薬学教育
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原著
薬学卒業研究で醸成が期待される情報を調べる力・論理的思考力・プレゼンテーション能力の評価尺度開発
中谷 絵理子砂見 緩子赤下 学長谷川 仁美岸本 成史安岡 高志黄倉 崇
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2024 年 8 巻 論文ID: 2024-043

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抄録

薬学卒業研究で醸成が期待される能力のうち,情報を調べる力,論理的思考力,プレゼンテーション能力は卒業後に社会で活躍するために必要な汎用的技能である.学生の能力向上には学生ごとの能力到達度に応じた教授・学修活動の実践が必要であることから,本研究では薬学卒業研究で醸成が期待される情報を調べる力,論理的思考力,プレゼンテーション能力の評価尺度の開発を目的とし,これら3つの能力向上のための具体的な行動要素17項目からなる評価尺度を作成した.この評価尺度を用いた薬学生の能力到達度の主観評価の解析から,作成した評価尺度の信頼性と妥当性が示された.また,学年進行に伴う能力到達度の向上と,項目間の能力到達度の違いが示された.本評価尺度は薬学卒業研究で醸成が期待される情報を調べる力,論理的思考力,プレゼンテーション能力評価尺度として,薬学卒業研究における教授・学修活動改善に活用できる可能性がある.

Abstract

The skills to research information, think logically, and develop presentation skills are developed through the pharmacy program’s graduation research. These skills are necessary for active participation in the pharmacy profession after graduation, so teaching and learning activities are tailored to improve student ability in all these research-related skills. This study constructed an evaluation scale based on 17 specific behavioral elements that cultivate these skills. Factor analysis based on student response data assessed the reliability and validity of the scale. The results showed an increase in skill competence and attainment in the research practice throughout the school year and differences across the items in student ability. Therefore, this evaluation scale can improve skill-building activities in pharmacy graduation research.

緒言

医療が高度化する中で,安全で質の高い薬物治療のための薬剤師の果たす役割は増しており1,2),令和4年度改訂版の薬学教育モデル・コア・カリキュラムでは,超高齢社会,情報科学技術の進展等に対応するため薬剤師教育における学修目標が整理された3).大項目の一つである「G 薬学研究」で身に付ける研究能力は,医療人として薬剤師が社会に貢献するために必要な全ての資質・能力の基盤であり,生涯にわたって向上をはかるべき能力である.しかし,6年制薬学部卒業者における研究能力の習得度の自己評価は,他の資質と比べて低く,卒業後に維持・向上することが最も難しい資質であることが示唆されている4).また,学士課程での研究能力醸成が望まれるが,病院に従事する6年制薬学部卒業者における研究活動の経験値の個人差は大きく,研究経験のある薬剤師のうち学生時代に自ら考えて研究を進めた経験を持つ者は25%に満たないことから5),学士課程における薬学生の研究能力向上のための教育の質保証・向上が求められる.

薬学生の研究能力は,主に薬学卒業研究を通じて醸成が期待される.研究プロセスは,情報収集,仮説の構築,データの解釈,研究成果の報告など様々な能力を向上させる6,7).池村らは研究活動で習得しうる能力として,文献検索能力・英語論文読解力,問題解決能力・論理的思考力,プレゼンテーション能力・ディスカッション力などを報告している8).薬学卒業研究を通じて醸成が期待されるこれらの能力のうち,情報を調べる力や論理的思考力,プレゼンテーション能力は,文部科学省が提唱する学士力の汎用的技能にも含まれており9),薬学生が卒業後に社会で活躍するために重要となる能力である.

自己評価尺度は,個々人が自己の能力の現状を把握し,自律的な改善に向かうために有用であり10),評価尺度を用いた自己評価で能力の個人差を明らかすることは,体系化された教育プログラム構築に寄与できる11,12).また,学生と教員による評価が乖離する場合もあるため13),学生の自己評価を教員が把握し必要に応じて客観的評価を伝えることにより,学生自らのパフォーマンスの適切な評価および行動変容が期待できる.薬学卒業研究における教育活動においても自己評価尺度を用いた能力醸成が有用と考えられるが,薬学卒業研究で醸成が期待される情報を調べる力,論理的思考力,プレゼンテーション能力の3つの能力の評価尺度は報告されていない.

本研究では,学生ごとの能力到達度に応じた教授・学修活動の実践を目指し,薬学卒業研究で醸成が期待される情報を調べる力,論理的思考力,プレゼンテーション能力の評価尺度開発を目的とした.3つの能力の具体的な行動要素からなる評価尺度を作成し,その信頼性と妥当性の検証,および評価尺度を用いた能力到達度の主観評価の解析を行った.

方法

1. 評価尺度の作成

ブレインストーミングとKJ法を用いて,教員6名(薬学部4名,医療技術学部1名,高等教育開発センター1名)で情報を調べる力,論理的思考力,プレゼンテーション能力の3つの能力に関する具体的な行動要素を抽出・整理した.行動要素を薬学卒業研究で醸成される能力の評価尺度とし,「非常によくあてはまる」「かなりあてはまる」「少しあてはまる」「あまりあてはまらない」「ほとんどあてはまらない」「まったくあてはまらない」のリッカート尺度で能力到達度を評価する方式とした.選択肢は,4段階や5段階より細かい回答の違いを捉えられ,中間回答への偏りも減らせることから6段階とした.

2. 解析対象

2021年1月から11月の期間に帝京大学薬学部の14研究室・センターに所属していた5年生148名および6年生130名の学生に対し実施された能力到達度の主観評価を解析対象とした.

3. 分析

評価尺度の信頼性は,尺度全体と各因子のクロンバックα信頼性係数を算出し,内的整合性をもって検証した.評価尺度の妥当性は,統計ソフトウェアの JMP Pro 15.1(SAS Institute)を使用し,因子分析(最尤法,プロマックス回転)による構成概念妥当性の確認をもって検証した.能力到達度の主観評価は,項目ごとに上位三段階の到達度(非常によくあてはまる,よくあてはまる,どちらかといえばあてはまる)を選択した学生の割合を上位三段階到達者割合として算出した.

4. 倫理的配慮

本研究は,「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」を遵守し,帝京大学の人を対象とする医学系研究倫理委員会の承認を得て行った(帝倫22-111).

結果

1. 評価尺度の作成

6名の教員間で,情報を調べる力,論理的思考力,プレゼンテーション能力の3つの能力についてブレインストーミングおよびKJ法で抽出・整理を行い,3つの能力に関する具体的な行動要素を選定した.「情報を調べる力」を向上させるための行動要素は30個抽出され,その行動要素一つ一つを吟味し整理することにより能力向上のための行動要素として6項目(「明らかにされていること・されていないことを区別できる」「何を調べたいのかを明確にできる」「調べたい情報にたどりつくための適切なキーワードを取捨選択できる」「適切な検索ツールを用いて調べたい情報を入手できる」「情報源の信頼性を判断できる」「入手した情報の正確性を評価できる」)に整理した.同様に「論理的思考力」向上のための行動要素を41個抽出・整理し,6項目(「研究テーマに基づいて集めた情報から未解決の研究課題を見つけられる」「未解決の研究課題を解決しうる研究仮説を立てられる」「研究仮説を証明するための実現可能な方法・手順をたてられる」「得られた結果の信頼性・妥当性を検証できる」「得られた結果から研究仮説を検証できる」「得られた結果の価値を見出せる」)に整理,「プレゼンテーション能力」向上のための行動要素を53個抽出し5項目(「発表内容を聞き手・読み手に合わせて精選できる」「全体の構成(背景,目的,方法,結果,考察,結論)を一貫性があるように組み立てられる」「適切な資料(図表・文字の表記・配置)を作成できる」「適切な発表(身だしなみ,視線・姿勢の向け方,スピード・間,表情,声の大きさ,ジェスチャー)ができる」「聞き手・読み手に応じた発表ができる」)に整理した.これらの計17項目の行動要素からなる評価尺度を作成した.

2. 評価尺度の信頼性と妥当性の検証

能力到達度の主観評価を延べ288名が実施した.各時期の実施割合は18~47%だった(表1).因子分析の結果,因子のスクリープロットによる固有値の変化から本評価尺度は3因子が妥当だった.そこで因子数3として因子分析を行ったところ各項目の因子負荷量は0.52~0.94だった.

表1

能力到達度評価の実施時期,回答数,回答割合

対象者(対象人数) 調査実施時期 回答数(人) 回答割合(%)
5年生
(148名)
2021年1月 69 47
2021年5月 64 43
2021年8月 42 28
2021年11月 27 18
6年生
(130名)
2021年3月 48 37
2021年8月 38 29

第1因子は「研究テーマに基づいて集めた情報から未解決の研究課題を見つけられる」「未解決の研究課題を解決しうる研究仮説を立てられる」「研究仮説を証明するための実現可能な方法・手順をたてられる」「得られた結果の信頼性・妥当性を検証できる」「得られた結果から研究仮説を検証できる」「得られた結果の価値を見出せる」「入手した情報の正確性を評価できる」「情報源の信頼性を判断できる」の8項目から構成され「論理的思考力」と命名した.第2因子は「発表内容を聞き手・読み手に合わせて精選できる」「全体の構成(背景,目的,方法,結果,考察,結論)を一貫性があるように組み立てられる」「適切な資料(図表・文字の表記・配置)を作成できる」「適切な発表(身だしなみ,視線・姿勢の向け方,スピード・間,表情,声の大きさ,ジェスチャー)ができる」「聞き手・読み手に応じた発表ができる」の5項目から構成され「プレゼンテーション能力」と命名した.第3因子は「調べたい情報にたどりつくための適切なキーワードを取捨選択できる」「明らかにされていること・されていないことを区別できる」「何を調べたいのか明確にできる」「適切な検索ツールを用いて調べたい情報を入手できる」の4項目から構成され「情報を調べる力」と命名した(表2).なお,第1因子8項目,第2因子5項目,第3因子4項目のクロンバックα信頼性係数は第1因子が0.93,第2因子が0.93,第3因子が0.81であり,尺度全体では0.94であった(表3).

表2

薬学卒業研究で醸成が期待される情報を調べる力,論理的思考力,プレゼンテーション能力の評価尺度

項目
情報を調べる力 1.明らかにされていること・されていないことを区別できる
2.何を調べたいのか明確にできる
3.調べたい情報にたどり着くための適切なキーワードを取捨選択できる
4.適切な検索ツールを用いて調べたい情報を入手できる
論理的思考力 5.情報源の信頼性を判断できる
6.入手した情報の正確性を評価できる
7.研究テーマに基づいて集めた情報から未解決の研究課題を見つけられる
8.未解決の研究課題を解決しうる研究仮説を立てられる
9.研究仮説を証明するための実現可能な方法・手順をたてられる
10.得られた結果の信頼性・妥当性を検討できる
11.得られた結果から研究仮説を検証できる
12.得られた結果の価値を見出せる
プレゼンテーション能力 13.発表内容を聞き手・読み手に合わせて精選できる
14.全体の構成(背景,目的,方法,結果,考察,結論)を一貫性があるように組み立てられる
15.適切な資料(図表・文字の表記・配置)を作成できる
16.適切な発表(身だしなみ,視線・姿勢の向け方,スピード・間,表情,声の大きさ,ジェスチャー)ができる
17.聞き手・読み手に応じた発表ができる
表3

評価尺度の因子分析結果とαクロンバック係数

項目(全体 α = 0.94) 因子負荷量
第1因子 第2因子 第3因子
第1因子(α = 0.93)
10.得られた結果の信頼性・妥当性を検証できる 0.94 0.01 –0.06
11.得られた結果から研究仮説を検証できる 0.81 0.08 –0.01
9.研究仮説を証明するための実現可能な方法・手順をたてられる 0.80 0.02 0.06
8.未解決の研究課題を解決しうる研究仮説をたてられる 0.76 –0.09 0.15
12.得られた結果の価値を見出せる 0.70 0.22 –0.15
7.研究テーマに基づいて集めた情報から未解決の研究課題を見つけられる 0.62 0.16 0.05
6.入手した情報の正確性を評価できる 0.56 0.15 0.09
5.情報源の信頼性を判断できる 0.52 0.11 0.16
第2因子(α = 0.93)
17.聞き手・読み手に応じた発表ができる 0.00 0.89 0.04
16.適切な発表(身だしなみ,視線・姿勢の向け方,スピード・間,表情,声の大きさ,ジェスチャー)ができる 0.00 0.88 0.00
13.発表内容を聞き手・読み手に合わせて精選できる 0.09 0.81 0.01
14.全体の構成(背景,目的,方法,結果,考察,結論)を一貫性があるように組み立てられる 0.13 0.73 0.02
15.適切な資料(図表・文字の表記・配置)を作成できる 0.14 0.70 –0.02
第3因子(α = 0.81)
3.調べたい情報にたどり着くための適切なキーワードを取捨選択できる –0.08 –0.08 0.79
1.明らかにされていること・されていないことを区別できる 0.14 0.02 0.68
2.何を調べたいのか明確にできる 0.18 0.02 0.63
4.適切な検索ツールを用いて調べたい情報を入手できる –0.01 0.21 0.58
因子間相関 因子1 1.0 0.62777 0.51994
因子2 1.0 0.41093
因子3 1.0

因子抽出法:最尤法,プロマックス回転

因子負荷量0.4以上を太字で表記

3. 能力到達度の主観評価

2021年8月時点における情報を調べる力4項目,論理的思考力8項目,プレゼンテーション能力5項目の上位三段階到達者割合は,5年生でそれぞれ83~88%,38~80%,58~63%,6年生ではそれぞれ95~100%,55~97%,84~95%であり,17項目すべてにおいて5年生に比べ6年生で主観評価が高かった(図1).また,6年生において上位三段階到達者割合が75%に満たない行動要素として「研究テーマに基づいて集めた情報から未解決の研究課題を見つけられる」,「未解決の研究課題を解決しうる研究仮説を立てられる」,「研究仮説を証明するための実現可能な方法・手順をたてられる」の3項目が抽出された.

図1

2021年8月時点の5年生および6年生における上位三段階到達者割合(%).上位三段階の回答(非常によくあてはまる,かなりあてはまる,少しあてはまる)を選択した学生の割合を上位三段階到達者割合(%)として算出した.

考察

本研究では,薬学卒業研究で醸成が期待される情報を調べる力,論理的思考力,プレゼンテーション能力の評価尺度を作成し,その信頼性と妥当性の検証,および評価尺度を用いた能力到達度の主観評価結果の解析を行った.

能力向上のための具体的な行動要素は,薬学教育と卒業研究指導の経験を有する薬学教員に加え,看護学,教育学の教員とともに抽出・整理することにより,17項目の行動要素からなる評価尺度を作成した.因子分析からこの評価尺度は3因子構造であることが支持された.複数の因子に高い負荷量を示す項目はなく,17項目のうち特に除外すべき項目はないと考えられた.一方,評価尺度作成当初に「情報を調べる力」に含んでいた「入手した情報の正確性を評価できる」と「情報源の信頼性を判断できる」の2項目は「評価」や「判断」といった語句を含んでおり,調べた情報の正確性や信頼性を論理的に思考する要素を含んでいることから「論理的思考力」に分類された.この結果は,学生が情報収集と情報評価を関連しつつも異なるプロセスとして認識している可能性を示している.特に,これらの能力が単なる情報収集を超えた,より複雑で高度な思考プロセスであり,具体的には,情報を見つけるだけでなく,その情報の価値を適切に判断し,臨床での意思決定に活かす能力として位置づけられると考えられた.また因子間の相関は0.4~0.6であり,この比較的高い相関は,プロマックス回転を用いたことによる統計的影響も考えられるが,3つの能力間の関連性を示唆する.それぞれの能力が相互に影響し合い,一つの能力の向上が他の能力の向上にも寄与する可能性がある.因子分析の結果から,「情報を調べる力」を4項目,「論理的思考力」を8項目,「プレゼンテーション能力」を5項目とすることにより,構成概念妥当性を確保した評価尺度になると考えられた.また,情報を調べる力を4項目,論理的思考力を8項目,プレゼンテーション能力を5項目とした評価尺度のクロンバックα信頼性係数は尺度全体と3つの下位尺度において,すべて0.7以上と高い信頼性を示したことから,内的整合性を確保した評価尺度となることが考えられた.

能力到達度の主観評価の結果,17項目すべてにおいて5年生に比べ6年生で主観評価が高く,学年進行に伴う主観評価の向上が示唆された.経験による自信の獲得は実践能力を向上させることが報告されており14,15),卒業研究においても経験に基づく学びが期待できる.また,能力到達度の主観評価は項目間で違いがみられ,特に論理的思考力に含まれる「研究テーマに基づいて集めた情報から未解決の研究課題を見つけられる」,「未解決の研究課題を解決しうる研究仮説を立てられる」,「研究仮説を証明するための実現可能な方法・手順をたてられる」の3項目の上位三段階到達者割合が他の項目に比べ低かった.薬学生を対象とした自己評価調査において論理的思考力を低く評価する傾向にあることや16),学生は研究プロセスの中で研究テーマや課題を設定することに困難を感じることが報告されており17),本研究においても論理的思考力のうち研究テーマ設定に関する上記3項目の主観評価が低いことが示された.

本研究では薬学卒業研究で醸成が期待される「情報を調べる力」,「論理的思考力」,「プレゼンテーション能力」の3つの能力を主観評価するため評価尺度を作成し,その信頼性と妥当性を示した.また,作成した評価尺度を用いた能力到達度の主観評価の解析から,学年進行に伴う能力到達度の向上と到達度の項目間の違いが示された.今後,本評価尺度を用いた調査を継続的に行い具体的な活用事例を集積していくことにより,薬学卒業研究における教育活動改善が期待できる.

謝辞

本研究は,帝京大学高等開発センターのScholarship of Teaching and Learning(SoTL)プロジェクトの支援を受けて実施した.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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