The context of a Not in my backyard (NIMBY) facility, a type of public goods, can be established as a NIMBY dilemma because it includes the moral dilemma that requires an ethical judgment, the rightness or wrongness of a utilitarian choice to save the majority at the expense of the minority. This study examined the effects of moral judgment, empathic concern, and relational mobility on people's judgments in the NIMBY dilemma. Participants who evaluated an utilitarian choice as right in the moral dilemma also rated them as right in the NIMBY dilemma. Ethical evaluation in the moral dilemma was also found to be a positive determinant for ethical evaluation and utilitarian behavioral intention in the NIMBY dilemma. Furthermore, empathic concern was negatively related to utilitarian intentions in the NIMBY dilemma, while inference about the ethical evaluation of others had positive relations. These suggested that intuitive processes, such as moral judgment and empathic concern, intervene decision making in the NIMBY dilemma. We discussed the moral tragedy in which individual moral judgment and empathic concern may lead to collective consequences that undermine public goods.
本研究では,Not in my backyard(NIMBY)の構造を持つ公共施設(以下,NIMBY施設とする)の立地の是非が問われた場面における個人の判断と行動に,道徳判断と共感的関心および関係流動性が及ぼす影響を検証する。
原発や廃棄物処理場を代表例とするNIMBY施設は準公共財の一種である2。ただしNIMBY施設は一般的な公共財と異なり,受益圏と受苦圏の間で利害が偏在する構造を持つ。すなわち,NIMBY施設の立地によって社会の成員へ公平に供給される公益の達成が,立地地域の人々に集中する負の外部効果との引き替えであるため,公益のみを得る多数者(受益圏)と,公益を上回る不利益を被る少数者(受苦圏)が分離される。この構造の下では,個人にとって近隣にNIMBY施設が立地されること,つまり自身が受苦圏に入ることが最大の不利益であり,それを拒絶することは,自身の最大の不利益を回避するマキシミン原理に沿った合理的選択となる。他方,自身を含め誰がどのような境遇になるか予測できない「無知のヴェール」で覆われた状況では,個人は自身が不遇な立場になった際の不利益の最小化を企図し,その結果,最も不遇な人々を優遇する格差原理に沿ったルールが正当化されるという(Rawls, 1999)3。野波他(2019, 2014)によれば,NIMBY施設の文脈に直面した人々には候補地の地元住民(すなわち受苦圏の人々)の権利を優先する判断が生じやすい。これは,自身が受苦圏に入るという最大の不利益の回避を目指すマキシミン原理が人々に発動したことで,結果的に自身を含むすべての人々に近隣でのNIMBY施設の立地を拒否できる権利を保障することが正しいとする判断が導かれたものと考えられる。
一方で,NIMBY施設が自己の近隣に立地される見込みがなく,したがって自分自身が受苦圏に入る可能性を明確に否定できる(すなわち,「無知のヴェール」で覆われない)状況でも,人々はやはり地元住民の権利を優先する(Nonami, Oba et al., 2023; 野波他,2022)。この判断を促す要因として,困窮中の他者に対する「かわいそう」といった他者志向的な感情である共感的関心(Batson, 2011; Davis, 1983)が示唆される(Nonami, Sakamoto et al., 2023)。NIMBY施設の文脈は,少数者の不利益と引き替えに社会全体の公益を達成する功利的決定と,公益を犠牲にして少数者を救済する非功利的決定それぞれへの倫理的評価が問われる点で,トロッコ問題や跨線橋問題を含む道徳ジレンマ4と類似する。すなわち,NIMBY施設の文脈は実社会で顕在化した道徳ジレンマという側面を持ち,NIMBYジレンマと呼称し得る。道徳ジレンマで少数者を犠牲にしても多数者を救うとの功利的判断が一貫する人々は,非功利的な判断を行う人々に比較して,共感的関心が低かった(Gleichgerrcht & Young, 2013)。この知見に従うと,道徳ジレンマの構造を内包するNIMBYジレンマでも,功利的判断を是とする人々はこれを非とする人々より,共感的関心が低いはずである。
そもそも先述のように,NIMBY施設の文脈における人々の判断に共感的関心が関与するとの報告(Nonami, Sakamoto et al., 2023)は,NIMBYジレンマも道徳ジレンマと同様に,功利的ないし非功利的な2つの選択肢に対する倫理的評価を問う文脈として個人に認知されることを傍証するものである。ここから,個人は道徳ジレンマとNIMBYジレンマで,一貫した倫理的評価を行う可能性が指摘できる。すなわち,道徳ジレンマで功利的判断を倫理的に是(非)とした個人は,NIMBYジレンマでも同様に功利的判断を是(非)と評価すると考えられる。
一方,NIMBYジレンマでは,功利的判断に対する倫理的評価と実際の行動意図との間に,乖離が生じると予測される。計画行動理論(Ajzen, 1991)によれば,ある行動に対する個人自身の態度が肯定的でも,その行動を他者が否定的に評価すると推測される場合には,行動意図に抑制的な影響が及ぶ。道徳ジレンマにおける倫理的評価と行動意図との乖離について日米比較を行った山本・結城(2019)は,日本では他者からのポジティヴな評判期待の低下が,トロッコ問題を含む道徳ジレンマにおける功利的な行動意図に抑制的な影響を及ぼすことを示した。日本で他者からの評価が功利的な行動意図を抑制する背景として,山本・結城(2019)は関係流動性を挙げている。山本・結城(2019)によれば,中国・日本の社会では新規の対人関係の形成や既存の関係の維持・解消の自由度である関係流動性が低いため,個人は既存の関係の中で他者からのネガティヴな評判を避けようとする傾向が増大するとされる。このためトロッコ問題では,多数者を助けるため作為的に現況を変化させる(トロッコの進路を変える)行動よりも,多数者を見殺しにしても現況を変化させない(トロッコの進路をそのままにする)不作為を選ぶ割合が高まるという(山本・結城,2019)。
関係流動性とそれにもとづく他者からの評価が功利的な行動意図に及ぼす影響は,道徳ジレンマの構造を内包するNIMBYジレンマでも顕現するだろう。まず,NIMBYジレンマで功利的行動をとる人々は,これをとらない人々よりも,関係流動性の認知が高いと予測される。また,先述した道徳ジレンマにおける山本・結城(2019)の報告と同様,NIMBYジレンマでも功利的行動への他者の倫理的評価に関する推測は,実際の功利的行動に対する個人自身の行動意図に影響を及ぼすだろう。具体的には,NIMBYジレンマで自分自身は功利的行動を倫理的に肯定しても,他者はこれを倫理的に否定するだろうと推測した人々は,功利的行動の意図を低下させるだろう。
以上より,本研究では次の4つの仮説を提起する。
仮説1 道徳ジレンマで功利的選択を倫理的に正しいと評価する参加者は,NIMBYジレンマでも同様に功利的選択を倫理的に肯定するだろう。
仮説2 NIMBYジレンマで功利的選択を倫理的に肯定する参加者は,これを正しくないと評価する参加者よりも,共感的関心が低いだろう。
仮説3 NIMBYジレンマで功利的な行動意図が高い参加者は,関係流動性の認知が高いだろう。
仮説4 道徳ジレンマ・NIMBYジレンマいずれでも,他者が功利的選択を否定的に評価すると推測される場合,参加者自身の功利的な行動意図は低下するだろう。
本研究ではこれらの仮説を検証するため,Nonami, Oba et al.(2023)で用いられたシナリオから典型的なNIMBY施設と目される廃棄物処理場と軍事基地を選出し,2種のNIMBYジレンマとして再構成した(付録)。また,上記4つの仮説を統合し,道徳ジレンマにおける倫理的評価と共感的関心,および関係流動性の認知がNIMBYジレンマでの功利的行動に影響を及ぼす過程を,Figure 1の予測モデルとして構築した。ここでは関係流動性の認知から功利的行動に対するパスを他者の倫理的評価への推測が媒介すると仮定しており,これは道徳ジレンマで関係流動性の低下が他者の評判に対する懸念を介して行動意図を抑制するとの示唆(山本・結城,2019)に沿った予測である。本研究ではこのモデルを媒介分析で検討する。
NIMBYジレンマにおける功利的行動の生起に関する予測モデル
参加者 複数の大学で講義中に紙面の質問紙を配付し,大学生702名から回答を収集した。有効回答は684(男性304,女性379,その他1,平均年齢19.08,標準偏差1.19)であった。
手続きと質問項目 参加者には,紙面の質問紙上で各種のジレンマ課題が呈示された。ジレンマ課題は,道徳ジレンマとしてトロッコ問題,NIMBYジレンマとしては先述のようにNonami, Oba et al.(2023)より廃棄物集積所問題とミサイル配備問題の2種を採用した。トロッコ問題のシナリオでは,参加者が意図的な行動をとれば1人と引き替えに5人を助けることができるが,そうした意図的介入をしなければ5人が死亡して1人が助かる。廃棄物集積所問題とミサイル配備問題ではいずれも,当該の公共施設が特定地域の少数者に不利益・リスクをもたらし,それと引き替えに社会的な多数者の福利・安全が確保される。参加者自身はその立地の是非を決定するわけではないが,立地に対して賛同を表明するか否かの立場で判断を行った。道徳ジレンマとNIMBYジレンマはすべてカウンターバランスで呈示し,参加者には各々のジレンマ課題で以下の項目への回答を求めた。
功利的選択への倫理的評価 道徳ジレンマおよび2種のNIMBYジレンマそれぞれにおいて,少数者の犠牲や不利益と引き替えに多数者の救済や福利を達成する功利的選択への参加者自身の倫理的な評価を,「まちがっている」,「正しい」の2択で尋ねた。
他者の倫理的評価への推測 功利的選択に対する他者の倫理的評価について,道徳ジレンマとNIMBYジレンマ各々で「社会の多くの人々(あなたの友人や知人,近隣などを含む)は,まちがいと判断するだろう」,「正しいと判断するだろう」の2択で推測させた。
功利的選択への行動意図 道徳ジレンマとNIMBYジレンマで,上記と同じ功利的選択を実際に実行する意図について,2択で尋ねた。具体的には,トロッコ問題における功利的選択への行動意図は,1人と引き替えに5人を救うため「レバーを引く」,「レバーを引かない」の選択であった。廃棄物集積所問題とミサイル配備問題では,少数者の不利益・リスクと引き替えに多数者の福利・安全を達成するためこれらの施設の立地に「賛同を表明する」,「賛同を表明しない」という選択を求めた。
共感的関心と関係流動性 各種ジレンマ課題の呈示前に,参加者に共感的関心と関係流動性に関する尺度への回答を求めた。前者には,日道他(2017)の日本語版対人反応性指標から共感的関心に関する「自分は思いやりの気持ちが強い人間だと思う」などの7項目,後者にはYuki et al.(2007)付帯の関係流動性尺度(日本語版)12項目(参加者の身近な他者について,「彼ら(あなたとふだん付き合いのある人たち)には,他の人々と知り合いになる機会がたくさんある」など)を採用した。いずれも,「まったくあてはまらない(1点)」―「非常にあてはまる(5点)」の5段階尺度であった。このほかデモグラフィック変数として,参加者の性別と年齢を測定した。
倫理的配慮 本研究は,第一著者の所属機関における倫理審査委員会の承認を受けた(関西学院大学 人を対象とする行動学系研究倫理委員会,承認番号2023-01)。
道徳ジレンマでの功利的選択(レバーを引いて5人を助ける)に対する参加者自身の倫理的評価として,「正しい」との回答は有効回答684のうちn=350(51.2%)であり,功利的選択を実際に実行する(レバーを引く)行動意図はn=285(41.7%)であった。また他者の倫理的評価に対する推測では,「正しいと判断するだろう」がn=410(59.9%)であった。NIMBYジレンマ2種のうち,まず廃棄物集積所問題では,功利的選択(集積所を建設)に対する参加者自身の「正しい」との倫理的評価がn=566(82.7%),「賛同を表明する」との行動意図はn=549(84.7%)であった。他者の倫理的評価の推測に関する「正しいと判断するだろう」はn=569(83.2%)であった。またミサイル配備問題では,功利的判断(ミサイルを配備)への倫理的評価で「正しい」がn=430(62.9%),「賛同を表明する」がn=393(57.5%)であった。他者の倫理的評価に対する推測では,「正しいと判断するだろう」がn=401(58.6%)であった。
Table 1は,道徳ジレンマとNIMBYジレンマ2種における倫理的評価と行動意図である。いずれのシナリオでも,それぞれの場面での倫理的評価と行動意図の間に有意な偏りが見られた。すなわち,功利的選択を倫理的に「まちがっている」と評価した群では,「正しい」と回答した群に比較して,実際に功利的選択を実行する(「レバーを引く」もしくは「賛同を表明する」)割合が低かった。
道徳ジレンマとNIMBYジレンマ(2種)における功利的選択への倫理的評価と行動意図
功利的選択への倫理的評価 | χ2 (φ) |
|||
---|---|---|---|---|
ジレンマ課題 | 行動意図 | まちがっている | 正しい | |
注)表中の値は度数(行ごとの%),各ジレンマ課題はすべてn=684,χ2検定はすべてdf=1であった。 ***p<.001 |
||||
道徳ジレンマ (暴走トロッコ) |
実際にレバーを引く | 61(21.4) | 224(78.6) | 147.09*** |
レバーを引かない | 273(68.4) | 126(31.6) | (.46) | |
廃棄物集積所問題 | 実際に賛同を表明 | 38 (6.9) | 511(93.1) | 207.92*** |
賛同を表明しない | 80(59.3) | 55(40.7) | (.55) | |
ミサイル配備問題 | 実際に賛同を表明 | 44(11.2) | 349(88.8) | 266.23*** |
賛同を表明しない | 210(72.0) | 81(27.8) | (.62) |
NIMBYジレンマ2種の倫理的評価の間でテトラコリック相関係数は有意だったが値そのものは低く(rtet=.165, n=684, p<.05),行動意図も同様であった(rtet=.182, n=684, p<.01)。よって,参加者の倫理的評価と行動意図それぞれは,NIMBYジレンマ2種の間で一貫性が低いと見なし,以後はこの2種を個々に分析した5。
道徳ジレンマとNIMBYジレンマの倫理的評価の関連Table 2は,道徳ジレンマでの倫理的評価の回答(功利的選択に対する「まちがっている」,「正しい」)ごとに見た,NIMBYジレンマ2種それぞれにおける倫理的評価の割合である。道徳ジレンマで功利的選択を「正しい」と判断した参加者(n=350)では,これを「まちがっている」と評価した参加者(n=334)に比較して,2種のNIMBYジレンマいずれでもやはり功利的判断を「正しい」と評価する割合が有意に高かった(廃棄物集積所ではχ2 (1) =7.34, p=.00, φ=.11; ミサイル配備ではχ2 (1) =5.62, p=.02, φ=.09)。ミサイル配備問題での効果量(φ)は,一般的に妥当とされる最小基準(.10)に達しなかった。
道徳ジレンマにおける功利的選択への倫理的評価(「まちがっている」,「正しい」)ごとに見たNIMBYジレンマにおける倫理的評価
道徳ジレンマでの功利的選択に対する倫理的評価 | χ2 (φ) |
|||
---|---|---|---|---|
まちがっている(n=334) | 正しい(n=350) | |||
注)表中の数値は度数(列ごとの%),χ2検定はすべてdf=1であった。 *p<.001 |
||||
NIMBYジレンマでの功利的選択に対する倫理的評価 | ||||
廃棄物集積所問題 | まちがっている(n=118) | 71(21.3) | 47(13.4) | 7.34* |
正しい(n=549) | 263(78.7) | 303(86.6) | (.11) | |
ミサイル配備問題 | まちがっている(n=254) | 139(41.6) | 115(32.9) | 5.62* |
正しい(n=430) | 195(58.4) | 235(67.1) | (.09) |
道徳ジレンマでの倫理的評価と,NIMBYジレンマそれぞれにおける倫理的評価との関連をより精密に検証するため,前者を独立変数,後者を従属変数とするロジスティック回帰分析を行った(Table 3)。参加者の性別と年齢を統制変数として投入した。道徳ジレンマにおける倫理的評価は,2種のNIMBYジレンマいずれでの倫理的評価に対しても,有意な正の規定因となった。以上より,NIMBYジレンマにおける倫理的評価は,道徳ジレンマでの倫理的評価と正の関連を持つことが示唆された6。
NIMBYジレンマにおける倫理的評価に道徳ジレンマでの倫理的評価が及ぼす影響(ロジスティック回帰分析)
NIMBYジレンマにおける倫理的評価 | |||||
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B | SE | Wald | p | Exp(B) | |
注)道徳ジレンマおよびNIMBYジレンマにおける倫理的評価は,「まちがっている」=0,「正しい」=1でコード化した。また性別は男性=1,女性=2でコード化した。 | |||||
廃棄物集積所問題 | |||||
道徳ジレンマでの倫理的評価 | 0.58 | 0.21 | 7.73 | .01 | 1.78 |
性別 | 0.39 | 0.21 | 3.54 | .06 | 1.47 |
年齢 | 0.12 | 0.09 | 1.73 | .19 | 1.13 |
定数 | ‒2.11 | 1.81 | 1.37 | .24 | 0.12 |
ミサイル配備問題 | |||||
道徳ジレンマでの倫理的評価 | 0.40 | 0.16 | 6.20 | .01 | 1.50 |
性別 | ‒0.72 | 0.17 | 18.72 | .00 | 0.49 |
年齢 | 0.11 | 0.07 | 2.45 | .12 | 1.12 |
定数 | ‒1.09 | 1.46 | 0.56 | .45 | 0.34 |
本研究で採用された共感的関心の尺度(7項目)と関係流動尺度(12項目)は,いずれも信頼性は比較的高かった(前者はα=.75,後者はα=.79)。逆転項目を反転した上でそれぞれの項目数で割った全項目の合算平均値をとり,共感的関心および関係流動性の得点とした。
仮説2を検証するため,まず共感的関心について,NIMBYジレンマ2種それぞれで倫理的評価(2: 「まちがっている」,「正しい」)を独立変数とする1要因ANOVAを行った。廃棄物集積所問題では主効果が見られず(F (1, 674) =0.28, p=.60, η2=.00),ミサイル配備問題で主効果が確認された(F (1, 674) =4.10, p=.043, η2=.01)。ミサイル配備問題で功利的選択を「正しい」と肯定した参加者は,「まちがっている」と否定した参加者よりも,共感的関心が低かった(前者n=425, M=3.69, 標準偏差0.60; 後者n=251, M=3.79, 標準偏差0.58)。
さらに仮説3を検証するため,関係流動性の認知にNIMBYジレンマにおける行動意図(2: 「賛同を表明する」,「表明しない」)を独立変数とする1要因ANOVAを行った。上記と同様,廃棄物集積所問題では主効果が見られず,ミサイル配備問題のみで有意となった(F (1, 674) =5.98, p=.02, η2=.01)。ミサイル配備に「賛同を表明する」とした参加者は,「表明しない」とした参加者より,関係流動性の認知が高かった(前者n=386, M=3.57, 標準偏差0.51; 後者n=287, M=3.47, 標準偏差0.54)。
以上より,NIMBYジレンマにおける倫理的評価と共感性との関連,および行動意図と関係流動性との関連は,ミサイル配備問題のみで観察された。ミサイル配備問題で功利的選択を是とする参加者は,これを非とする参加者よりも共感的関心が低く,また実際に賛同表明の行動をとろうとする参加者は関係流動性を高く認知していた。
功利的選択に対する他者の倫理的評価と行動意図各種のジレンマ課題で,参加者自身が功利的選択を倫理的に「正しい」と評価しても,他者に対して「まちがっている」と評価するとの推測を行う場合,功利的選択への行動意図は低下するだろう(仮説4)。本研究ではこの検証のため,まずGleichgerrcht & Young(2013)を参考に,道徳ジレンマとNIMBYジレンマ2種それぞれで,参加者自身の倫理的評価および他者の倫理的評価への推測に応じ,参加者を以下,(a)自他とも非功利主義(参加者自身と推測他者いずれも功利的選択を否定的に評価),(b)自己のみ功利主義(参加者自身は肯定的,他者は否定的と推測),(c)自己のみ非功利主義(参加者自身は否定的,他者は肯定的と推測),(d)自他とも功利主義(参加者自身と推測他者いずれも肯定的)という4群に分類した。Table 4はその分類結果である。
道徳ジレンマ・NIMBYジレンマそれぞれにおける参加者自身と推定他者の倫理的評価にもとづく分類結果
自他とも非功利主義 | 自己のみ功利主義 | 自己のみ非功利主義 | 自他とも功利主義 | χ2 | |
---|---|---|---|---|---|
注)表中の値は度数(%),各ジレンマ課題はすべてn=684,χ2検定はすべてdf=1であった。 ***p<.001 |
|||||
道徳ジレンマ | 212(31.0) | 62 (9.1) | 122(17.8) | 288(42.1) | 149.03*** |
廃棄物集積所問題 | 70(10.2) | 45 (6.6) | 48 (7.0) | 521(76.2) | 184.24*** |
ミサイル配備問題 | 202(29.5) | 81(11.8) | 52 (7.6) | 349(51.0) | 242.48*** |
自己の倫理的評価と他者の倫理的評価の推測による行動意図への影響を検討するため,(b)自己のみ功利主義の群と(d)自他とも功利主義の群との間で,功利的選択への行動意図を比較した(Table 5)。道徳ジレンマおよびNIMBYジレンマ2種のいずれでも,自己のみ功利主義群で功利的選択を実行する割合は,自他とも功利主義群に比較して,有意に低かった。すなわち,自身が功利的選択を「正しい」と評価しても,他者は「まちがっている」と評価するとの推測を行った参加者は,功利的選択への行動意図を抑制する可能性が示された7。
「自己のみ功利主義群」と「自他とも功利主義群」との間での功利的選択への行動意図に関する比較
レバーを引く | レバーを引かない | χ2(φ) | ||
---|---|---|---|---|
注)表中の数値は度数(行ごとの%),χ2検定はすべてdf=1であった。 *p<.05,***p<.001 |
||||
道徳ジレンマ | 自己のみ功利主義(n=62) | 32(51.6) | 30(48.4) | 5.02* |
自他とも功利主義(n=288) | 192(66.7) | 96(33.3) | (.12) | |
賛同を表明する | 賛同を表明しない | |||
廃棄物集積所問題 | 自己のみ功利主義(n=45) | 34(75.6) | 11(24.4) | 12.09*** |
自他とも功利主義(n=521) | 477(91.6) | 44(8.4) | (.15) | |
ミサイル配備問題 | 自己のみ功利主義(n=81) | 59(72.8) | 22(27.2) | 4.52* |
自他とも功利主義(n=349) | 290(83.1) | 59(16.9) | (.10) |
ここまでの分析結果より,道徳ジレンマにおける功利的判断への倫理的評価は,NIMBYジレンマでの倫理的評価を介して,功利的な行動意図に正の影響を及ぼすとの予測が成り立つ。また共感的関心は,NIMBYジレンマでの倫理的評価に抑制的な影響を及ぼすと考えられる。さらに関係流動性および他者の倫理的評価への推測も,NIMBYジレンマにおける功利的な行動意図の説明要因となるだろう。以上の予測にもとづき,廃棄物集積所問題とミサイル配備問題のそれぞれで,媒介分析(ブートストラップ法)を用いてFigure 1の予測モデルを検討した。
Figure 2に示すように,廃棄物集積所問題とミサイル配備問題いずれでの行動意図にも,道徳ジレンマにおける倫理的評価からNIMBYジレンマでの倫理的評価を介した媒介効果が認められた(廃棄物集積所:b=.050, SE=0.017, 95%CI=[.008, .072]; ミサイル配備:b=.058, SE=0.023, 95%CI=[.012, .104])。共感的関心から倫理的評価へのパスは有意ではなかったが,行動意図への直接効果はいずれの場面でも有意となった(廃棄物集積所:b=‒.096, SE=0.026; ミサイル配備:b=‒.122, SE=0.032)。また関係流動性による媒介効果はいずれの場面でも有意ではなく,ミサイル配備問題のみで行動意図への直接効果が観察された(b=.099, SE=0.037)。そのほか他者の倫理的評価への推測によるパスが,2つの場面いずれでも有意であった(廃棄物集積所:b=.403, SE=0.038: ミサイル配備:b=.450, SE=0.035)。以上の結果より,道徳ジレンマでの倫理的評価および他者の倫理的評価に対する推測がNIMBYジレンマにおける功利的な行動意図に促進的な影響を及ぼすこと,また共感的関心が抑制的な影響を及ぼし得ることが明らかになった。
NIMBYジレンマにおける功利的行動の生起に関する媒介分析モデル
道徳ジレンマにおける功利的判断への倫理的評価は,NIMBYジレンマ2種いずれの倫理的評価にも正の影響を及ぼした。すなわち,道徳ジレンマで功利的選択を倫理的に是(非)とする参加者には,NIMBYジレンマでも同様に功利的選択を是(非)と評価する傾向があり,当初の仮説1は支持された。媒介分析でも,道徳ジレンマにおける倫理的評価には,NIMBYジレンマにおける倫理的評価を介して功利的な行動意図を規定する媒介効果が認められた。またミサイル配備問題では,功利的選択を倫理的に肯定した参加者の共感的関心が低く,道徳ジレンマで功利的判断を行う人々は共感的関心が低いとするGleichgerrcht & Young(2013)と同様な結果となった。したがって仮説2は,ミサイル配備問題のみで支持された。
仮説1が支持され,また道徳ジレンマにおける功利的判断への倫理的評価がNIMBYジレンマにおける功利的な行動意図を促す媒介効果も見られたことから,道徳ジレンマにおける倫理的評価は,NIMBYジレンマにおける功利的選択の評価にも反映されると言える。すなわち,NIMBYジレンマにおける人々の判断には,道徳判断と関連する側面がある。ミサイル配備問題で仮説2が支持され,道徳ジレンマと同様に功利的選択と共感的関心の関連(Gleichgerrcht & Young, 2013)が追認されたことも,NIMBYジレンマにおける判断は道徳判断と関連するとの結論を支持するものである。
関係流動性と功利的な行動意図との関連に関する仮説3は,ミサイル配備問題のみで支持された。ミサイル配備問題で功利的な行動意図を示した参加者は,非功利的な行動意図を示した参加者よりも,関係流動性の認知が高かったのである。この結果は,関係流動性が道徳ジレンマにおける功利的な行動意図を促すとの示唆(山本・結城,2019)と一致する。
また,道徳ジレンマで自分自身は功利的選択を肯定的に評価しても,他者はこれに否定的であろうと推測した参加者では,功利的な行動意図の割合が低下し,さらにNIMBYジレンマ2種のいずれでも同様な傾向が見出された。媒介分析でも,他者の倫理的評価から行動意図に対する強いパスが,2種のNIMBYジレンマで共通して見出された。これらは,他者からの評判への推測が道徳ジレンマにおける功利的な行動意図を抑制するとした山本・結城(2019)に沿った結果であり,道徳ジレンマと同様にNIMBYジレンマでも,個々人の功利的な判断の実行には他者の倫理的評価に対する推測が正の影響を及ぼすことを示唆する。道徳ジレンマおよびNIMBYジレンマにおいて他者の倫理的評価への推測が功利的な行動意図を抑制するとの仮説4は,支持された。
社会認知脳アプローチを用いたNonami, Oba et al.(2023)によれば,NIMBY施設の文脈で判断を行う人々の脳内では,他者への共感に関わる領域(右角回)と,他者を犠牲にする判断への直観的な嫌悪に関わる領域(扁桃体)が活性化する。NIMBYジレンマにおける人々の判断に倫理的評価と共感的関心が関与するという本研究の結果はこの知見に沿っており,NIMBYジレンマに直面した人々の判断に直観的ないし情動的な過程が介在する可能性を示唆するものである。公共財問題における個人の意思決定は合理的選択理論の視点で検証される例が多いが(海野,2021),本研究は公共財の一種であるNIMBY施設の文脈をNIMBYジレンマとして構造化し,道徳ジレンマとの比較を行うことで,公共財問題における個人の意思決定には合理的選択を行う思考過程のほかに直観的ないし情動的な過程が関与することを示した。
ところでNIMBY施設には,個々人が合理的な選択肢(自身の不利益の回避)を採択した集合的帰結として当該施設が立地不可になるという,社会的ジレンマの構造が包含される。このため,NIMBYジレンマで功利的判断を抑制する倫理的評価と共感的関心には,実際のNIMBY施設をめぐる文脈で社会的な共貧事態の発生リスクを高める可能性が指摘できる。すなわち,NIMBY施設の立地をめぐる文脈で喚起される地元住民(少数者)への共感的関心,あるいは少数者の不利益と引き替えに多数者の福利が達成される不衡平は許されないといった弱者保護や衡平を重視した道徳判断は,個々人に少数者優先の非功利的判断を誘発する(野波他,2022; Nonami, Sakamoto et al., 2023)。これが集団・社会での合意やルールとして成立すると,NIMBY施設の立地に対する地元住民の拒絶の連鎖が発生し,結果としてNIMBY施設が立地できず,公益が供給されない共貧事態が生じる。これは,本来は少数者への援助行動を喚起する個々人の共感的関心や道徳判断が,公共財問題では集合的帰結としての共貧化をまねくケースであり,道徳の悲劇(moral tragedy)とも言うべき事態である。共有財問題で個々人の共感的関心と倫理的評価が共貧化をまねく過程については,より多様なNIMBYジレンマの場面で検討する必要がある。
さらに,他者の倫理的評価に対する推測にも,道徳の悲劇と同様に共貧化を導く可能性が指摘できる。本研究では2種のNIMBYジレンマいずれでも,自身は功利的選択に肯定的でも他者はこれを否定すると推測した参加者に,自身の功利的な行動意図を抑制する傾向が見られた。自身と他者の倫理的評価が乖離した場合に生じるこの反応傾向には,NIMBY施設の立地をめぐって個人自身が功利的選択を肯定しても他者の多くはそれを否定するだろうと推測する多元的無知(Katz & Allport, 1931)の介在を考えることもできる。このとき個々人は,自身の信念としては肯定する功利的選択を,推測される他者の判断に沿って行動レベルでは相互に否定し,結果的に功利的選択の否決という意図されない合意(岩谷・村本,2015)が導出される可能性がある。こうした合意を導く多元的無知は,NIMBY施設の文脈で共貧化のリスクを高めるとも考えられる。今後,より多様なNIMBYジレンマを設定し,多元的無知が共貧化をもたらす可能性を検証することが求められる。
本研究では,共感的関心と道徳判断という直観的過程が,NIMBYジレンマにおける人々の評価と行動を左右する可能性を示した。ただし,共感的関心と倫理的評価および行動意図,ならびに関係流動性と行動意図との関連はミサイル配備問題のみで認められ,廃棄物集積所問題では見られず,結果が一貫しなかった。さらに母集団が日本国内の大学生のみであったこと,これにより関係流動性の高低に応じた異文化間比較ができなかったこと,データを事後分割して分析を行うためにサンプルサイズの決定が難しかったことも,大きな限界点である。媒介分析での標準化係数も低く,モデル検証の正確性にも疑義が残る。本研究の知見の妥当性が高いと言えないことは明らかであり,今後はより広範なNIMBYジレンマを設定した国際比較による追検証が必要である。
ただし,多種多様な公共財問題の場面を扱うためには,道徳ジレンマにおける人身的・非人身的ジレンマのような分類基準の策定が,NIMBYジレンマにおいても重要になる。NIMBYジレンマは,判断を行う個人の利害が個人自身の判断によって左右される点がトロッコ問題や跨線橋問題と異なり,道徳ジレンマの一例としては「救命ボート問題」と類似する8。しかし,判断を行う個人が自身の判断で自分自身の利害も左右される当事者の立場に立つのか,他者の利害のみを左右する(自らの利害は左右されない)第三者の立場に立つのか,いわば当事者ジレンマと第三者ジレンマの区別は,道徳ジレンマに関する研究の中でも提唱されていない。
社会的ジレンマの構造を持つNIMBYジレンマは,言うまでもなく当事者ジレンマの一類型である。たとえば本研究の場合,トロッコ問題に比較して廃棄物集積所問題とミサイル配備問題では,功利的選択の行動意図が高かった(それぞれ,41.7%・84.7%・57.5%)。NIMBYジレンマ2種は当事者ジレンマであるため,判断を行う個人に自己の損失回避を目指す志向性が生じ,功利的な行動意図を高めたとも考えられる。また,廃棄物集積所問題に比較してミサイル配備問題で功利的な判断が減少した背景には,このシナリオでは少数者に深刻な身体的苦痛が及ぶため判断者の情動的葛藤が大きく,人身的ジレンマの側面があった可能性が指摘できる。Gleichgerrcht & Young(2013)によれば,功利的な判断を行う個人と非功利的な判断を行う個人との間で共感的関心の差異が顕在化するのは人身的ジレンマのみであるという。本研究ではミサイル配備問題のみで,功利的選択を肯定する人々の共感的関心が低かったが(仮説2の検証結果),これは上記の可能性を傍証する結果と見ることもできる。NIMBYジレンマにおける人々の倫理的評価と行動を詳細に検討するためには,道徳ジレンマにおける他の当事者ジレンマ(救命ボート問題はその一例)および第三者ジレンマそれぞれとの比較が,今後さらに重要であろう。
本論文で,開示すべき利益相反関連事項はない。
本研究で採用した2種のNIMBYジレンマ
廃棄物集積所問題あなたの住む町にはゴミの集積所がなく,置き場のないゴミが町じゅうに散乱し,汚れと悪臭がひどい。どこかに集積所を作り,ゴミを一か所に集めてしまえば,町の汚れと悪臭は減る。しかし町全体のゴミを集める集積所を作ると,その近くに住む一部の市民には,今よりもひどい汚れと悪臭が及ぶ可能性もある。あなたの町のどこかにゴミの集積所を作れば,汚れと悪臭の悩みが減る多数の市民に代わり,その場所の近隣に住む少数の市民に,今よりひどい汚れと悪臭の悩みを及ぼすかもしれない。
ミサイル配備問題あなたの国では隣国との緊張が高まる。もし隣国がミサイルを撃てば,国は大惨事となる。国内の数か所に迎撃ミサイルを配備すれば,隣国の攻撃を防いで国じゅうの安全が守られる。一方,迎撃ミサイルが配備された地域はまっさきに隣国の標的となるため,そこに住む一部の人々の危険を高める可能性もある。あなたの国のどこかの地域へ迎撃ミサイルを配備すれば,多数の人々の生命と財産が守られる代わりに,その地域に住む少数の人々の生命と財産が深刻な危機にさらされるかもしれない。
本研究は2024―2026年度科学研究費助成(代表者:野波 寬,課題番号24K00480)による成果の一部である。
2公共経済学における公共財には,非競合性と非排除性を兼備する純粋公共財(政府による外交や国防など)のほか,準公共財として非排除性のみのコモンプール財(水資源や公園など)と非競合性のみのクラブ財(有料公共施設など)が挙げられる。
3盛山(2009)によれば,格差原理とは「……結果として,最も恵まれない者の利益が最大となるような分配のしかた」が道徳的に正当化され得るとの規定であり,マキシミン原理と同義的に解釈されるべきではないという。
4トロッコ問題は,暴走トロッコの進路を変えることで1人の犠牲と引き替えに5人を助ける功利的判断の倫理的評価を問う思考実験である(Thomson, 1985)。跨線橋問題では,暴走トロッコを止めて5人を助けるために跨線橋から1人を突き落とす行動の倫理的評価が問われる。この2種は,助けるべきは1人か5人かという構造は同じだが,前者は判断者にとって情動的な葛藤の少ない非人身的ジレンマ,後者は情動的な葛藤が大きい人身的ジレンマとして区別される(Greene et al., 2009, 2001)。
5トロッコ問題とNIMBYジレンマの行動意図には有意な相関がなかった(廃棄物集積所問題はrtet=.071, n=684, ns; ミサイル配備問題はrtet=.056, n=684, ns)。
6ミサイル配備問題では性別が有意な規定因となり,女性では男性よりも功利的選択を「まちがっている」と評価する割合が高かった(χ2 (1) =20.81, p=.00, φ=.17)。
7他者の倫理的評価への推測は,非功利的選択の実行を抑制する可能性もある。(a)自他とも非功利主義と(c)自己のみ非功利主義の2群間で,非功利的選択の行動意図を検証した結果,ミサイル配備問題のみで上記2群間で行動意図(2択)の割合に有意な偏りがあり(χ2 (1) =8.26, p<.001, φ=.18),上記(a)群に比較して(c)群では功利的選択を実行しない参加者の割合が低かった(前者は174/202名で86.1%,後者は36/52名で69.2%)。
8Greene et al.(2001)では人身的ジレンマとして跨線橋問題のほか,沈みかけたボートで多数者(判断を行う個人自身も含まれる)を救うため瀕死の1人を海に落とすべきかという救命ボート問題が例示される。跨線橋問題では判断を行う個人の利害が自身の判断で左右されず,救命ボート問題では判断次第で自身の利害が変わる。この点で両者は異質だが,Greene et al.(2001)はこの区別基準を呈示せず,いずれも人身的ジレンマに一括している。