2 |
pH変動スケール | 4 | 講義 | 2 |
化学 | 4 | 重要 | 2 |
先生 | 4 | 深まる | 2 |
有機化学 | 4 | 頭 | 2 |
予想 | 4 | 配合 | 2 |
医薬品 | 3 | 復習 | 2 |
起こる | 3 | 予想できる | 2 |
構造 | 3 | 溶ける | 2 |
今 | 3 | 良い | 2 |
面白い | 3 | 臨床 | 2 |
混合 | 3 |
n = 57
アンケート出現語(質問8,この授業・実習で良かった点)の共起ネットワーク解析.
出現数の多い語ほど大きい円で,強い共起関係ほど濃い線で描写した.また,比較的強くお互いに結びついている部分に関して,グループ分けを行った.
アンケート回答者130名のうち,質問9,10の自由記述に回答した受講生は,それぞれ12名,10名であった.質問9で問うた改善点についての,具体的な自由回答の例は,「感覚的な部分が多かったので理屈を少しは説明して欲しい」「忘れている内容もあり難しかったです.」「説明が速かった」が挙がった.質問10の感想では,「実習に基礎科学的な意味づけが役立つのは(実習の)モチベーションにもつながった.」「構造式の見方など医療の現場でとっさに判断しなければいけないときに役立つと思いました」が挙がった.
実習後の印象度アンケートで実習内容に関連した質問1~5のいずれも同意層の割合は90%以上であった.さらに,質問8の自由回答アンケートでの共起ネットワーク分析の結果において,「構造式-見る-目-実際-体験-深まる-理解」,「構造式-医薬品-変化-予想-楽しい-実習」の語群が比較的強く結びついていた.このことは,受講生が化学構造式やpH変化による分子形とイオン形の割合の変化などの知識から医薬品の配合変化を予想した上で体験したことにより,我々が実習をデザインする際に期待した化学構造式から医薬品の物性および配合変化を予測・説明できるために必要な有機化学の学習内容の理解が深まったと考えられる.さらに,有機化学などの基礎薬学の臨床応用の問いに対する同意層の割合は96.8%であり,自由記述の共起ネットワーク分析の結果からも「医薬品-構造-臨床-重要」の語群の結びつきが比較的強かったことから,連携実習を通じ,実習の目的である有機化学と臨床との繋がりが重要であると認識できたものと考えられる.一方,質問6の同意層が53.2%と他の質問に比べて低かった点に関しては,添付文書やインタビューフォームの情報だけで解決できない問題に対し,その際には,自身で考えて解決策を導く必要があると感じたためと推察される.しかし,本質問内容は,医学論文の利用といった我々の意図と異なる理由でも同意層の割合が低下することが予測できるため,一概には結論づけられない.
今回の実習後の印象度アンケートの改善点として,実習直後にアンケートを実施したため,実習内容を記憶している状況で行った.そのため,実習内容を反映した6項目の質問について印象度1,2と回答した受講生が0人となり,印象度が4以上の高値を示した点は否定できない.さらに,質問8への回答群と未回答群は完全には同じであるとは言えないため,共起分析の結果が受講生全体の意識を表しているとは結論付けられない.このため,次年度では,実習による学習効果および意識の変化について,実習前後における理解度および印象度の変化について確認することが必要であり,実習後アンケートは,実習1週間後や実務実習事前学習終了時に実施する必要がある.
以上より,4年次の実務実習事前学習を実施する上で,有機系教員と実務家教員が連携して実習内容をデザインすることにより,受講生の多くが低学年次に学修した有機化学の内容が一部の臨床上の問題解決に役立つと感じる実習を提供できた.しかし,連携実習の有用性を示すには,有機化学を担当する教員だけでなく,物理化学や生物化学といった他の基礎系科目を担当する教員とも連携した実習を実施していくことが必要である.さらに,有機化学のような基礎薬学系科目の学習内容と臨床とのつながりを薬剤師,薬学生が意識させるためには,安原の指摘にあるように4),統合型教育の取り組みを大学内だけで完結させるのではなく,31年度より開始される長期実務実習の実習計画策定時に,大学,薬局,病院がこれまでよりも密に連携して,基礎薬学系科目の重要性を意識させるような実習指導を行えることが望ましい.そのためには,臨床現場で働く薬剤師に対しても,本取り組みで行ったような連携実習を受ける機会を大学から提供していくことが必要であると考える.
本アンケート調査は,兵庫医療大学教育助成金により実施されたものである.本稿作成において,有益なご助言等を賜りました大森志保助教(兵庫医療大学薬学部)に感謝いたします.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.