薬学教育
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実践報告
基礎系分野を臨床的課題の理解に繋ぐ思考プロセスを体験するためのジグソー型学習の実施
土生 康司水谷 暢明宮田 興子
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2020 年 4 巻 論文ID: 2018-039

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抄録

基礎系分野が臨床的課題の理解へ繋がる思考プロセスを体験するため,ジグソー法を応用したトライアルを実施した.4,5年次薬学部生21名を3班に分け,班別に化学,薬理学,病態・薬物治療学の講義を行った.各班から1名ずつ3名の班へ組み直し,各自の学習内容を伝達し合う協調的学習を行った.その後,個人及びSGDで講義内容を応用する臨床的課題に取り組み,このSGD前およびトライアル終了後にアンケート調査を実施した.講義が課題を解く参考になったという学生の評価がポストアンケートで上昇し,講義は課題に繋がる内容設定と考えられた.また,SGDにより課題を解けたという評価が高く,グループ学習の有用性が示された.実施後アンケートで高い満足度,学習意欲向上が認められたのに加え,自由記述の感想で臨床的課題と「有機化学」「考える」との関連が得られ,本トライアルの参加者が分野横断的な思考プロセスを体験できたと考えた.

Abstract

For students to learn the thinking process to apply theoretical perspectives to the understanding of clinical issues, a trial of Jigsaw-type learning was conducted. Twenty-one fourth- or fifth-year undergraduate pharmaceutical students were divided into three groups, and each group was given a lecture on chemistry, pharmacology, or pathophysiology and pharmacotherapeutics. One member from each group was then brought into a group of three, and the students were tasked with answering questions, with each student serving as the authority on the lecture they had heard, resulting in a situation where each student must depend on the others in the group to help them answer the clinical questions. Questions were examined at an individual level and in the small group discussions (SGDs). A questionnaire was given before the SGD and at the end of this trial. The student evaluations of the lectures improved in the post-questionnaire scores for successfully conveying content appropriate to answering the clinical questions. Their evaluations also showed significant evidence that the questions could be solved by SGD, indicating the usefulness of Jigsaw-type learning. They also reported a high level of satisfaction after this trial. Additionally, they exhibited greater motivation to learn from the pharmaceutical perspective, an item that earned the highest score on the questionnaire. Responses in the free comments section showed that “organic chemistry” and “thinking” were related to clinical questions, suggesting that this trial encouraged interdisciplinary thinking in students.

目的

薬学は非常に幅の広い総合科学であり,通常,薬学部に入学した学生は物理系・化学系・生物系といった基礎科目を学び始め,その後,実務に直結する医療系・臨床系科目を学ぶ.このようなカリキュラムの中で,学んだ内容を臨床現場に即した問題解決能力につなげる人材の育成が求められている.この点については,薬剤師国家試験においても,分野を横断した総合問題の出題という形で4年制時代の薬学教育との違いが表れている.しかしながら,実務実習に関する薬学部生へのアンケートから,特に有機化学,物理化学,生化学などの基礎薬学を実務実習中に活用できておらず,その原因は基礎系科目を薬剤師業務に応用するための思考プロセスの一部として学んでいないことにあると報告されている1).加藤らは4年次後期「薬物治療学」の科目で,症例に基づいた問題解決型学習(Problem-based learning, PBL)を実施し,疾患の理解に加え薬物の物理化学的性質,作用機序,製剤の特徴,体内動態などとの統合的な理解を目指した内容を実施している2)

神戸薬科大学(以下,本学)では,臨床への活用を意識して基礎系科目を学ぶ特徴あるカリキュラム策定を試みている.1年次前期必修科目である「薬学入門」ではアスピリンを題材に,様々な分野の教員がオムニバス形式で講義し,各分野の重要性や他分野との関わりを認識させることを試みている3).一方,全分野を学習した後,多分野を応用,関連付けする学習の機会は限定的であった.また,本学のカリキュラム等を考慮すると,様々な臨床的状況設定から多分野の関連を学習する機会として十分な時間をとることは困難な状況であった.従って,「この臨床的な問題に対して基礎系分野のこの知識が関連している」という結果・知識を得るのではなく,まずは基礎系分野の思考が臨床的な課題の理解へと繋がる思考の流れを学生が体験し,思考能力を醸成することが必要と考えた.そこで,暗記では対応できず応用を考えなければ解けないように課題を準備し,関連性はあるものの直接的な内容ではない講義の後に,ジグソー法4) を用いたグループワークで理解を深め考えていく学習法をトライアルとして行ったので報告する.

方法

1.教育方法

主な学習範囲を医薬品化学,薬理学,病態・薬物治療学とし,有機化学,薬理学および臨床経験がある教員が担当した.学習者は本学薬品化学,薬理学研究室に所属する4,5年次生を対象に自由意志で参加を募り集まった21名で,全員が薬学共用試験に合格し基本的な学習を終えた者であった.

本トライアルの実施概要を図1に示す.まず,学習者を7名ずつA,B,Cの3班に分け,A班には有機化学反応の基礎,B班には抗ヒスタミン薬の作用,C班にはオピオイド鎮痛薬の使用方法について,15分間の講義を行った.その後,A,B,C班から一人ずつ1~7班にわかれ,A,B,C班で学習した内容を他者に説明し合い,45分間学習内容の共有を図った(SGD1).その後,パーキンソン病患者への処方を題材にした課題4問を配布し,個人で15分検討し,さらに先ほどの1~7班それぞれで議論し,発表用のスライド作成を行った(SGD2,昼食休憩を含めて4時間).その後,各問題に対して2~3班ずつ回答を発表し,教員は追加の説明を行った.

図1

トライアル授業の実施概要

2.課題

課題のリード文として,患者の発言,処方を提示した.患者の発言には,便秘や嚥下困難,抗パーキンソン病薬の効果発現の遅延といったパーキンソン病患者に発現しやすい症状の訴えに加え,典型的とは言えない症状も加えた.処方せんは,抗パーキンソン病薬であるレボドパ,ベンセラジドに加え,下剤の酸化マグネシウムを粉砕し混合するものとした5).課題は,パーキンソン病の影響が強く疑われる症状,抗パーキンソン病薬の効果発現遅延の原因,レボドパとの構造比較によるベンセラジドの薬効,化学の観点から検討する粉砕混合の可否に関するもので,分野別講義が参考となる内容とした.

3.アンケート調査および統計解析

パーキンソン病に関わる課題へのグループワーク(SGD2)直前(プレアンケート,以下,プレ)およびトライアル終了時(ポストアンケート,以下,ポスト)に無記名,任意提出でアンケート調査を実施した.未提出,未回答による不利益は生じないこと,アンケート結果を論文等に報告する可能性があること,提出をもって同意取得とすることを口頭で説明したところ,参加者全員から回答が得られた.プレおよびポストでは,10点満点で評価するそれぞれ6つの問を設けた(図2).統計学的解析は,同じまたは類似した設問について,対応のあるt-検定を行い,Bonferroni法によりp < 0.007を有意差有りと判断した.また,ポストでは,自由記述欄を設け,「問7:『いくつもの領域を統合して学習できた』と強く感じた点はありましたか?あれば,具体的なポイントを教えてください」,「問8:課題に取り組む環境(資料,物品,時間など)は適切だったでしょうか?良かった点,今後に望まれる点を教えてください」,「問9:その他,自由に記載して下さい」について回答を得た.アンケートの自由記載欄の解析にはText Mining Studio6.1.0(数理システム)を用いた.まず,テキストを単語に分割する形態素分析を行い,係り受けも抽出する分かち書きを実施し,その後に頻出用語の調査と主要な共起関係を抽出するための言葉ネットワーク図作成を行った.

図2

SGD2の前後に実施したアンケートの質問用紙

結果

表1には,プレ,ポストの質問内容と,10点満点で評価した結果を示した.個人ワークを行った後,SGD2開始前のアンケート(プレ)では,自分が受講した講義内容の理解(プレ問1)は7.43 ± 1.12であり,学生同士による他者への伝達(プレ問2)は5.81 ± 1.21と低く,統計学的に有意差があった.しかし,他者から説明された他グループの講義内容の理解(プレ問3)は,自分が受講した講義内容の理解(プレ問1)との差は見られなかった.また,課題を解くために分野別講義は参考・ヒントになったか(プレ問5)については,プレで実施した6つの設問のうち5番目に低い平均値であった.「自分独りで解けましたか?」の評価(プレ問4)は,プレの中でも低く3.24 ± 1.73であった.しかし,SGD2の後のアンケート(ポスト)の「課題を解けましたか?」の評価(ポスト問1)では6.24 ± 1.73となり,プレ問4より高い値を示した.この差は統計学的に有意であり,グループ活動の有用性が示唆された.また,取り組みが満足だったかについても,SGD2の前(プレ問6)に比べ有意にSGD 2の後(ポスト問5)で上昇し,「この取り組みで勉強意欲が高まったか(ポスト問6)」については設問の中で最も高い数値となっていた.

表1 SGD2の前後に実施したアンケートの結果

複数領域を統合して学習できたと感じた点を問うたポスト問7の自由記述について,21名中15名から回答が得られた.一人あたりの記述の平均文字数は59.7文字であり,総単語数は198であった.これらの結果から作成した言葉ネットワーク図を図3に示す.特に「有機化学」,「考える」の2語と関連した記述が多いことが示されており,臨床的な場面を提示し,基礎系分野がどのように関連しているかを感じる機会となっていたことを示す結果が得られた.

図3

統合学習に対する学生の自由記述に関する言葉ネットワーク図.円の大きさは単語の出現頻度,矢印の向きは単語同士の係りうけ関係,線の太さは同時出現(共起)の確率を示す.

本トライアルの実施環境について問うたところ(ポスト問8),21名中10名から回答があった.時間不足の指摘が6名からあった.一方,臨床的課題の前の講義により考えやすかったという意見が2名,別々の講義を受けてそれを他の班の人に伝える方法が良かったという意見が1名,集中して取り組めたという意見が1名からあった.その他の自由な記述欄としたポスト問9へは5名から回答があり,「大学の講義では,薬理,有機化学等,ばらばらに考えるが,働き始めたら,このような統合的に考える力が必要になることが分かった」,「班内で相談しつつ考えることで,自分では気が付かなかったと気が付くことができた」,「わからないところをグループで話し合うことはいろいろな発想が分かりあえるのでいい勉強になった」,「思った以上に楽しかった.いろいろなことを考えながら取り組めたのですごく勉強になった」,「思ったより時間が過ぎるのが早かった」という意見だった.

考察

近年,薬学教育では,疾患の理解に加え薬物の物理化学的性質,作用機序,製剤の特徴,体内動態などとの統合的な理解を目指した加藤らの報告2) のように,PBLの実施報告が増えている.本学では,2015年から学長裁量経費による教育改革を進めており,チーム基盤型学習(Team-based learning, TBL)やピア評価6),ミニッツペーパー導入7) などの取り組みを行っている.今回は,「基礎系分野が臨床的な課題の理解へと繋がる思考を体験する」という目標に向けたトライアルを実施した.

ジグソー法は,最も単純には1つの長い文章を3つに切って,一人一人は3分の1ずつを担当し,後から3人で一緒に自分が読んだ内容を他人に教えて文章全体を理解させようとするもので,このような知的な統合作業を促進する方法として活用されてきた4).益川は,継続的に専門領域知識を構成し続けるような専門性を高めるための学習方略として,知識構成型ジグソー法を提案している8).つまり,熟達者をある一定の慣れ親しんだ型の問題を素早く解くことができる「定型的熟達者」,新奇の場面に遭遇したときに,持っている知識や技能を柔軟に組み替えて適用でき,常に向上を目指す「適応的熟達者」に分けた上で,知識構成型ジグソー法は,適応的熟達者が育つ環境の条件と関連が深い要素を取り入れて,学習者同士が悩み対話する建設的な相互作用を引き起こし,理解を深めていくように促すことができるとしている8).そして,このような知識構成型の授業を行っていく上で,学生が考えたい質の高い問題や,解答ではないが考える材料となる資料,十分に考えるための時間の確保などが重要と述べている8).そこで,益川の報告8) を参考に,本トライアルでは学生に複数領域を統合的に考えさせることを目指し,後に複数領域を統合的に考えるための基礎となる講義内容を設定した.化学ではレボドパやベンセラジドの作用や安定性にも関わる基本的な有機化学反応,薬理学では抗ヒスタミン薬を題材にして,レボドパ,ベンセラジドの作用を理解するためにも重要な末梢作用と中枢作用の区別を講義した.また,病態・薬物治療学では,オピオイド鎮痛薬の血中濃度上昇や低下に伴う副作用出現,症状の発現について講義し,レボドパを使用する時の注意事項を類推できる内容とした.講義が課題を解くための参考・ヒントになったという学生の評価について,ポスト問4はプレ問5より上昇しており,分野別講義はSGD2につながる内容に設定できていたと考えられた.しかし,事前準備では,SGD2の前の自分が受講した講義内容の理解(プレ問1)がSGD2の後(ポスト問2)に上昇すること,SGD2の前の他グループの講義内容の理解(プレ問3)がSGD2の後(ポスト問3)に上昇することを期待していた.今回,SGD2の効果として講義内容の理解向上は認められなかったが,この要因として,SGD2の後の解説で分野別講義への振り返りが無かったことが考えられた.具体的には,抗ヒスタミン薬やオピオイド鎮痛薬を用いて学習した中枢作用と末梢作用の区別から作用,副作用を整理できたかや,効果,副作用発現の確認の仕方について,レボドパやベンセラジドとの共通点,違いを振り返る方がよかったと考えている.また,十分に考えるための時間の確保は重要な点の1つである7) が,ポスト問8で時間不足に関する意見が6名からあり,うち2名の回答及び学生の様子からSGD2の時間不足を指していると考えられた.本トライアル全体で6時間半(昼食休憩込み)をかけ十分に検討できる時間設定と考えていたが,スケジュール管理に課題が残った.

本来のジグソー法では,初めの小グループで相互に内容を確かめる「エキスパート活動」を行った後,新たなグループを形成し発展問題を解く4) が,本トライアルではエキスパート活動を実施していなかった.トライアル実施前から時間が他の実施事項で長引くことなどを勘案し,4,5年次生を対象とし,基本的で復習となる講義内容を設定し,エキスパート活動を省略することとした.しかし,ジグソー法において個人が担当する課題の理解が不十分であれば,その後のグループでの議論に支障がある.アンケートの結果,自分が受講した講義内容の理解(プレ問1)は,他グループの講義内容の理解(プレ問3)と同程度と評価され,SDG2の後(ポスト問2,ポスト問3)でも変化しなかった.講義内容に関する理解度を測るテストを実施していないため,いずれも平均で7点台を示した学生の理解度が十分かは不明である.しかしながら,自由記述にて講義により臨床的課題が考えやすかったという回答が2名からあったこと,課題をグループディスカッションで解けた(ポスト問1)という回答も合わせて考えると,講義内容に一定程度の理解を得た上でSDG2を実施できていたと推察された.一方,プレ問1とプレ問2の比較から,分野別講義で受講した講義内容は理解できたが,他者への伝達については自己評価が低かった.プレの全設問の中でプレ問2の評価は比較的低く,他者に伝達できるほど十分な知識とはなっていないと考えられた.エキスパート活動を実施した場合,SDG2の前に他者と相互理解を深めていく過程を体験できることから,他者への伝達に自信を持って対応できる可能性があり,エキスパート活動は実施する方がよいと考えられた.プレ問2の結果より,自分の不確実な知識に気が付くことは,自信喪失に繋がる可能性もあるが,ポスト問9において「班内で相談しつつ考えることで,自分では気が付かなかったことに気が付くことができた」との回答があったことから,むしろ学びのモチベーションに繋がり,個人よりもグループでの学びの重要性に気付いた可能性が考えられた.

臨床的な場面から課題を提示した本トライアルに対する自由記述では,「有機化学」,「考える」の2語と関連した記述が多かった(図2).大学における基礎領域の教育内容は,臨床現場での薬剤師の職能に役立たないという意見があり9),本学内では学生にその意見が伝わり「基礎領域の学習意欲がわかない」という声を聞いている.従って,臨床的な場面に有機化学が関連することを感じられた意義は重要と考えられる.ポスト問9には,科目別ではなく統合的に考える必要性への気付き,いろいろな発想への気付きを示す自由記述があり,このようにジグソー型体験学習を用いた本トライアルで知識の定着にとどまらず,統合的に考え,学習意欲を刺激できる機会を設けられたことは重要である.これまでにも,問題解決能力のある薬剤師養成に向けて単なる講義ではなく,ジグソー法を活用した教育的な工夫が報告されている.大津らは「PBL支援システム」とジグソー法を応用したグループ学習を行うことにより,学習内容の深い理解が促進され,問題解決能力の習得に効果的であったと報告している10).また,武田らも,ジグソー法とPBLの2つの異なる協働学習を組み合わせた効果として,他者とのディスカッションを通じて学習を深める意義を実感し,自己学習せずにSGDに参加する学生が減少する結果を得たと報告している11).本学でも教育改革を進めているところであり,児玉らは,1年生科目「生命科学入門」でジグソー法を活用し,学生の学習意欲向上,自己効力感の向上が期待できることを報告している12).結果は少人数のものではあるが,本トライアルは,ジグソー型学習を取り入れて,科目間を繋げる深い理解の促進や学習意欲の向上といった学生の成長を促す一助になると考える.

4,5年次生に対して,基礎系分野が臨床的な課題の理解へと繋がる思考を体験するためのトライアルを実施した.本トライアルでは,主な学習範囲を医薬品化学,薬理学,病態・薬物治療学としており,参加学生が薬品化学研究室または薬理学研究室に所属する学生であったことから,設定した学習範囲を得意科目とする学生が多いと考えられた.さらに少人数で1回のみの実施結果であり,本トライアルを通常科目へ導入できるかは,さらなる検証が必要と考えられた.これらの留意点はあるものの,医薬品化学,薬理学といった基礎系分野から思考して臨床的な課題の理解へと繋がるプロセスを学生が体験する授業形態を構築できた.実施後アンケートにおいて学生が高い満足度を得たこと,学習意欲が向上したことが明らかとなったことからも,学生にとって教育的価値のある実施内容であったと考えられた.

謝辞

本トライアルは,神戸薬科大学平成27~29年度学長裁量経費による教育改革プログラムの助成を受けたものです.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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