薬学教育
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短報
薬学部4年次学生の学習方略使用傾向および客観試験成績との関連の解析
河合 洋小泉 晶彦小島 裕高橋 直仁岡﨑 真理夏目 秀視関 俊暢
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電子付録

2024 年 8 巻 論文ID: 2023-035

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抄録

学習方略は学習成果に影響を与えることが知られているが薬学における報告は少ない.薬学生がどのような学習方略を使用し,その使用傾向が客観試験成績にどのような影響を及ぼしているかを解析した.質問紙調査と因子分析により,全体把握方略,日常活用方略,知識構造化方略,暗記方略の4つが抽出された.全体把握方略と日常活用方略は知識構造化方略と正の相関を示し,暗記方略は他3つの方略と負の相関を示した.薬学全般に関する客観試験の得点により対象者を成績階層別に分け,各学習方略の因子得点を比較したところ,群間で学習方略の使用傾向に差が認められ,客観試験成績上位群は下位群と比べて全体把握方略と知識構造化方略の因子得点が高く暗記方略の因子得点が低かった.客観試験成績は知識構造化方略と正の関連,暗記方略と負の関連を示すことが明らかとなった.薬学生の学習方略として,暗記より体系的な意味理解が有効であることが示唆される.

Abstract

This study investigated the learning strategies employed by pharmacy students and their impact on academic performance, assessed through objective tests consisting of multiple-choice questions evaluating knowledge of pharmacy and pharmaceutical sciences. A questionnaire survey and factor analysis revealed four learning strategies employed by the students. They were “Overview” of learning content, incorporation of “Daily-life” events, “Construction” of knowledge, and “Memorization” of discrete facts. Overview and Construction strategies align closely with the well-established deep-processing strategies, namely organizational strategy and elaboration strategy. Overview and Daily-life strategies positively correlate with Construction, while Memorization negatively correlates with the other three strategies. These correlations may reflect a difference between the deep-processing and shallow-processing strategies. The adoption of these learning strategies differed for the top performers and lower graders. The top performers exhibited a higher factor score in Construction than the lower graders, whereas the lower graders displayed a higher factor score in Memorization. Construction exhibited a weak but positive correlation with examination scores, while Memorization exhibited a corresponding negative correlation. Daily study hours were slightly longer for top performers; however, the difference was insufficient to conclude that learning hours were crucial for the differences in academic performance. These results underscore the influence of learning strategies on the academic performance of pharmacy students. Deep-processing strategies such as Overview and Construction hold more significant promise for improving their academic performance.

目的

学習者にとって,学問に取り組むことで必要な知識・技能を身につけその習熟度を高めることは学習の最大の目的であり,その効果的な達成のためには適切な学習方略を自ら選択して質の高い学習を進めることが重要である1,2).大学薬学部は薬剤師を養成する役割を負った機関であり,将来医療人として活動するに足る知識,技能,態度を持った人材を育成しなければならない.薬学生には,医学や科学の進歩に伴う膨大な知識を身につけ,さらに卒業後も最新知見を学び取り続けそれを活用する能力を修得することが求められている.学生時代に効果的な学習方略を身につける意義は大きいだろう.薬学生の学力低下も懸念される現状において3),低学年時から知識の獲得のみならず,適切な学習方略を獲得するように訓練していくことも教育的に重要と考えられる.

学習者の学習意識や学習方略については教育心理学の分野で盛んに研究がなされ多くの知見が蓄積されている.学習方略は様々なものが報告されているが,包括的な枠組みとして学習記憶の認知的処理に着目した認知的方略,自己調整学習の理論から導かれたメタ認知方略等に分類される1,2,4).認知的方略としては,演習を繰り返して記憶を定着させるリハーサル方略,知識をイメージ化したり既有知識と関連付けたりする精緻化方略,情報を体系化し関連付ける体制化方略が代表的なものとして挙げられる1,2,4).学習成績との関連についても様々な教科目を対象として研究がなされており,精緻化方略や体制化方略を使用する学習者ほど成績が高いこと,リハーサル方略の使用は学習成績と関連がないか負の関連を示すことがほぼ一致した見解として報告されている47)

一方,薬学領域に関しては,薬学英語教育における学習方略と達成関連感情との関連,認知的方略の使用と6年次の試験成績との関連が報告されているものの,各学習者の学習方略と学習効果の関係を分析した報告は非常に少ないのが現状である8,9).学習方略の使用や有効性の認知には教科目により差があることも報告されており10),薬学あるいは薬学生の特性を前提とした研究知見の蓄積が望まれる.そこで本研究では,薬学生が普段の学習にて使用する学習方略の傾向を探ること,学習方略の使用傾向と想起レベルの客観試験成績の関連を探ることを目的として調査を実施した.薬学における科目間の差にも興味が持たれるが,まず薬学科目全体の影響の総体として薬学生の普段の学習方略を探るため,薬学全般を対象とした客観試験の得点を成績の指標として用いた.

方法

1. 倫理的配慮

本研究は,城西大学の人を対象とする生命科学・医学系研究倫理審査委員会の承認を得て実施された(承認番号:人医倫-2017-27A).対象者には調査への回答内容は成績に影響しないことを説明した.データを研究目的に利用することへ同意した学生のみを解析対象とした.

2. 調査対象

城西大学薬学部薬学科にて4年次に配当されている演習科目「薬学総合演習C」の2019年度履修者を対象とした.当該科目は4年次までの既習事項の総復習をする科目であり薬学科目の全般を対象とする.2019年12月に想起レベルの知識を問う多肢選択式問題120問で構成された客観試験が実施され,この試験の得点率を成績データとして用いた.120問の内訳は物理学,化学,生物学,衛生薬学,薬理学,薬剤学,病態・薬物治療学各15問,薬事関係法規・制度・倫理5問,実務10問である.また2019年12月に普段どのような学習をしているかを問う質問紙調査を実施した.当該科目履修者260名のうち,データの研究利用に同意しない者及び質問紙への回答に欠損があった者を除いた232名(89.2%)を対象として解析を実施した.

3. 学習方略の解析

意味理解方略と暗記方略が学業成績に正負の影響を与えることを想定し,質問紙調査法により学習方略を解析した.質問項目は,理科や歴史の学習を対象に作成された学習方略尺度を参考に4,7,11),内容を薬学の学習の文脈に即して修正したものを用いた.意味理解や暗記を含む4方略を抽出した尺度11) から,薬学の学習に合わせにくい項目を除いた16項目を用いた.さらに,質問項目と学力との関連を示し学力向上を目指した教育的指導に役立てることを意図して,学業成績と相関することが示されている項目や理科学習において重要とされる精緻化方略や体制化方略に含まれる項目から4,7),上記尺度の項目に含まれない項目を加えることを検討した.最終的に,意味理解と暗記の要素が混在していない内容と考えられ,教育活動における観察から対象学生の学習改善に有効と期待される3項目(項目7,11,15)を加え,全19項目の構成とした(表S1).当該方法を普段の勉強でどれくらい行なっているかを4件法で調査した.得られた結果について,「やっていない」から「よくやっている」をそれぞれ1~4の数値に変換し,因子分析(最尤法,プロマックス回転)に用いた.解析にはSAS OnDemand for Academicsを用いた.

上記19項目に加え,自己学習の時間に関する質問も設け,客観試験成績との関連の解析に用いた.対象となる4年次学生は平日でも授業のない日が発生するカリキュラムであったため,授業のある平日,授業のない平日,休日に分けて問を立て,「ほとんどない」,「1日1–2時間」,「1日8時間以上」等の選択肢からの択一回答とした.

4. 客観試験成績と学習方略,自己学習時間の関連の解析

客観試験得点順に対象者を4群に分けて上位から順にA,B,C,D群(n = 60,54,63,55)とし,各質問項目に対する回答の違い,学習方略の使用傾向の違いを解析した.客観試験得点同点者は同群に振り分け,4等分に近くなるように群分けの基準得点を設定した.各群の得点率(%,中央値(第1四分位点~第3四分位点))は,79.2(75.8~83.3),70.0(69.2~71.7),64.2(60.8~65.8),53.3(48.8~56.7)であった.群間の比較には反復測定二元配置分散分析およびShaffer法によるpost-hoc解析(表2)もしくはKruskal-Wallis test(表3)を用いた.また,質問紙の結果と客観試験得点との相関係数を求め(表2:ピアソン積率相関係数,表3:スピアマン順位相関係数),両者の関連を調べた.有意水準は5%とした.

結果

1. 学習方略の因子分析

学習方略を調査した19項目を用いて潜在因子を解析した.質問項目の1つ(項目番号18)は床効果が認められたが(表S1),学習方略の解釈に有用である可能性を考えて除外せず,まず19項目全てを用いて因子分析を行なった.初期解の固有値は,5.93,3.81,1.84,1.02,0.36(以下略)であった.固有値およびその減衰傾向,因子の解釈可能性,尺度の参考とした報告で4因子を抽出していたこと11) を考慮して4因子解を採用し,再度因子分析を行なった.因子負荷の基準を0.3として因子負荷の少ない項目や複数の因子に負荷する項目を除外して,最終的に15項目で因子分析を行なって単純構造に近い構造を得た(表1).第3,第4因子のα係数がやや低値であったが,項目除去によるα増大は認められないためこの構成を用いた.因子の適合度はよく(TLI = 0.968),この4因子解を採用した.

表1

学習方略尺度の因子分析結果(最尤法,プロマックス回転)

F1 F2 F3 F4 h2
第1因子(全体把握方略) α = 0.782
8 まず全体的な流れをつかんでから,細かい語句を覚える .826 –.033 .083 –.006 .740
19 細かいことを覚えるより,大きな流れをつかもうとする .800 .108 –.098 .064 .595
5 細かいことを気にせず,まず大きな流れを把握する .650 .031 –.097 .087 .390
2 各章,各単元の全体像をつかむことを重視する .464 –.143 .283 –.102 .420
第2因子(日常活用方略) α = 0.760
12 薬学や医学に関するテレビや映画を見る .068 .800 –.046 –.028 .626
18 薬学や医学に関する本や雑誌を読む –.021 .668 .008 .060 .442
13 科学や医療関連のニュースについて,その内容を理解しようとする –.049 .634 .234 .004 .546
第3因子(知識構造化方略) α = 0.673
17 習ったことを,ノートや頭の中で自分なりにまとめてみる –.162 .083 .635 .014 .390
15 勉強するときは,既に習ったことを頭の中であれこれ結びつけるようにしている .207 .101 .517 –.133 .506
7 既習事項を思い出しながら勉強を進めている .251 –.151 .517 .088 .372
9 テストに出なさそうなところも興味があったら調べる –.034 .137 .411 –.050 .235
14 分からない言葉の意味を,自分で調べたり人に質問したりする .142 .159 .314 –.156 .279
第4因子(暗記方略) α = 0.652
6 意味の分からない語句が出てきても,まずとにかく覚える –.029 .013 .116 .945 .824
3 なぜそうなるのかはあまり考えずに暗記する .053 –.001 –.171 .466 .299
10 重要そうな語句はとりあえずまる覚えする .116 .028 –.092 .432 .219
因子間相関 F2 –.016
F3 .360 .324
F4 –.067 –.156 –.369

TLI = 0.968

第1因子は,細かな事柄より全体像をつかむことを優先しており「全体把握方略」と名付けた.第2因子は,授業外の日常生活で接触する医薬関連情報を利用するものであり「日常活用方略」と名付けた.第3因子は,既存知識と結びつけるなど知識相互のつながりを重視しており「知識構造化方略」と名付けた.第4因子は意味理解よりも機械的な暗記を重視しており「暗記方略」と名付けた.全体把握方略と日常活用方略は知識構造化方略と正の相関を示し,暗記方略は他の3つの方略と負の相関を示した(表1).

2. 学習方略と客観試験成績との関連

客観試験成績群間で学習方略の使用傾向に差が認められた(表2).試験成績および学習方略因子得点の主効果は検出されなかったが(試験成績:F(3,228) = 2.314,p = 0.077;学習方略:F(3,684) = 0.003,p = 0.999),両者の交互作用が検出された(F(9,684) = 2.36, p = 0.013).成績上位群と下位群との差は特に知識構造化方略と暗記方略で大きく,知識構造化方略は成績群間で有意差が認められた(F(3,228) = 4.205, p = 0.006; A > C, p = 0.015; A > D, p = 0.018; B > C, p = 0.015; B > D, p = 0.031).客観試験成績は知識構造化方略と正の相関(r = 0.212, p = 0.001),暗記方略と負の相関(r = –0.193, p = 0.003)を示した.

表2

客観試験成績群別の学習方略因子得点

全体把握方略 日常活用方略 知識構造化方略** 暗記方略
A 0.11(0.96) –0.06(0.93) 0.23(0.95)†,‡ –0.13(0.93)
B 0.09(0.85) 0.18(0.99) 0.21(0.85)†,‡ –0.14(0.88)
C –0.17(0.94) –0.16(0.79) –0.23(0.76) 0.06(0.95)
D –0.01(0.92) 0.07(0.82) –0.20(0.78) 0.20(0.92)

成績各群の学習方略因子得点平均値(標準偏差)を示す.

** p < 0.01 by ANOVA;p < 0.05 vs group C,p < 0.05 vs group D by post-hoc test.

3. 学習時間と客観試験成績,学習方略との関連

休日の自己学習時間は,成績群間で回答に差が認められ(p = 0.032)(表3,表S2),客観試験成績と相関を示した(ρ = 0.163, p = 0.013).また,自己学習時間は知識構造化方略の因子得点と正の相関を示し(授業のある平日:ρ = 0.177,p = 0.007;授業のない平日:ρ = 0.180,p = 0.006;休日:ρ = 0.192,p = 0.003),休日の自己学習時間は暗記方略と負の相関を示した(ρ = –0.134, p = 0.042).

表3

客観試験成績群別の自己学習時間の分布

授業のある平日 授業のない平日 休日*
A B C D A B C D A B C D
ほとんどしない 10.0 3.7 7.9 3.6 6.7 7.4 7.9 1.8 10.0 14.8 19.0 20.0
1時間未満 5.0 1.9 3.2 12.7 5.0 0 7.9 7.3 8.3 3.7 15.9 9.1
1–2時間 16.7 18.5 33.3 27.3 1.7 7.4 7.9 23.6 11.7 11.1 14.3 18.2
2–3時間 36.7 33.3 25.4 29.1 21.7 20.4 14.3 9.1 16.7 31.5 12.7 16.4
3–5時間 23.3 31.5 23.8 20.0 28.3 24.1 34.9 34.5 20.0 22.2 27.0 21.8
5時間以上 8.3 11.1 6.3 7.3
5–8時間 26.7 31.5 19.0 20.0 26.7 14.8 7.9 9.1
8時間以上 10 9.3 7.9 3.6 6.7 1.9 3.2 5.5

成績各群の各選択肢選択割合(%)を示す.

―,not applicable. * p < 0.05 by Kruskal-Wallis test.

考察

城西大学薬学科4年次学生の学習方略使用傾向,および客観試験成績との関連を調べた.学習方略として全体把握,日常活用,知識構造化,暗記の4つが抽出され,全体把握方略および知識構造化方略の使用は成績上位群の方が高く,暗記方略の使用は成績下位群の方が高かった.こういった傾向は過去の報告でも示されているが2,47,9,薬学生においても同様の結果が得られたこと,想起レベルの知識を問う多肢選択式の客観試験という暗記による対応も考えられる試験を指標とした場合でも,暗記方略が有利に働かず,深い認知処理の方略が有効であることを示唆したことは,薬学における教育を考える上で有用な知見であろう.

今回学習方略として抽出された4因子のうち,第1,第2,第3因子は中高生の歴史学習を対象とした村山の報告ではそれぞれ「マクロな意味理解方略」,「拡散学習方略」,「ミクロな意味理解方略」と名付けられている11).本研究でも概ね同様の方略と解釈できるが,いくつかの項目が既報とは異なる因子に高い負荷を示したため,薬学生における各方略の特徴を明確にするために独自の因子名を採用した.今回の結果では,項目1,4,9,13,16が村山の報告と異なる因子負荷傾向を示した11).暗記方略に含まれていた「1.全体を理解する前に,キーワードを覚えることから始める」,ミクロ理解方略に含まれていた「4.板書やスライドは,それがどういうことか頭で確認してからノートやプリントに写す」,拡散学習方略に含まれていた「16.友だちや家族と薬学や医療に関する話などをする」(村山の報告では「友だちや家族と歴史に関する話などをする」11) )は今回の解析では除外された.項目4については特徴的な傾向が見いだせないが,項目1と16は4因子19項目での因子分析において複数の因子に高い負荷を示した.項目1は暗記方略および知識構造化方略の各項目と同じ因子に高い負荷を示す傾向にあり(因子負荷量:0.444,0.438),項目16は日常活用方略および知識構造化方略の各項目と同じ因子に高い負荷を示す傾向にあった(因子負荷量:0.409,0.430).「1.キーワードを覚える」ことを単純な暗記としてのみならず意味理解の一環として捉える傾向や,「16.友だちと話す」ことを授業内容の意味理解を目指すディスカッションや教え合いとして捉える傾向が薬学生では中高生より強かった,といったことが可能性として考えられる.拡散学習方略に含まれていた「9.テストに出なさそうなところも興味があったら調べる」はミクロ理解方略・知識構造化方略の各項目と同じ因子に高い負荷を示した.興味があることを調べるという学び方は,物事の真理を探究するという大学授業における学びに近く,授業という場を超えた学習方略(拡散学習)ではなく授業内理解に近い方略の一環として捉えられたことは大学生を対象とした本研究の結果として妥当なものと考えられる.ミクロ理解方略に含まれていた「歴史上の事件や戦争について,その内容を理解しようとする」を基にした「13.科学や医療関連のニュースについて,その内容を理解しようとする」は拡散学習方略・日常活用方略の各項目と同じ因子に高い負荷を示した.「科学や医療関連のニュースについて」と書き換えたことにより授業から離れた活動と捉えやすい内容の文章となっており,授業の場を超えた方略である拡散学習方略・日常活用方略に高い負荷を示したと考えられる.また,学業成績との相関が示されている「11.どの内容を学習するか,順序を決めてから進めている」は因子負荷量が0.286であり解析から除外されたが,知識構造化方略の各項目と同じ因子に相対的に高い負荷を示した.本項目は理科教育用学習方略尺度において体制化方略の群化に含まれている項目であるが4),薬学生においても深い認知処理の方略として捉えられる学習法であることは共通していると考えられる.これらは薬学生の特徴を反映するものと考えられるが,結果として抽出された因子は過去の報告と類似したものと解釈可能だろう.下位尺度を構成する項目の内容から,第1因子(全体把握方略)と第3因子(知識構造化方略)は体制化方略,精緻化方略の一部要素を構成するものと考えられる1,4,10).暗記方略と他3つの方略が負の因子間相関を示したことも既報と一致しており11),体系的な知識構築を求める姿勢と意味理解より暗記を優先する姿勢との相反性を反映する妥当な結果と考えられる.本研究では下位尺度のα係数がやや低く,大学生や薬学に適用するには質問項目に改善の余地のあることが示唆されるが,薬学において科学的根拠に基づいた教育および教育研究を展開する上でこの学習方略尺度の利用は有効なツールとなり得ると期待される.

学習方略と客観試験成績との関連の解析では,全体把握方略と知識構造化方略をとる傾向は成績上位群が強く,暗記方略をとる傾向は成績下位群が強かった.全体把握方略と知識構造化方略は認知的に深い処理を必要とする方略であり,体制化,精緻化といった類似の方略はこれまでの研究でも成績との正の相関が報告されている36,9).薬学生の学習においても,暗記方略よりも,全体像を把握する,知識を構造化するといった学習方略の重視が学力向上に有効であることが示唆される.

最近,薬学生の6年次の試験成績に対して,深い処理方略が正の影響,反復作業方略が負の影響を及ぼすことが報告された9).今回の報告と因子の数,名称は異なるが,下位尺度には「今まで習ってきたことと頭の中で結びつける」,「内容をノートにまとめる」など類似した項目も含まれ,結論の方向性は一致している.薬学における学習方略に関する知見として相互に結論を支持し強化するものである.下位尺度の間で項目得点を比較した際,深い処理方略(全体把握,知識構造化)が高く,浅い処理方略(反復,暗記)が低いという点も彼我の報告で共通しており,この傾向が薬学生の一般的な特徴であることが推測される.実際の学習には,学生個人における各学習方略の相対的な強さが大きく反映されていると考えられる9).また,薬学生の読解力が成績に影響することを示した報告では,読解力の不足が無意識的に暗記中心の学習の習慣化を招き結果として成績不振に陥る可能性が指摘されている12).この報告で読解力の要素として示されている係り受け解析,推論といった能力は全体把握,知識構造化と関連するものであり,成績に影響する要因として主張するところは本研究とも共通していると考えられる.異なる大学を対象とした独立した研究で同じ方向性の結果が得られたことは,薬学生の学習を考える上で重要だろう.深い認知処理に基づく社会における行動は,広く社会人において求められることであり,医療専門職である薬剤師においては,さらにそのことは強調されるべきである.

自己学習時間の調査では,自己学習時間は知識構造化方略,暗記方略とそれぞれ正,負の相関傾向を示した.自己学習時間を延ばした結果として認知的労力の低い暗記方略から労力の高い他の方略へと学習が転化するとは考えにくく,個々の学生が有している学習方略傾向が学習意欲や学習の持続性とも関連して自己学習時間の多寡に影響したものと考えられる13,14)

以上の結果は,薬学生の学業成績向上のためには適切な学習方略を強化するような教育実践が重要であることを示唆する.大学の年次が進むと使用する方略が固定化される傾向のあることが示されており,大学初期の教育が重要と考えられる9).学習方略への教育的介入の際には,有効性を認知させる工夫,学習観や学習動機への働きかけが重要だろう3,5,6,10,11.深い認知処理方略は有効性を認知していても使用にはつながりにくいことに留意が必要である10,11).また,学習方略の使用傾向は学習観や学習動機と双方向的に影響しあっており14,15),意味理解志向や活用志向,知識や能力の獲得重視といった学習観,学習への興味や充実のような内容関与的な内発的動機付けを強化する教育の実践が望まれる5,1417).Problem-based learning等の能動的学習は自然科学分野においても学力向上に寄与するが18,19),深い認知処理方略を促進するとともに学習動機付けにも影響を及ぼすことが示されている19,20).薬学教育を対象とした研究知見は限定的だが,他分野での知見を踏まえた教育実践および研究の進展が必要と考えられる.

本研究は,客観試験成績が全体把握方略および知識構造化方略の使用と正に,暗記方略の使用と負に関連することを明らかにした.薬学生の学習方略として,暗記より体系的な意味理解が有効であることが示唆される.一方で本研究は横断研究であり学習方略と試験成績の因果関係を明らかにすることはできない.また1大学の1学年のみを対象とした解析であり母集団の一般性は高くない.今後,縦断的な研究による因果関係の解析や,多様な大学,学年を対象とした解析により,事前学力や学習観など対象者の特性を踏まえて学習方略の有効性が検証されることが望ましい.また学習方略尺度を指標として使用し,授業効果の分析と改善に活用することや,6年間にわたる学修成果の分析と組み合わせてカリキュラムを構成する教育方略全体の改善に活用していくといったことも期待される.さらに,卒業後の薬剤師としての活動も学習方略の観点からの評価の対象として加えることで,薬剤師養成教育の質的向上に繋げることも可能かもしれない.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

この論文のJ-STAGEオンラインジャーナル版に電子付録(Supplementary materials)を含んでいます.

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