日本植物病理学会報
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マツ材線虫病において仮道管キャビテーションをひき起こすテルペン類
黒田 慶子
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1989 年 55 巻 2 号 p. 170-178

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抄録

マツノザイセンチュウが侵入すると,マツ樹幹内では仮道管のキャビテーション(空洞化)が起こる。仮道管から水が排除されて通水阻害が進行し,マツは最終的に水不足で枯死するものと判断された。キャビテーションは,気体または蒸気が仮道管に充填して起こると推定されているが,その気体は外部から導入された大気ではなく,材内で生産される可能性が高い。キャビテーションの原因物質を明らかにするために,キャビテーション部位に含まれる気体の成分をガスクロマトグラフ法により分析した。線虫を接種して2週後の,キャビテーションが始まった直後のクロマツの材内では,モノテルペン,セスキテルペンの量が増加していた。健全木に比べてα-ピネンは2∼4倍,β-ピネンおよび数種のモノテルペンは2∼3倍,ロンジフォレンは約3倍であった。接種試料では,キャビテーションが起こっていない部位でもモノテルペンの量がすでに増加しており,テルペン合成の活性化はキャビテーションに先駆けて柔細胞内で起こるものと判断された。仮道管は夏期の水ストレスのために極度の負圧状態に置かれ,モノテルペンは柔細胞の壁孔から滲出すると,容易に気化するものと推定された。テルペン類は疎水性であるため,たとえ水ストレスが夜間に緩和されても,仮道管に水が再び入るのを阻害するであろう。これらの結果から,線虫の侵入により合成が促進された揮発性物質,モノテルペン,セスキテルペンは,蒸気として仮道管の水柱を切断し,キャビテーションを短期間にしかも広範囲に起こすのに,重要な役目を果たすものと判断した。

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