薬学教育
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総説
薬剤師のキャリアデザインとキャリア教育の必要性
富澤 崇
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2020 年 4 巻 論文ID: 2020-003

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抄録

テクノロジーの進歩,制度改革,社会構造や価値観の変化を受け,薬剤師の職務内容や範囲,薬剤師の需給バランスが変わっていくと考えられる.したがって,薬学部出身者としての職業人生を豊かなものにするためには,将来に向けたキャリアデザインが必要である.しかしながら,薬学生・薬剤師はキャリアデザインの必要性を感じていないのではないだろうか.そこには,キャリア教育を充実させる意識が大学に欠けていることが根本的な原因として考えられる.その解決のためには,自己を知ること,労働市場を知ること,労働とは何か,キャリアとは何かなどを学習するためのカリキュラムを構築すること,薬剤師のキャリアに関する研究を推進すること,そしてキャリア教育の必要性を認知させるために,学会やメディアを通じて大学教員に啓発活動を行うこと,があると考えられる.

Abstract

Technological progress, institutional reforms, and changes in social structure and values may alter the content and scope of the work of pharmacists and their supply-demand dynamics. Thus, for pharmaceutical graduates to lead a fulfilling professional life, they must create a career design for their future. However, pharmaceutical students or pharmacists may not feel the need to do so. The fundamental reason for their lack of interest in career designs may be a failure on the part of universities to enhance their career education. Universities should address this problem by creating a curriculum that makes students learn about themselves, the job market, and the meaning of work and career. Universities should also pursue research regarding career paths for pharmacists. Pharmacists interested in career education should raise awareness of the issue among faculty members through academic societies and media so that they will recognize the necessity of career education.

はじめに

本著では,2019年8月24,25日に開催された第4回日本薬学教育学会大会において筆者がオーガナイザーを務めたシンポジウム3「薬剤師の職能発展とキャリア開発論―多様化の時代に求められるキャリアの考え方―」での議論に加筆する形で,薬剤師のキャリア開発についての論点を整理してみたいと思う.

このシンポジウムでは,ハイズ株式会社の後町陽子氏,ウィズ・グロー代表の山中智香氏,株式会社ユニヴ(当時)の山田浩司氏,荻窪病院薬剤科(当時)の鈴木千博氏の4人のシンポジストに登壇いただいた.後町氏は薬学部を卒業後,青年海外協力隊エイズ対策隊員としてガーナで活動.その後日本で大学院に進学.病院薬剤師,医療者教育メディアの編集者を経て,現職.山中氏は薬学部卒業後,製薬メーカーや保険薬局に勤務.その後独立し,企業向け研修講師やキャリアコンサルタントとして活動.山田氏は経済学部を卒業後,複数の業界・職種を経験し,薬学生の就職活動を支援する人材紹介会社に勤務.鈴木氏は6年制薬学部を卒業後,病院に就職し,このシンポジウムを境にドラッグストアへの転職を控えている.パラレルキャリアの持ち主だったり,薬剤師のキャリア支援の業務経験があったり,かつ自身が転職活動の真っただ中だったりという多彩な顔触れをお迎えした.

外部環境の変化と多様化

フレイとオズボーンの論文「The future of employment: How susceptible are jobs to computerisation?」 1) の中で,今後10~20年でコンピューターに取って代わられる職業が示され,世間をにぎわせたことは記憶に新しい.ちなみに薬剤師は,分析に供された702の職業の中でコンピューターに代替されにくい順位で54位であった.しかし,pharmacy technicianは562位であり,92%の確率でなくなる職業といわれている.平成31年4月2日の薬生総発0402第1号「調剤業務のあり方について」 2) では,いわゆるピッキング業務については薬剤師でない者が行ってもよいとされた.令和元年11月27日に「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律等の一部を改正する法律案」が参議院本会議で可決されたことで,薬剤師によるオンライン服薬指導が解禁となった.これらはテクノロジーの進歩によって薬剤師の役割や業務が変わっていくことをうかがわせる一例である.また,この度の医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律の改正,「患者のための薬局ビジョン」 3),「医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフティングに関するヒアリング」 4) の議論などを見ると,薬剤師に求められる業務はますます多様化していくと考えられる.

多様化といえば,働き方においても同様のことがいえる.2019年4月から働き方改革関連法案が施行されたが,この改革は労働者が個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方を,自分で選択できるようにすることが目的となっている.

このような外部環境の変化を薬剤師の働き方にわかりやすく置き換えると,子育てをしながら隙間時間に自宅のパソコンを使ってオンライン服薬指導を行う在宅勤務の男性薬剤師がいたり,病棟で投薬指示や検査オーダーの業務を行う病院薬剤師としての勤務とデジタルヘルス分野のベンチャー企業の役員を兼務する女性薬剤師がいたり,といった具合である.こうした働き方をする薬剤師が特別な存在ではない時代がやってくるかもしれない.実際に,シンポジストの後町氏も山中氏も自身の会社勤めとは別に,保険薬局でのパート勤務を兼業している.一方で,同じくシンポジストの鈴木氏は,「病院薬剤師として専門職能を高めることにやりがいを感じていました.それと同時に,一つの専門性を深堀し続けることへの漠然とした不安感もありました.外部環境が変化する中,薬剤師や薬局の役割も変わり,そしてその業界にいる一人一人のキャリア形成も変わっていくのであろうと思うと,若いうちに幅広い見識を得ておく必要があるのではないかと考えました.」と述べているように,社会人の早い段階から自身のキャリアデザインについて悩んでいたという.では,このような変化や多様化を踏まえて自身のキャリアをデザインするにはどうしたらよいのだろうか?

キャリアデザイン

キャリアデザインという言葉は,一般的な辞書に掲載されているものの学術的定義は見当たらない.「日本の人事部」という,主に企業の人事担当者のためのポータルサイトに人事・人材開発領域の用語集がある.そこには,「自分の職業人生を自らの手で主体的に構想・設計することであり,自分の経験やスキル,性格,ライフスタイルなどを考慮した上で,実際の労働市場の状況なども勘案しながら,仕事を通じて実現したい将来像やそれに近づくプロセスを明確にすること.」と説明されている5).詳細かつわかりやすい定義であり,就職活動や転職活動に限らず,能力開発や自己実現の計画も含まれるという点に好感を持てる.いずれにせよキャリアデザインは,目標から逆算する戦略的思考である.一方で,デザインとは対称となる言葉にドリフト(自然に任せる,流される)があるならば,キャリア・ドリフトのなかで偶然を生かし,出会いを大切にして,掘り出し物も見つかる,だからドリフトもまた楽しからずやと金井は自著の中で述べている6).クランボルツはそのような偶発性を大事にする「計画された偶発理論」を論じている7).「キャリアの8割が予期しない出来事や偶然の出会いによって決定される」とし,目標に縛られ過ぎると他の可能性を捨ててしまいかねず,目の前の想定外のチャンスを失ってしまうため,予期せぬ偶然の出来事を積極的に自分のキャリア形成に取り込んでいくべきだとしている.しかしながら,将来のありたい姿を描かなくてよいと言っているわけではない.「こういう仕事をしたい」「こうなりたい」といった方向性は必要であると述べられている.すなわち節目のデザインによってドリフトの価値も決まるというわけである.キャリアの節目をデザインするという考えにおいては,シュロスバーグのキャリア・トランジションが参考になる8).トランジションとは,転機や節目という意味である.シュロスバーグは結婚,離婚,出産,転職,引っ越し,失業,本人や家族の病気などの自分の役割,人間関係,日常生活,考え方を変えてしまうような人生における出来事をトランジションと捉えて,その対処に焦点を当てている.そのトランジションを乗り越えるための資源として4つのS,つまり状況(Situation),自分自身(Self),周囲の援助(Support),戦略(Strategy)を挙げている.特にライフイベントの多い女性においては,キャリア・トランジションの考え方は重要であろう.子育てや夫の転勤によって自身のキャリアの中断を余儀なくされた山中氏もキャリアの節目での悩みや葛藤を乗り越えるために,4つのSをじっくり考えることが大事だと述べている.このようにキャリアデザインにおいては様々な理論やアプローチが存在するが,大事なのは自身のキャリアを主体的に思考することである.ところで,薬学部出身者のキャリアにはどんなものがあるのだろうか?

薬剤師におけるキャリアの多様性

薬学生の就職状況は,薬学教育協議会がまとめた「平成31年3月卒業生および大学院修了者の就職動向調査結果報告書」 9) によれば,図1のような内訳となっている.薬剤師免許を使う職業は全体の71%(薬局43%,医薬品販売業6%,病院22%)である.薬剤師養成を謳う6年制学科において,多くの学生が薬剤師として就労することに違和感はないが,実際に著者が学生のキャリア相談にのると,「薬剤師免許を使わない職業」への希望が多いことを感じる.想像の域を出ないが,この就職割合は薬剤師になることへのモチベーションの低い学生が低学年で退学や転学部によってふるいにかけられた結果であるかもしれない.そこには,薬剤師免許を使った就職という固定観念が存在することを想像させる.すなわち,理由はともあれ6年制薬学部に入学したものの,薬剤師になることに関心の低い学生は,将来薬剤師以外の道があるにもかかわらず,それを知らないのか固定観念を払拭できないのか,いずれにしても学習のモチベーション低下により就学の継続を断念してしまうのではないだろうか.また,薬剤師免許を使わない職業を希望する学生は,就職活動の際に相談できる相手がいない,多くの同級生が薬局や病院を目指している中で自分がマイノリティーになる疎外感がある,といった悩みを打ち明けている.シンポジストや著者が知っているだけでも,弁護士,弁理士,鍼灸師,中小企業診断士,経営コンサルタント,モデルや俳優になっている者,製造業,総合商社,出版,Webメディア,人材紹介,ソフトウェア開発などに就いている者がいる.新卒でなる者もいれば,転職によってキャリアチェンジする者もいる.このような多様な職業選択を知ることで,固定観念を払拭し,薬学の学びに対してモチベーションを高めることや疎外感を得ずに済むことができるのではないだろうか.では,このようなキャリアの多様性について学習するにはどのような教育が必要なのだろうか?

図1

6年制学科卒業生就職状況(平成31年3月卒業生および大学院修了者の就職動向調査結果報告書,第2表9) より著者作成)

薬学部におけるキャリア教育

中央教育審議会答申「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」 10) の中で,キャリア教育とは,一人一人の社会的・職業的自立に向け,必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して,キャリア発達を促す教育と定義されている.一方で職業教育とは,一定又は特定の職業に従事するために必要な知識,技能,能力や態度を育成する教育と定義されている.すなわち,薬学教育においていえば,有機化学や薬理学の講義,調剤や服薬指導の実習が職業教育である.キャリア教育とは,いかなる職業に就こうとも必要とされる基礎的・汎用的な能力の開発であり,この答申の中で基礎的・汎用的な能力を「人間関係形成・社会形成能力」「自己理解・自己管理能力」「課題対応能力」「キャリアプランニング能力」の4つに整理している.これらの能力は,2018年に経済産業省が発表した「人生100年時代の社会人基礎力」 11) にも同様のものが見て取れる(図2).

図2

人生100年時代の社会人基礎力(経済産業省「人生100年時代の社会人基礎力」説明資料より)11)

このような基礎的・汎用的な能力は,その能力を育むための教育を薬学の職業教育とは別途用意するのではなく,職業教育における学習プロセスから育むことが可能である.すなわち,課題発見力を高めるための授業を単独で用意するのではなく,薬物治療学の症例検討や卒業研究といった既存の授業の中で育むことができる.医療倫理の授業でディベートを行うことで,発信力や傾聴力を養うこともできる.昨今,薬学教育においてもアクティブ・ラーニングが取り入れられるようになり,Problem-based LearningやTeam-based Learningなどを通して,職業教育の中でキャリア教育が実践されているとの実感がある.大事なのは,既存の授業の中でキャリア教育の視点を強調することである.しかしながら,薬学教育において欠けているのが「キャリアプランニング能力」の教育であろう.これについては,20~50代の各年代のシンポジストが口をそろえて「大学の授業にもっと取り入れるべき」と述べていたことから,その不足感は否めないといえる.キャリアプランニング能力の教育として,シンポジストからは表1のようなコンテンツが列挙された.キャリアを計画し描くためには,自己を知ること,労働市場を知ること,仕事や働き方そのものを理解することが必要であり,従来の学内で行われる就職活動ガイダンスや複数の求人企業と面談する,いわゆる合同企業説明会といった就職活動だけに焦点を当てた取り組みとは目的や意義が異なる.職業人生を歩んでいくために必要な知識・技能.態度を養成することがこの教育の目的である.【薬剤師のキャリアの多様性】のパートで述べたように,薬剤師への就業意欲の乏しい学生の脱落を防ぐために,このような教育を早期の学年で実施するのがよいと考える.このようなキャリアプランニングの授業を薬学教育の中に取り込む必要性を訴えることが今回のシンポジウムの狙いの一つでもあった.

表1 キャリアプランニング教育のコンテンツ例
自己理解 自己分析 自己分析の手法
キャリア・仕事の理解 “キャリア” について ・働くとは何か,キャリアとは何か
・エンプロイアビリティ,仕事の報酬
キャリアデザインについて ・キャリアに関する諸理論,キャリアデザインの手法や考え方
人材像について ・求められる人材像,必要な能力・コンピテンシー
・社会人における能力開発の考え方
アントレプレナーシップについて ・会社とは,組織で働くとは
・起業,フリーランスという働き方
労働市場動向の把握 労働市場について ・職業選択・キャリアパス・働き方の多様性
・ワークライフバランスの考え方
・業界の動向,職業や職種の種類
・外部環境分析スキル
労働関連法規について ・労働基準法,男女雇用機会均等法,パートタイム労働法など
就職活動について ・業界分析や情報収集の仕方,求人票の見方
・ビジネスマナー

薬剤師のキャリアに関する研究

大学は研究を行う場でもあるわけだが,薬剤師のキャリアに関する研究は果たしてどの程度行われているのだろうか.医中誌Webを用いて,キャリアに関する研究論文の数を薬剤師と看護師で比較してみた(表2).2020年1月9日時点で,会議録を除き,2015~2019年の原著論文と総説を検索した.検索キーワードは,「薬剤師 キャリア」「薬剤師 転職」「薬剤師 離職」とし,看護師も同様に組み合わせた.

表2 医中誌Webによる検索結果
薬剤師 看護師
+キャリア 7件 570件
+転職 10件 989件
+離職 4件 370件

薬剤師約31万人12) と看護師約166万人13) という人数の違いや雑誌の種類の数を踏まえると単純な比較はできないが,いかに薬剤師のキャリアが研究対象として扱われていないかが伺える.大学や職場におけるキャリア教育の実践と同様にキャリアに関する研究の推進が今後の課題といえる.

薬剤師のキャリアリテラシー

キャリアプランニングに関する教育の重要性は社会人においても同様である.近年,中高年齢者のためのセカンドキャリア支援が注目を集めている.「セカンドキャリア」とは,中高年齢層がこれまでに蓄積した素養や知識,スキル,経験を生かして,新たに自らのキャリアを切り開いていくこと」と定義されている14).必ずしも引退後の話ではなく,従業員が定年を待たずに次の就業ステージに円滑に移行できるように自立支援を促すためのものである.企業における具体的支援としては,「求職活動のための休暇制度」「求職活動のための資金援助」「再就職支援会社などを通じての再就職支援制度」「早期からのキャリアの棚卸しなどの研修」がある.安は,「労働者がその能力を活かして活躍するためには,早い段階から中高年齢者が自分の働き方に対する職業生活設計を行う必要がある.企業も労働者に対して,職業生活設計を支援するためのセミナー・研修やキャリアコンサルティングの機会を提供することが望まれる.」と述べている15).実際に,山中氏はそのような研修の講師依頼を受けていたり,著者がかつて勤務していたチェーン薬局企業においてもセカンドキャリア研修を社内研修として実施していたりと,薬剤師の業界でもセカンドキャリア支援が広がりつつあることを感じる.

しかしながら,多くの薬剤師の就職や転職の支援に携わってきたシンポジストの山田氏は,薬剤師のキャリアリテラシーの低さを問題視している.待遇の良さを求めて転職を繰り返したり,現在の保有スキルに満足してエンプロイアビリティ(Employ(雇用する)とAbility(能力)の造語で,「雇用されうる能力」の意)を高める努力をしていなかったりする薬剤師を多く見てきたという.【外部環境の変化と多様化】で触れたように,薬剤師を取り巻く環境は常に変化しているし,自身のライフステージも変化しているのだから,10年前,20年前の働き方をこの先も続けられる保証はどこにもない.2018年の薬剤師の需給動向の予測に関する研究では,「薬剤師の総数としては,今後数年間は需要と供給が均衡している状況が続くことになるが,長期的に見ると,供給が需要を上回ることが見込まれている」としている16).2020年厚生労働省医薬・生活衛生局の薬剤師・薬局関連予算17) に需給動向の把握が盛り込まれていることから新しい試算が待たれるところではあるが,テクノロジーの進歩や薬剤師以外のピッキング業務が認められたこと2) などによって,薬剤師の採用マーケットが買い手市場に変化する可能性は十分に考えられる.

キャリアデザインは,自己実現を果たすための戦略マップであると同時に,変化や多様化の波に飲みこまれないためのリスクヘッジでもある.薬剤師の職能発展・拡大のために,あるいは逆にテクノロジーによって職を奪われないために,自身の能力向上や新たな能力獲得の計画をデザインすることがキャリアデザインである.また,さまざまなライフステージのトランジションに適応しながら,豊かな人生100年時代を生き抜き,薬学のバックグラウンドを生かした自己実現を果たすためにキャリアをデザインする習慣を身につけておくべきである.

課題解決に向けて

薬剤師のキャリアにまつわる昨今の外部環境変化や多様化に触れ,キャリアデザインの系譜を紐解き,キャリア教育やキャリアに関する研究,キャリアリテラシーの必要性に言及してきたが,ここで問題点を整理し,課題解決に向けた提言を試みたいと思う.今回のシンポジウムを企画するきっかけとなった論点が「薬学生・薬剤師はキャリアをデザインするという感覚に乏しい」という仮説であったことから,これを問題点として出発してみたいと思う.この問題の原因としては図3のようなことが考えられる.理論上考えられる結果と原因を矢印で結んで表現するロジックツリーを使って原因を深掘りしてみた.矢印の元が原因で,先が結果という関係である.例えば,「キャリアデザインの必要性を感じない」と「学習機会が乏しい」が結果と原因の関係となっており,「学習機会が乏しい」を結果とした場合,「キャリアデザインを扱う授業が少ない」が原因となる.「薬学生・薬剤師はキャリアをデザインするという感覚に乏しい」の一次原因としては,キャリアデザインの必要性を感じていないことが考えらえる.さらにその原因としては,キャリアデザインについて学ぶ機会が乏しいことと,キャリアデザインを意識しなくても薬剤師としてのキャリア形成にあまり困らないことの2つが考えられる.学習機会が乏しいことについては,学生においても社会人においても想像に難くない.一方,キャリアデザインを意識しなくても困らない原因としては,売り手市場,すなわち求職者優位の採用マーケットであることが考えられる.直近の医師・薬剤師等の求人倍率をみると,職業全体平均の1.46を大きく上回る4.66となっている18).また,専門性の高さだけが人材の価値を決めるのではなく,基礎的・汎用的な能力を含めたエンプロイアビリティの高さが重要なわけだが,専門職であるがゆえに認定取得などの専門性向上に目が向きがちである.このように整理してみると,根本原因としては「薬剤師の売り手市場」と「大学のキャリア教育充実の意識が低い」ことが考えられる.前者においては主体的な解決が難しく,また先に述べたように今後買い手市場に逆転する可能性もあることから,後者を問題解決のターゲットにしたいと思う.

図3

「薬学生・薬剤師はキャリアをデザインするという感覚に乏しい」の考えられる原因のロジックツリー

※コアカリ:薬学教育モデル・コアカリキュラム

では,どうしたら大学の意識を変え,キャリア教育への関心を高めることができるのだろうか.まさに今回のシンポジウムがその一石を投じるための試みであった.解決のアイデアとしては,大学教員向けのファカルティ・ディベロップメントや各種学術大会でのシンポジウムなどで訴えかける.薬学生・薬剤師向けの書籍を発行する.SNSなどを使って発信する.といった草の根の啓発活動が必要であろう.著者が現在いくつかの大学で表1のようなコンテンツの授業を展開しているのもその布石である.また,薬学教育におけるキャリア教育の重要性を共に訴える仲間を増やすことも必要であろう.そういう意味では,日本薬学教育学会の存在は大変重要であると考える.いずれにしても,キャリア教育を充実させることで,既存学習への動機付け,退学者防止,主体性や戦略思考の醸成,多様な就職実績といった想定される効果を訴えるためにもキャリア教育やキャリアプランニングの授業の具体的なカリキュラムを構築し,授業実績を積みつつ,研究によってその効果を証明していかなければならない.その延長線に社会人におけるキャリア教育の充実も果たされていくのではないだろうか.ただし,売り手市場から買い手市場への変化が先に起これば,社会からのプレッシャーによって大学教育が変わっていかざるを得ないことも忘れてはならない.

最後に

かつての薬学部は薬学と言う学問を学ぶ場であったから,卒後の職業人生までを視野に入れて教育する必要はなかったかもしれないが,6年制となり薬剤師を育てることがコンセプトであるならば,「薬剤師になること」を目的にするのではなく,「薬剤師として生きていくこと」を教育の目的にするべきであると考える.卒後40年,50年と働かなければならない若い世代の教育を担う大学自身が未来志向を持たなければ,変化と多様化の時代を生きる人材を育てることはできないし,大学自体の存続も危ぶまれる.そんな危機感を持って,薬剤師のキャリア教育を考えるきっかけとして本著が役に立てば幸いである.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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© 2020 日本薬学教育学会
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