2022 年 6 巻 論文ID: 2022-028
昨今,他職種と連携し最適な処方設計と薬物療法を実践できる薬剤師の育成が求められている.本稿では,中規模病院における臨床教育として大阪府済生会野江病院(以下,当院)における実務実習の取り組みと課題について報告する.当院では,(1)代表的な8疾患の対応として,心不全カンファレンスなど,専門領域の医師との情報共有やAST,RCT,NSTなどの各チーム医療において薬剤師の職能にふれること,(2)救急外来や心不全外来といった外来診療において医師や看護師との意見交換などの参加・体験型実習において,他職種と交流し臨床現場で活躍できる薬剤師の育成が可能と考える.次に課題として,指導薬剤師も,上記教育の実践を学ぶ機会が少ないため,(3)当院では京都薬科大学と連携したフィジカルアセスメント講習にて,患者の身体所見を薬学的管理に活かし,薬物治療に積極的に介入できる薬剤師の育成への貢献を目指している.
Recently, a need has been recognized for pharmacists to be able to offer optimal prescriptions and practice pharmacotherapy in collaboration with other medical professionals. This paper reports on a practical training initiative and its associated challenges conducted at Osaka Prefecture Saiseikai Noe Hospital (hereinafter, “the hospital”). This initiative is an example of clinical education in medium-sized hospitals. The hospital was able to (1) include pharmacists in information-sharing programs with specialists, such as in a conference on cardiac failure, and in team-based care, such as in AST, RCT, and NST, to deal with eight typical diseases. It was also possible to (2) train pharmacists to interact with other medical professionals, exchanging opinions with doctors and nurses and playing an active role in the clinical environment in participatory and experiential training programs for outpatient care, within contexts such as emergency and cardiac outpatients. It is a particular challenge that pharmacists, despite playing a leading role, have few practical opportunities to receive the above education. Thus, in the physical assessment training course conducted in collaboration with Kyoto Pharmaceutical University, (3) the hospital aims to support training pharmacists to be able to use the physical examination of patients for pharmaceutical management and to employ pharmacotherapy proactively.
昨今,薬剤師は,チーム医療において他職種と連携し最適な処方設計と薬物療法を実践することが求められている.このような背景から,薬剤選択や投与量や投与方法等について医師に積極的に処方を提案し協働できる薬剤師の育成を目的として教育内容の充実が図られており1),その一環である改訂モデル・コアカリキュラムにおいても,チーム医療を担う一員として薬剤師は,身体所見を薬学的判断に活かすことと記載されている2).このような高い資質をもった薬剤師の育成を目指して導入された本カリキュラムでは,学生が卒業までに身に付けておくべき目標として「薬剤師として求められる基本的な資質」を設定し,それを身につけるための一般目標,到達目標を設定する学習成果基盤型教育(outcome-based education)である.したがって,指導薬剤師側は,「チーム医療の一員として活躍できる臨床薬剤師」という具体的な目指すべき薬剤師像を学習アウトカムとして実務実習生にイメージさせることが必須であり,各々の施設の特徴となる部分に焦点をあて,実習内容に取り入れていくことがより高い水準を目指すための一助となると考える.
上述のことを踏まえ,本稿では,中規模病院における臨床教育の現状について議論するために,当院における代表的8疾患,チーム医療そして急性期医療の現場である救急外来をはじめとした外来診療に対応した臨床実習についての取り組みと課題について,平時に加えコロナ禍の対応も含めて報告させて頂く.
本稿を題材に,これからの大学・病院間で情報共有や大学での基礎教育と医療現場での臨床教育の連携といった薬学教育の進むべき展望について皆様と共に考える機会のひとつとしたい.
薬学教育における改訂モデル・コアカリキュラムでは,6年卒業時に必要とされている資質として「薬剤師として求められる基本的な資質」の習得が薬学実務実習(以下,実習)の目標とされている.この目標を達成するために実習とは,それまで薬学部で学んできた知識・技能・態度を基に臨床現場でこの「基本的な資質」の修得を目指し,実践的な臨床対応能力を身に付けるための参加・体験型学習に位置付けられる.
そのため,臨床施設の特徴を活かしつつ,出来る限り幅広い症例を体験出来る参加・体験型実習を目標とすることは,「基本的な資質」の習得に寄与すると考えられる.
しかし,臨床施設において薬物療法の実践を教える上で重要となる代表的な8疾患への取り組みは,病院の取り組みの度合いによって関われる疾患に差がある.そこで,当院では,以下の二つの方策に取り組んでいる.まず,一つ目は,近畿地区では,大学と保険薬局・病院とのグループ化が進んでいるため,カリキュラムでの連携に取り組んでいる.つまり,例として当院を含む大阪市の東部グループ1では,担当大学主導のもとで実習期間の前後にグループ協議会を開催し,事前学習の情報共有やグループ内連携による代表的な8疾患などの領域の分担について議論し実行している(図1).そして,二つ目として,代表的な8疾患の症例が体験できる科を含む全一般病棟で均等に実習が可能なカリキュラムを組んでいる.また,当院の強みである心疾患,特に心不全患者に対して「大阪心不全地域医療連携の会」で発案された心不全での再入院を減らすための自己管理ツールであるハートノートを利用し他職種で連携した介入を行っており,導入時の指導や後で示す心不全外来カンファレンスを体験し病棟-外来を通じた経過に関わることで,実習の充実を図っている(図2).次いで,当院でのチーム医療における実習として,人工呼吸器管理している患者をラウンドし呼吸器の設定や鎮静について提案する呼吸ケアチームや患者の栄養状態を評価し適切な栄養療法を協議・提案する栄養サポートチームそして院内感染の抑制および抗菌薬適正使用の推進,耐性菌の発現の抑制・減少に貢献する感染系のチームや患者の疼痛の度合いを評価する緩和ケアチームの活動として,チームラウンドに実習生も同行することで,他職種との連携を体験し,出来るだけ幅広い症例に触れることができる実習を目指している.
近畿地区における取り組み
循環器内科病棟における実習
また,2020年の第II期実習では,新型コロナウイルス感染症の感染拡大による緊急事態宣言が出され,予定されていた病院実習開始が延期となった.そして,その間に大学と話し合ったところ,再開後も実地での実習が求められていたため,実習再開を目標に当院の新型コロナウイルス感染症対策ワーキンググループに受け入れ許可の申請を行うため,前述の大阪市東部グループ1内で協議した再開の時期や条件に対して報告をまとめた(図3).その後,出来る限り実地での実習を再開するも,感染の拡大に伴い,第III期実習において2週間の一時中断による自宅学習の期間となった.そこで,実習が中断した2週間の間,FujiXeroxの実務実習指導・管理システム上での課題実習を開始した.まず,疾患別の症例検討や処方解析を行うこととし,専門領域の認定薬剤師と各疾患の病棟担当者が課題を作成した.出題された実習生は,翌日の17時までにWeb上でレポート提出とし,課題を作成した薬剤師がその日のうちに添削を行った.課題は,実症例を用いて作成し,実習再開後にその症例についての振り返りを行うこととした(図4).これらの実地実習を中断中の課題について,実習生からは,「前もって学ぶことにより,実際の患者さんのところに行く時にも検査値がさす意味をよく理解して疾患と組み合わせて考えたいと思う.」などの意見があり,各大学の先生方からは,「オンライン上での症例解析などで成果が得られているようです.学生の答え方と添削に対する反応を見ることができ,ありがたいです.」といった意見を頂いた.このようなコロナ禍での対応により,感染拡大時のwebでの実習形式や大学での事前学習に臨床薬剤師が参画するなどの連携が今後の実習において必要であると示唆された.
実習受け入れ要件の準備
中断時における自宅での学習
日本病院薬剤師会から発信されている外来患者への薬剤師業務の進め方と具体的実践事例(Ver. 1.0)では,国が目指す安全かつ質の高い地域・在宅医療の実現には,薬剤師の積極的な薬物療法への参画が重要で あり,薬剤師外来を通じて病院薬剤師と保険薬局薬剤師が一丸となり地域・在宅医療の一翼を担う努力を重ねていくことが,社会に貢献できる医療専門職として薬剤師の評価向上につながると記載されている3).そのため,今後,外来での薬剤師の関与が重要であり,将来を担う実習生が急性期医療の最前線である救急外来や終末期医療へとシフトしていく心不全外来といった専門領域での外来業務を体験することは,薬剤師が社会貢献していくうえで必要であると考える.そこで,当院では救急外来と心不全外来での実習を実施している.救急外来のように緊急性の高い患者に接する機会の多い部署では,持参薬の確認から薬の管理,配合変化に抗菌薬の初期投与についての提言まで薬剤師の役割も多岐に渡るため,より深く病態を理解し薬物療法に貢献していくうえで医師の協力は不可欠となる.よって,当院では実習において救急外来や集中治療室で救急集中治療科の医師からの指導を受け,症例を通してディスカッションする機会を設けている.この結果,2018年から2021年の実習生に調査した結果,実習実施後は,ほぼ全員が救急外来実習の必要性を感じていることが分かった(図5).そして,実習生のレポートからは,「救急外来といった特殊な部署での薬剤師の役割を理解し,搬送からの流れを実際にみて学ぶことにより他職種の連携に触れることが出来た」などの感想があった.続いて,前述した循環器内科病棟実習で紹介したハートノートを導入している心不全患者での退院後の心不全外来における実習として,心不全外来での情報を共有する心不全カンファレンスへの参加と心不全外来の見学を実施し,入院から外来と継続的な治療についても学んでいる.このように,病棟やカンファレンスそしてチーム医療に加え,救急外来や心不全外来といった臨床現場の最前線の場面で,その施設の特徴となる「薬剤師と他職種の関わり方」を体験させ,他職種からのレクチャーを受けることで,「チーム医療の一員として活躍できる臨床薬剤師」という学習アウトカムについて学び,考える機会を作ることが重要である.
救急外来における取り組み
前述の病棟実習や外来実習に取り組んでいくうえで,臨床薬剤師の育成にあたっては実務実習教育と卒後教育とのシームレスな連携が不可欠であり,指導する臨床薬剤師自身の卒後教育が非常に重要となる4).
そこで,全国済生会病院 薬剤師会 近畿・東海ブロックを中心に済生会では,チーム医療への貢献など臨床現場で活躍できる薬剤師の育成を目的とし,7年前から「ファーマシューティカルフィジカルアセスメント研究会」の運営を開始した.本研究会では,本誌面シンポジウムの次の演者で薬剤師と救急救命士の資格を持つ京都薬科大学教員である今西先生のご指導のもと,2015年1月に研究会を発足し指導者の養成を目的として少人数で研修会を開始した.図6は,活動初期の研修会風景で,座学に加え実技研修やシミュレータ研修を通して指導者を育て実習を充実させるための「自己研鑽」を積む場を大学と連携し継続的に提供した.その後,このような指導者の育成段階を経て,本研修会では,薬剤師に加え医師や看護師・臨床工学技士などの多職種を講師として病態や医療機器の実践を学べる公開型研修会を開催した.本研修会の内容としては,図7のように座学では心疾患や呼吸器疾患と薬物療法について専門医そして薬剤師による講義,血圧測定や呼吸音聴取などの実技に加え,医療研修施設での多機能シミュレータや透析シミュレータを用いた病態別の実践的な研修を行った.公開型研修会の参加者の意識を調査した結果,「フィジカルアセスメントの研修は必要ありますか?」の項目に研修実施後は,ほぼ全員が必要性を感じていることが分かった(図6).また,「本研修会は患者の状態把握に活かせますか?」の項目では,活かせると感じると活かせるとやや感じるという2つの肯定的な選択肢を参加者全員が回答した.このように,卒後教育において大学の教員による臨床薬剤師を育成する体制の構築は,専門性を活かしチーム医療の一員として臨床現場で活躍できる薬剤師を育成するために必要である患者の状態を把握し薬物療法に活かすうえで有用である.
薬科大学教員による卒後教育
他職種との連携による専門領域教育
改訂モデル・コアカリキュラムでは,卒業時までに修得すべき「薬剤師として求められる基本的な資質」に基づいた学習成果基盤型教育が主体となっている2).よって,上記で示したように実務実習の本来の目的である薬剤師の基本的な臨床力を身に付けるために,病棟や外来での実習における取り組みでは,日常より臨床に近い実習を行うことが学生にとって,より効果的な教育であると考えられる.そのため,当院ではコロナ禍においても,可能な限り病棟での訪室やチーム回診などの活動の継続を目指した.加えて,事前学習を工夫することで臨床実習における学生の習熟度をより上げうる可能性があるため,今後も大学と臨床現場の連携の充実がより必要であると示唆された.
また,実習を充実させるうえで必要となる指導薬剤師の育成つまり卒後教育については,薬剤師の専門的な職能を活かしたチーム医療での活動,そして今後求められる外来での活動を実習に活かす必要がある.そこで,地域そして大学と連携した卒後教育を充実させることにより,患者の状態を他職種と共有して把握し薬物療法への提言を実行し治療と患者の健康に寄与する指導薬剤師の育成を進めていくことが重要であると考える.
近年高度化した医療において,他職種協働のチーム医療は不可欠であり,WHOが医療従事者の教育方法として推奨する卒前の専門職連携教育Inter-professional education(IPE)は各専門職種がチーム医療や職種間の役割を学ぶ手段として重要であると報告している5).そのため,医療チームにおいて薬剤師をはじめとした各職種は,自身が将来担う専門職種としてのチームでの役割を認識し,学ぶべきことを理解した上で進められる卒前教育の重要性を示している6).そして,大学病院をはじめとした先進的な取り組みを続けている大規模病院に続き,現在の薬学教育全体の向上につなげるために上記のような卒前教育に当院のような市中の中規模病院が各々の施設の強みを活かして取り組んでいくことが必要と考える.
今回の誌上シンポジウムでは,中規模病院の一例として当院における実務実習の取り組みと課題について紹介した.今回の取り組みを題材に,実務実習のあり方を考え,これからの大学での基礎教育と医療現場での臨床教育の連携といった薬学教育の進むべき展望について皆様と共に考えさせて頂きたい.
本稿で紹介した当院で薬学実務実習を受けた各大学の薬学部5年生を対象としたアンケートに関して,公表する可能性があること,その場合は個人情報が公表されないことをアンケート実施時に対象者へ口頭で説明し同意を得ている.また,図2,5,6,7へ掲載した写真に関して,写っている人物から写真掲載についての同意を得ている.
当院における実務実習教育は,携わって頂いている指導薬剤師の先生方,臨床薬剤師の先生方,そして全国済生会病院 薬剤師会 近畿・東海ブロックを中心とした「ファーマシューティカルフィジカルアセスメント研究会」に携わって頂いております京都薬科大学教員である今西先生をはじめ多数の先生方のご協力・ご支援の下で実施されています.関係者の皆さまには,この場を借りて深謝いたします.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.