抄録
1) アカザ(Chenopodium album)あるいはC. amaranticolorに対し,ダイコンモザイクウイルス(DMV)およびタバコモザイクウイルス(TMV)をすり付け接種した。接種より10-30日ののち,接種葉上に生じた局部壊死斑とは連絡なしに上方の新葉に壊死斑を点々と生じた(飛火斑)。これらのChenopodium属植物では,日を経るにつれて,この飛火斑の発生数は少なくなり,接種から60-100日ののちにはまったくこれを生じなくなった。またこの種の植物では,この飛火斑は茎頂部の幼組織に発生することなく,また既成長の茎葉にも発生しなかった。飛火斑を生じた葉の壊死斑部分からはウイルスの回収ができたが,壊死斑外の組織からはこのウイルスの回収はできなかった。またこの壊死斑を生じた葉では,このウイルスに対する交互防衛反応は認められなかった。
2) TMV-T (TMVのトマト系統)に感染してその部位に局部壊死斑を作るNicotiana sylvestrisまたはN. glutinosaと,このウイルスに全身感染すればモザイク症状を示すN. tabacum var. Xanthiとの接木植物(割りつぎ)を作り,1-2月後にこの接木植物のXanthi側にTMV-Tをすり付けてその部分の全身感染(モザイク)をおこさせた。ウイルスの接種より40-60日ののち,各接木植物の壊死斑寄主側であるN. glutinosaまたはN. sylvestrisの部分では,茎頂からやや下ったところにある成長中の若い葉の上に飛火斑を生じた。N. sylvestrisではこの飛火斑はしばしば主葉脈上に生じた。これらの飛火斑からは接種したウイルスを回収することができた。これに対し,その病葉の無病斑部分からは,このウイルスを回収することはできず,またその部分はこのウイルスに対する交互防衛反応を示さなかった。Nicotiana属の接木植物を用いたこの実験では,Chenopodium属植物の場合とは異なり,飛火斑は新葉上のみならず茎頂に近い新生組織上にもその数を増加し,またこれらの壊死斑は拡大して分裂組織を含む茎頂全体を侵し,さらに拡大して茎の下方部にもおよび,ついに壊死斑寄主全茎の立枯れとなった。
3) 壊死斑寄主体内における病原ウイルスのこのようなまん延の状態(飛火斑の形成および発生部位の規則性)を説明するために,別に報告する「寄主細胞によるウイルス情報の解読」の説を用いて,つぎのとおり説明した。2本鎖のウイルスRNAによって運ばれたウイルス情報は篩管を経由して上方の新生組織に運ばれる。そしてウイルス情報を解読しうる程度にその核は分化したが,その細胞質はこの情報を運ぶウイルスRNAを無力ならしめるほどにはまだ成長していない若い細胞にウイルス情報が伝達されたとき,その細胞はウイルスの増殖を始める。このウイルス情報を運ぶRNAが壊死斑寄主の既成長細胞に到達するときは,その細胞質中において容易に分解される。かくて飛火斑はつねに茎頂近くの新葉上にのみ発生するという規則性が保たれた。