薬学教育
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誌上シンポジウム:臨床準備教育の方略を考える~近畿地区統一評価基準の活用を踏まえて~
兵庫医療大学薬学部における基礎と臨床の橋渡し教育
清水 忠
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2022 年 6 巻 論文ID: 2021-016

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抄録

我々は,2016年度より薬学教育モデル・コアカリキュラムで明示された「薬剤師として求められる基本的な資質」のうち,基礎的な科学力と薬物療法における実践的能力を橋渡しできるような分野横断型の実習として,4年次の実務実習事前学習において,医薬品化学担当教員と実務家教員が連携した橋渡し教育を行っている.本シンポジウムレビューでは,基礎系教員と実務家教員が連携し医薬品の配合変化を題材として,臨床現場で生じうる問題を基礎薬学系科目の知識を踏まえて理解・予測する体験型教育の概要と受講生の評価について紹介する.さらに,2021年度以降に実施を予定している臨床準備教育における概略評価表(例示)〈近畿地区版〉を用いた評価の計画について述べる.

Abstract

Since 2016 academic year, we have been conducting cross-disciplinary practical training to bridge the gap between basic scientific skills and practical abilities in pharmacotherapy. In the pre-study of practical training in the fourth year, medicinal chemistry faculty and clinical pharmacy faculty members collaborate to provide bridging education. In this symposium review, we introduce the outline of the experiential education on the subject of pharmaceutical compounding changes and the evaluation of the students. In addition, we describe our future evaluation plan using the proposed outcomes of the Kinki region’s summarized assessment chart for preparatory clinical education.

はじめに

薬剤師は,チーム医療や地域包括ケアシステムの現場において,医師や看護師のような他職種と協働する状況で,薬物療法を行う上での中心となることが求められている1).6年制薬学教育が開始されて12年を迎え,学習成果基盤型教育に基づいて設定された薬学教育モデル・コアカリキュラム-平成25年度改訂版-(以下,改訂コアカリ)に基づく実習が開始されている2)

このような背景も踏まえ,2016年度より,我々は改訂コアカリで明示された「薬剤師として求められる基本的な資質」のうち,基礎的な科学力と薬物療法における実践的能力を橋渡しできるような分野横断型の実習として,4年次の実務実習事前学習において,配合変化を題材として,臨床現場で生じうる問題を基礎薬学系科目の知識を踏まえて理解・予測する体験型教育を行っている3).しかし,本実習内容を受講した成果として受講生が修得した能力についての評価は,定期試験による知識の部分の評価しか行えていなかった.このため,2020年度より「臨床準備教育における概略評価表(例示)〈近畿地区版〉」(以下,概略評価表)を用いて自己評価を行わせることを計画した.しかしながら,新型コロナウイルスの蔓延により,予定していた実習の実施がオンライン化され予定していた評価は行えなかったため,本稿では,実習内容のデザインと今後の評価計画について紹介する.

基礎と臨床の橋渡し実習~実務実習事前学習での実施例~

1.実習の概要

実習の導入講義として,化学構造式を基に配合変化の要因を検討するための基礎知識として,医薬品の溶解性,溶解度のpH依存性などに関する振り返り講義と個人演習を実施した.実習は,実習室に移動し,実務家教員および外部の薬剤師が1人当たり12名程度のグループを担当し,混合操作の指導を行い,混合・観察を行った後に有機系教員1名が生じた配合変化についての化学的側面からの振り返り解説を実習室内で行うデザインとした.

2.実習の実施例

配合変化実習の題材の選定に関しては,まず,実務家教員が代表的な配合変化のうち,視覚的に変化が理解できる10例程度の候補を提案し,医薬品化学担当教員が,低学年時で学習した化学系科目の知識により変化の要因を考察できる6~7の事例を選択した.具体例として,レボドパ-カルビドパ配合錠と酸化マグネシウムとの配合変化を題材とした一連の流れを示す.事前講義と演習では,図1Aに示すように他の医療従事者から混合可否に関する相談を受けたような場面設定をした資料を用いて,一般化学で学習した酸化マグネシウムが水に溶解した際に生じる水酸化マグネシウムにより塩基性を示す点,有機化学で学習したレボドパ,カルビドパに共通するカテコール構造が酸化を受ける可能性がある点を復習できるようにした.演習後の実習では,1)レボドパ-カルビドパ配合錠のみ,2)レボドパ-カルビドパ配合錠と酸化マグネシウム錠の両方を容器に入れ,55°Cの温湯で簡易懸濁を行い,数分間混合した後の色の変化を観察するようにした(図1B).実習後の解説では,事前演習で説明した知識が,色の変化においてどのように影響したかについて解説し,さらに,実習で用いた医薬品以外で同様な配合変化を引き起こす類似構造を持つ医薬品を提示することで,化学構造を応用することで配合変化を回避できる可能性があることを提示した(図1C).

図1

レボドパ-カルビドパ配合錠と酸化マグネシウムとの配合変化を題材とした事前演習と実習の例:A)事前演習資料,B)実際の実習で観察する事象,C)実習後の解説例

3.実習に対する受講生の評価

実習後に5件法からなる全7項目アンケートを行い,本実習への評価を行ったところ,7項目中6項目で最頻値は4または5と高い評価であった(表13).さらに,質問1~6に関して主成分分析を行った結果,第1主成分,第2主成分の寄与率はそれぞれ50.5%,15.7%であった(図2A).第1主成分は,Q1~5の寄与が大きいことから「医薬品および配合変化に対する化学的な理解」と考えられ,第2主成分はQ6の寄与のみであったことから,「臨床には医薬品情報の記載内容で十分という意識」と考えられた(図2A).第1主成分をX軸,第2主成分をY軸として,それぞれの主成分得点をプロットし,基礎薬学の知識の臨床応用が可能と考える意識(Q7)の回答群別で比較したところ,Q7で「5」と回答した群は,第1主成分が正,第2主成分が負となる第4象限に多く分布し,Q7で「4」と回答した群はやや第1,第2主成分共に負となる第3象限への分布がやや多い傾向にあった(図2B).この結果から,基礎薬学の知識の臨床応用が可能と意識づけるためには,実習を通じて化学的な考察ができると認識させることが重要であり,事前学習の段階から能動的な学習を行わせ,学生が実習で学んだ内容に関して適切な評価を設定することで,より基礎薬学の視点を踏まえた臨床応用に対する意識づけを可能になるものと考えられた.

表1 アンケートの単純集計
質問番号・内容 全く思わない1 ←→ 5強く思う
1 2 3 4 5
1.医薬品の溶解性は構造式から予想することが可能だと思いますか? 0 0 7 72 51
2.医薬品の溶解性は水溶性・脂溶性に関係していることを説明することが可能だと思いますか? 0 0 8 60 62
3.医薬品の溶解性を向上させるための工夫を説明することが可能だと思いますか? 0 0 9 74 47
4.配合変化において,医薬品の酸性・塩基性が関係していることを説明することが可能だと思いますか? 0 0 2 63 65
5.配合変化において,水溶性・脂溶性が関係していることを説明することが可能だと思いますか? 0 0 3 53 74
6.臨床現場では,添付文書やインタビューフォームに記載されている情報で十分だと思いますか? 1 14 45 44 25
7.有機化学等の基礎分野の知識を臨床現場で応用することが可能だと思いますか? 0 0 4 69 57
図2

アンケートの主成分分析(n = 122).A)矢印は因子負荷量,B)主成分1と主成分2のアンケートQ7の回答別分散図(+:Q7で3と回答,▲:Q7で4と回答,〇:Q7で5と回答)

概略評価表をどのように活用するか

2021年度では,概略評価表の中で「(2)処方せんに基づく調剤 【②処方せんと疑義照会】」のルーブリックが適用可能と考えている(表2).具体的には,本実習以外にも関連する調剤の項目も含めて,仮想の在宅医療の現場において,他職種から簡易懸濁などの相談を受け,化学構造式などから混合不可,混合不適の組み合わせを判断して簡易懸濁の可否を提案するような場面設定でのパフォーマンスを評価することを検討している.しかし,評価者については,指導教員による観察記録での評価が最も適切ではあるが,多人数の受講生の評価を数名の教員で行うのは,大変な労力がかかり疲弊することも否めない.このため,評価者に関しては,受講生同士のピア評価や自己評価で実施することも検討している.

表2 評価に使用予定の臨床準備教育における概略評価表(例示)〈近畿地区版〉「(2)処方せんに基づく調剤【②処方せんと疑義照会】」のルーブリック
観点 アウトカム 第4段階 第3段階 第2段階 第1段階
処方せんに基づく医薬品の調製(shows how) 監査結果に基づき適正な医薬品調製を模擬的な環境で実施する. 模擬的な環境で,患者ニーズやアドヒアランスの向上に配慮して適切な医薬品の調製や監査を行い,その内容について最適な服用方法を提案する.抗がん剤など特別な注意を要する製剤の調製では,ケミカルハザードの回避操作を適切に実施する. 模擬的な環境において,監査・調剤で用法に特別な注意を要する医薬品(休薬期間や漸減のある薬等)を確認し,その適切な取り扱いを行う.調製された医薬品にある誤りを指摘する. 一包化,錠剤等の粉砕,適切な賦形等,工夫を必要とする調剤について,模擬的な環境において適切に実施すると共に,その理由を他者に説明する. 患者情報に基づき後発品の選択を行い,医薬品の規制区分(毒・劇・向精神薬等を含む)に配慮して,計数・計量調剤を正確に行う.模擬注射処方箋に従って,無菌的混合操作を実施する.

以上より,4年次の実務実習事前学習における基礎と臨床の橋渡し教育に関して,その実施内容と評価への展望を紹介した.今後も基礎と臨床の橋渡しとなるような実習を継続的に行い,適切な方略や評価を考慮しながら,高い学習効果へとつながる実習のデザインを行いたいと考えている.

謝辞

本研究は,兵庫医療大学教育助成金により実施されたものである.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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