2019 年 3 巻 論文ID: 2019-014
質的研究とは「社会現象の自然な状態をできるだけ壊さないようにして,その意味を理解しようとする探求の形態を包括する概念」に根ざした研究である.質的研究を理解することは難しいが,医療人教育に携わる教員が,自ら行った教育実践について省察し,その改善を図ることを目的とする質的研究に限定して,その意義と具体的な研究の進め方について述べる.教育を教育者の視点で理解し,説明できて,教育に関連する状況の予測,改善につなげるように構造(モデル)化し,モデルを得るまでのプロセスを明示する.教育で生じた状況に関するリサーチクエッションを明確にして,インタビューデータ,学生が記載したポートフォリオデータなどについて,グラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA),M-GTA,などの方法を用いてモデル化を図る.教育者がより良い教育を実践するという目的の下で,省察して実践知を得る際に,モデルを基に判断や行動をすることができる.
第3回日本薬学教育学会大会で,シンポジウム「質的研究から見えるもの」の発表を通じて,医療人教育における質的な研究の目的と意義を改めて考える機会をいただいた.医療人教育を担当している教員の立場から,質的研究の目的と意義について考えを述べる.
質的研究とは「社会現象の自然な状態をできるだけ壊さないようにして,その意味を理解しようとする探求の形態を包括する概念」 1) に根ざした研究である.質的研究でもっとも重要なのは,研究者が現象のどこに着目し,それをどのような角度から分析するかである2).
一方,専門職育成モデルとしての医療人教育は以下の3段階を経てきたと考えられる.第1段階は「師弟関係に支えられた師弟修業的自己形成モデル」,第2段階は「技術的合理性に基づく技術的熟達者(technical expert)育成モデル」そして第3段階は 『「実践の中での省察 (reflection-in-action)」 に基づく省察的実践家 (reflective practitioner) 育成モデル』 である3).
医療人教育において理論は実践の中から紡ぎ出され,実践を通して検証されるものであり,他方,実践は理論によって方向づけられ,理論を通してより良いものへと磨かれていくものと考えられている.第3段階の現在,教員に求められているのは,教育実践の過程で働く省察である.省察の対象は,教員を含む教育現場の「暗黙知」であり,教育で起きた状況である3).医療人教育においては,社会的説明責任として学生のコンピテンシーあるいはディプロマポリシーの到達度を可視化することが求められる.教員が教育を実践して,教育を充実したものにしようと考える際に,「研究者などの外部の人間が,現場でデータをとる」ことも考えられるが,この稿では,教員が研究者となり,自らが専門職としての成長につなげるための実践の中で省察し,新たな視点を見つける方法としての質的研究を考えたい.なぜなら医療人教育において,社会的説明責任を負うのは,外部の研究者ではなく教員自身だからである4).
医療人教育の状況変化に合わせて実践者が構築・再構築する実践知(Practical knowledge)を身につけることを目的として,教員自身が行う質的研究の方法を考える際に,研究結果を論文として公表できた方が良いと考える.そのためには研究の科学性を担保した方が良い.意味,価値などはすべて関心,目的などと相関的に規定される「関心相関性」を中核概念とする構造構成主義に基づくと5),まず教育者として関与した教育を教育者の視点で理解し,説明できて,かつ教育に関連する状況を予測したり,改善につなげられるような構造(モデル)化をする必要がある.次に構造(モデル)を得るまでのプロセスを明示する必要がある6).その際には,教育者としてより良い教育を実践するために,研究対象とする教育で生じた状況に関するリサーチクエッションを明確にして,インタビューデータ,質問紙データ,学生が記載したポートフォリオデータなどについて,グラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA),M-GTA,エスノグラフィーなどの方法を用いて,構造(モデル)化を図る.このモデルを活用して来年も成り立つという予測可能性と再現可能性を担保し,さらにモデルの一部を変化すると教育の結果生じる状況(教育効果など)も変えることができるという制御可能性も担保することができる.構造(モデル)化を行うと,教育者がより良い教育を実践するという目的の下で,省察して実践知を得る際に,モデルを基に判断や行動をすることができる.
さらに授業を担当する教員の立場としては,授業を受けた学生全員がどのように授業を受けとめたか,その全体像も知りたくなる.例えば,医学,歯学,薬学,看護,理学・作業療法学科の5名の学生がチームとして1週間入院患者を担当する病棟実習を行った例を挙げる.実習をふり返って書いた省察ポートフォリオの記載について,全体の学生数の1割弱の9グループ分を解析し,得られたモデルで学生達の学びのプロセスや達成度をある程度知ることができる7).ここで得られたモデルに沿って仮説を形成し,質問紙を作成して,量的アプローチで全学生を対象に検証する,あるいはモデルから学生のグループ化を図り,グループ毎の特徴を明らかにすることによって全学生の総合的な様子を把握するような,質的研究と量的研究を組み合わせる方法もある8).量的研究と質的研究の統合については現在取り組んでおり,論文としてご報告したい.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.