2022 年 6 巻 論文ID: 2022-035
日本の薬学教育においてevidence-based medicine(EBM)の重要性は認識され,薬学教育モデル・コアカリキュラムにも明記されている.しかし,現状では臨床で活用できるEBMスキルを身につけるトレーニングが十分とはいえない.効果的なEBM教育を実践するには大学と臨床との間で教育の循環を行うことが必要であると考える.そのためには臨床現場である薬局や病院からのエビデンスの創出を薬剤師から発信し,大学ではアカデミック・ディテーリングの理念に基づき,基礎と臨床の橋渡し教育を通した処方の最適化への貢献を目指し,また,フォーミュラリーの作成など臨床に直結した実習の実施が望まれる.さらに米国では基礎教育から実務実習までの薬学教育全般を通したEBM教育が実施され,これは今後日本でも取り入れるべき教育体系である.
The importance of evidence-based medicine (EBM) has been recognized in pharmaceutical education in Japan, and EBM is clearly stated as a component of the revised-model core curriculum for this specialty. However, there is currently insufficient training to enable students to acquire EBM skills that may be applied to patient care. To implement effective EBM education, we believe that instruction should alternate between university and clinical settings. For this purpose, pharmacists should generate and disseminate evidence from clinical sites, including community pharmacies and hospitals. Based on the philosophy of using an academic detailing educational approach, universities should aim to optimize medication management through educational activities that bridge the gap between basic science and clinical practice. In addition, clinical-practice-related training, such as the creation of formularies, is desirable. In the United States, EBM education is embedded throughout the pharmacy degree program, from fundamental education to practical training. Therefore, such strategies can be incorporated into Japanese educational programs in the near future.
エビデンスに基づく医療(evidence-based medicine: EBM)は,1990年代初めにカナダMcMaster大学のGordon Guyattが提唱し1),現在,日常臨床において欠かせないツールとして活用されている.日本においてもEBMの重要性は認識され,薬学教育モデル・コアカリキュラムにも明記され,各大学で様々な取り組みが実施されている.しかしながら,EBM教育は講義形式で実施される場合が多く,EBMスキルを身につけるトレーニングが不足していると考えられている.全国の薬学部及び薬科大学のEBM担当教員を対象としたアンケート結果でも,「演習・実習の機会の不足」,「教員の意識・教育技能(スキル)の不足」,「適切な教材の不足」,「科目間の連携の不足」等が指摘されている2).
一方欧米では,EBM教育が20年以上前から医学教育に取り入れられており,薬学教育においても積極的に導入されている.例えば米国ウエスタン健康科学大学(Western University of Health Sciences)薬学部では,約1か月間のEBMの集中講義及びワークショップ等が実施され,さらに臨床実習でも実践的なEBM教育が実施されている3).EBMを医療の中で積極的,実践的に活用していくためには,EBMの概念を身につけ,薬物療法に関する正確な情報を収集し,その価値判断を適切に実施することが求められる.さらに,近年,日本においてもアカデミック・ディテーリングの概念が注目され,基礎薬学から臨床薬学を横断する新たな統合教育が提案され,実施され始めている.
本総説では,臨床現場におけるEBMの構築から実践へのアプローチ,大学教育におけるEBM教育の実践に関する日本と米国における取り組みをそれぞれの著者らの経験から紹介し,今後のEBM教育の進め方を考えたい.
厚生労働省のホームページ『「統合医療」に係る 情報発信等推進事業』(https://www.ejim.ncgg.go.jp/public/index.html)の中でも一般向けに『「根拠に基づく医療」(EBM)を理解しよう』という記事が掲載されており,患者の中にも,EBMの概念に近いことを理解し,「自分にとって最善の治療」の意思決定している人は少なからずいると思われる.しかし最善の治療と思われるものを選択したくても治療に高額な医療費がかかるとしたら,それも考慮に入れ,次善の治療を選択する必要が出てくるかもしれない.また,深刻な事態を例に挙げると,がんの治療に際して,自身の病態を鑑みて,化学療法か緩和ケアかを選択しなければならない立場に陥った場合,EBMを通じて医療関係者との価値観の擦り合わせが必要になるかもしれない.しかし,そのような重大な決断の局面ばかりではなく,患者さんの何気ない一言が,薬局現場の疑問となり,すぐに活用できるEBMにつながることがある.
著者(尾関)は長年,調剤薬局の現場で勤務してきたが,患者さんの発する言葉や行動,また薬局での初回問診票等から伺える体質というものがその患者さんの病態と何らかの関わりを持っているのではないかということに気が付いた.そこで,患者さんから得た情報をもとに仮説(リサーチクエスチョン)を立て,実際に検証を行った.
薬局から発信する研究として初めて行ったのが,「天候と頭痛の発症:頭痛薬の購入状況の大規模研究4)」である.これは頭痛持ちの患者さんの「今日は雨降りだから頭が痛いの」「私は天気予報がわりに使われているのよ」,「台風が通りすぎるまではつらいんだよね」という言葉から生まれた「悪天候と頭痛の関連」というリサーチクエスチョンを検証する研究であった.本研究では,大規模ドラッグストア網を対象として,当時唯一の第一類医薬品の鎮痛薬であったロキソニンSの販売量を頭痛の発症,悪化の指標とし,各種の気象データ(平均気圧,降水量,平均湿度,最小湿度,平均気温,最低気温,最高気温,日照時間)との関連の解析を行った.そして,医師を受診しない患者の動向を把握できるデータとして,数十万錠の鎮痛薬の販売量というビッグデータを活用し,気象情報を組み入れた解析を行うことで,頭痛と気象の関連を明らかにした.実際にデータで裏付けられたことにより,患者さん自身が気圧や湿度などの気象状況に注意を払うことにより,痛みへの備えが可能となることが示唆された.
また,消化器内科の近隣薬局に勤務していた時には「ピロリ菌1次除菌の成否と花粉症の関連5)」という研究を行った.これは患者さんの初回問診票を見ながら,1次除菌に失敗して2次除菌薬の処方箋を持って来局する患者さんに花粉症の人が多いことに気づいたことが始まりであった.実際に検証すると花粉症の人はそうでない人に比べて,1.5倍除菌されにくいということが明らかになった.そして,この結果が検証された後は,1次除菌の処方箋を持って来局した花粉症のある患者さんには,除菌されにくいかもしれない可能性を説明し,飲み忘れ等がないようにより強調して服薬するように心がけた.花粉症だと除菌されにくい事実を明らかにしたことで,自信を持って患者さんに有用な情報を伝えることができたのである.昨年には花粉症から発展して,アレルギー体質の患者さんの除菌の成否について,医師の協力を得て,非特異的IgE値の血液検査データを取得し,「IgE高値と除菌の失敗の関連6)」を検証している.これらの薬局から発信した研究は患者さんの医療にかかる支出を増大させることなく病気の治療や症状のコントロールに貢献することができると考えられる.
薬局薬剤師は,研究室では行うことの難しい薬局薬剤師ならではの視点で研究テーマを選ぶことが可能である.患者さんとの会話から発生した身近な疑問から思い付いたことを研究してみることは,意外と一般の人にも分かりやすく,役にも立つ可能性が十分にある.日々,患者さんと接する業務から研究の種を知らず知らずの内にもらっている薬剤師は,今まで培ってきた経験値を沢山持っている.インスピレーションがそのもらった種から仮説を生み,種をもとに集めたデータの解析によって仮説を検証することができるのである.EBMを堅苦しく捉えず,これからの薬剤師は職能をひろげて,データの活用法を身につけ,研究という言葉に及び腰になることなく,「薬局から発信するEBM」に大いに携わっていくべきだと思う.
厚生労働省の「チーム医療の推進に関する検討会」が2010年3月にまとめた報告書では,薬剤師がチーム医療に参画し,より積極的に処方提案,バイタルサインのチェックを含む副作用モニタリング,薬学的な管理等を行うことが求められた.さらに2013年に日本薬剤師会より「薬剤師の将来ビジョン」が示され,薬剤師が医療チームの一員として高度な薬物治療の知識や技能を活用し,様々な薬学や疾病の領域において,専門性を高める必要があるとされた.2019年には薬剤師法が改正され,薬剤師は患者の継続的な薬学的管理を行うことが義務化され,2021年4月より,地域薬学ケア専門薬剤師制度が開始された.さらに8月より,がん等の専門的な薬学管理に関係機関と連携して対応できる専門医療機関連携薬局が誕生した.日本の薬剤師養成教育は6 年制になり,薬剤師の活躍の場は広がりつつあるが,さらに医師とは違う薬剤師ならではの薬物治療への貢献が求められている.
1. アカデミック・ディテーリングとはアカデミック・ディテーリング(AD)は,海外では約40年前より活動が開始され,「医師に対し,コマーシャルベースではない公正中立な医薬品情報を提供し,有効性・安全性・費用対効果を考慮した適切な臨床上の判断が行えるように,訓練を受けたアカデミック・ディテーラーが行う支援活動」のことをいう7).
AlosaHealth(https://alosahealth.org/)は2004年に米国で設立され,創設者Dr. Jerry Avornは,プライマリケア医の処方慣行を最適化する方法としてADの概念を開拓した8).公正中立なエビデンスに基づく情報を基盤とし,利用可能な最良のエビデンスをADによって広めることにより患者の転帰を改善し,商業的影響を受けずに最適なケアを提供する医療専門家をサポートすることを使命としている.
The National Resource Center for Academic Detailing(NaRCAD https://www.narcad.org/)は,2010年に設立され,米国ブリガム・アンド・ウィメンズ病院の薬剤疫学・薬剤経済学部門内で運営されており,臨床に成果をもたらす教育を行う米国唯一の全国的な技術支援および能力開発センターであり,アカデミック・ディテーラーの教育プログラム開発がされ,新人アカデミック・ディテーラーのトレーニングが行われている.
2015年には診療所における高齢者の潜在的不適切処方に対して,薬剤師によるAD介入効果に関する無作為化比較試験が行われ,不適切処方を有意に減らしたと報告された9).
さらに在郷軍人病院において,AD実践ガイド(VA Academic Detailing Implementation Guide)が発刊され,薬剤師による医療チームと協力した患者中心の医療の実現と医療費削減に向けたADの実践が重要としている.そして,在郷軍人病院の救急部門研修医へのADアプローチは,不適切処方を有意に減らしたことも報告されている10).
豪州では1991年に政府の資金援助によるADプログラムが,南オーストラリア州アデレードの高齢者急性期ケア教育病院(200床)で,地域で開業している医師を対象として,ADプログラムが提供された.その結果,非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)ADプログラムの実施後,消化管疾患の入院数が減少傾向となり,AD訪問開始から5年間で,入院者数が70%減少した11).この報告を契機に豪州でのADプログラムは拡がっていった.そして,1998年にNational Prescribing Service(NPS)Limitedが設立され,NPS MedicineWise(https://www.nps.org.au/)は豪州の健康に関する意思決定と経済的成果を改善するための医薬品の質の高い適正使用支援に取り組んでいる.独立,非営利,エビデンスに基づく,消費者中心を理念とし,医薬品やその他の医療技術を安全かつ賢い選択をすることでオーストラリア人の健康を改善することを使命としている.NPS MedicineWiseは毎年,全国の一般診療で25,000以上のAD訪問を提供し,健康に関する意思決定を改善するために消費者調査を行っている.ADトレーニングは,医薬品の使用を改善するために設計された国家プログラムに組み込まれ,20年で1億9662万豪ドルの節約が実証されたと報告している12).
2. 日本におけるADの特徴13)日本では,近年,科学的根拠に基づくガイドライン策定が活発化し,多くの薬物治療に関連するガイドライン発表され,臨床試験のエビデンスから,推奨される薬効群が示されるようになった.そして,国民皆保険という恵まれた環境にあり,多くの同効薬が存在しているが,日本人の医薬品の有効性に関する臨床試験のエビデンスが少なく,同効薬を比較した臨床試験はさらに限られる.また日本は医薬品の費用対効果を客観的に評価する体制が確立されていない現状を鑑み,薬剤師の専門領域である医薬品の基礎薬学的比較に注目した.図1に示すように,医師の主な処方視点は,医薬品のガイドラインや臨床試験の結果にあり,病態に適した薬効群は概ね絞られる.しかし,その先の同じ効果を示す薬効群からの選択は根拠が不明確なことが多い.同効薬の中から,患者の背景と医薬品の化学構造式,薬理作用,薬物動態などの基礎薬学的違いに注目した薬剤師の処方支援は,日本の薬物治療の費用対効果に貢献できると考えた.そこで,2014年に薬学部の臨床系教員と基礎系教員が中心となり,東京理科大学研究推進機構総合研究院アカデミック・ディテーリング・データベース部門(ADD部門)を立ち上げた.
医師と薬剤師の処方視点の違い
そして,日本におけるADの定義は「基礎と臨床のエビデンスを基に薬の比較情報を能動的に発信する新たな医薬品情報提供アプローチ」と海外と一線を画し,アカデミック・ディテーラーの使命は医師の処方に影響を与え,処方を最適化することは海外と同様とした.ADD部門では医薬品の基礎薬学的特性を比較できるデータベース開発とそのデータを活用しやすく表示するシステム開発を行った.そして,文部科学省科学研究費の助成を受け,東京理科大学薬学部では4年生に「AD基礎演習」を立ち上げ,薬学部医療薬学教育研究支援センターにおいて,生涯学習「アカデミック・ディテーラー養成プログラム」を開始した.「アカデミック・ディテーラー養成プログラム」の4つの研修と各到達目標を示す.
「アカデミック・ディテーラー養成プログラム」4つの研修と各到達目標
I.医薬品の科学的特性比較に焦点を当てた研修
1)医薬品の化学構造式の違いや特徴が理解できる.
2)医薬品の薬理作用の特徴が理解できる.
3)医薬品の薬物動態の違いが理解できる.
II.AD資材作成と資材を使った処方提案研修
1)薬剤の科学的特性を踏まえ,腎機能障害や肝機能障害のある患者にも使いやすい資料を作成できる.
2)医薬品の科学的特性に基づき,薬物相互作用を注意喚起できる資料を作成できる.
3)AD資材を活用した患者に最適な処方提案ができる.
III.臨床エビデンスの薬学的吟味研修
1)ガイドラインや最新のエビデンスから推奨される薬剤群を示した資材を作成できる.
2)文献を批判的,薬学的に吟味でき,臨床活用できる.
3)治験の論文を基礎薬学視点から吟味でき,適正な一般化ができる.
IV.医師へのコミュニケーション研修
1)医師のニーズを考慮した情報提供ができる.
2)質問から信頼を得る機会をつかむことができる.
3)医師の処方行動に影響を与えるADが実践できる.
日本の薬剤師における専門性確立が加速する中,薬剤師の主な役割は「処方後」から,「処方前」の処方支援という薬学教育のギアチェンジが必要である.
薬学生が「薬剤師の主な役割は処方支援である」と自覚することで,近い将来,薬剤師の意識も処方後の「調剤や服薬指導」から処方前の「処方支援」に業務視点が変化していくと期待する.ADは処方支援の場面だけでなく,同効薬の比較を必要とする病院内フォーミュラリー(採用品目と適正使用情報)策定時も効果を発揮する.さらに地域フォーミュラリーは腎機能や肝機能低下が予想される高齢者を対象とするため,臨床のエビデンスだけでなく,医薬品の排泄型など基礎薬学的な違いも含むADは重要となる.そして,薬学部は薬剤師が基礎薬学の臨床活用について,生涯学習の場を提供する体制整備が求められる.東京理科大学ADD部門は2022年3月で終了し,65名のアカデミック・ディテーラーが誕生した.また,開発した医薬品比較システムやアカデミック・ディテーラー養成プログラムは一般社団法人日本アカデミック・ディテーリング研究会が引き継ぎ,日本の臨床現場へのさらなる普及を図る.
薬学準備教育ガイドライン14) には,(7)薬学の基礎としての数学・統計学が挙げられており,測定尺度,グラフ化,平均値,分散,誤差,相関,基本的回帰分析,母集団と標本,検定の意義など統計の基礎を学ぶこととされている.薬学教育モデル・コアカリキュラム15) では,D項目の衛生薬学の中に,保健統計,疫学を扱う上での統計学,E3項目で,薬物治療に役立つ情報として,それまでに学んだ統計学の知識を使って医薬品情報を扱う流れになっている.つまり,情報,統計に関することは,薬学部入学後,順次,基礎的知識から臨床応用につなげられる学びが理想と考えられる.
愛知学院大学では,2019年度まで医薬品情報学と医薬品情報演習はいずれも実務実習事前学習に位置付けられて,3年生後期に開講されていたが,座学で学んだ知識は,実際に実践しないと身につかない.そこで,医薬品情報学の講義を3年生前期で開講するように変更し,より実践的な医薬品情報学の教育につなげることができたと考えている.
1. 医薬品情報学と演習の継続性医薬品情報学では,主にE3項目を13回に分けて講義する.その後,医薬品情報演習では,その知識と技術を使って,情報の検索,比較,吟味,提供を実践する.2020年度に継続的な医薬品情報学の実践を計画したが,コロナ禍のため,登校が半分ずつになり,学生は対面で演習に取り組む週もあれば,オンラインで取り組む週もある.大学では,オンラインの情報検索環境下で,より高度な文献検索ができるが,自宅では通常の情報検索に限られてしまう.そこで,自宅でも情報収集ができる課題を考えた(表1).
テーマ | 課題 | 手法 |
---|---|---|
1.EBMの基本 | 論文の要旨 | PICOの概念で考える |
2.統計解析と臨床研究の結果の評価 | 結果の異なる臨床研究 | アウトカムを比較 |
3.個別化医療 効果と費用を考える | 大腸がんの治療法 | 費用対効果を考える |
4.DI情報の作成 | 医師,看護師,患者からの質問 | 相手に合わせた情報提供書を作成 |
5.フォーミュラリーの作成 | 後発品がある薬効群 | エビデンスに基づいた評価と推奨 |
6.患者情報の把握と処方提案 | 処方内容の適正化 | 与えられた患者背景から考える |
医薬品情報演習は,2日間で1課題に取り組む.最初の1日は情報収集と資料作成を行い,2日目は成果発表と討論を行った.演習で目標としたのは,図表の引用や作成,複数の論文やエビデンスの比較,他の学生の発表について評価することである.このうち,筆者(河原)が担当した「フォーミュラリーの作成」を紹介したい.
2. フォーミュラリーの作成臨床現場では,次々に新薬が登場する.薬剤師には,新薬の薬効を正しく判断し,過去の治療と比較し,副作用,患者特性を踏まえた上で,最良の提案をすることが求められる.学生には,フォーミュラリー作成にあたり,図2に示す比較表と,作成手順の情報を与えた.
フォーミュラリー作成手順.左に示す約5種類の同一薬効群の薬剤比較表について,右に示す手順で調査する.その後,推奨度高い薬剤の上位2種類について,理由を考える.
医薬品の情報を最もコンパクトに,正確に記載しているものは,添付文書であり,独立行政法人医薬品医療機器総合機(PMDA)のホームページから容易に最新版が入手できる.同様にインタビューフォームも入手可能であり,臨床試験結果のみならず,薬物動態,製剤の特徴,副作用情報,特定の集団への投与に関する注意事項も読めるよい情報源と考えられる.薬価は薬価サーチを例にあげたが,他のサイトからも探すことが可能である.さらに,PubMed等で,目的とする薬剤の比較試験結果が得られることもある.これらの情報を得て一覧表を作成し,どのような観点で推奨度を判断するか考える.
学生にとっては,初めて目にする薬剤もあると思われ,添付文書,インタビューフォームを自分で熟読するよい機会となる上,推奨度を自ら判断するという責任を持った吟味が必要になる.オンライン授業では,最初に簡単な作成方法とフォーミュラリーについて紹介し,演習に取り組んでもらった.演習時間中は,チャットでの質問を随時受付け,必要であれば全員に回答をフィードバックした.
当初,数時間で5種類以上の薬剤について,比較表を作成し,自分で推奨度を考えるという取り組みが実施可能かどうか不安であったが,全員が時間内に表を完成させ,独自の視点で推奨度を決めた.英語の比較論文を読み,参考意見として取り入れた学生,錠剤の大きさや形を選択理由に挙げた学生,臨床試験結果から費用対効果の観点で推奨度を決めた学生も見受けられ,予想以上によい演習となった.2日目の結果発表でも,他の学生の結果と比較し,最終レポートでは違う観点の考えも理解できていた.
薬学教育の中で,医薬品情報学の果たす役割は大きい.方法論だけでなく,目の前の事例の背景を考慮したEBMを実践するためには,医療者として相応の覚悟を持って取り組む必要があると考える.フォーミュラリー作成では,添付文書やインタビューフォームに触れる機会が少ない3年生が,臨床試験結果など様々な情報を比較し,薬価も含めて独自の判断をする機会を作ることができた.医薬品情報演習は,座学で学んだ知識を活かし,自分で情報を探し,提供する力を醸成することに役立ったと考えられる.今後は,医薬品情報演習の場でさらに,実際の症例に即した事例に取り組むことで,臨床現場で実行可能な実力を培っていきたいと考えている.
薬の専門家としてチーム医療に携わる薬剤師にとって,EBMのスキルは必要不可欠である.薬剤師の役割が拡張されている現在,最適な治療方法の提案,臨床的決断を下す際に必要なエビデンスの理解と活用のトレーニングは多岐にわたる.前述の通り,日本の薬学教育でも様々な取り組みが実施されている.本稿では,米国での先進的な教育スタイルを紹介し,日本での取り組みへの一助となることを期待する.
1. Longitudinal な EBM教育の流れ米国カリフォルニア州に位置するウエスタン健康科学大学(Western University of Health Sciences)薬学部では,全米の大学に先駆け,約10年前から初学年より高学年時にわたるEBMカリキュラム3) を構築し運用している(図3).この教育方法は,4段階のステップを踏んで実施されている.なお,アメリカの薬学部(Doctor of Pharmacy degree = Pharm.D.)は各大学により様々であるが,教養科目等を2年間以上または学士取得後に入学が可能であり,薬学部教育は3–4年間である.
米国でのEBM教育の流れ
ステップ1:薬学部1年次でEBMの基礎となるresearch methods(臨床試験)やbiostatistics(生物統計)を学び,tertiary resources(3次資料:Lexcomp,Micromedex)に触れ,PubMedを用いた論文検索方法を学ぶ.
ステップ2:2年次の初めに集中してEBMのステップである5As(Ask, Acquire, Appraise, Apply, Act)を学ぶ.特に,エビデンスの批判的吟味のスキル,論文をどう読み,どう解釈するかを習得する.講義・演習では,EBMに関するトピックを用いて「講義→症例チーム課題→クラスディスカッション」のサイクルで,講義で学んだEBMの知識を症例でどのように活用するかをProblem Based Learningにより学ぶことができる.
ステップ3:その後の2–3年次の臨床講義では繰り返し5Asを実践できるチーム課題をそれぞれの臨床トピックの症例を用いてトレーニングする.この繰り返し実施する実践的なEBMチーム課題により,4年次の実務実習前までにスキルの定着を目指す.
ステップ4:4年次1年間の実務実習で,実際の患者に対してEBMの実践を行う.実務実習では,薬局や病院等の実習施設においてこれまで学んだEBMのスキルを活かし,治療薬の選択と適正使用に関して,医療チームへのrecommendationや,論文査抄読会(ジャーナルクラブ)の発表を行う.他職種の医療チームや患者とエビデンスをどのように共有するか,そのコミュニケーションスキルも実習中に磨かれることとなる.そして,薬学部卒業後もレジデンシープログラムや生涯学習を通してEBMのトレーニングは続いていく.
2. 実践的なトレーニング方法EBMのコンセプトを学ぶ段階から多くの症例に触れ,チーム課題では実際の論文を用いることでエビデンスの使い方を習得する.特にEBM教育では,単に解答そのものよりも,なぜその解答が得られたのかという理由づけ(Reasoning)に重点を置き,多くの時間をクラスディスカッションに費やしている.クラスディスカッションでは,指名された学生またはチームは,教員から「why?何を根拠にどのように判断したか?」と繰り返し質疑応答することにより,クラス全体で「エビデンスの捉え方,判断の仕方」を効果的に学ぶことができる.さらに臨床的decision-makingにおいて,必ずしも答えが一つとも限らない症例も扱い,クラスで決断の過程を学び,実践的なスキルを習得することとなる.
3. 評価方法知識の評価は試験で問うが,スキルの評価は課題やプレゼンテーション発表を行い,ルーブリックを用いて採点する.採点にも多くの時間を必要とする.またスキルの評価として,試験で課題に使用された論文からの応用問題や新たな論文からの抜粋を用いたケース問題を使い,応用力を評価する.中間・期末試験だけでなく,反転クラスの際は,iRAT(個別試験)/tRAT(チーム試験)を実施し,学生の理解度を評価しながら進める.OSCEでもEBMスキルに関わる問題が出題される.例えば,与えられた時間の中で症例からPICO(P:患者,問題,I:介入,C:比較対照,O:アウトカム)をたて,薬の情報やエビデンスを集め,患者または医療従事者とのコミュニケーションスキルが評価される.このOSCEでは,臨床症例をシミュレートし,学生のEBMスキルを評価する上で効果的であることが示された16).
4. 到達目標ステップ2ではエビデンスの批判的吟味のスキルに重きが置かれ,チームでのジャーナルクラブ発表ができるようになる.各臨床講義に入る前にEBMの基礎学習を終わらせることで,それぞれの疾病のエビデンス,ガイドラインの理解と活用方法を身につける.実務実習では,それぞれの学生が単独で現場の薬剤師や医師に対してジャーナルクラブ発表を行う.現場で,多くのDecision-making 臨床決断をする訓練をする.プロトコールに沿って実施される薬剤師外来では,処方決定からフォローアップまでを薬学生が担う.薬学生自身が患者の治療方針を決断する責任の重みを経験し,またプロフェッショナリズムについて学ぶことで,薬に関しては薬剤師に任せて下さいと他の医療従事者や患者を含めた社会へメッセージを送ることができると考える.
5. 日米EBM教育の今後の展開EBM教育は幅広く,時間を必要とする.知識を身につけた上で,それを活用するスキルの両方が必要であり,そのトレーニングを繰り返すことが重要である.米国での教育では,初学年から実務実習期にわたり,繰り返し実施することにより,学生は初めは全てを消化できていなくても,繰り返すことで最終的にEBMを臨床で活用することが可能となる.日本でもEBMの重要性は十分理解されている17) が,現状からさらに充実させる必要がある.今後は大学間を超えた教材,症例の共同作成と共有を行い,さらに少人数を対象とした選択科目での実施等が日本では必要ではないだろうか.
現在は医療が複雑化し,治療法の選択肢も多く,医療コストの問題も存在する.薬治療のエキスパートとしての責任感を強く持ってこれらの諸問題に取り組んで行くことが重要であり,その解決にはアウトカムを重視しなければならない.幅広い臨床や統計の知識の習得と症例を用いた実践的なトレーニングの反復には多大な時間を要するが,臨床現場で薬剤師だからこそ発揮できる力を備え,アウトカムの向上に積極的に関わっていける人材の育成に貢献できればと考えている.
EBM教育は,薬学教育において広く浸透し,その必要性,重要性が十分に認識されている.薬学生が実務実習においてEBMの手法を活用できるよう事前学習での教育の充実が望まれる.さらに卒後には臨床現場においてエビデンスに基づき患者に最善の医療を提供することができるだけでなく,エビデンスの創出にも携われるよう,継続した学びの場を大学・臨床が提供できる,より一層充実した環境整備が求められる.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.