2019 年 3 巻 論文ID: 2019-018
医療専門職教育において,チーム基盤型学習法(Team-Based Learning, TBL)は,基礎と臨床を統合した問題解決型学習に適している点と,将来のチーム医療を見据えた協働スキルを養成できる点,自らの学修に対する責任への意識を高める点で,有望なアクティブ・ラーニングの手法である.TBLにおける準備確認テスト(RAT)や応用課題演習をオンライン化すれば,医療専門職教育において多用される症例画像等を高精細に提示できるとともに,評価とフィードバックを迅速かつ正確に行え,学修成果の向上が期待できる.その一方で,症例画像等の患者情報を保護しつつ,個人所有のノートパソコンを用いて試験を実施することには,多くの困難を伴いうる.これらの課題を解決するため,クラス全員がタブレット端末を利用するICT環境を整備した.このシステムの概要と技術的な課題や運用上の課題について紹介する.
Team-Based Learning(TBL)は,オクラホマ大学(当時)のLarry Michaelsenが開発した教育方略で1),大人数クラスの授業を教員1人でも効果的に運営できるようにクラスを少人数グループに分けて課題に取り組ませることに特徴がある.TBLは,2000年頃から北米を中心として医学教育への導入が進み,基礎と臨床の知識を整理・統合し応用力を身につけさせるのに有効であるとの報告がある2).わが国でも近年,主に医療専門職教育において,グループワーク中心・課題解決型の教育方略として注目されるようになっている.
TBLでは学習者へのフィードバックを重視しており,TBLに不可欠な準備確認テスト(RAT)で迅速なフィードバックを行うために,従来,iRAT(個人テスト)ではスキャナによるデータ取り込み,tRAT(チームテスト)ではスクラッチカードが用いられてきた.iRATとtRATをMoodle 3) などのeラーニングシステム上で実施すれば,評価とフィードバックが迅速かつ正確になるとともに,自動的な学修履歴の記録が可能となり,学修成果の向上が期待できる.医療専門職教育では症例等に画像が多用されることから,RATや応用課題演習において高精細な画像を提示できることも大きなメリットとして上げられる.その一方で,患者の顔貌写真など個人情報の保護は,教材のオンライン化を進めるうえで避けられない課題である.また,歴とした試験として位置づけられるRATを個人所有のノートパソコン上で実施する場合には,不正行為防止策を講ずることが大学側に求められる.
TBL授業にICT(Information and Communication Technology)を導入するメリットを最大限に生かしつつ,教材に含まれる個人情報の保護と公正な学習環境構築を確立するための方策として,大学所有タブレット端末を用いたセキュアなネットワーク環境を構築したので紹介する.
教室に設置されている無線LANを学生が利用する場合,Wikiなど外部サイトへのアクセスを制限することは難しい.資料参照を認めないRATなどのセッション中に,学生が外部サイトに不用意にアクセスするのを防止するため,既設キャンパスネットワークの末端にルータを差し挟んで,無線アクセスポイント(AP)を設置し,この無線APを介してネットワークに接続することを学生に課した(図1).授業開始時に,大学所有のタブレット端末を配布し利用させた.これらのタブレット端末には,通常の無線キャンパスネットワークへのアクセスを制限し,上記の無線APを介してネットワークに自動接続するよう予め設定してある.TBL授業の各セッションの目的に応じて,管理用パソコンからルータを制御し,Webサイトに自由にアクセスできる自由アクセスモードと,Moodleサーバなど特定のサイトのみアクセスできるセキュアモードとを切り替えた.学生が持ち込んだ個人のノートパソコンやスマートフォンからのアクセスを制限するために,授業中に貸与するタブレット端末のMACアドレスを登録することでフィルタリングを行うことも可能である.授業終了時にタブレット端末を回収するため,セッション中にダウンロードした症例等の患者情報が誤って教室外に持ち出されるのを防止することができる.
セキュアな教室内ネットワーク環境.既設のキャンパスネットワークの末端にルータを差し挟んで,無線アクセスポイント(AP)を設置した.管理用パソコンからルータを制御し,Webサイトに自由にアクセスできる自由アクセスモード(a)と,Moodleサーバなど特定のサイトのみアクセスできるセキュアモード(b)とを切り替えた.
なお,各授業科目の目的や運営形態に合わせて,タブレット端末の設定を変更したり,授業終了後に初期化を行う必要がある.これらの管理を効率的に行うため,最大20台の端末をPCに接続するための装置(USBハブ)と,タブレット端末管理のための専用ソフトウェアを用いた4).端末の充電もこの装置により20台同時に行うことができる.
2.教員からのフィードバックを支援するMoodle用プラグインTBL授業における準備確認のセッションでは,iRAT/tRATの実施後に,教員がRAT問題に関連した補足説明(フィードバック)を行うことが必要である.従来のスクラッチカードを用いる方法では,tRAT終了後にスクラッチカードを教員が回収して手作業で集計し,回答の傾向を把握した上で補足説明を行うことになるが,フィードバックに必須の迅速性と正確性を欠くことが課題となっている.紙媒体によるRATをMoodle上の小テストに置き換えれば迅速性と正確性は保証されるが,フィードバックに必要な情報をMoodle上で得るには教員のスキルが求められる.
この点を改善し,教員がフィードバックを効果的・効率的に行うのを支援する目的で,tRATの各設問に対する各チームの回答結果を視覚的にモニターできるようにするMoodle用プラグインを民間企業と共同開発した.このプラグインはMoodleのコースページ内に配置されたブロック内で動作し,各グループが最初にトライした選択肢(すなわち,グループが最も陥りやすかった誤選択肢)の割合を円グラフ等で表示するとともに,グラフの該当箇所にカーソルを合わせると選択肢の内容が表示されるようになっている(図2).tRAT実施直後に全グループの回答の傾向が1つのグラフとして表示されるため,教員はこれを参照しながら有益なフィードバックができるようになる.
小テスト実施結果をグラフ化するMoodleプラグイン.tRAT終了後に起動することで,各グループが最初にトライした選択肢の割合を円グラフ等で表示するとともに,グラフの該当箇所にカーソルを合わせると選択肢の内容が表示される.
tRATはグループで受けるテストであることから,Moodleの小テストを用いてtRATを実施するには少々工夫が必要である.Moodle上の成績管理との兼ね合いから,最も簡便な方策として,iRAT実施のための個人ユーザーとは別にtRAT実施のためのグループユーザーをコースに登録し,iRATとtRATとでユーザーを切り替えて利用させた.すなわち,学生が個々にiRATを受けた後,各グループの代表者1名が自分のタブレット端末からグループユーザーとしてログインし直し,他のメンバーとともにtRATに取り組んでもらうこととした.RAT問題は4肢択一形式あるいは5肢択一形式とし,iRATには遅延フィードバックモード(所定の時刻が過ぎるまで回答の正否が知らされないモードで,次ステップのtRATが終了する時刻に正否開示するよう設定)を使用し,tRATにはアダプティブモード(正解に達するまで複数回トライできるが,回数に応じて減点されるモード)を使用した.
4.ICTの段階的導入TBL授業にICTを導入するには,受講生に導入の趣旨や実施方法を十分説明することに加え,タブレット端末やMoodle上でのRAT実施に慣れるための練習が必要である.また,クラスによっては100名超と比較的規模が大きく,全員一斉にネットワーク接続する必要のあるiRAT実施時に技術的な問題が生じる可能性が考えられることから,ICTを段階的に導入することとした.すなわち,第一段階として,端末数が少なくて済むtRATのみにICTを導入し,十分な検証を経た上で,第二段階とてiRATにICTを導入した.
ICT導入の最初の対象となる前期のクラス(5・6年生合同クラス,学生数105名,チーム数18)には,tRATのみにICTを導入した.全員がTBL経験者であったため,ICT導入の趣旨を説明した後,タブレット端末を用いた体験コースを実施した.全ユニットを通じて,iRATは紙媒体による従来法を用い,tRATのみにICTを利用した.
これと同じ年度の後期の対象クラス(2年生,学生数49名,チーム数10)では,1学期間の授業を3分割し段階的にICTを導入した.このクラスは全員がTBL未経験だが,他の授業でMoodleを利用している.まずTBLに関する解説と従来法(紙媒体)による体験コースを実施した.続いて,ICT導入の趣旨を説明した後,タブレット端末を用いたMoodle上のRAT実施を練習させた.その上で,第1部(最初の1/3)はiRAT/tRATともに従来法を用いてTBL授業を行った.第2部(中間の1/3)は,iRATを従来法で実施した後,グループに1台のタブレット端末を配布してMoodle上でtRATを実施した.第3部(最後の1/3)は学生全員にタブレット端末を配布し,iRATとtRATの両方をMoodle上で実施した.
前期と後期のどちらの対象クラスも,応用課題演習では従来法(紙媒体による教材提示)とICT(Moodle上の画像をタブレット端末で参照)を併用した.なお,多肢選択形式の応用課題では提示カードによる一斉回答を実施し,ポスター作成形式の応用課題では,ポスター閲覧のあとベストポスターを投票させた.グループの学習成果物(結論に至る考え方を記した解答用紙やポスター)を担当教員が評価してグループ点とした.
5.学生評価アンケートの実施TBL授業へのICT導入を検証する方策の一つとして,後期の対象クラスの学生を対象に,全授業終了後に無記名による授業評価アンケートをMoodle上で実施した.質問項目としては,授業に対する満足度を数値(0~100%)で問うとともに,満足要因および不満足要因を選択肢から複数選択可で選ばせた(表1).加えて,個別項目として,ICTを導入したことに対する評価をiRATとtRATに分けて5段階リッカートで問うた(表2).
質問 | 内容 |
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1 | この授業に対するあなたの満足度Sは何%ですか. |
2 | あなたの満足度は,主にどの要因によると思いますか.該当するものにチェックを入れてください(複数回答可). 教員の教育に対する熱意/教員の話し方や声の大きさが適切/質問や要望への対応がよい/シラバスがわかりやすい/授業がシラバスに沿っている/授業の時間配分/教科書や予習資料など/自学自習を促している/講義(TBL以外)のテーマ/バイタルモニター等の体験コース/TBLという授業形式/TBLユニットのテーマ/教室の使い勝手・設備/RATの内容(範囲・難易度)/RATの実施が学習の動機づけになる/応用課題の内容/固定メンバーである/グループの分け方/グループ内のメンバーの多様性/グループの人数/グループ学習がよく機能した/ピア評価があること/成績評価方法は納得いくものだ/その他(自由記載欄にお願いします) |
3 | あなたの不満足度(100-S)は,主にどの要因によると思いますか.該当するものにチェックを入れてください(複数回答可). 教員の教育に対する熱意を感じない/教員の話し方や声の大きさが不適切/質問や要望への対応が悪い/シラバスがわかりにくい/授業がシラバスに沿っていない/授業の時間配分/教科書や予習資料など/自学自習を促していない/講義(TBL以外)のテーマ/バイタルモニター等の体験コース/TBLという授業形式/TBLユニットのテーマ/教室の使い勝手・設備/RATの内容(範囲・難易度)/RAT実施は無意味だと感じた/応用課題の内容/固定メンバーである/グループの分け方/グループごとのメンバーの偏り/グループの人数/グループ学習がよく機能した/ピア評価があること/成績評価方法が納得いかない/その他(自由記載欄にお願いします) |
質問 | 内容 |
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1 | iRATをタブレット端末+Moodleで実施してよかったと思いますか.メリットとデメリットの両方を勘案して総合的に判断してください. |
2 | 質問1で“よかった”(あるいは“悪かった”)と感じた方は,何が一番のメリット(あるいはデメリット)と考えますか.具体的に記載してください. |
3 | tRATをタブレット端末+Moodleで実施してよかったと思いますか.メリットとデメリットの両方を勘案して総合的に判断してください. |
4 | 質問3で“よかった”(あるいは“悪かった”)と感じた方は,何が一番のメリット(あるいはデメリット)と考えますか.具体的に記載してください. |
5 | iRAT/tRATにICTを活用するうえで改善すべき点や提案がありましたら,自由に記載してください. |
前期のクラス(105名/18チーム)において,タブレット端末18台を用いたtRATに技術的な問題は全くなかった.しかし,担当教員の不慣れから,ネットワーク設定を誤ったために授業が滞る場面があった.後期のクラス(49名/10チーム)では,tRATはスムーズに実施できたが,タブレット端末50台弱を用いたiRATではネットワークが混雑してログインできない学生が数名あった.問題のあった学生については回答できた設問のみを採点対象とする措置を行った.この問題に関しては,少し時間を置くことでログインできない状態は解消することが分かった.それ以外に,タブレット端末やMoodleの使用に関して困難を感ずる学生はなく,全員が最初からこれらの環境に順応できた.
後期のクラスに対する授業評価アンケートを分析したところ,満足度は平均で61 ± 24%であった.この授業はカリキュラム改定後初年度の実施であり,同じ学年へのTBL授業実施も今年度が初回であるため,直接比較できるデータはないが,通常の満足度(80%前後)に比べると有意に低かった.
図3に示すように,授業に対する満足要因の中で,「タブレット端末の利用」は比較的上位となる第4位(11名)である一方,不満足要因の第1位(19名)であり,満足要因に挙げた者を上回った.
授業評価アンケート結果1:満足要因と不満足要因の度数分布.授業における満足要因および不満足要因を選択肢から複数選択可で選ばせた結果を,満足要因について頻度の高い順に並べたヒストグラム.不満足要因については,該当する満足要因と同じ順に並べてある.回答者を満足度によって,満足群,中間群,不満足群に3等分してある.
iRATとtRATのそれぞれについて,タブレット端末を用いてMoodle上で実施したことに対する賛否を5段階リッカートで問うた結果を図4に示す.iRATとtRATを問わずICT導入に不満を感じている学生が見られるが,特にiRATに関して不満な学生が多いことがわかる.理由としては「時間が余計にかかる」「煩雑である」「スプリット方式でない」などの意見が複数見られた.「時間が余計にかかる」に関しては,タブレット端末の配布と起動,Moodleへのログインなどのステップが多いことや,ネットワーク接続の待ち時間が長かったことを反映していると考えられる.スプリット方式とは,旧来の紙媒体によるiRAT実施に際し,回答に対する自信度に応じて重みづけをした複数の選択肢を選ぶことを認め,部分点を与える方法である.Moodleの小テストの多肢選択問題では回答を1つしか選べないため,スプリット方式により部分点を与えることができないことへの不満と考えられる.一方,tRATに関しては,iRATに比して印象がよいとの結果を得た.このことは,台数が少ないためネットワークトラブルが起きにくかったことに起因すると考えられる.
授業評価アンケート結果2:iRAT/tRAT別のICT導入の賛否.TBL授業にICTを導入したことに対する賛否をiRATとtRATに分けて5段階リッカートで問うた結果.図中の数字は回答者数.
ネットワーク接続の問題は,無線アクセスポイントの性能によるところが大きいと考えられるため,上位機種に交換することが期待できる.タブレット端末を用いることの“煩雑さ”は,配布前に端末を起動しておく,授業開始前にMoodleへのログインを済ませておく,などにより多少解消できると考えられる.また,ログインのタイミングをずらすことで,ネットワーク接続のトラブルも減らせると期待できる.“スプリット方式”の問題は,単純な多肢選択問題タイプでは解決できないが,穴埋め問題(Cloze)タイプを用いて実現できることを確認している.
セキュアな教室内ネットワーク環境を構築し,最大50台のタブレット端末を介してiRAT/tRATを実施するICT活用TBL授業を実施した.ネットワークが混雑して接続できないトラブルが起こり易かったために学生による評価は低かった.しかし,TBLにICTを活用することに数々のメリットがあることは事実である.現時点ではメリットとデメリットが拮抗しているため,ネットワーク環境の整備と,端末管理の煩雑さを減らす方策を探る努力を続けていく必要がある.
現在,パソコン必携化を進める大学は増えつつあるが,すでに必携化を導入した大学ではパソコンの活用が課題となっている.ICTの普及も急速に進んでおり,定期試験など厳正な実施が求められる学習活動においてもICTを活用することが望ましい.今回の取り組みでは,大学所有のタブレット端末を貸与する方策を採ったが,ICTを活用したセキュアな学習支援の基礎的技術の確立を企図したからである.ネットワーク接続が現実的な問題とならない比較的小規模なクラスであれば,セキュアなネットワーク環境の構築は容易であり,ICTを活用したTBL授業を実施できることの確証を得ることができた.個人所有のノートパソコンやスマートフォンを用いて,患者情報の保護や厳正な試験実施をいかに実現するかという課題は,依然として残されている.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.