薬学教育
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誌上シンポジウム:Evidence-Based Medicine(EBM)教育:誰が,何を,どのように教えるか
医薬品情報学におけるEBM教育
大津 史子
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2020 年 4 巻 論文ID: 2019-031

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抄録

医療において薬剤師は,個々の患者の医療上の問題を的確に識別し,介入し,最善最良の医療を提供する責任がある.そこで,名城大学では,医薬品情報学教育の目的を,薬学の各教科で得た知識を統合し,机上の知識を実際の医療に適用できる能力に高め,実際に医療を変革できる能力を育成することであると考え,カリキュラムデザインを行ってきた.これらの目的を達成するために,高い問題の識別能力と問題解決能力,具体的には,患者情報を評価する能力,的確な情報源を選択し,迅速に情報を収集し,的確に評価し,他の専門学問の知識を総動員し,対象に適用できる能力の育成が必要である.EBM教育は,この問題解決能力育成の基盤として複数の科目や実習で扱っている.本誌上シンポジウムでは,その中でも「医薬品情報学実習」,「薬物治療マネジメント」,「卒業研究基礎(文献講読セミナー)」に焦点をあて,効果的なEBM教育の組み込みについて紹介する.

Abstract

Pharmacists are responsible for identifying the medical problems associated with a patient’s pharmacotherapy and providing the best care. Therefore, the purpose of drug informatics education is to devise a pharmacotherapy plan by integrating the knowledge gained in each pharmacy field of the lower grades. A curriculum was designed to improve problem identification and problem-solving skills, specifically in the ability to evaluate patient information, select necessary sources, collect related data, assess it accurately, mobilize knowledge from various disciplines, and apply it to each patient. EBM education is the foundation for developing these points in problem-solving ability. This symposium will introduce effective integration of EBM education with a focus on the practice of drug informatics, drug management, and a basic research reading seminar.

はじめに

医療において薬剤師は,個々の患者の医療上の問題,例えば,薬剤選択や効果判定,副作用発現などの問題を的確に識別し,介入すべき問題を判断し,介入し,最善最良の医療を提供する責任がある.そこで,名城大学では,医薬品情報学教育の目的を,薬学の各教科で得た知識を統合し,机上の知識を実際の医療に適用できる能力に高め,実際に医療を変革できる能力を育成することとし,カリキュラムデザインを行ってきた.これらの目的を達成するために,高い問題の識別能力と問題解決能力,具体的には,患者情報を評価する能力,的確な情報源を選択し,迅速に情報を収集し,的確に評価し,他の専門学問の知識を総動員し,対象に適用できる能力の育成が必要である.従って,EBM(Evidence-based medicine)に関する教育は,この問題解決能力の育成の基盤として,カリキュラムに組み込んでいる.

図1には,本学で行っている医薬品情報学関連カリキュラムの全体像を示した.この中で,EBMに関連する内容は,3年次後期の医薬品情報学講義,医薬品情報学実習,さらに,4年次のPBL(Problem-based learning)形式で行っている統合型カリキュラムの薬物治療マネジメント,卒業研究基礎(文献講読セミナー)である.

図1

名城大学における医薬品情報学関連カリキュラム

本稿では,医薬品情報学実習を中心に,本学で実施している効果的なEBM教育の取り組みについて紹介する.

医薬品情報学実習

1.概要

医薬品情報学実習の学習目標としては,「患者や医療の問題点を識別し,種々の情報源を利用して情報を収集する.集めた情報を評価し,統合し,考察し,問題解決をはかる.」としている.そのために,教材としては,図2に示すような問題点を含んだ模擬処方箋,模擬問診票とその問診票に対する薬剤師と患者とのやりとりを用意している.患者背景などのシナリオを詳細に設定し,模擬処方箋や患者とのやりとりの中に,13の問題点を内包させている.学生は,これらの教材から,患者の問題点を識別し,情報を収集し,集めた情報を評価して患者の問題点を解決するための対策を検討し,ケアプランの作成を行う.

図2

模擬処方箋と模擬問診票及び模擬問診票に対する薬剤師と患者とのやりとり

内包している問題点としては,①持ち込み薬剤,②本剤の有効性,③腎肝障害時の投与量,④粉砕可否,⑤有効性モニタリング,⑥副作用モニタリング,⑦副作用発現の可能性,⑧サプリメントの有用性,⑨ノンコンプライアンス,⑩経済性,⑪病識,⑫薬識,⑬母乳移行である.

図3に本実習の概要を示した.実習期間は火曜日から木曜日の午後を2週間,すなわち6日間の実習である.1クールは約150人であり,2週間の実習を2クール実施している.1グループ4~5人のグループとし,グループ実習を行っている.

図3

医薬品情報学実習概要

1日目は,模擬処方箋,問診票,薬剤師と患者とのやりとりを用い,内包されている複数の問題点を識別する.2,3日目は,識別した問題点ごとに,適切な情報源を利用した情報検索を行い,情報を収集する.4日目は,処方箋に記載されている医薬品の承認時の臨床試験論文をグループで批判的に吟味する.5日目は,それまでに集めた情報を元に,グループでディスカッションし,内包されている患者の問題点に対する解決策を検討し,ケアプランの作成を行う.6日目は,実技テストとして,実習で利用した情報源を使った情報の収集と評価をPCルームで実施している.

実習で取り上げる題材となる薬剤と疾患は,改訂コアカリキュラムで取り上げられているコア疾患とそのガイドライン等で推奨されているコア薬剤を選んでいる.

実習レポートは,薬歴の形式を取っており,前述の内包されている問題点ごとに,適切な情報源を提示し,その情報源を利用して調査した結果をSOAP形式で記載できるようにしている.学生は,問題点毎の患者の訴えや客観的情報はSOで記入し,収集した情報を含めて,患者の現状を評価し考察して(A),解決策(P)を記載する.そして,最終的に問題点に対するケアプランとしてまとめる.本実習の評価は,この学生の作成したケアプランを教員がルーブリックを用いて評価している.さらに,情報検索に関しては,学生が個々にデータベースを検索し,情報を入手して簡単な評価を行う実技テスト行い,レポート評価と併せて実習の評価としている.

2.EBM関連の実習内容

図4は,実習レポートの一部で,当該患者に対する当該医薬品の有効性に関する調査結果とSOAPを記載する部分である.EBM実践のプロセスに従い,患者の服用中の薬剤と他の薬剤との有効性の比較について,文献調査を行い,無作為化比較試験の批判的吟味を実施している.調査情報源としては,添付文書,ガイドライン,二次資料としてMEDLINE,コクランライブラリーである.提示された情報源を調査し,調査結果をレポートに書き込み,情報を収集する.5日目には収集した情報を評価して,問題点毎の解決策を検討してケアプランを作成する.図4のテーマ(本剤の有効性)は,当該医薬品の当該患者に対する有効性評価であるため,まず,当該医薬品のガイドラインでの位置づけ,患者にガイドラインを適応できない要素がないかを確認する.次いで,コクランライブラリーを用いてシステマティックレビューを入手し,フォレストプロットを確認し,さらに,MEDLINEで他の最新の無作為化比較試験を検索し,その結果を記入するようなっている.批判的吟味の学習は,本来であれば,検索により入手した無作為化比較試験を題材として行うのが望ましい.しかし,学生は論文を読むこと自体に不慣れであるため,まずは,内容の吟味についての学習に集中させるため,日本語の無作為化比較試験を用いている.図5に批判的吟味の文献の例と,グループで行っている批判的吟味の様子を示した.2–3グループに対し,4,5年生のチュータを1人配置している.4,5年生は,自らも受講した内容であるが,教える立場に立つことで,彼ら自身もさらに深く理解することを期待している.

図4

医薬品情報学実習レポート用紙.薬歴形式:本剤の有効性の例

図5

批判的吟味文献の例とSGDで批判的吟味を行っている様子

図6は,無作為化比較試験の批判的吟味に用いるための吟味シートである.吟味するポイントを図の中に落とし込み,比較的簡便に吟味できるようにしたものである.グループでディスカッションしながら,この図を埋め,最終的に治療必要数(NNT: Number need to treatment)などを求めさせる.論文の内的妥当性だけでなく,当該患者を想定した外的妥当性も検討して,患者の問題点を解決するのに役立つかどうか,利用するかどうかを検討させる.

図6

無作為化比較試験の批判的吟味に用いる吟味シート

3.医薬品情報学実習におけるEBM関連内容の評価

実習の評価は前述の様に,実習レポートのケアプランの評価と実技テストにより行っている.この評価の中で,EBM関連内容の学習成果を直接測定しているものは,実技テストの中のコクランライブラリーを用いた調査・評価のみである.下記に実技テストのEBM関連問題例を示す.

コクランライブラリーを用いて,下記内容について調査し,評価して設問に答えなさい.

設定例:かぜ(common cold)の予防にビタミンC(vitamin C)の予防投与をしたいと思う.本当に有効かどうか知りたい.

注:ビタミンCは,0.2 g/d以上の日常服用とする.アウトカムは試験中に1回以上,風邪にかかった比率(total)とする.

設問

○検索結果で,最も役立ちそうだと思うシステマティックレビューを1つ選び書誌事項を記載しなさい.

○選んだシステマティックレビューにおいて,該当するフォレストプロットを用いて,下記の質問に答えなさい.

・どのような患者に(対象):

・どのような治療をすると(介入内容):

・どのような治療と比較して(比較対照):

・どのようなことがあるか(アウトカム):

・結果は有意か否か:

・推奨するか否か:

学生は,個々に直接コクランライブラリーを調査し,該当するシステマティックレビューを入手して,設問に答える.図7には,2018年度のこの問のみの得点率分布を示した.平均得点率は80%を超えており,学生はコクランライブラリーの検索について,ほぼ修得していると思われる.

図7

実習評価の一部(2018年度).コクランライブラリーを用いた調査・評価における得点率の分布

薬物治療マネジメント

PBL形式の統合型カリキュラム「薬物治療マネジメント」は4年次前期の月曜日から木曜日までを使った科目(半期8単位,必須科目)である1).学習目標は,「患者個々を考慮した適正な薬物治療の責任者となるために,疾病と症例を中心とした「薬物治療マネジメント」と,これまでに学習してきた基礎・応用科学を統合した教育を受けることにより,薬物治療に関する基本的知識と技能を体系的に習得し,適切な薬物治療を考案できるようになる.」としている.

学習形式は1週間1疾患1症例の学習を1モジュールとしたPBL形式で,2モジュールを1クールとして5クール(合計10モジュール)実施している.1モジュールの対象疾患は,高血圧,気分障害,感染症,喘息,心不全,大腸癌,在宅(脳血管障害,消化器疾患),糖尿病とし,腎障害と関節リウマチについては,簡易PBLとして1日の短縮版で行い,合計10疾患を学習している.1グループの学習者数は8名を原則とし,学年全体で約30グループとなる.

「薬物治療マネジメント」の1週間の学習の流れを図8に示す.1モジュールは,図中の数字の順に,月曜日の午後の①コアタイム1から始まる.コアタイム1は,効果的なグループ学習の基盤を構築するため,学習者自らの問題点に焦点を当てたディスカッションから始め,わからない言葉や検査値などを問題点としてあげ,それを調査した結果について,お互いに説明し合うことで,同じ土俵で議論ができる環境を構築する.②午前の講義は,5コマ用意し,講義1:疾患概論,講義2:薬理・作用機序,講義3:薬物動態,講義4:副作用,EBMトピックス,講義5:化学・構造活性相関もしくは製剤・デバイスである.③コアタイム2では,症例に内包されている患者の問題点を識別し,情報調査を行う.④演習では,そのモジュール関連の臨床検査を中心に,体験型の演習を実施している.⑤ケースカンファレンスでは,調査した情報を持ち寄り,お互いに教え合うと共に,患者の抱える問題の現状評価を行い,それを薬剤師としてどう介入し解決するかについて,ディスカッションし,ケアプランを作成する.⑥ケアプラン発表では,最重要の問題点に対するケアプランを発表する.⑦振り返りでは,他グループのケアプランのピア・レビューと自己評価を実施し,学んだ症例に対する学習の振り返りを行う.さらに,動画を利用したシミュレーション教材を用いて,PBLで実施した同様の症例について,1人でケアプランを作成する訓練を行う.

図8

薬物治療マネジメントの1週間の流れ

この薬物治療マネジメントにおけるEBM教育として,まず,学生自らエビデンスの調査が行える環境を提供している.具体的には,3年次の実習で行ったデータベースは利用可能である.さらに,②の講義4でそのモジュールの疾患及び薬物療法のエビデンスを紹介している.エビデンスの紹介を通して,学生が今取り組んでいる症例における最適な薬物を選択する材料とすると共に,エビデンスの評価を実践する機会としている.

卒業研究基礎(文献講読セミナー)

4年生後期には,配属先の各研究室において,卒業研究の基礎としての文献講読セミナーを行っている.講読する文献は,研究室毎に違い,それぞれの卒業研究の基礎となる文献としている.当研究室では,1人あたり,無作為化比較試験1報とコホート研究もしくはケースコントロール研究の論文を1報,いずれも英文を講読させ,セミナー発表をさせている.無作為化比較試験は,New England Journal of Medicineもしくは,LANCETから,自分で興味のある論文を選択させている.無作為化比較試験は先ほど同様の吟味シートを用い,批判的に吟味させている.セミナーでは,単なる論文紹介ではなく,吟味シートをもとに内的妥当性にポイントを置いて紹介し,そこから自分なりの考察をさせ,最後に,著者の考察を読ませるようにしている.これにより,吟味した当該論文の目的と方法の整合性,結果から考えられることを自分で考えることにより,著者の考察の冗長性などに気づき,批判的に吟味する力を養う.観察研究については,将来遭遇する可能性のあるテーマ,例えば,副作用や健康食品,薬剤師職能の評価などの文献を集め,興味のある論文を選ばせている.コホート研究及びケースコントロール研究についても吟味シートを用意し,無作為化比較試験と同様に批判的吟味を行い,セミナー発表させている.学生は,自分で2本の論文講読を行い,セミナー発表で同僚の講読した論文を聞くため,平均10論文に触れることができる.

おわりに

「医薬品情報学実習」,「薬物治療マネジメント」及び「薬学研究基礎(文献講読セミナー)」について,概略を紹介した.本学のEBM教育の特徴としては,繰り返しの機会を提供していることである.講義,実習,PBL,文献講読セミナーなどで,題材,シチュエーション,リアリティ,さらに取り組む人数などを違う設定にして繰り返すことが,実際に使えるEBM能力の育成に効果があるのではないかと考えている.

謝辞

本教育の成果の可視化においては,JSPS科研費18H01032の助成を受けて実施しました.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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