2020 年 4 巻 論文ID: 2020-019
病棟専任薬剤師として業務を行う上で様々な問合せをうけるが,単に『返答する』だけでなく,症例に対し『ディスカッションできる』薬剤師が求められている事を昨今強く感じている.しかし,そのためには薬に関する知識に加え,病態に関する知識や症例自体を多角的に評価する能力も求められるため,多くの知識と経験が必要不可欠である.当院では実際の症例を通して得た知識の共有と多角的評価の気づきを目的とし,若手薬剤師を中心に症例検討会を実施し,様々な切り口で議論を交わしている.当院の薬学実務実習生には,実際に症例検討会を見学・体験してもらい,病態評価の訓練としてもらっている.今回,実際に筆者が本症例検討会で取り上げた症例を提示し,多角的な病態評価の重要性について,またその為に必要な大学における教育体制について考えていきたい.
Although I receive various inquiries in the inpatient pharmaceutical service, I strongly feel that pharmacists who can not only “reply” but also “discuss” cases are required these days. However, in order to “discuss” cases, in addition to knowledge of drugs, knowledge of the disease state and the ability to evaluate the case itself from multiple perspectives are also required, so a great deal of knowledge and experience is essential. In order to share knowledge gained through actual cases and to realize comprehensive pathological evaluation, we conduct a clinical conference mainly for young pharmacists and discuss from various perspectives. Interns from pharmaceutical college of our hospital have actually observed and experienced this clinical conference and received training on pathological evaluation. This time, I would like to present the cases that the author actually picked up in this conference, and discuss the importance of comprehensive pathological evaluation and the educational system in universities necessary for that.
筆者は,当院へ入職し5年目であるが,2年目秋より病棟専任薬剤師として業務を行っている(図1).業務を行う上で,医師や看護師から様々な問合せをうけるが,その内容は,当院採用薬や配合変化に関する答えの決まったものから,抗菌薬の選択や血糖コントロールといった,患者毎に答えの異なるものまで多岐にわたる.病棟専任薬剤師として3年の経験を経た今,『ただ問合せに返答する』だけではなく,『症例に対しディスカッションできる』薬剤師が求められている事を身を持って感じる.しかし,入職当初を振り返ってみると,医師からの問合わせに対し,添付文書やガイドラインを元に返答するのがやっとであった.「さあ,この症例についてディスカッションをしよう」と医師から言われ,それができるほどの知識や経験は昨日今日で培われるものではない.筆者は現在,この「ディスカッションするための知識」を身に着けるべく,薬剤の専門的な知識に加え,病態・病理や検査項目・バイタル等の臨床医学の知識習得を図っている.また,上司の助言のもと多角的に病態を評価することを意識し,日々悪戦苦闘しながら様々な症例への介入を行っている.今回,実際の症例を交えて多角的な病態評価の重要性と,そのために必要な大学における教育体制について,考えていきたい.
当院における病棟業務体制
本稿では “多角的な薬学的病態評価” を,「薬剤を中心に捉えつつも,患者背景や病理・病態も加味し症例全体を評価すること」とする.以下に実際の症例を提示し,説明する.
1.症例患者:84歳女性
主訴:発熱・倦怠感
入院時診断:肺炎
家族歴:特記事項なし
既往歴:脂質異常症,双極性障害,めまい,上腕骨遠位端骨折
ADL:自立,独居
内服歴:セルトラリン12.5 mg 1錠分1夕食後,アトルバスタチン5 mg 1錠分1朝食後,エルデカルシトール0.75 μg 1カプセル分1朝食後
→すべて入院後も継続内服の指示あり
現病歴:2日前より発熱あり食欲不振が続いていた.トイレに立つ際にベッドから転倒し,動けなくなっているところを訪問した娘氏が発見し緊急搬送.入院時バイタルは血圧:106/80 mmHg 脈拍:77回/分 体温:38°C 呼吸数:20回/分,入院時の検査値はNa:138 mEq/L,K:3.3 mEq/L,尿素窒素(blood urea nitrogen, BUN):16.6 mg/dL,血清クレアチニン(creatinine, CRE):0.86 mg/dL,creatinine kinase(CK):8792 U/L,C-反応性タンパク(C-reactive protein; CRP):6.4 mg/dL,白血球(white blood cell, WBC):8420/μL,肺炎と診断され入院加療となった.第一病日,血液培養2セット・喀痰培養1セット提出後,タゾバクタム/ピペラシリン水和物注射液4.5 gを1日3回投与,第二病日には提出した喀痰培養(geckler 5)よりグラム陽性球菌が検出された.また第二病日の血液検査よりCK:14229 U/L,CRP:10.1 mg/dL,WBC:8950/μLと軽度上昇を認めた.同日,担当の研修医よりCK上昇と発熱の持続から薬剤による悪性症候群の可能性はないか相談があった.
2.筆者の考察・対応添付文書には,セルトラリンによる悪性症候群やアトルバスタチンによる横紋筋融解症は,重大な副作用として記載されている.本症例ではCK上昇が確認されるため,添付文書情報のみから評価すると,上記2剤の中止を検討するべきであると回答しがちである.筆者の入職当時を振り返ると,添付文書やガイドラインを検索することに気を取られ,調べた内容をただ伝達するだけの『患者不在の情報提供』になっていた.この情報も誤りではないが,薬剤しか見ていない情報提供は非常に危険である.この点に関しては後に詳しく述べる.
筆者はまず発熱・CK上昇の他の原因を探るため,患者面談を行った.
入院前,患者は発熱による倦怠感があり,トイレに行こうとしたところベッドから落下し,その後発見されるまで長時間臥床状態であった.入院時に筋肉痛様症状はなく,入院後経時的に発現していた.持参薬を確認したところアドヒアランスは極めて良好であり,薬の自己中断や過量内服の可能性は低いと考えられた.身体所見として筋強剛は見られず,第二病日夕方には解熱も得られていた.
悪性症候群の診断基準は,大症状(発熱,筋強剛,血清CKの上昇)をすべてを満たすこと,もしくは大症状2項目に加えて小症状(頻脈,血圧の異常,頻呼吸,意識変容,発汗過多,白血球増多)のうち4項目を満たすことと定められている(Levensonらの悪性症候群診断基準1)).また,セルトラリンによる悪性症候群は薬剤の開始時・増量時におこりやすいとの報告1) もある.本患者は長期間内服継続しており,増量されていない背景と服薬アドヒアランスが良好である点,また診断基準に満たない点も加味すると悪性症候群は否定的と推察される.患者聴取情報を元に,肺炎による発熱とベッドからの転落に伴う筋挫滅によるCK上昇の可能性が高い旨の情報提供を主治医へ行った.
3.患者の予後結果,被疑薬として挙げられたセルトラリン・アトルバスタチンの2剤は内服のまま現行治療を継続となり,2日後に採血にて経過フォローをすることとなった.その後の採血でCKは速やかに低下,炎症値の改善も認めた.
4.本症例から考えられる事大学の講義では,重大な副作用として,抗パーキンソン病薬や抗精神病薬による悪性症候群や,スタチンによる横紋筋融解症について重点的に学ぶ.しかし,これだけを情報提供すればどうなるだろうか.被疑薬としてセルトラリンとアトルバスタチンは内服中止になり,その後CKの低下が得られた事から,副作用と決めつけられていたのではないだろうか.学生は講義で学んだ薬学的な知識を試験対策として1対1で覚えがちである.それを短絡的に現場でも対応させていては,『患者不在の情報提供』という大きな落とし穴に落ちてしまう危険性がある.今回の症例は,薬剤師が副作用を評価する上で,薬剤に重点を置きつつも,誤った判断をしてしまわないように,症例を多角的に評価することが重要だと強く感じた事例である.
大学の講義で学んだ薬剤師の専門性(薬効薬理・副作用の知識)は,薬剤師として他職種と症例についてディスカッションをする上で重要である.しかし上述したように,症例全体を多角的に理解・把握するためには病態学や病理学といった臨床医学の知識が必要不可欠である.
筆者の大学時代の講義を振り返ると,スタチンでの横紋筋融解症や抗精神病薬での悪性症候群といった副作用(薬理学)に関する知識は,十分に時間を費やし学習してきた.しかしそのメカニズムや起こりうる副作用の病態について(病態生理学)は掘り下げて学ぶ機会はなく,内容として充実したものではなかった.筆者が病棟で実践力を身につけたり,他職種とディスカッションをしたりする上で知識不足と強く感じたのがこの病態生理学の部分である.薬剤師はチーム医療において薬学的知見から評価する必要があるが,この病態や病理を基本とした『臨床医学』に関する基礎知識がなければ,評価をしようにも知識不足で十分な評価ができない.
実務実習に来た学生においても筆者と同様,臨床医学の知識不足が目立つ.大学教育ではこの部分をより一層重点的に教育カリキュラムに取り入れることで,他職種とディスカッションするために必要なピースをそろえた状態で病院実務実習に臨ませてほしい.実習現場では,揃えたピースの組み立て方に焦点をあて,多角的な病態評価の訓練をすることで,よりスキルアップした薬学生の育成の場として提供できればと考える.
当院では若手薬剤師の症例介入への気づきや多角的な視点での病態評価の訓練のため,毎日症例検討会を実施している.これには,実務実習生にも参加を求めている.
症例検討会は2015年8月より継続して開催している.午後の業務開始時に全薬剤師で行っており,優れた薬学的介入の症例や薬学的疑問のある症例等に対してディスカッションを行っている.実際にここで自分では考えていなかった視点に気づかされることも多い.検討テーマ例を下記に示す(表1).本会の特徴として,準備にかかる負担の軽減を目的にレジュメの作成は割愛し,電子カルテ画面を直接スクリーンに投影し発表する形式をとっている.このことが連日の開催に繋がっていると考えている.
睡眠薬の減量方法を提案した症例 |
低Na血症におけるNa補正方法を提案した症例 |
抗MRSA薬の選択(処方提案した症例,悩んでいる症例の相談) |
ポリファーマシー患者の薬剤の中止(提案した症例,悩んでいる症例の相談) |
注射薬のフィルターの要・不要に関する問い合わせへの対応 |
食道静脈瘤に対するインデラルの適応外使用症例の共有 |
リファンピシンの減感作療法を行っている症例の共有 |
併用注意薬についての共有(例:鉄剤,タンナルビン) |
オピオイド導入,化学療法初回患者への指導方法および記録について |
電子カルテで見るべき情報の共有 |
当科薬剤師を対象としたアンケート調査2) より,本会は他の薬剤師から意見を求める場として有効に活用されており,その後の処方提案にもつながっていることがわかる(図2).病棟業務は通常担当者一人で行われるため,対応に迷う場面は多い.発表者が介入方法に悩んでいる症例をリアルタイムで共有・議論できるという点で,本会は非常に意義があるものと考えられる.
当科薬剤師へのアンケート調査結果
2015年4月改定の新コアカリキュラム3)(以下,新コアカリ)より,薬物療法で身に着けるべき能力の詳細について述べられており,薬剤師へ求められる能力に変化が読み取れる.従来の薬学教育モデル・コアカリキュラム4)(以下,旧コアカリ)においては,「医薬品の効き目・副作用」の項目について『患者との会話や患者の様子から確かめることができる,気づくことができる』能力の獲得に留まっていたのに対し,新コアカリでは,更に踏み込み『患者の症状や検査所見などから評価できる』能力の獲得であるとしている.さらに,『薬物治療の効果,副作用の発現,薬物血中濃度に基づき,医師に対し,薬剤の種類・投与量・投与方法・投与期間等の変更を提案できる』能力の必要性にも触れている事から,6年制を卒業した薬剤師に求められる能力とその期待の高さを感じている.しかし,前述したとおり,臨床医学知識が乏しく,他職種と『症例に対してディスカッションできる』薬剤師への道のりはたやすいものではないのが現実である.医師とは職種も専門も異なるため全く同じカリキュラムを組むことは不可能である.しかし,大学教育において,臨床医学についてのカリキュラムを取り入れることで,症例全体を多角的に評価するためのピースを手に入れることが可能となり,病院での実務実習はより充実したものになると考える.大学で得た幅広い知識を元に薬学生に実践力を育むことで,実務実習が将来現場で真に求められる薬剤師の育成に対する一助となればと考える.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.