薬学教育
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原著
薬学教育におけるレギュラトリーサイエンスの重要性:薬学生の食の安全に対する意識調査を通じて
布目 真梨近藤 雪絵鈴木 健二穐山 浩北原 亮
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2024 年 8 巻 論文ID: 2023-036

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抄録

本研究は,薬学生を対象に「レギュラトリーサイエンスと食品中の有害物質のリスク管理」に関する講演を実施し,その前後における薬学生の意識とその変化を解析することを目的として行われた.事前および事後アンケートを分析した結果,講演後には食品の安全に対する意識,及び農薬や残留農薬に対する意識も向上したことが判明した.しかし,リスク評価に関する理解はまだ不十分であり,特に農薬等のハザードの毒性や摂取量と,それに対する有害物質のリスクの理解が不足していることが示唆された.また,リスクコミュニケーションに関しても改善の余地があると考えられた.今後,薬学生に向けて早期にリスクアナリシスの講義を行うことが重要であり,レギュラトリーサイエンスの薬学教育に対する位置付けが薬学全体の課題であることが示された.

Abstract

This study investigated pharmacy students’ knowledge of “Regulatory Science and Risk Management of Toxic Substances in Food”. Analysis of pre- and post-lecture surveys revealed improved students’ awareness of food safety and toxic substances, such as pesticides and pesticide residues. However, the results indicated that the understanding of risk assessment remained insufficient, particularly concerning the toxicity and intake levels of hazardous substances and their associated risks. The results also highlighted the need to improve risk communication. Therefore, pharmacy students should receive lectures on risk analysis in their early years of study. The study concluded that the inclusion of regulatory science in pharmacy education was an issue for the entire pharmacy field.

緒言

レギュラトリーサイエンス(regulatory science: RS)は「科学技術の成果を人と社会に役立てることを目的に,根拠に基づく的確な予測,評価,判断を行い,科学技術の成果を人と社会との調和の上で最も望ましい姿に調整するための科学」と定義されており1),2015年度より薬学教育モデル・コアカリキュラムに導入されている.レギュラトリーサイエンスは様々な科学分野と関連しているが,薬学に関連する分野では「医薬品・医療機器・再生医療等製品等の品質・有効性・安全性の適切な予測・評価・判断を支える科学」,あるいは「食品や化学物質の安全分野のリスクアナリシスを支える科学」とされている2).後者では,食品の安全性を確保するために,残留農薬等,食品添加物,環境中の化学物質,放射性物質や食品中のアレルゲン等のハザード(危害要因)を特定するとともに,ヒトの健康や環境衛生に与える危険性(リスク)の程度を評価し(リスク評価),このリスク評価の結果等を基にこれらのリスクを低減するための措置をとること(リスク管理)が行われる3)

薬学はレギュラトリーサイエンスが最も深く関わる医薬品を主な対象とする科学分野であるが,そのカリキュラムには衛生化学も含まれる.薬学生は,将来薬剤師を職業とするだけでなく,食品衛生や環境衛生等の専門家として行政に携わることがあるため,医薬品関連だけでなく,食品や衛生関連に関するレギュラトリーサイエンスも理解が求められる4).一方で,全国の薬学部を設置する75大学にて実施されたアンケート調査「食品・医薬品の品質保証に関する薬学教育の実態調査」では,食品・医薬品の品質保証に関する薬学教育が十分ではなく,レギュラトリーサイエンスの必要性が教育者にも十分理解されていないことが報告された5).特に「食薬区分」及び「食品の品質保証」は,モデル・コアカリキュラム及びアドバンスト教育ガイドラインに記載がなく,この2項目に関してそれぞれ20%,25%の大学で説明が行われていなかった5).しかしながら,第107回薬剤師国家試験においてリスクアナリシス(リスク分析)に関連する問題が出題されており,本項目が重要であることが位置付けられる.立命館大学では2013年度より4回生を対象とした薬事法規・薬事制度および臨床試験概論を開講し,医薬品分野に関するレギュラトリーサイエンスについて,プロトコルの作成や模擬的な承認審査の演習も含めて講義を行ってきた.しかし,食品に関するレギュラトリーサイエンスの講義は行われていなかった.

そこで本研究では,厚生労働省・日本食品衛生協会・日本食品衛生学会が共同主催した「食品に関するリスクコミュニケーション」公開セミナーが薬学教育にも有用ではないかと考え,立命館大学薬学部一回生を対象に公開セミナーの一部である「レギュラトリーサイエンスと食品中の有害物質のリスク管理」を聴講させ,食品分野におけるレギュラトリーサイエンスにおけるリスクアナリシスの理解の向上を試みた.本稿の目的は,同講演の受講者に講演の視聴前後にアンケートを実施し,食品の安全性評価における薬学生の考えの実態を明らかにするとともに,薬学生のリスクアナリシスに対する意識調査を行うことであった.これまでにも数年毎に残留農薬等の消費者の意識調査は報告されており,一般市民に対する意識調査として,食品衛生学雑誌等4報69) が報告されているが,若年齢消費者に対する調査は2002年を最後に報告がない10).そのため,本調査は最新の若年消費者に対する意識を確認するためにも有意であると考える.

方法

1. 対象

2022年秋学期に,立命館大学薬学部の一回生対象の必修科目である「機器分析」受講生を対象とした「レギュラトリーサイエンスと食品中の有害物質のリスク管理」の講演を実施し,事前と事後に食品の安全に関するリスクコミュニケーション等の意識を問うアンケートを実施した.アンケート実施に際しては,本研究者らが本学における人を対象とする研究倫理審査に関するチェック項目に従い,インフォームド・コンセントを実施した.対象学生にはアンケートの目的,参加が任意であること,参加に同意しないことにより不利益な対応を受けることがないこと,分析の際には個人が特定されることはないことを説明した.インフォームド・コンセントを得た有効回答者数は事前アンケート107名,事後アンケート69名であった.

1) 講演概要「レギュラトリーサイエンスと食品中の有害物質のリスク管理」について

食品安全分野におけるレギュラトリーサイエンスは,リスクアナリシスの構成要素を支援する研究であり,食品安全行政を支える役目を担っている.リスクアナリシスはリスク管理,リスク評価,リスクコミュニケーションの3つの要素から構成される.本講演では我が国の食の安全性確保へ向け,行政,消費者,食品事業者および食品衛生管理従事者全てが,正しい情報を共有し,積極的に意見交換を行い,互いに理解を深め合うことを目的に,次の内容が紹介された.①実際に国立医薬品食品衛生研究所において国が講じたリスク管理やリスク評価を実施する上で不可欠な研究について.②食品には農薬,環境汚染物質,自然毒,食品の調理加工により生成する有害物質等が含まれており,これらの摂取による人の健康リスクを管理するため,国が講じている様々な施策について.③リスク低減のための摂取量調査や,無毒性量(NOAEL),許容一日摂取量(ADI),耐容一日摂取量(TDI)等を超えないよう行われているリスク管理について.④リスク管理を科学的に行う上で必要となる理化学的な分析について.

2. アンケート調査と分析方法

アンケートでは,食の安全,食品添加物および農薬の知識およびリスクとベネフィット,情報源について選択,5段階評価,自由記述方式で尋ねた.選択方式の回答はクロス集計を行った後,各質問に対して回答数のパーセンテージを算出した.5段階評価方式の回答は平均点を算出し,事前と事後間で比較した.自由記述式の回答については,得られた記述テキストの形態素解析を行い,語の頻度や共起の強い語から回答のパターンを探索するテキストマイニングを行った.形態素解析およびテキストマイニングにはKH Coder 311注1)を利用した.

結果

1. 講演視聴前の学生の食の安全に対する意識

本節では「レギュラトリーサイエンスと食品中の有害物質のリスク管理」の講演視聴前の学生の日常における食の安全に対する意識を示す.

1) 「食の安全について,日頃から意識して行動していますか」

「食の安全について,日頃から意識して行動していますか」に対する回答(「はい」または「いいえ」)の結果を図1に示す.「常に意識して行動している」は16名,「たまに意識している」は51名であり,両者をあわせると全体の約63%が程度の違いはあるが食の安全を意識していることが判明した.

図1

「食の安全について,日頃から意識して行動していますか」(事前N = 107)

2) 「農薬や食品添加物について,食べないようにしている食品はありますか」

「農薬や食品添加物について,食べないようにしている食品はありますか」に対する回答は「ある」が25名(23%),「ない」が82名(77%)であった.「ある」と回答した25名中18名は食の安全について,常に・たまに意識していると回答した学生であり,学生が意識する行動として農薬や食品添加物が含まれる食品を避ける傾向があった.具体的に避けるものとしては「ハム・ウィンナー」,「コンビニの弁当等」,「甘味料の入った製品」が挙げられた.

2. 講演視聴前後での学生の意識の変化

本節では「レギュラトリーサイエンスと食品中の有害物質のリスク管理」の講演の事前および事後のアンケート結果から学生の意識の変化を示す.

1) 食品の安全性に対する意識の変化

「日本の食品は安全だと思いますか」に対する回答(強くそう思う場合は5,全くそう思わない場合は1の5段階評価)を図2に示す.講義視聴前においても全体の約81%の学生が4または5を選択しているが,事後においてはその割合が93%に増加した.

図2

「日本の食品は安全だと思いますか(強くそう思う場合は5,全くそう思わない場合は1の5段階評価)」(事前N = 107,事後N = 69)

2) 残留農薬に対する意識の変化

残留農薬に対する学生の意識の変化を調査するため,「農薬の残留基準値について理解していますか」「残留農薬はどれくらい危険だと思いますか」「残留農薬について安心して食品を食べられますか」について尋ねた.学生は各質問を5段階で評価した.回答の平均点を表1に示す.農薬の残留基準値の理解については,事前の1.92点から事後は3.36点に上昇した.それにより,残留農薬を危険であるという意識は事前の3.50点から事後は2.84点に減少した.残留農薬を安心して食品を食べられるかについては事前の2.72点から事後は3.58点に上昇した.

表1

残留農薬に対する意識の変化

事前 事後 p
平均値 中央値 平均値 中央値
農薬の残留基準値を理解しているか 1.92 2.00 3.36 3.00 <.001
残留農薬をどれくらい危険だと思うか 3.50 4.00 2.84 3.00 <.001
残留農薬について安心して食品を食べられるか 2.72 3.00 3.58 4.00 <.001

p値はMann-Whitney U検定による

3) 癌のリスクに対する意識の変化

残留農薬および食品添加物の癌に対する学生の意識の変化を調査するため「残留農薬を摂取し続けると癌になるリスクがあると思いますか」および「食品添加物を摂取し続けると癌になるリスクがあると思いますか」を尋ねた.結果を図3に示す.いずれの質問に対しても,事前と事後ではリスクがあると思う学生の数は減少しているが,事後においても依然として50%以上の学生が残留農薬および食品添加物は癌になるリスクがあると考えていることが示された.

図3

「残留農薬/食品添加物を摂取し続けると癌になるリスクがあると思いますか」(事前N = 107,事後N = 69)

4) 食の安全・安心について知っていること全般についての意識の変化

講演の視聴前後に「食の安全・安心について知っていること」についての自由記述の回答に対し,テキストマイニングを行った.テキストに同時に出現する程度が高い語句をつなぐ「共起ネットワーク」を求めた事前の結果を図4,事後の結果を図5に示す.

図4

「食の安全・安心について知っていること」の回答の共起ネットワーク(事前N = 107)

図5

「食の安全・安心について知っていること」の回答の共起ネットワーク事後(N = 69)

事前の中心性の最も高い語は「安全」であり,「食品」や「添加物」,「リスク評価」が続く.事前の主な共起グループを見ると,サブグラフ02では「食品」に対して「添加物」と「安全性」,「農薬」に対して「使う」と「野菜」が共起している.「食品」はサブグラフ04の「安全」とつながりが見られ,「安全」に対して「消費者」「知る」「情報」が共起している.サブグラフ03は「食中毒」の発生を防ぐことと,原因として微生物や細菌があること,サブグラフ06は「食べる」という消費者としての行為に対し「消費期限」や「賞味期限」が設定されていることが記述されていた.

事後では「有害物質」の中心性が最も高く,「含む」「食品」,「摂取量」,「毒性」,「リスク」が続く.事後の主な共起グループを見ると,サブグラフ01の「食品」に対して「安全」と「添加物」に加え,「有害物質」と「リスク管理」が共起し,「有害物質」はサブグラフ02の「摂取量」とつながりがみられる.また,サブグラフ02から「摂取(量)」に対し,「基準」が共起していた.サブグラフ07には「バランス」「リスク」「食事」が共起し,バランスの良い食事をすることでリスクが軽減されることが記述されていた.また,「農薬」の頻度が事後では上がり,サブグラフ04を形成していたことから,農薬を「使用」することと食品の安全の関わりについての意識が高まったことが示唆される.自由記述を詳しくみると,食品添加物の安全のため,健康への悪影響がないとされる「一日摂取許容量(ADI)」が設定されていることや,「食品安全委員会が設けた基準値を超える残留農薬を含む野菜は販売できない」こと等が記述されていた注2)

考察

講演前,食の安全について日頃から意識している学生は約63%を占めているが,残留農薬に関する意識は低かった.しかしながら,薬学生として食や残留農薬等の項目に対してレギュラトリーサイエンスにおけるリスクアナリシスを理解すべきであるため,講演を実施し学生の意識を調査した.分析の結果,講義前は,市場に流通する食品にも安全性のリスクがあると捉えている学生がいることがわかった.講演後の食品の安全性に対する意識の変化として,学生は日本の食品を概ね安全だと捉えていたが,「レギュラトリーサイエンスと食品中の有害物質のリスク管理」の講演を視聴することで,国で管理された食品の安全性の意識をさらに高めたと思われる.また,農薬の残留基準を理解することで,市場に流通する食品の残留農薬に関しての安全性の意識が高まり,食の安心安全に対して,科学的に論ずる学生が増えたことが明らかになった.一方で,農薬や食品添加物に対する発癌性については,講演後も依然として50%以上の学生はリスクがあると考えており,このことから,リスク評価である農薬等のハザードの毒性や摂取量と,それに対する有害物質のリスクについての理解が不十分であることが示される.また,日本の食品に対する安全意識では,講義後に安全だと思っている学生が93%まで増加したものの,7%の学生は安全ではないとの認識があり,リスクコミュニケーションが上手くできていないことがわかった.薬学生として正しい情報を発信するためにも,本講演のような講義を繰り返す必要があると考えられる.一方,講演をする側にも学生が正確に理解するように伝え方も改良する必要があると考えられる.

また,「食の安全・安心について知っていること」についての自由記述より,事前の回答では「安全」に対して「消費者」「知る」「情報」が共起していることから,学生が薬学専門家というよりは,消費者として食品の安全性,農薬や添加物の使用について意識していることを示している.本調査では入学したばかりの1回生を対象としているため,薬学専門知識も浅く消費者目線での回答となったと考えられる.今後は薬学の専門科目をある程度履修した高学年での調査も同様に行い,比較する必要があると考えられる.事後の回答では,「摂取(量)」に対し,「基準」が共起していることから,学生が有害物質のリスクは摂取量と毒性の強さに影響を受けることを学んだことが示唆される.「一日許容摂取量」や「基準値の設定」に関する記述がされていたことにより,食品の添加物や残留農薬が食の安全に関わるだけでなく,有害物質のリスク管理をすることや有害物質の摂取量が重要であり,これらが国や地方自治体により実践されていることを学んだといえる.

以上,本研究によって食品の安全性評価とリスクアナリシスに対する薬学生の意識とその変化を明らかにすることができた.薬学生の立場として,今後リスクコミュニケーションの情報を受け取る側(消費者)ではなく,情報を発信する側(専門家)として,リスクアナリシスを理解し,レギュラトリーサイエンスを意識することは重要な責務であると考えられる.そのため,早期に本講演のような一般公開講座を教育の一端とすることは大変有用であると考えられる.また,リスクコミュニケーションに関するレギュラトリーサイエンスの薬学教育に対する位置付けは,薬学全体の課題である.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

注1)  本稿ではKH Coder Version 3. Beta 03dを使用した.なお,バックエンドとして形態素解析ソフト茶筌(ChaSen)およびR(Version 4.2.2.)を使用した.

注2)  正しくは,食品安全委員会により「一日摂取許容量(ADI)」が決められ,厚生労働省食品基準審査課(リスク管理器官)により「基準値」が設定される(2024年4月より消費者庁に移管).

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