2020 年 4 巻 論文ID: 2020-044
改訂薬学教育モデル・コアカリキュラム(改訂コアカリ)に「災害時医療と薬剤師」の項目が新設された.災害時医療教育の教育プログラムに決まった方法はなく,教育現場や施設により異なる.三重大学医学部附属病院薬剤部における災害時医療の実習では,災害時の医療ニーズやマネジメントについての講義を行い,①災害に対する病院薬剤師としての備え,②支援に向かうまたは支援を受ける病院薬剤師として必要な対応の2課題についてブレインストーミングを実施し,KJ法を用いた学生の意見を集約している.ブレインストーミングの結果から,災害時医療の「モノ」に関する理解はできているが,「体制整備」に関する理解は乏しいことが明らかとなった.また,実習前後のアンケート結果から,ブレインストーミングのような体験型学習が効果的であることが示唆された.今後の課題としては,災害時の薬薬連携について意識できるような教育の実施が必要と考えられる.
The medical instruction against disaster was newly included in the revised pharmaceutical education model core curriculum. No educational program against disaster has been established, and the training program depends on educational facilities. The authors conducted the lectures regarding the risk management and medical needs for disaster in Department of Pharmacy, Mie University Hospital, and the following two issues have applied to brainstorming method: (1) the preparation for disaster as hospital pharmacists and (2) the role of hospital pharmacists who provide or receive supports for disaster. Student opinions were collected and grouped by the KJ method. The KJ result indicated that students are able to understand medical tangible factors for disaster medicine but not intangible factors. The questionnaire survey suggested that the brainstorming as problem-based learning is considered to be useful for learning in practice education. In order to improve the educational program against disaster, the program which is aware of the collaboration between hospital and dispensing pharmacy in disaster would be necessary.
1995年の阪神・淡路大震災を契機として,日本ではDisaster Medical Assistance Team(以下,DMAT)が組織されるなど,災害時の医療体制について見直しが行われてきた.2011年の東日本大震災では薬剤師の医療支援活動が注目され,災害時医療における薬剤師の必要性が再認識されている1,2).三重大学医学部附属病院(以下,当院)が位置する三重県は,南海トラフ地震に直面する可能性が高く,内閣府の指定する防災対策推進地域に該当しており3),平時から災害時医療についての知識や技能を高めておく必要がある.
薬学教育では2015年から改訂薬学教育モデル・コアカリキュラム(以下,改訂コアカリ)に沿った教育が行われており,病院実務実習においても2019年度より改訂コアカリに準拠した実務実習が開始されている.改訂コアカリでは,新たに「災害時医療と薬剤師」についての学習項目が設けられ,災害時医療についての概説,災害時における地域の医薬品供給体制・医療救護体制の説明や災害時における病院・薬局の薬剤師の役割に関する討議が評価基準に盛り込まれている4).すでに大学や医療機関での災害時医療教育についての報告はあるものの5–7),教育プログラムに決まった方法はなく,教育現場や施設によって実施内容は異なっている.当院では,改訂コアカリに準拠した病院実務実習の実施に先立ち,2014年より災害時医療についての内容を実務実習に取り入れてきた.
本誌では,当院の病院実務実習における災害時医療実習の実習内容に加え,災害時医療実習で行ったKJ法の結果やアンケート結果をもとに,病院実務実習における災害時医療実習の有用性と今後の課題について紹介する.
実習第1週にオリエンテーションや電子カルテの使用方法など,病院の診療システムや病院薬剤師業務についての実習を中心に行っている.第2週から6週にかけては,調剤業務や注射薬調剤などの中央部門,緩和ケアチームや院内感染対策チームなどのチーム医療の実習を行っている.さらに第7週目以降は病棟業務についての実習を行っており,災害時医療の実習については第2週から第6週の期間内に,半日の実習を実施している.
2.災害時医療の実習内容2017年以降の災害時医療の実習では,初めに災害の定義や阪神・淡路大震災,新潟中越大震災,東日本大震災の概要やその際に求められた医療ニーズについて講義を行った後,①災害に対する病院薬剤師としての備え,②支援に向かうまたは支援を受ける病院薬剤師として必要な対応の2課題について学生同士でブレインストーミングを行っている.1つの課題につき約45分をかけて学生が意見を挙げ,その後KJ法8) を用いて意見の集約を行う.方法としては,まずブレインストーミングでアイデアを1つずつ付箋紙に記載(ラベル化)してもらい,それらを類似性でグループ(島)にまとめた.次にそれぞれの島にタイトル(表札)を記載してもらい,関係性がある島を線で結び,図式化を行っている.実習の最後には,災害時のマネジメントや広域医療搬送,広域災害救急医療情報システム,災害時の情報収集や発信について講義を実施し,国や三重県,津市が行っている防災訓練についての紹介を行っている.なお,災害時医療の実習はDMAT登録者が担当している.
3.アンケート調査概要災害時医療に対する知識の定着と意識の変化について評価を行うため,実習前後にアンケート調査を実施した(図1).アンケート用紙配布時に,調査の意義,目的,参加が自由意志であることを口頭で伝え,回答は無記名で実習終了後に提出してもらった.
実務実習前後アンケート
質問項目は,知識の定着の評価のため,「Q1.災害に対し,薬剤師として備えておくべきことについて説明できる」,「Q2.CSCATTTとは何か,説明できる」,「Q3.被災地の薬剤師の対応について説明できる」,「Q4.被災地に支援に向かう薬剤師の対応について説明できる」の4項目と,災害時医療に対する意識変化の評価のため,「Q5.災害時に薬剤師は必要だと思う」,「Q6.大学の授業や実務実習で災害の講義・実習があることについて」の2項目で構成されている.アンケート結果の解析は,三重大学医学部附属病院医学系研究倫理審査委員会による承認を受け実施した(承認番号:H2020-114).
2017年度第I期から2019年度第II期の期間内に,当院で実務実習を受けた学生(2017年度第I期:9名,第II期:9名,第III期:7名,2018年度第I期:7名,第II期:7名,第III期:8名,2019年度第II期:9名),計56名を評価対象とした.アンケート調査については2019年度第II期に実務実習を実施した9名を対象とした.
1.ブレインストーミングの結果 課題①:災害に対して病院薬剤師としてどのような備えが必要と考えるかいずれの実習時期についても,実習生が作成したラベルは,「生活用品」,「飲食物」「本」,「衛生」,「医療用機器」,「調剤器具」,「体制」,「気持ち・メンタル」,「知識・情報」,「その他」にグループ化された.「生活用品」では服,毛布,「飲食物」では飲料水,食料,「本」では治療薬マニュアルやガイドライン,「衛生」ではトイレやマスク,「医療用機器」では体温計や血圧計,モバイルファーマシー,「調剤器具」では薬包紙や薬袋などが挙げられた.「体制」ではいつでも出動できる体制,物を固定しておく,「気持・メンタル」では優しさやリーダーシップ,「知識・情報」では応急処置の知識やAEDの設置場所を知っておく,などが記載されていた.ラベルの多くが,日本薬剤師会が「薬剤師のための災害対策マニュアル」9) で推奨している平時の準備・防災対策に準じた内容の記載であった.一方で,備蓄医薬品の選定や災害時のマニュアル作成など,災害時の「体制整備」に関しての記載は少なかった.特筆すべき記載内容としては,グルテンフリーの食品や乳児用の粉ミルクなど,要救護者を対象とした配慮が多数みられ,市民に知識をつけてもらう,など啓発に関する記載もみられた(図2).
ブレインストーミング(課題①災害に対する病院薬剤師としての備え)の記載結果(2019年度 第II期)※可能な限り学生の言葉をそのまま引用
被災地の病院薬剤師,被災地に支援に向かう病院薬剤師の2班にわけて作業を行った.2班とも,作成されたラベルは「物品」と「情報」にグループ化された.被災地の病院薬剤師班では,「物品」として施設内の地図や懐中電灯,飲料水など,「情報」には院内薬品の把握や患者リストの作成,避難経路の確保などが挙げられた.支援に向かう薬剤師班では,「物品」として医薬品や食料が,「情報」として必要物品の情報収集,患者の把握などが挙げられた.日本病院薬剤師会が「災害医療支援のための手引き(ver. 1.3)」10) で推奨している内容に準じた内容の記載がみられたが,一方で保健所等の自治体や医薬品卸などの関連団体との連携,派遣時の手続きなどに関する記載は少なく,特に「薬局」の記載がみられたものは全期間を通して1枚のラベルのみであった(図3).
ブレインストーミング(課題②支援に向かうまたは支援を受ける病院薬剤師として必要な対応)の記載結果(2019年度 第II期)※可能な限り学生の言葉をそのまま引用
アンケート回収率は100%であった(n = 9).「災害のニュースなどを見て,自身も何かできないかと考えたことがある」という質問に対しては8名が「ある」と回答した.「災害時医療について興味がある」という質問には2名が「ある」と回答し,6名が「どちらかといえばある」,1名が「あまりない」と回答した.「DMATを知っている」の質問に対しては8名が「知っている」と回答した.
災害時医療実習による知識の定着の評価についての項目では,「Q1.災害に対し,薬剤師として備えておくべきことについて説明できる」について,実習前は全員が「あまりできない」と回答したのに対し,実習後は6名が「よくできる」,3名が「まずまずできる」と回答した.「Q2.CSCATTTとは何か,説明できる」については,実習前は全員が「あまりできない」または「できない」と回答していたが,実習後は全員が「まずまずできる」と回答した.「Q3.被災地の薬剤師の対応について説明できる」,「Q4.被災地に支援に向かう薬剤師の対応について説明できる」の設問については,実習前は全員が「まずまずできる」もしくは「あまりできない」と回答していたが,実習後は全員が「よくできる」,「まずまずできる」のいずれかの回答をしていた(図4).意識の変化の評価についての項目では,「Q5.災害時に薬剤師は必要だと思う」という設問には,実習前は6名が「強く思う」,3名が「どちらかといえば必要」と回答したのに対し,実習後は8名が「強く思う」,1名が「どちらかといえば必要」と回答した.「Q6.大学の授業や実務実習で災害の講義・実習があることについて」問う設問には,「必要」と答えた者が実習前は6名であったのに対し,実習後は8名と増えていた(図5).
知識の定着に関するアンケート結果
意識の変化に関するアンケート結果
災害時の医療ニーズの特徴は,多量の医療需要と医療供給不足のアンバランスさにある11).需要と供給のアンバランスさが大きいほど,より被害は甚大なものとなりうる.そのため,災害現場では的確は医療ニーズの把握と適正な医療の提供が求められる.これまでに東日本大震災や熊本地震における薬剤師の活躍が報告されており,災害現場における薬剤師の有用性が示されている.医薬品の調剤や公衆衛生など,薬剤師の活動は多岐にわたるが,特に医薬品に特化した業務への従事が求められる.薬剤師業務の一つに医薬品の確保と供給が挙げられるが,災害時においてもそれらの業務を円滑に行うためには,日頃から備蓄医薬品などの「モノ」の他に,医薬品リストの作成や災害時約束処方の決定などの「体制整備」が重要である.また,支援に向かう,支援を受け入れる際には,医療機関の「モノ」や「体制」の把握に加え,ライフラインや医薬品の状況,近隣の医療機関や被災状況などの「情報共有」や所属長の許可,登録などの派遣に伴う「手続き」などが必要となる.
当院の実務実習で実施したブレインストーミングから,学生は「モノ」に関する内容は概ね理解できているが,「体制整備」に関する理解が乏しいことが示唆された.また,支援授受に関しては,学生は「情報共有」については意識できているが,「手続き」に関しての意識ができていないことが明らかとなった.また,実習に先立ち大学では災害時医療に関する講義が行われているが,講義内容によっては学生の理解度に偏りがあると考えられた.この理由として,大学と医療現場で学ぶ内容が同じであっても,大学での講義形式では十分に学生の理解が進まない場合があると考えられた.例えば,災害時の医薬品運用などの「体制整備」については,大学の講義では学生が意識することが難しく,「体制整備」については医療現場での薬剤の流れが意識できる実務実習の機会に学ぶことが効果的であると考えられる.また,支援授受に関わる「手続き」は,所属する部署や医療機関,地域の薬剤師会などに対する「手続き」もあれば,家族などからの承諾や,学生であれは教育機関に報告するなどの「手続き」もある.前者に関しては医療現場で学ぶ意義が大きいと考えられる.一方で,薬学生が被災地でボランティアとして支援活動に取り組むこととその意義については既に多くの報告があり12,13),学生の時期にボランティア活動を行う者が少なくないことから,後者については大学で教育を行う意義は大きいと考えられる.つまり大学と医療現場の双方で,互いの利点を生かしながら災害時医療についての教育を行っていくことがより効果的であると考えられる.
災害時医療については医療系の学生の関心は高いことが報告されており14),当院で実施したアンケート調査においても,9名のうち「災害時医療について興味がある」との問いには8名が「ある」,「どちらかといえばある」のいずれかを回答し,「災害のニュースなどを見て,自身も何かできないかと考えたことがある」との設問には8名が「ある」と回答していたことから,災害時医療に対する学生の関心は高いと考えられる.しかしながら,実習中に実際の災害を経験する機会はほぼなく,限られた時間の中で学生の災害時医療への関心を効果的に高め,効率的に実習を行うことが極めて重要となる.
当院で実施したアンケート結果から,災害時の薬剤師の役割についての理解度の向上,薬剤師として災害に備えることの必要性や災害時医療に関する講義や実習の必要性を感じる学生が増えたことは事実である.災害時医療実習の1例に過ぎないが,医療現場での実務実習にてブレインストーミングを行い,そこで挙がった学生の意見をKJ法により集約する取り組みは効果的であると考えられた.
各種ガイドライン9,10) では医療機関の薬剤部門と保険薬局との連携について記載されているものの,本邦が実施したブレインストーミングでは病院と保険薬局の連携に関する記載はほぼみられなかった.旧コアカリでは,病院実習と薬局実習の順序が学生ごとに異なり,当院での実習が最初の実務実習である場合もあったことから,災害時医療について病院と保険薬局との連携を想像することが難しい状況も理解できる.しかしながら,改訂コアカリに基づいた薬局実習を先行して実施した学生においても,災害時における薬薬連携の記載がみられない傾向があった.したがって,災害時医療における薬薬連携の重要性について,薬学部実習生の認識を高めていくような実習を行うことが今後の課題であると考えられた.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない