薬学教育
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実践報告
病棟担当薬剤師の疑義照会及び受動的情報提供からみる大学での臨床薬学教育内容の検討
坂口 裕子土谷 有美鈴木 健二
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2024 年 8 巻 論文ID: 2023-034

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抄録

薬学教育モデル・コア・カリキュラム令和4年度改訂版の中で,臨床薬学の根本的な見直しが必要とされている.本研究では,病棟担当薬剤師が行う疑義照会や,医師や看護師への受動的情報提供を調査し,大学での臨床薬学教育の内容を検討した.その結果,疑義照会内容は,薬剤の用量・投与量,薬剤選択,検査推奨の順に多かった.受動的情報提供では,医師は患者に合った薬剤選択や用法・用量を相談し,看護師は配合変化や投与方法などを相談していた.既報では,疑義照会は薬剤の用法・用量に関するものが大部分であったが,本研究では薬剤選択,検査推奨なども多く,薬剤師の視点が対物業務から対人業務へ変化していると考えられた.大学での臨床薬学教育は,低学年次には,医学用語を使用したコミュニケーション演習などを重視する必要があり,高学年次には,臨床薬学実践のために症例検討や多職種連携に特化した教育を強化する必要があると考えられた.

Abstract

The 2022 revision of the Model Core Curriculum for Pharmacy Education called for a fundamental review of clinical pharmacy education. This study analyzed the contents of clinical pharmacy education at universities regarding prescription inquiries and the provision of passive information from the perspective of hospital ward pharmacists. The most typical inquiries concerning prescriptions were drug dosage and administration, drug selection, and test recommendations in that order. Regarding passive information, physicians consulted pharmacists about appropriate drug selection, dosage, and administration, whereas nurses consulted about compounding changes and administration methods. Previous studies reported that most inquiries were related to drug usage and dosage, but this study found many inquiries were also about drug selection and test recommendations. These findings suggested that pharmacists are viewed as professionals working for people, not only with objects. The results also reinforced the necessity of emphasizing medical terminology and communication exercises in the earlier years of study and strengthening education through case studies and interprofessional collaboration for clinical pharmacy practice in the latter years.

はじめに

2006年度から薬学教育が6年制となって以来,薬剤師を取り巻く環境は大きく変化してきた.薬剤師の役割は,調剤を中心とした対物業務から,患者を中心とした対人業務へとシフトしつつある1).2003年に作成されたモデル・コア・カリキュラム(コアカリ)も,時代のニーズに応えられる薬剤師育成を目指し,2013年度に改訂された.2022年度には,「未来の社会や地域を見据え,多様な場や人をつなぎ活躍できる医療人の養成」をキャッチフレーズとし,さらなる改訂が公表された2).この令和4年度改定コアカリでは,「臨床薬学」の根本的な見直しが必要とされている.

臨床薬学の修得においては,薬局や病院という場で,今まで大学で学んできた知識全般を活用し,患者個々に最適な薬物治療は何かを考え提案しそれを実行することで,実践的な問題解決能力を習得することが大きな目標であるとされている3).しかし,薬剤師業務の実情が薬学教育に生かされているというコンセンサスは得られていない.その要因の一つとして,実際薬剤師はその他の医療従事者とどのように連携して患者の薬物療法に貢献しているのかという点で根拠となるデータは見当たらず,特に実務実習以前の低学年ではその業務がわかりにくいことが考えられる.今後臨床薬学の根本的な見直しを行うためには,大学側からの視点のみではなく,臨床現場からの視点がより重要であると考えられる.すなわち,近年臨床現場で薬剤師がどのように活躍しているのか,他職種から求められている能力は何かを明らかにすることが必要不可欠となる.

薬剤師の重要な業務として,疑義照会及び他職種への情報提供がある.しかし,現在薬学教育へ反映することを目的として,それらの内容を精査した報告はない.本研究では,京都第一赤十字病院の薬剤部で既にデータベース化している疑義照会及び情報提供の内容を調査し,大学での臨床薬学教育の内容を検討した.

方法

京都市東山区にある,病床数607床(一般:603床,結核:4床)診療科数33科,薬剤師数41名(2023年8月時点)の京都第一赤十字病院を対象施設とした.京都第一赤十字病院では,電子カルテシステムである両備システムズ社製OCS Cube-Smart及びOCS Cubeを導入しており,2016年よりこれらと連携しているFileMaker Pro 17 Advanced 17.0.4.400(Claris)を用いて,疑義照会内容及び他職種への情報提供内容をデータベース化している.本データベースの調査期間は,2022年4月1日~2023年3月31日とし,この期間のデータを全て抽出して解析した.

医師への疑義照会では,診療科と疑義照会内容において,疑義照会した薬剤師が入力時に薬剤部が設定した区分から分類を選択することが可能である.今回,そのデータベースに入力された情報を用い,疑義照会を行った診療科と疑義照会内容を調査した.疑義紹介内容は,重複ありとして集計を行った.

医師や看護師への受動的情報提供(質疑に対する情報提供)では,質問のあった薬剤の種類(内服,注射,外用,その他),質問内容,及び薬効分類を調査した.質問内容は,薬剤師が入力した内容を参考にし,今回新たに分類を行った.その中でも,投与方法は主に注射薬について医師・看護師がどのように薬剤を投与すれば良いか,服用方法は,どのように患者に服用してもらえれば良いかという内容となっている.薬効分類は,厚生労働省の薬効分類表に基づいて行った4).その中で,新規医薬品である新型コロナウイルス治療薬は,本研究において新たな分類として集計を行った.また,1件の質問で質問内容や薬剤が複数含まれていることもあり,薬剤の種類,薬効分類及び内容は重複ありとして集計を行った.集計の例として,一つの薬剤について粉砕の可否や服用タイミングの質問があれば,薬剤及び薬効は重複なし,質問内容は重複ありとした.また,複数の注射薬について配合変化の質問があった場合は,薬剤(場合によっては薬効も)は重複あり,質問内容は重複なしとした.複数の薬剤において複数質問があった場合は,薬剤の種類(場合によっては薬効も)及び内容を重複ありとした.

結果

1. 病棟担当薬剤師から医師への疑義照会

疑義照会件数は,2022年4月:177件,5月:262件,6月:263件,7月:192件,8月:307件,9月:242件,10月:279件,11月:203件,12月239件,2023年1月:213件,2月:218件,3月:186件であった.1年間の疑義照会の合計は2,781件であり,月によって多少ばらつきがあったが,平均して1ヶ月あたり232 ± 39件であった.

疑義照会を行った医師の診療科は,消化器外科・肝胆膵外科が328件(11.8%),消化器内科が299件(10.8%)であった(表1).疑義照会内容は,薬剤の用量・投与量が最も多く,薬剤選択,検査推奨が続いて多かった(図1).全3,823件中,その他が1,972件となっており,分類が難しい内容の疑義照会が大部分を占めていた.

表1

病棟薬剤師から疑義照会を行った医師の診療科

診療科 件数 割合(%)
消化器外科・肝胆膵外科 328 11.8
消化器内科 299 10.8
循環器内科 234 8.4
脳神経・脳卒中科 234 8.4
呼吸器内科 221 7.9
救急科 209 7.5
耳鼻咽喉科・頭頸部外科 154 5.5
小児科 154 5.5
血液内科 150 5.4
産婦人科 146 5.2
整形外科 113 4.1
心臓血管外科 110 4.0
脳神経外科 103 3.7
リウマチ内科 71 2.6
腎臓内科・腎不全科 40 1.4
呼吸器外科 38 1.4
糖尿病・内分泌内科 37 1.3
泌尿器科 37 1.3
乳腺外科 35 1.3
皮膚科 20 0.7
小児外科 16 0.6
透析センター 10 0.4
形成外科 9 0.3
歯科口腔外科 3 0.1
緩和ケア内科 2 0.1
総合内科 2 0.1
眼科 2 0.1
外来 4 0.1
合計 2,781

全34科のうち,疑義照会を行った診療科を集計した.疑義照会を行った診療科の件数と全2,781件に対する割合を調査した.

図1

病棟薬剤師から医師への疑義照会内容.医師への疑義照会内容の分類は,重複ありで全3,823件であった.

2. 病棟担当薬剤師から医師への受動的情報提供

結果を図2に示した.医師への受動的情報提供の件数は,1年間で203件であった.薬剤の種類は,注射が118件,内服が75件,外用が10件,不明が4件であった.質問内容の分類では,全238件中,腎障害・透析患者関連が50件(21.0%)と最も多かった.薬剤を投与する際の注意点や用法・用量の質問が22件(9.2%)と2番目に多く,3番目に薬剤選択に関する質問が18件(7.6%)と多かった.質問のあった薬剤の薬効分類に関しては,全254件中,合成抗菌薬が31件(12.2%)と最も多く,患者の年齢や腎機能,肝機能などによって投与量の検討が必要である薬剤が上位を占めていた.表2に,病棟薬剤師から医師への受動的情報提供の一例を示した.

図2

病棟薬剤師から医師への受動的情報提供.医師への受動的情報提供は,全203件であった.質問内容の分類は,重複ありで全238件,薬効分類は重複ありで全254件であった.

表2

病棟薬剤師から医師への受動的情報提供 一例

医師からの質問 誤嚥性肺炎で入院,入院後セフトリアキソン開始.炎症悪化・酸素量増加・血圧低下傾向であり,メロペネムやセフメタゾンへの抗菌薬変更検討中.どれがよいか.
薬剤師の回答 状態悪く,メロペネムへの変更提案.プロカルシトニン(PCT)や凝固系(アンチトロンビンIII・フィブリン・フィブリノゲン分解産物(FDP)など)の測定,さらに血培再検も依頼した.
内容の詳細 JAID/JSC感染症治療ガイドライン―呼吸器感染症―誤嚥性肺炎より
入院患者の重症例の場合に該当する.
ガイドライン上のEmpiric Therapyの第一選択薬であるメロペネムに変更を依頼し,細菌感染のバイオマーカーであるPCTの測定と敗血症による播種性血管内凝固(DIC)の判断の指標となる凝固系検査(ATIII・FDP等)を依頼した.さらに,セフトリアキソン投与中であるが状態が悪化してるため,再度血液培養を依頼した.
必要な能力・知識 ・患者状態の把握
・誤嚥性肺炎の病態知識
・誤嚥性肺炎の薬物治療とその評価(検査等を含む)
・細菌学の知識
・抗菌薬の知識
・医師への処方提案(コミュニケーション能力)
薬剤師が行ったこと 誤嚥性肺炎治療難渋例患者における今後の治療計画の提案と検査推奨

3. 病棟担当薬剤師から看護師への受動的情報提供

結果を図3に示した.看護師への受動的情報提供の件数は,1年間で162件であった.薬剤の種類は,注射が114件,内服が42件,外用が5件,不明が1件であった.質問内容の分類では,全162件中,配合変化に関連するものが73件(45.1%)と最も多く,大部分を占めていた.続いて,2番目に薬剤情報が18件(11.1%),3番目に投与方法についての質問が12件(7.4%)と多かった.質問のあった薬剤の薬効分類に関しては,全263件中,医師への受動的情報提供と同様,合成抗菌薬が34件(12.9%)と最も多かった.続いて,たん白アミノ酸製剤が27件(10.3%),強心剤が20件(7.6%),無機質製剤が15件(5.7%)と多く,これは重症患者において,高カロリー輸液や抗菌薬,強心剤である急性循環不全改善剤など多剤投与され,看護師が病棟担当薬剤師へ投与ルートの相談を行っている事例が多くみうけられたことが要因であった.

図3

病棟薬剤師から看護師への受動的情報提供.看護師への情報提供は,全162件であった.質問内容の分類は,情報提供と同じく全162件,薬効分類は重複ありで全263件であった.

考察

本研究により,病棟担当薬剤師が行う疑義照会の内容は,薬剤の用量・投与量に関する内容が最も多く,続いて薬剤選択,検査推奨などに関する内容が多かった.2001年,2017年に報告された薬局での疑義照会内容5,6),2019年に報告された病院での注射薬処方の疑義照会内容7) においても,本研究同様薬剤の用法・用量に関する疑義照会が最も多いことが示されている.疑義照会においては,「薬剤の適正使用」という観点から処方監査が行われており,現在も疑義照会の本質的な部分に変化はないと考えられた.しかし,本研究において用量・投与量と同程度に薬剤選択,検査推奨などに関する内容が多かったことは,薬剤師がより患者に合った薬剤や用法・用量を検討しており,薬剤師の視点が,対物業務から対人業務へ変化していることを示していると考えられた.研究限界として,本研究のデータは急性期病院の一例に限られていることが挙げられる.今後,さらに慢性期などの他の病院や薬局などのバックグラウンドの異なる複数施設を調査する必要があると考えられた.

医師への受動的情報提供において,医師は薬剤を処方するにあたって,患者に合った薬剤選択や用法・用量を病棟担当薬剤師に相談していることがわかった.2005年の報告では医師からの質問内容の大部分は薬剤の用量・投与量,用法,製品についてであることが示されており8),本研究において疑義照会内容と同様,薬剤師の業務は対物業務から対人業務へ変化していることが示された.表2で示したように,患者に合った薬剤選択を提案するためには,患者状態の把握から病態や薬剤情報など幅広い知識が必要となる.さらに,提案や議論が円滑に実施されるよう,科学的根拠に基づいた説明やコミュニケーション能力が必要となる.平成31年3月に取りまとめられた「医師の働き方改革に関する検討会報告書」において,医師の労働時間短縮を強力に進めていくための具体的方向性の一つとしてタスク・シフト/シェアが掲げられている9).現時点においても,本研究により医師から処方内容についての相談が多いことが示されているが,今後益々薬剤師の薬物療法の実践的能力も求められると予想される.

病棟担当薬剤師から看護師への受動的情報提供においては,看護師は薬剤を患者に投与するにあたって,配合変化や投与方法などを病棟担当薬剤師へ相談していることがわかった.実際に配合変化のデータのない注射薬の組み合わせで投与を行う場合もあり,このような場合に病棟担当薬剤師へ質問することになる.薬剤師は,薬剤の物理化学的性質から配合変化を判断せざるを得ないが,判断が困難な場合,薬効などを考慮して投与方法を再検討することや医師へ薬剤の変更を提案することもある.服用方法の相談では,患者がどのようにすれば内服しやすいかを看護師と共に検討し,患者に説明を行うこともある.看護師などの医療従事者や患者に対して薬学的な知識を活用し,必要な情報を伝えることも重要である.

以上より,本研究結果から,大学での臨床薬学教育では,基礎知識の活用や多職種間のコミュニケーション能力の習得を目指すことが重要と考えられた.これは,令和4年度改定コアカリの臨床薬学の目標と合致するものであった.また,医師及び看護師に共通して合成抗菌薬や,腎障害・透析患者,薬剤の投与方法についての質問が多く,これらの領域の強化が必要であると考えられた.本研究で必要性が明らかになった内容をカリキュラムマップに配置する場合,低学年次には,医学用語を使用したコミュニケーション演習などを重視する必要がある.さらには,薬剤師の業務について根拠を持って説明することで,学習の必要性と動機付けに貢献し,基礎知識の活用能力の向上が期待できると考えられた.高学年次では,臨床薬学実践のために,薬剤選択,用法・用量,検査推奨などの状況における演習や実習などの充実が必要となる.実際の症例を提示し,断片的ではなく,医師への処方提案及び看護師への薬剤投与時の注意点の説明,患者への服薬指導を全て通して,患者への薬物療法を学ぶ必要がある.このように,学生自ら薬学的観点から考察し議論することが,臨床薬学の実践に繋がると考えられる.

薬剤師業務のあり方は年々変化している.現場で求められている薬剤師を育成できるよう,臨床現場と大学を繋ぐことが臨床系教員の責務であると考える.今後も薬剤師の業務内容を調査し,それに応じた講義や実習内容の見直しを行っていく必要がある.

謝辞

本論文の病棟薬剤師の疑義照会及び受動的情報提供において,データを提供いただいた京都第一赤十字病院薬剤部の皆様に,この場を借りて深謝いたします.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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