2024 年 8 巻 論文ID: 2024-054
新コア・カリキュラムでは,これまでのSBOsを廃止し,概念化した学修目標が示された.これは,多くの具体的事実を覚えるだけではなく,それらに共通する特徴や相違点を考え,概念化した上で新たに直面する課題や問題点の解決に活かせる総合的な学力を身に付けることが目的である.薬理・病態では,疾患の発症メカニズムを生体の恒常性と関連付け,恒常性の破綻として病態を説明する様に求めている.さらに病態の発症メカニズムと治療薬の作用メカニズムを関連付け,さらに副作用と関連付ける学修目標が提示されている.このアプローチを修得すると新しい疾患や治療薬が出てきても対応できる.つまり,概念を適応することで自ら学び続けることができる.さらに,基礎薬学の学びを振り返り,臨床薬学のPhase Iにおいてペーパーペイシェントの上で学びを統合する訓練をすることで,正解のない問いに対して,最善の策を考えられるようになる.
The new core curriculum has abolished the previous SBOs and introduced conceptualized learning objectives. The aim is not just to memorize a lot of specific facts, but to think about the common features and differences between them, conceptualize them, and acquire comprehensive academic skills that can be used to solve new problems and issues that arise. In pharmacotherapeutics, students are required to relate the mechanisms of disease onset to the body’s homeostasis, and to explain the pathology as a breakdown of homeostasis. Furthermore, the learning objectives are presented in a way that relates the mechanisms of disease onset to the mechanisms of action of therapeutic drugs, and furthermore relates them to adverse reactions. If students master this approach, they will be able to respond even if new diseases or therapeutic drugs emerge. In other words, by adapting concepts, you can continue to learn on your own. Furthermore, by reviewing your learning of basic pharmaceutical science and training to integrate your learning on paper patients in Phase I of clinical pharmaceutical science, you will be able to think of the best possible solution to questions with no correct answer.
新しいモデル・コア・カリキュラムにおいて,新たに,医療人に求められる資質・能力が明示された.医師,歯科医師,薬剤師の3師に求められる生涯にわたっての目標として求められるところは同様であるとの認識から共通化が図られた1) (図1).その10個の資質・能力の内,9個は全く同じである.唯一違うのは,職能を表現する資質・能力で,薬剤師は「薬物治療の実践的能力」と明記された.つまり,薬剤師は医療における薬物治療の担い手としての役割が教育の上でも明確になったといえる.この「薬物治療の実践的能力」の具体的な内容は,「薬物治療を主体的に計画・実施・評価し,的確な医薬品の供給,状況に応じた調剤,服薬指導,患者中心の処方提案等の薬学的管理を実践する.」である.この資質・能力に直接的に繋がる分野が[D 医療薬学]であり,その概念的理解は,[C 基礎薬学]を基盤にして成り立つ.そして,その実践が[F 臨床薬学]である.

薬学教育モデル・コア・カリキュラム 医療人に求められる資質・能力
新しいコア・カリキュラムでは,SBOsを廃し,概念化した学修目標が示された.これは,多くの具体的事実を覚えるだけではなく,それらに共通する特徴や相違点を考え,概念化した上で新たに直面する課題や問題点の解決に活かせる総合的な学力を身に付けられるようにするためである.特に[D 医療薬学]の薬理・病態分野では,疾患の発症メカニズムを生体の恒常性と関連付けて異常反応として病態を説明し,その病態の発症メカニズムと治療薬の作用メカニズムを関連付け,さらに,作用メカニズムと有害反応を結びつけるという学修目標が提示されている.こういう見方,考え方ができるようになると新しい疾患や治療薬が出てきても同じ見方,考え方ができる,つまり概念を適用することで自ら学ぶことができることを目指している.
図2には,現行のコアカリキュラムと新コア・カリキュラムの比較をD-2-12呼吸器系の疾患と治療薬の例で示した1,2).現行のSBOsには,主な3つの疾患(気管支喘息,慢性閉塞性肺疾患,間質性肺炎)についてそれぞれ,「薬理と病態を説明できる」と記載されている.つまり求めているところは,それぞれの疾患の病態がどのようなものかの知識と,代表的な治療薬の薬理作用の知識の修得を求めている.そして,代表的な治療薬の基本構造と薬効の関係を概説することを目標としている.これに対し,新コア・カリキュラムの学修目標は,病態と薬理の内容をメカニズムという概念レンズを通して見ることで,疾患の発症メカニズムを生体の恒常性と関連付けることを求め,疾患をその状態が破綻した異常反応として捉えることで,病態を説明することを求めている.そして,その異常反応の起こるメカニズムに治療薬の作用メカニズムがどのように関わるのか,病態と薬理作用メカニズムを関連付けること,さらにその作用メカニズムと有害反応(副作用)を関連付けて解釈することを求めている.最後に主な治療薬の疾患治療上の位置づけや同種・同効薬の比較,疾患適応の根拠を説明することとしている.学修目標には,疾患名は入っておらず,学修事項として気管支喘息,慢性閉塞性肺疾患,かぜ症候群,肺炎を挙げ,その主な治療薬を挙げている.

現行のコアカリキュラムと新コア・カリキュラムの比較(D-2-12 呼吸器系の疾患と治療薬)
ここで,[D 医療薬学]の学修成果として学生のパフォーマンスをイメージしてみたい.
著明な女優(患者)が入院してきた.ゴシップ報道がされ雲隠れ入院である.A薬剤師は,入院時のこの患者が見せた症状が気になっていた.胸を押さえて苦しそうにしていたのである.A薬剤師は,電子カルテでこの患者の状況を確認した.喘息はコントロールされているようで,吸入ステロイドとテオフィリンが処方されていた.この患者は喘息を患っているにもかかわらず,ヘビースモーカーで知られており,禁煙ができていない.入院中も常に外に出て,屋上などにいる姿が確認されており,こっそり喫煙していると思われていた.しかし,A薬剤師はこの患者と話をする中で,入院してからは喫煙していないことに気づいた.そして,服用薬と症状と今の状況を合わせて考えて,胸を押さえて苦しそうにしていた原因にたどりついた.この患者は,喫煙しながら,テオフィリンを服用していたので,喫煙によるテオフィリンの代謝亢進が起こり,通常より多い用量のテオフィリンでコントロールされていた.しかし,入院後,禁煙したため,テオフィリンの代謝が元にもどり,テオフィリンが相対的に過剰になったことで,テオフィリン中毒の症状である頻脈が起きていたと考えられる.A薬剤師は,患者に説明した.患者はてっきり心臓に障害があると思い込んでいてこの期に引退することを考えていたが,原因が判明し,禁煙することを決意して,女優に復帰することができた.
こんなパフォーマンスが示せるような学生を育てたい.
今回のコア・カリキュラムの改訂は,その実現をより可能にしたと考えている.
図3にD-2-12呼吸器系の疾患と治療薬の学修目標とC基礎薬学のコア・カリキュラムの関連の一部を示した.

コア・カリキュラムの関連 ~D医療薬学とC基礎薬学~
学習目標1)は,「呼吸器系疾患の発症メカニズムを生体の恒常性と関連付けた上で,異常反応としての病態を説明する.」である.まず,生体の恒常性は,[C-7 人体の構造と機能及びその調節]の[C-7-11 呼吸器系]の学習目標1)呼吸器系器官の構造と機能を説明する を振り返り,説明できる必要がある.さらに,これを説明するには,[C-7-7 筋系]の学習項目である(2)平滑筋の特徴,その収縮機構と神経支配 が理解できていないと説明できない.つまり,[C 基礎薬学]を教授するときにも,DやEのどのような学習目標と繋がっているかを先に示しておく必要がある.
図4は,気管支平滑筋の収縮と弛緩をモデル化して図示したものである.この仕組みの理解の上に,異常反応としてアレルギーによる気道の慢性炎症が起こり,気道過敏性亢進と気道のリモデリングが引き起こされる事を学ぶと,リモデリングにより気管支平滑筋は肥厚することで気道が狭窄すること,肥厚した気管支平滑筋は,通常の刺激では弛緩できなくなってしまうこと,反対に,気道過敏性が亢進することで,気管支平滑筋が収縮しやすい状況になっていることを理解する.この結果,症状としては,喘鳴や呼吸困難,咳が発現することも理解できる.さらに,先ほどの患者が服用していたテオフィリンは,ホスホジエステラーゼ(PDE)を阻害し,cAMP濃度の増加を介して,気管支平滑筋を弛緩させ,さらにアデノシンA1受容体を遮断して,気管支平滑筋の収縮を抑制しようとするものであることが理解できる.さらに,アデノシン受容体は,ストレス刺激などで細胞から放出されたアデノシンが特異的に結合して刺激する細胞膜受容体であることから,平滑筋のみならず,心筋,脳,血小板,腎臓,白血球などに広く存在している.心筋では,アデノシンは,アデノシンA1受容体を介し,徐脈作用や房室伝導抑制作用,心収縮力抑制作用を発現している.ここにテオフィリンが投与されるとアデノシンA1受容体が遮断され,心収縮力増加による心拍の増加,すなわち頻脈が起こることも理解できる.また,テオフィリンの構造式は,カフェインと似ており,例えば,喘息でテオフィリンを服用している受験生が,コーヒーやエナジードリンクを一緒に飲んだら……[D 衛生化学]の乱用や公衆衛生にも繫がる.

気管支平滑筋の収縮と弛緩のモデル 名城大学薬学部 小島良二先生作成
さて,ここで,再度,先ほどのA薬剤師のパフォーマンスを振り返ってみる.このA薬剤師のパフォーマンスには,[B:観察・コミュニケーション],[D:病態→薬理→副作用],[D:薬剤,薬物相互作用],[D医薬品情報,副作用],[D:患者情報],[D:服薬指導]などで学んだことがパフォーマンスとして表現されている.
[D 医療薬学]の学びは,一般化された学びである.[D 薬理病態]で,喘息の病態と原因,治療薬の種類,作用機序,その特徴と適応,副作用を学ぶ.そして,[D 医薬品情報]で,喘息治療のガイドラインや,治療成績,エビデンスや副作用の調査について学ぶ.さらに,[D 薬剤,製剤]で,治療薬の体内動態や腎機能と動態,製剤の特徴や種類を学ぶ.このままでは,先ほどのパフォーマンスを示すところまでは,到達しない.この学びを,個別化する訓練が必要となる.これが,[F 臨床薬学]のPhase Iである.具体的なペーパーペイシェントBさんに,これまでの学びを統合する.患者Bさんの今の喘息の状態はどうなのか,コントロールできているのか,Bさんの今の状態に最も有効で適切な医薬品はどれか,Bさんに適した剤形はどれか,使えるデバイスはどれか,Bさんの腎機能が低下しているのであれば,投与量を調整しなければいけいないのか,そして,Bさんの理解に合わせて指導を考え,Bさんの薬物療法の有効性と安全性を確保するために,何をいつ観察していけばいいのかを考える経験である.
この学修の方略としては,Problem Based Learning(PBL)が適している.これは,ペーパーペイシェントの症例を提示し,その中に含まれる患者の問題点を識別し,調査し,自己学習し,グループ討論を重ね,最適な問題解決を図る,つまり,問題解決能力,学び方を学ぶ主体的な学習である.
図5に本学で実施しているPBL形式のカリキュラムである薬物治療マネジメントの流れを示した3).1週間(月~木)に1症例とし,全体で10症例を実施している.PBLの流れは,症例を提示し,まず,症例に含まれる内容で理解できていないことをピックアップする.SGDで,十分振り返り,不明な点は分担して調査する.講義は,振り返りのきっかけになる内容と新たなトピックを中心としたもので,疾患,薬理,動態,EBMと副作用,化学若しくは製剤の5つを講義している.そして,グループメンバーの知識のベースラインを合わせるためにSGDで調査した内容を共有し,教え合う.次いで,患者の問題点を抽出する.患者の問題点を解決するために分担し自己学習で調査する.その間に,机上の知識から,実践できる知識にするためにテーマの疾患に関係する検査やデバイスなどの演習を行う.そしてSGDで調査した内容を共有し,まず,抽出した患者の問題点の関係性をプロブレムマップとして可視化し,解決するための解決策(ケアプラン)を作成する.ケアプランの中で最重要の問題点について,プレゼンテーションを行い,最後に症例提示を担当した教員からのフィードバックを行う.

PBLの流れ
PBLを10症例繰り返すことで,特に患者の問題点の抽出,つまり,どのような観点で患者を観察し,問題が無いかを確認しなければならないかの概念化が進む.さらに,抽出した問題点の関係性をプロブレムマップとして可視化することで,疾患と病態,副作用の関係性が明確化され,介入すべき薬剤師職能を意識付けすることにも繋がる.さらに,情報の調査や持ち寄った情報の評価についても概念化を促進する.最終的にケアプランという,解決策を提案しなければならないので,薬剤師がどのような介入をすべきかの概念化を促す.ケアプランに正解はない.この人のこの状況に取って最善は何かを考える経験は,学修者の成長を促し,応用する力を醸成する.最終的なケアプランを最初の週と10週目の最後の週で比較すると,その成長はめざましい.端的で事実のみをのべていたものから,理論的で現状を的確に評価し,どのようなことが起こっているかをきちんと考察しており,ケアプランの文章量は20倍にも増加する.
Phase Iでの訓練が,実際の医療現場での学びであるPhase IIを効果的にする.実際の患者Cさんを担当して,Cさんの薬物療法をしっかり考える経験を積む.これを繰り返し,振り返り,考え,さらに概念化が進む.自分の経験した患者を振り返り,患者の病歴や問題点を要約し,それを他者に説明し,共有する,いわゆる症例報告の経験も定着化を促進する.
D医療薬学は,概念化が最も理解しやすい分野である.概念化ができていれば,実際に起こっていることを見て,あれ?これおかしい?,普通じゃない?という気づきに繋がる.これが,患者の薬物療法をさらに良いものにし,それが,研究の種,クリニカルクエスチョンに繋がると考える.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.