薬学教育
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誌上シンポジウム:VR・メタバースの教育への展開~可能性と課題~
VR技術を利用したシミュレーション教材である緊急時対応シミュレーションシステム(Virtual Human)の開発と実践
黒野 俊介守屋 友加稲垣 孝行
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2024 年 8 巻 論文ID: 2024-022

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抄録

実務実習で十分な体験や経験ができなかったことや患者の容態の急変時などの実臨床で体験することが難しい状況下での薬物治療を学ぶために,名城大学では,4年次前期に開講している統合型カリキュラム「薬物治療マネジメント」にヒト型シミュレータを用いた演習(SimMan3G演習)を導入している.それに加えて,仮想現実(Virtual Reality)技術を用いたシミュレーション教材である緊急時対応シミュレーションシステム(Virtual Human)を開発し,VR演習として導入した.さらに,VR演習の改善すべき事項をより具体的に明らかにすることを目的として,ARCS動機づけモデルを用いたアンケートを実施した.既に導入しているSimMan3G演習とのアンケート結果を比較した.その結果,VR演習については,一定の学習効果があるが,学習効果をさらに高めるための工夫や改善の必要性が示唆された.

Abstract

Meijo University introduced SimMan3G exercises that utilize humanoid simulators in the “Pharmacotherapy Management” integrated curriculum. This is intended to facilitate learning about pharmacotherapy in situations where gaining sufficient practical experience for instance, during sudden changes in a patient’s condition or when the learner is unable to undergo extensive hands-on clinical training is difficult. This curriculum is offered in the first semester of the fourth year. Moreover, the authors created an Emergency Response Simulation System, known as the Virtual Human, that utilizes virtual reality (VR) technology, and that has been utilized for VR exercises. To further identify specific areas for improvement in the VR exercises, we conducted a survey using the ARCS (Attention, Relevance, Confidence, Satisfaction) Motivation Model. We compared the survey results regarding the VR exercises with those of the SimMan3G exercises that were already in place; both covered the same content. Consequently, the VR exercises were found to demonstrate a certain level of learning effectiveness. However, certain indications suggested a need for innovations and improvements to further enhance the learning outcomes. SimMan3G simulations and VR exercises have been introduced with the primary goal of providing students with practical experience in pharmacotherapy particularly in situations in real clinical settings that are challenging to face because of internship limitations or emergencies involving sudden changes in a patient’s condition.

はじめに

医療の高度化・複雑化,超高齢社会の到来など医療を取り巻く環境が大きく変化していることから,6年制薬学教育では,医療人として相応しい高い資質を持つ薬剤師を養成することが求められている.

2023年12月に公表された薬学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)では,生涯にわたって目標とする「薬剤師として求められる基本的な資質・能力」として10項目が提示されている.その一つとして「薬物治療の実践的能力」がある1).薬物治療の実践的能力とは,薬物治療を主体的に計画・実施・評価し,的確な医薬品の供給,状況に応じた調剤,服薬指導,患者本位の処方提案等の薬学的管理を実践する能力である2).この能力の養成の場の一つとして,薬局及び病院での実務実習がある.

実務実習は,大学で学んできた知識・技能・態度を基に,実践的な臨床対応能力を習得する参加・体験型学習の場である.しかし,コロナ禍の実務実習では,学生は病棟や薬局カウンターでの体験学習が制限され,実際に患者から情報を収集したり,情報を提供したりすることや,医師や看護師などの他の医療スタッフと関わることが困難になった.そのため,学生は薬剤部や薬局内での模擬症例の検討などが学習の中心となり,臨床での体験や経験を十分に得ることができない状況が生じた.さらに,患者への緊急時対応は,コロナ禍でなくとも学生が実際に臨床で経験することが困難である.これは,実務実習に臨む学生のみならず,現に臨床で活動している薬剤師にとっても同様である.しかし,そのような場合においても薬剤師に薬物治療の実践的能力を発揮することが求められる.そのため,実務実習で十分な体験や経験ができなかったことや体験することが困難な患者対応を学ぶため教育プログラムを構築し提供することが必要である.

臨床での体験を補い,知識と行動のギャップを埋めるための教育としてシミュレーション教育がある3).シミュレーション教育では,ベッドサイドでは必ずしも経験しながら学習することができない分野や項目を,より実践的なレベルで,軽症から重症まで幅広い種類の症例を通じて学習者に提供することが可能である4).特に,患者の容態の急変時などの臨床において体験することが難しい状況下での薬物治療を安全に学ぶためのシミュレーション教育の手法として,ヒト型シミュレータを用いて,再現された病態を観察し,学習者が模擬的に薬剤を投与し,症状やバイタルサインの変化を観察することで学習させる手法やコンピューターグラフィックスやセンサー技術を使用して,学習者を仮想的な世界に没入させ,その空間内で再現された患者に対して薬剤の投与などの体験を行う仮想現実(Virtual Reality; VR)を用いて学習させる手法がある.VR技術を用いた手法の導入は,ヒト型シミュレータを用いる場合と同様に,高額な初期費用の他,設備・機器のメンテナンスや更新に多大な費用や時間を要すること以外に,これらの導入のための技術やシステムを理解している教員が必要などのデメリットがある.しかし,VR技術を用いた教材では,仮想現実空間を使うことで,安全な環境で,繰り返し学習することが容易であることや,今までに学んできた知識や技能を統合して,仮想現実空間で体験することで,自分自身で行動を選択し,それによってシミュレーション上の結果を直接目にすることができるため,学習意欲が高まることが期待できるなどのメリットがある.

そこで我々は,実際に経験し難い環境や状況を時間的制約なく,繰り返し体験し学習することで薬物治療の実践的能力を向上させることを目的として,VR技術を利用したシミュレーション教材である緊急時対応シミュレーションシステム(Virtual Human)を開発し,それを用いた演習を構築し実践した.本稿では,Virtual Humanとそれを用いた演習の概要について報告する.また,ヒト型シミュレータを用いた演習とVirtual Humanを用いた演習について学生の評価の比較を試みたので併せて報告する.

方法

統合型カリキュラム「薬物治療マネジメント」

名城大学では,将来,患者個々を考慮した適正な薬物治療の責任者となるために,薬物治療に関する基本的知識と技能を体系的に習得し,適切な薬物治療を考案できるようになることを一般目標とした統合型カリキュラム「薬物治療マネジメント」を創設し,4年次前期に開講している5).本科目では,高血圧,気管支喘息,糖尿病などの模擬症例(ペーパーペイシェント)を題材にしたProblem Based Learning(PBL)形式のモジュール学習を中心とし,多職種連携教育(Interprofessional Education; IPE),医薬品化学の講義等に加えて,ヒト型シミュレータを用いたシミュレーション演習を実践している.今回開発したVirtual Humanを用いた演習(VR演習)も,2023年度から本科目の演習として導入した.

Virtual Human

Virtual HumanはVRヘッドセットとそのコントローラーを用いて実施するアプリケーションである.体験できる疾患はアナフィラキシーおよび喘息であり,それぞれの疾患において男性成人,女性成人,男児,女児を選択することが可能である.

VRヘッドセットを装着し,コントローラーを用いて画面上に表示される「START」ボタンをクリックすることでアプリケーションが起動する.アプリケーションの起動後,最初に疾患および症例の選択画面が表示される.次に症例の病状や使用している医薬品等に関する情報が画面に表示され,その後,課題が表示される.課題は,後述のSimMan3G演習と同様に,予め受講者に病名を提示し,画面に表示される使用医薬品リストの中からコントローラーで薬剤を選択し投与することで,患者の状態を改善させるものとした.薬剤を選択する画面を図1aに示した.課題実施時間はSimMan3G演習と同様に10分間とした.課題終了後,図1bに示したように,画面上に「搬送時」,「課題終了時」,「課題終了30分後」のそれぞれのバイタルサイン,使用した薬物の投与履歴,本症例に対する薬物治療のポイントなどを画面に表示することで,フィードバックが受けられるようになっている.

図1

Virtual Humanの表示画面の一部.図の上部にはa 薬剤の選択画面,下部にはb フィードバック画面を示した.

Virtual Humanを用いた演習(VR演習)

2023年度のVR演習では成人男性の喘息症例を実施した.症例及び課題の詳細は表1に示した.

表1

VR演習の症例及び課題

症例
患者氏名:名城 太郎(男性)
経過:午前9時ごろ,自宅のベッド上で息苦しそうにしているところを家人に発見され,救急車で搬送されてきた.到着時,一言二言の言葉しか発することができず,重度の苦痛状態にあるように見えた.
付き添いの家人へのインタビューにより,次の情報が得られた.
年齢:26歳
身長・体重:172 cm 60 kg
副作用歴:無
アレルギー歴:ハウスダスト,花粉症
飲酒・喫煙:無
現病歴・既往歴:喘息(現在,3か月に1回の割合で通院治療中)
服用医薬品:
1)ビランテロールトリフェニル酢酸塩・フルチカゾンフランカルボン酸エステルドライパウダーインヘラー100 1本
1回1吸入 1日1回 朝
2)ブランルカスト水和物カプセル 112.5 mg 1回2カプセル(1日4カプセル)
1日2回 朝食後と夕食後
3)プロカテロール塩酸塩水和物エアゾール10 μg 1本
1回2吸入発作時に吸入する.1日4回まで
※ 最近は調子が良いと言って,この数週間は薬剤を使用していなかった.
課題(制限時間10分間)
医師は,患者を気管支喘息の急性増悪(大発作)と診断し,直ちに酸素吸入(6 L/min)と乳酸リンゲル液の投与を開始した.
あなたは,医師から患者に対する薬物療法について相談を求められた.医師は,あなたの医薬品の選択に同意するとともに,患者もあなたの医薬品の選択に同意している.
患者の状態を確認した後に,使用薬剤リストの中から必要な薬剤を選択・投与し,患者の状態を改善させなさい.
使用薬剤リスト
薬剤名 投与量 投与方法
1 アドレナリン注射液1 mg/mL 0.5 mg 筋肉注射
2 アトロピン硫酸塩注射液1 mg/mL 1 mg 筋肉注射
3 アミノフィリン注射液25 mg/mL 250 mg 点滴静注
4 イプラトロピウム臭化物吸入液20 μg 40 μg 吸入
5 エフェドリン塩酸塩注射液50 mg/mL 15 mg 静脈注射
6 グルカゴン注射液1 mg/mL 1 mg 静脈注射
7 サルブタモール硫酸塩吸入液5 mg/mL 5.0 mg 吸入
8 ジアゼパム注射液5 mg/mL 10 mg 筋肉注射
9 ジゴシン注射液0.25 mg/mL 0.25 mg 静脈注射
10 ジフェンヒドラミン塩酸塩注射液50 mg/mL 50 mg 静脈注射
11 シメチジン注射液150 mg/mL 300 mg 静脈注射
12 チオペンタール注射液25 mg/mL 75 mg 静脈注射
13 ドパミン塩酸塩注射液20 mg/mL 50 mg 点滴静注
14 ヒドロコルチゾンコハク酸エステルナトリウム注射用100 mg/mL 100 mg 点滴静注

1コマ(90分)あたり約130名の学生を対象とし,学生を4~5名を1チームとして26チームに分割して実施し,定員が約150人の教室にて合計2コマで4年生全員に実施した.なお,VRヘッドセットはMeta Quest 2(Meta Platforms, Inc. USA)を用い,1チームに1セットのVRゴーグルとし,予備を含めて合計29セットを準備した.VRゴーグルへのアプリケーションのインストール等の演習の事前準備に3名の教員で約8時間を要した.

演習の実施スケジュールは,ブリーフィング,課題実施,デブリーフィングの3部構成とした.ブリーフィングでは,演習の目的と実施方法についての説明と教員によるVirtual Humanの操作方法のデモを実施した.その後の約60分間を用いてチーム毎に学生が順番にVirtual Humanを実施した.チームの全員がVirtual Humanを終了した後に,デブリーフィングとして,個人及びチームでの振り返りを実施した.学生がVirtual Humanに取り組んでいる様子を学生から掲載の承諾を得た上で図2に示した.なお,演習では,3名の教員に加えて,学生のVRゴーグルの装着やアプリケーション操作の補助のために,5,6年生5名を補助スタッフとした.

図2

VR演習の様子.学生がVirtual Humanに取り組んでいる様子である.なお,図中の学生からは掲載の承諾を得ている.

ヒト型シミュレータを用いた演習プログラム

ヒト型シミュレータとしてSimMan3G(レールダル メディカル ジャパン株式会社)を用いた.その操作方式には「オートモード」と「インストラクターモード」の2種類がある.「オートモード」は予めシナリオが設定され,その病態に応じた生理学モデルが既に組み込まれており,脈拍数,血圧,呼吸音の変化などの症状を再現することが可能である6).演習プログラムの症例は,「オートモード」を利用して作成した.課題は,予め病名を提示し,シミュレータが再現する症状やバイタルサインから病状を評価して薬剤を選択し投与するものとした7).従って「オートモード」のシナリオでは設定がない患者情報を独自に追加した.また,使用可能な医薬品を示したリストを作成し,課題の実施に際しては,リストの中から使用する医薬品を選択し投与することにした.

SimMan3Gを用いた演習について(SimMan3G演習)

演習では成人男性のアナフィラキシー症例を実施した.症例及び課題を表2に示した.

表2

SimMan3G演習の症例及び課題

症例
患者氏名:ジェームス モートン(45歳男性 体重87 kg)
勤務先の病院でスパイクバックスTM筋注を投与後,10分位で全身に蕁麻疹が出現した.その後,呼吸が困難になり,顔面が腫れ始めた.呼吸困難が増大したため,処置室へ移動した.
現在,モートンさんは覚醒しており,重度の呼吸困難で不安を感じている.また,喉の張りを訴えており,全身に発疹を発症している.
課題(制限時間10分間)
医師は,患者をスパイクバックスTM筋注によるアナフィラキシーと診断し,直ちに酸素吸入(10 L/min)と生理食塩液(100 mL/hr)の投与を開始した.
あなたは,医師から患者への薬物療法について意見を求められた.医師は,あなたの医薬品の選択に同意するとともに,患者もあなたの医薬品の選択に同意している.
患者の状態をバイタルサイン等で確認しながら,使用医薬品リストの中から必要な医薬品を選択・投与し,患者の状態を改善させてください.
また,医薬品投与後の経過を観察し,記録してください.
使用薬剤リスト
薬剤名 投与量 投与方法
1 アドレナリン注射液1 mg/mL 0.5 mL (0.5 mg) 筋肉注射
2 アトロピン硫酸塩注射液0.5 mg/mL 1 mL (0.5 mg) 筋肉投与
3 エフェドリン塩酸塩注射液40 mg/mL 1 mL (40 mg) 静脈注射
4 グルカゴン注射液1 mg/mL 1 mL (1 mg) 静脈注射
5 サルブタモール硫酸塩吸入液5 mg/mL 0.5 mL (2.5 mg) 吸入
6 ジアゼパム注射液5 mg/mL 2 mL (10 mg) 筋肉注射
7 ジゴシン注射液0.25 mg/mL 1 mL (0.25 mg) 静脈注射
8 ジフェンヒドラミン塩酸塩注射液50 mg/mL 1 mL (50 mg) 静脈注射
9 シメチジン注射液150 mg/mL 2 mL (300 mg) 静脈注射
10 チオペンタール注射液25 mg/mL 3 mL (75 mg) 静脈注射
11 ドパミン塩酸塩注射液20 mg/mL 2.5 mL (50 mg) 点滴静注
12 ヒドロコルチゾンコハク酸エステルナトリウム注射用100 mg/mL 1 mL (100 mg) 静脈注射

演習は1コマでの実施とし,ブリーフィング,事前症例検討,課題の実施と観察,デブリーフィングで構成した.なお,教員1名がファシリテーターを務め,学生は5~7名で1チームとし,2チーム単位で実施した.これを3名の教員で,模擬病室などを用いて病室を連想させるようなスペースを3箇所に準備し,それぞれのチームが接しないように,2チーム毎に別々のスペースで同時に実施した.これを合計9コマで4年生全員に実施した.

初めにブリーフィングで,学生に演習の目的や実施方法について説明した後,課題を提示した.次に事前症例検討として,チーム毎に薬物の選択についての検討とともに課題を実施する際の各自の役割を決めさせた(図3a).課題の実施は10分間とし,1チーム毎に実施し,もう一つのチームはその様子を観察することにした(図3b).課題実施中はチーム毎に実施経過記録を作成し,観察中は個人毎に経過観察記録を作成させた.2チームが課題の実施と観察を終えた後,個人およびチームでのデブリーフィングにて省察を実施した(図3c).なお,図中の学生からは掲載の承諾を得ている.

図3

SimMan3G演習の様子.a チームでの事前症例検討の様子,b 課題実施の様子,c チームでのデブリーフィングの様子.なお,図中の学生からは掲載の承諾を得ている.

ARCS(Attention・Relevance・Confidence・Satisfaction)動機づけモデルを用いたアンケートによるVR演習とSimMan3G演習の評価の比較

ARCS動機づけモデルは,学習意欲を注意(Attention),関連性(Relevance),自信(Confidence),満足感(Satisfaction)の4側面でとらえるものである8,9)

2023年度に初めて導入したVR演習について,改善点をより具体的に明らかにすることを目的として,既に導入しているSimMan3G演習と同一内容のARCS動機づけモデルを用いたアンケートを実施し,その回答結果を比較することにした.なお,アンケートは,先行研究を参考にして作成し,演習に対する「興味」,「関連性」,「自信」,「満足感」を問う9つの質問に対して5件法で回答するものとした(表310,11)

表3

アンケートの質問項目

Q1 この授業は楽しかったですか?(興味)
1 とてもそう思う  2 ややそう思う  3 どちらとも言えない  4 あまりそう思わない  5 全くそう思わない
Q2 この授業に興味を持って取り組むことができましたか?(興味)
1 とてもそう思う  2 ややそう思う  3 どちらとも言えない  4 あまりそう思わない  5 全くそう思わない
Q3 学習方法として,本演習は有効だと思いますか?(関連性)
1 とてもそう思う  2 ややそう思う  3 どちらとも言えない  4 あまりそう思わない  5 全くそう思わない
Q4 本演習で「臨場感」を感じることはできましたか?(関連性)
1 とても感じることができた  2 やや感じることができた  3 どちらとも言えない  4 あまり感じられなかった  5 全く感じられなかった
Q5 本演習の実施時間は適切でしたか?(関連性)
1 とても長かった  2 やや長かった  3 適切であった  4 やや短かった  5 とても短かった
Q6 本演習で実施した課題は難しかったですか?(自信)
1 とても簡単だった  2 やや簡単だった  3 どちらとも言えない  4 やや難しかった  5 とても難しかった
Q7 今後,このような疾患の患者の薬物療法の提案を自信を持ってすることができますか?(自信)
1 とてもそう思う  2 ややそう思う  3 どちらとも言えない  4 あまりそう思わない  5 全くそう思わない
Q8 満足できる授業でしたか?(満足感)
1 とてもそう思う  2 ややそう思う  3 どちらとも言えない  4 あまりそう思わない  5 全くそう思わない
Q9 他に疾患のコンテンツがあったら実施してみたいですか?(満足感)
1 とてもそう思う  2 ややそう思う  3 どちらとも言えない  4 あまりそう思わない  5 全くそう思わない

2023年度にVR演習とSimMan3G演習を受講した247名から回答が得られた(回収率98.4%).アンケートによる演習の評価結果を表4に示す.両演習とも全ての質問についてネガティブな回答は少なかったが,9問中8問において,両者の間には有意な差が認められた.そのため,VR演習は一定の学習効果があるが,学習効果を高めるための工夫や改善の必要性が示唆された.

表4

アンケートによる演習の評価結果(上段:人数,下段:割合)

回答 統計量(χ2
1 2 3 4 5
Q1 SimMan3G演習 135 102 8 2 0 自由度3
3.544,p = 0.315
(n = 247) 54.7% 41.3% 3.2% 0.8% 0.0%
VR演習 155 85 6 1 0
(n = 247) 62.8% 34.4% 2.4% 0.4% 0.0%
Q2 SimMan3G演習 179 64 4 0 0 自由度2
7.279,p = 0.026
(n = 247) 72.5% 25.9% 1.6% 0.0% 0.0%
VR演習 151 89 7 0 0
(n = 247) 61.1% 36.0% 2.8% 0.0% 0.0%
Q3 SimMan3G演習 200 45 2 0 0 自由度4
58.974,p < 0.001
(n = 247) 81.0% 18.2% 0.8% 0.0% 0.0%
VR演習 125 90 22 9 1
(n = 247) 50.6% 36.4% 8.9% 3.6% 0.4%
Q4 SimMan3G演習 190 50 6 1 0 自由度4
62.358,p < 0.001
(n = 247) 76.9% 20.2% 2.4% 0.4% 0.0%
VR演習 108 101 21 16 1
(n = 247) 43.7% 40.9% 8.5% 6.5% 0.4%
Q5 SimMan3G演習 24 12 174 35 2 自由度4
23.439,p < 0.001
(n = 247) 9.7% 4.9% 70.4% 14.2% 0.8%
VR演習 26 32 178 10 1
(n = 247) 10.5% 13.0% 72.1% 4.0% 0.4%
Q6 SimMan3G演習 4 8 41 141 53 自由度4
208.652,p < 0.001
(n = 247) 1.6% 3.2% 16.6% 57.1% 21.5%
VR演習 14 65 130 38 0
(n = 247) 5.7% 26.3% 52.6% 15.4% 0.0%
Q7 SimMan3G演習 14 89 78 58 8 自由度4
24.738,p < 0.001
(n = 247) 5.7% 36.0% 31.6% 23.5% 3.2%
VR演習 20 133 64 27 3
(n = 247) 8.1% 53.8% 25.9% 10.9% 1.2%
Q8 SimMan3G演習 137 105 5 0 0 自由度4
10.508,p = 0.033
(n = 247) 55.5% 42.5% 2.0% 0.0% 0.0%
VR演習 113 117 13 2 2
(n = 247) 45.7% 47.4% 5.3% 0.8% 0.8%
Q9 SimMan3G演習 151 88 7 1 0 自由度4
13.172,p = 0.010
(n = 247) 61.1% 35.6% 2.8% 0.4% 0.0%
VR演習 119 106 15 4 3
(n = 247) 48.2% 42.9% 6.1% 1.6% 1.2%

質問毎に上段にSimMan3G演習,下段にVR演習の回答結果を示した.それぞれの演習の回答結果の上段が人数,下段が割合を示した.

興味に関連するQ1,Q2の回答について,Q1には両者に有意な差は認められなかったが,Q2には有意な差が認められた.これは,VRゴーグルやヒト型シミュレータを用いた演習は,いずれも学生にとって初めての体験であったため楽しく感じられた.しかし,VR演習は,VRゴーグルを装着しアプリケーションをスタートさせないと患者の状態や場面を確認することができないのに対して,SimMan3G演習では,演習を始める前からヒト型シミュレータを目の当たりにすることができたため,VR演習に比べてSimMan3G演習の方が,より興味や緊張感をもつことができたと推察される.

関連性に関するQ3~Q5の回答は,全てに有意な差が認められた.VR演習は,VRゴーグルを装着しアプリケーションをスタートさせないと患者の状態や場面を確認することができないことや講義室に約130名を集めて一斉に演習を行ったのに対して,SimMan3G演習は,模擬病室などを用いて病室を連想させるようなスペースで教員1名あたり10~14名の少人数で実施したことから,学生が感じる臨場感に差が生じたと考えられた.また,VR演習は一人で取り組むのに対して,SimMan3G演習は他の学生と相談しながらチームで取り組むことから,VR演習の方が実施時間を長く感じたのではないかと考えられる.そして臨場感の差と実施時間の差から,演習の有効性に差が生じたと考えられる.

自信に関するQ6,Q7の回答についても有意な差が認められた.これは,VR演習で対象とした喘息は,2023年度の薬物治療マネジメントのモジュール学習の対象疾患であり,学生は薬物治療について既に学習していたが,SimMan3G演習で対象としたアナフィラキシーは,モジュール学習の対象疾患ではなかったことから,課題の難しさや薬物療法の提案の自信に差が生じたのではないかと推測される.

さらに,満足感に関するQ8,Q9の回答から,SimMan3G演習と比較してVR演習の満足度や他の疾患のコンテンツへの意欲が低いことが明らかになった.Q8,Q9の回答の差はQ2~Q7の回答の差の結果として生じたと推測される.

The Simulator Sickness Questionnaire(SSQ)による映像酔いの評価(図4
図4

SSQの回答の分布

SSQとは,酔いに関する主観的評価尺度であり,16項目の症状について,「まったくない」を0,「少しある」を1,「中程度にある」を2,「大いにある」を3として回答を求め,下位指標であるNausea(N 悪心),Oculomotor(O 眼精疲労),Disorientation(D 失見当識)とTotal Severity(TS 総合スコア)を算出するものである12,13)

2023年度にVR演習に臨んだ4年生248名から回答が得られた(回収率98.4%).Nausea(N 悪心),Oculomotor(O 眼精疲労),Disorientation(D 失見当識)が全くないと回答した学生の割合はそれぞれ62.9%,27.0%,44.0%であった.また,Total Severity(TS 総合スコア)でスコアが0の学生の割合は24.6%であった.これは,今回の演習で初めてVRゴーグルを装着した学生が殆どであり,従って特に眼精疲労を感じた学生が多かったのではないかと考えられる.しかし,演習中に気分が悪くなり,演習を継続できなかった学生はいなかった.

おわりに

患者の急変時あるいは緊急時の対応は,患者の命を救うために不可欠であり,医療現場で求められる最も重要な対応の一つである.そのためには,状況に対処するために正確に判断し対応する能力が必要である.限られた時間の中で冷静かつ正確な判断を下し,適切な措置を講じることができるようになるために,ヒト型シミュレータを用いたSimMan3G演習に加えて,VR技術を利用したシミュレーション教材であるVirtual Humanを開発し,それを用いた演習を構築し,2023年度から薬物治療マネジメントに導入した.VR演習は既に実践しているSimMan3G演習を参考に演習を構築した.

学生へのアンケートの回答結果から,VR演習はSimMan3G演習と同様に,学生の学習意欲を向上させることが示唆された.しかし,SimMan3G演習に比べて,「興味」,「関連性」,「自信」,「満足感」の全てにおいて差が認められる結果になり,演習プログラムの工夫や改善の必要性が示唆された.

今後は,最初に,チーム毎に事前に症例の状況や使用する薬剤について検討させる時間を設け,その後に一人ずつVirtual Humanを実施し,それぞれが終了した時点で,結果をチームで共有し,次の学生がVirtual Humanを実施するなどの演習プログラムの見直しを図っていく予定である.

さらに,学生がVR演習以外にVirtual Humanを用いた自己学習ができる時間を設けるなど,薬物治療の実践的能力を向上させるための環境の整備を進めていきたいと考える.

結語

VR演習は,一定の学習効果があると考えられた.しかし,学習効果をさらに高めるための工夫や改善の必要性が示唆された.

謝辞

Virtual Humanの開発においては,大学改革推進等補助金事業「ウィズコロナ時代の新たな医療に対応できる医療人材養成事業」の助成を受けて実施した.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

文献
 
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