心理学研究
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日本人における典型的な混合感情とは?1
長峯 聖人菅原 大地
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論文ID: 96.23050

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Translated Abstract

Emotions that are a mixture of positive and negative emotions are called mixed emotions. Culture influences what kinds of mixed emotions exist, sometimes regarded as emotions that symbolize a specific culture (e.g., saudade). However, there are few studies on mixed emotions in Japan, and it is unclear what kind of mixed emotions are likely to be experienced by Japanese people. The present study aimed to examine what mixed emotions are evaluated as typical among Japanese people, based on three studies. In a preliminary survey, 24 mixed emotion words were selected as candidates. In Study 1, mixed emotion words were evaluated regarding comprehension and emotional valence, and 12 were selected as more typical mixed emotion words. Finally, in Study 2, the 12 mixed emotion words were examined in more detail, and it was shown that "nagorioshii" and "aizou" in particular, may be typical mixed emotion words in Japanese people.

ポジティブ感情とネガティブ感情が混在した感情は混合感情(mixed emotions)と呼ばれる。混合感情の代表的定義として挙げられるのが「ポジティブ感情とネガティブ感情の共起(co-occurrence)」(Larsen & McGraw, 2014)であり,基本的には感情価のベクトルが異なる2つの感情が混合したものとして捉えられる。混合感情の経験頻度には文化差があり,西洋の人々よりも東洋の人々においてよく経験されることが分かっている(Miyamoto et al., 2010)。この理由の1つとして感情経験への志向の違いが挙げられており,西洋圏ではポジティブ感情を最大化しネガティブ感情を最小化しようとする志向が強い一方で,東洋圏ではポジティブ感情とネガティブ感情をバランスよく経験しようとする志向が強いことが明らかにされている(Miyamoto et al., 2017)。さらに混合感情は,well-beingへ寄与すること(Hershfield et al., 2013),物事の終わりを意識した際に経験されやすいこと(Larsen et al., 2021)などが分かっている。また,感情に関する近年の主要な理論であるComponent Process Model(Shuman et al., 2013)や心理学的構成主義(Hoemann et al., 2017)においても言及されており,混合感情は近年の感情心理学において重要なトピックとして位置づけられている。

混合感情をどのように測定するかは,大きく2つの方法がある(Larsen et al., 2001, 2017)。1つ目は,ポジティブ感情(例えば,喜び)とネガティブ感情(例えば,悲しみ)が同じ状況で観測されるかどうかを測定する方法である。この方法で混合感情を測定する際は,ポジティブ感情とネガティブ感情の評定値をそれぞれ測定したうえで,2つの感情が混合していることを示す指標を算出することが多い。この具体的な方法にはいくつかある(Larsen et al., 2017)が,最も代表的かつ簡便な指標として挙げられるのがMIN(Larsen et al., 2001)である。これは,その名の通りポジティブ感情とネガティブ感情双方の最小値を指標とするものであり,両方とも高ければMINも高くなり,両方とも低いあるいは片方のみ高い場合にMINは低くなるという性質を有する。

2つ目は,直接的に混合感情が生じているかを測定するという方法である。この場合は,混合していることを表す言葉(例えば,ambivalent, bittersweet, mixture)を用いて,自身がどのくらい混合した感情を経験しているかを直接尋ねることが多い(Berrios et al., 2015; Larsen et al., 2001)。また,構成概念上の特徴としてポジティブな要素とネガティブな要素の両方を併せ持ち,トリガーとなる刺激(生起場面)や行為傾向,関連する構成概念などの特徴が明確である感情は,具体的な(個別の)混合感情として扱われることもある(Braniecka et al., 2014)。このような個別の混合感情の例として,“nostalgia”(Wildschut et al., 2006)や“awe”(Keltner & Haidt, 2003)などが挙げられる。例えば“nostalgia”は,自身の特別な記憶を思い出すことによって喚起され,他者への接近的な行為が生じやすく,社会的つながりや温かさといった概念と強い関連があることが示されている(Hepper et al., 2012)。

ポジティブ感情研究の流れのように,混合感情も以前は一括りにされたうえでその全般的な特徴を検討されることが多かったが,近年では“nostalgia”のような個別の混合感情に着目し,それらの概念的特徴を詳細に明らかにしようとする研究も増えてきている。本論文ではこうした「ある個別の混合感情を表す言葉」を,混合感情語と呼称する。

混合感情語には,様々なものがある。例えば英語圏では,上述した“nostalgia”や“awe”が挙げられ,ドイツ語圏では“sehnsucht”(Scheibe et al., 2007),ポルトガル語圏では“saudade”(Neto & Mullet, 2014, 2022)などが実証的に研究されている。“sehnschut”とは,叶えることの出来ない目標に対する悲しさや切望を表すような感情であり,“saudade”とは失ってしまったものに対する深い恋慕や悲しさを表すような感情である。これらの混合感情語は,他の文化における言語で直接的に訳すことが困難であるとされている(Neto & Mullet, 2014; Scheibe et al., 2007)。また,こうした混合感情語は文化的な要因を多分に含むため,その文化を象徴する言葉として捉えられることもある(Silva, 2012)。これらの感情はその文化以外では経験されないというわけではなく,文化的な要素を含むことに加え,感情語として存在するほど頻繁に経験され高い精度で認知されていることから,特にその文化の特徴を表す重要な概念として認識されやすい(Scherer, 1994)ということである。つまり,他の文化圏では体験されることがあっても,感情語としてラベリングされるほど経験頻度が高いわけではないということを意味している。同様のことはポジティブ感情についても言及されており,他文化では翻訳困難なポジティブ感情語が各文化圏に一定数存在することや,特定の文化圏ではその文化の特徴を反映したポジティブ感情語が存在することが明らかになっている(Lomas, 2016)。また,日本人を対象とした研究(菅原他,2018)では,どのような感情語がポジティブ感情語として扱われるかという点や,具体的なポジティブ感情としてどのような感情語が典型的であると評定されやすいかという点において,日本は欧米と異なる特徴があることも明らかにされている。

これらを踏まえると,各文化圏において,典型的な混合感情語が異なることや,その文化的要因を強く反映した混合感情語が存在していることが考えられる。しかし,本邦においてどのような語が混合感情語であると評価されやすいのか,また本邦の文化を反映していると評価されやすい混合感情語や,本邦以外の文化圏では翻訳が難しい混合感情語は存在するのかといった点について明らかにした研究は,著者らが知る限り存在しない。先行研究から日本では欧米の文化圏と異なる形で混合感情が経験・認識されていることが示唆されており,例えば,日本人は欧米の人々よりも混合感情を経験しやすいこと(Miyamoto et al., 2010, 2014)や,日本独自の複雑な感情とされる「甘え」が,ネガティブな特徴とポジティブな特徴をいずれも併せ持つこと(Niiya et al., 2006),個別の混合感情としてよく取り上げられるawe(畏敬)について,日本人は欧米の人々より混合感情的に捉えていること(Nakayama et al., 2020)などが分かっている。そのため,日本においては欧米ではあまり馴染みのない感情が混合感情として典型的であるとみなされたり,欧米ではポジティブ感情ないしネガティブ感情とみなされている感情が混合感情として捉えられたりしている可能性がある。本邦においては,そもそも混合感情を表す言葉としてどのような感情語が存在するのかが不明であるため,“saudade”のようにその文化の特徴を反映するとみなされやすかったり,他の文化圏で翻訳が困難な混合感情語があったりするかどうかを検討する前に,まずは本邦でどのような感情が典型的な混合感情として捉えられやすいのかを知る必要があるだろう。このような混合感情語のリスト化に関する研究としてはLomas(2023)があるが,Lomas(2023)は幅広い文化圏を対象として混合感情語と思われる語を収集しており,かつ実際の混合感情らしさ(典型性)に関する評価を測定してはいない。本邦を対象として典型性の観点から混合感情語のリスト化を目指した研究は国内外を通して存在しておらず,その意義も踏まえると検討の必要性は高い。

以上を踏まえて本研究では,日本人がどのような感情語を典型的な混合感情語であると評価するのかについて実証的に検討することを目的とした。日本人を対象とし混合感情語に着目した検討を行うことで,混合感情という観点から本邦とその他の文化圏における感情経験の差異を検討するための新たな知見を提供することができると考えられる。

この目的を達成するために,本研究ではプロトタイプ・アプローチ(Shaver et al., 1987)を援用して3つの研究を行う。プロトタイプ・アプローチとは,プロトタイプ理論(Rosch, 1975)に基づいた分析法であり,曖昧で複雑な概念をその「良い例は何か」という観点から捉えようとする試みである。この手法は,混合感情の概念構造を検討する際にも多く適用されており(Hepper et al., 2012; Neto & Mullet, 2014),本邦においてどのような感情語が混合感情として典型的と判断されるのかについて検討するうえで有用であると考えられる。このアプローチにおいては,ある概念を構成する個々の特性がどの程度その概念において典型的かを表す程度をプロトタイプ性と呼称し,その特性が目的とする概念をどの程度表しているか(例えば,「この語は○○をどの程度表していると思いますか」などの設問により測定)や,目的とする概念とどの程度関連しているか(例えば,「この語は○○とどの程度関連していると思いますか」などの設問により測定)などの観点から数値化して分析する。プロトタイプ性が高いということは,目的とする概念においてより典型的であるということを示しており,すなわちプロトタイプ性を算出しそれを整理することによって,複雑な概念がどのような典型例によって解釈されているのかを知ることが可能となる。

本研究の具体的な計画は以下の通りである。まず予備調査として,本邦において混合感情語と捉えられている語の収集を行う。対象とする概念が複雑な場合,素朴理論を重視するためにプロトタイプ・アプローチに使用する語もボトムアップ的に収集することが多い(Neto & Mullet, 2014; Shirai & Nagamine, 2020)ため,本研究でも混合感情語はボトムアップ的に収集することとした。続いて研究1および研究2では,予備調査で収集した混合感情語についてプロトタイプ性の測定を行うこととした。

プロトタイプ・アプローチでは基本的に,その概念を表すものとして「何が典型的か」を評価してもらう。一方で混合感情は複雑な概念であり,直接的に「何が典型的か」を評価してもらうことが困難である可能性があった。先行研究ではその複雑性から,混合感情を測定する際に参加者本人の主観的な体験を重視している(Larsen et al., 2001, 2017)。本研究ではこのことを踏まえ,感情語に関する評価は体験の蓄積によって構成されるという考え(Scherer, 1994)に則り,混合感情のプロトタイプ性を反映する指標として実際の体験におけるMIN(Larsen et al., 2017; Miyamoto et al., 2010)を最も重要なものと位置付けることとした。MINとは,上述した通りポジティブ感情,ネガティブ感情双方の評定を含めた最低値のことであり,混合感情の代表的な測定指標である。しかし,多くの混合感情語に対して具体的な体験を尋ねたうえで実際の感情価の評価を測定するのは困難な点が多いと判断した。そのため,研究1と2では混合感情語のプロトタイプ性指標について異なる観点を採用した。

具体的には,研究1では収集した混合感情語についてポジティブな感情を表しているか,あるいはネガティブな感情を表しているかという評定をそれぞれ行ってもらい,その最小値を算出する(つまり,MINの考え方を援用する)ことで,混合感情のプロトタイプ性(以下,プロトタイプ性(MIN)とする)の評価を行うこととした。プロトタイプ性(MIN)の数値が高い場合には,ポジティブ感情とネガティブ感情双方の特徴を有しているといえるため,混合感情としてのプロトタイプ性も高いと判断できる。さらに,直接的な体験の想起を伴わないため,単語数が多い場合でも実施が比較的容易であると考えた。

研究2では,研究1の結果を踏まえてより混合感情としての典型性が高いと考えられる語を抽出し,体験をベースとした感情価評定を行ってもらうこととした。上述したように,本研究ではこれらの感情価評定に基づいて算出したMINを最も重要なプロトタイプ性の指標と位置づけた。さらに研究2では,MINの指標が「混合感情をどの程度表しているか」という直接的な評価と有意に関連することを確かめるため,より直接的な設問によって混合感情としてのプロトタイプ性(以下,プロトタイプ性(直接評定)とする)を測定することとした。

研究の対象について,プロトタイプ・アプローチに関する研究は大学生を対象とすることが多い(武藤,2014; Neto & Mullet, 2014; Shaver et al., 1987; 菅原他,2018)ため,まず予備調査および研究1では大学生を対象として検討を行うこととし,続く研究2では結果の解釈を一般化することが可能なように18歳以上の男女を広く対象とすることとした。

なお,これまでの先行研究において「何をもって混合感情とみなすか」という絶対的な基準は明確に定まっていない。そのため本研究でも,ある感情語が「混合感情とみなせるのか」という絶対的な基準よりも,複数の感情語の中でどの感情語が「より典型的な混合感情であると評価されやすいのか」という相対的な基準を重視して検討を行うこととした。

予備調査

目的

混合感情語の候補となる語を収集することを目的とした。

調査参加者および手続き

関東圏内の日本人大学生110名(男性67名,女性43名,平均年齢18.34±0.51歳)に対し,授業の前後で質問紙を一斉に配布する形で自由記述式の調査を行った。具体的には,Larsen & McGraw(2014)と菅原他(2018)を参考に,ポジティブ感情を「感じたときに気持ちの良い感情」,ネガティブ感情を「感じた時に嫌な気持ちになる感情」と定義し,それらが混ざった感情を混合感情と呼ぶことを提示したうえで,混合感情を表していると思う言葉についてなるべく多く具体的に記述するよう求めた。

結果と考察

110名から合計142個の回答が収集された。これらの回答について,第一著者および第二著者によって記述内容が整理された。具体的には,個別感情を表す言葉としては不適であると考えられたもの(例えば,「悔しいけど楽しい」のように複数の個別感情を組み合わせたもの)や,感情を表す言葉として不適であると考えられたもの(例えば,「別れ」などの状況を表す言葉)を除いたうえで,同一の言葉やほぼ同一の意味を表す言葉は集約された。これらの作業の結果,最終的に24語に整理された(Table 1)。そのため,得られた24語を暫定的な混合感情語とし,研究1および研究2で用いることとした。

Table 1

各感情語のプロトタイプ性(MIN),ポジティブ(ネガティブ)感情評定,理解度

プロトタイプ性(MIN) ポジティブ感情評定 ネガティブ感情評定 理解度
M SD M SD M SD M SD
注)感情語はプロトタイプ性(MIN)の値が高いものから順に並んでいる。数値は,各感情語において欠測が無かったサンプルのデータを示している。
名残惜しい 3.29 1.30 4.01 1.60 4.62 1.60 5.13 0.90
思いにふける 3.20 1.14 4.44 1.38 3.85 1.49 4.71 1.12
羨ましい 3.03 1.20 3.67 1.52 4.64 1.66 5.49 0.67
恥じらい 2.96 1.13 3.45 1.29 4.40 1.59 5.12 0.86
儚い 2.96 1.09 3.52 1.38 4.55 1.67 4.65 1.08
甘酸っぱい 2.96 1.24 4.65 1.44 3.44 1.55 4.56 1.20
哀愁 2.93 1.15 3.59 1.38 4.30 1.65 4.38 1.09
待ち焦がれる 2.91 1.18 4.82 1.47 3.31 1.52 4.92 1.01
もどかしい 2.86 1.07 3.49 1.42 4.64 1.69 4.97 1.05
切ない 2.81 1.12 3.31 1.47 5.08 1.68 5.09 0.87
愛憎 2.79 1.16 3.08 1.45 5.41 1.64 3.87 1.29
待ち遠しい 2.73 1.19 5.27 1.67 3.09 1.50 5.39 0.79
戸惑い 2.55 1.10 2.72 1.22 5.26 1.60 5.25 0.81
憧れ 2.48 1.34 5.94 1.57 2.68 1.61 5.37 0.69
悔しい 2.43 1.24 2.93 1.70 5.51 2.01 5.54 0.67
照れ 2.39 1.14 5.18 1.49 2.62 1.45 5.41 0.71
申し訳ない 2.37 1.15 2.64 1.38 5.52 1.85 5.51 0.66
さみしい 2.22 1.07 2.39 1.32 6.12 1.58 5.49 0.72
諦め 1.99 1.07 2.17 1.37 6.45 1.57 5.34 0.78
嫉妬 1.96 1.07 2.08 1.28 6.51 1.61 5.35 0.79
孤独 1.91 1.06 2.12 1.44 6.69 1.57 5.30 0.82
尊敬 1.90 1.04 6.38 1.44 2.06 1.34 5.44 0.67
感動 1.72 1.15 6.81 1.50 1.86 1.44 5.46 0.69
感謝 1.70 1.12 6.98 1.44 1.81 1.36 5.59 0.57

研究1

目的

予備調査で得られた混合感情語24語について,その特徴を把握することを目的とした。

方法

調査参加者および手続き 関東圏内の日本人大学生218名(男性124名,女性94名,平均年齢19.50±1.04歳)が調査に参加した。質問紙は個別自記入式であり,調査は大学の授業の前後を利用して質問紙を一斉に配布する形で行われた。

本調査の内容 予備調査で収集した24の感情語について,理解度,ポジティブ感情としての評定(以下,ポジティブ感情評定とする),ネガティブ感情としての評定(以下,ネガティブ感情評定とする)を尋ねた2。具体的には,理解度は「あなたは,以下に提示した言葉の意味がどれほど分かりますか?」と教示し,「1: 全く分からない」から「6: 非常によく分かる」の6件法で回答するように求めた。なお,漢字の読みが難しい言葉もあったため,武藤(2014)と同様,すべての感情語にルビを振った。

ポジティブ感情評定とネガティブ感情評定については,菅原他(2018)を基に教示文を作成した。具体的には,予備調査と同様にポジティブ感情とネガティブ感情をそれぞれ定義したうえで,「あなたは,以下に提示した言葉がポジティブ(ネガティブ)な感情を表す言葉だとどのくらい思いますか?」と教示し,「1: 全くあてはまらない」から「8: 非常によくあてはまる」の8件法で尋ねた。ポジティブ感情評定とネガティブ感情評定の順序はカウンターバランスをとった。分析の際は,この2つの指標の最小値をプロトタイプ性(MIN)として扱った。

倫理的配慮 本研究は,筑波大学人間系の研究倫理審査委員会の承認を得て行われた(承認番号:筑28-175)。調査を実施する前に,回答は統計的に処理されることや,回答は授業の成績に影響しないこと,調査は任意であることなどの倫理的な説明をフェイスシートに記載するとともに,口頭でも説明を行った。

結果

基礎統計量 研究1における混合感情語24語におけるプロトタイプ性(MIN),ポジティブ(ネガティブ)感情評定,理解度の平均値と標準偏差をTable 1に示した。

理解度 混合感情語24語に関して,理解度が理論的中央値(3.5)より高いかどうかそれぞれt検定を行ったところ,24語中23語は理論的中央値よりも値が有意に高かった(ts>7.21, ps<.001, ds>0.48)が,「愛憎」のみ理論的中央値との間に有意な差がみられなかった(t (217) =0.87, p=.19, d=0.06)。なお,理解度評定で「1. 全く分からない」を選択した場合,その他の回答データは以降の分析から除外された(この処理は感情語ごとに行われた)。

感情評定 混合感情語24語に関して,ポジティブな要素とネガティブな要素のどちらを強く持ち合わせているのか(あるいは,両方とも強く持ち合わせているのか)を確認するために,ポジティブ感情評定とネガティブ感情について,それぞれ理論的中央値(4.5)との差を検定した。この際,混合感情としての特徴が強ければ,ポジティブ感情評定は中央値より高い一方でネガティブ感情は中央値より低い(あるいはその逆)という対照的な傾向はみられにくいであろうと想定した。

まずポジティブ感情評定の値が理論的中央値(4.5)と有意な差があるかどうかt検定を行ったところ,「待ち遠しい」,「待ち焦がれる」,「照れ」,「感動」,「憧れ」,「尊敬」,「感謝」の7語は理論的中央値よりも値が有意に高く(ts>2.45, ps<.02, ds>0.38),「甘酸っぱい」と「思いにふける」の2語は理論的中央値との間に有意な差がなかった(順にts=0.53, 1.37, ps=.59, .17, ds=0.04, 0.09)。その他の15語は理論的中央値よりも値が有意に低かった(ts>4.54, ps<.001, ds>0.30)。

次に,ネガティブ感情評定の値が理論的中央値(4.5)と有意な差があるかどうかt検定を行ったところ,「待ち遠しい」,「待ち焦がれる」,「照れ」,「感動」,「憧れ」,「尊敬」,「感謝」,「甘酸っぱい」,「思いにふける」の9語は理論的中央値よりも値が有意に低く(ts>6.20, ps<.001, ds>0.42),「羨ましい」,「もどかしい」,「儚い」,「哀愁」,「恥じらい」,「名残惜しい」の6語は理論的中央値との間に有意な差がなかった(順にts=0.07―1.64, ps=.10―.93, ds=0.01―0.11)。その他の9語は理論的中央値よりも値が有意に高かった(ts>5.12, ps<.001, ds>0.34)。

プロトタイプ性(MIN) 先行研究(Hepper et al., 2012; Shirai & Nagamine, 2020)と同様に,混合感情語24語について,プロトタイプ性(MIN)の中央値(2.64)を基準として中心的な感情語と周辺的な感情語に二分した。そのうえで,この2つの感情語群にプロトタイプ性(MIN)の有意な得点差があるかどうか検証するためにt検定を行ったところ,有意な差がみられ(t (217) =19.13, p<.001, d=1.30),中心的な感情語(M=3.00, SD=0.76)の方が周辺的な感情語(M=2.14, SD=0.78)より値が高かった。

考察

研究1の結果,24語の混合感情語について特徴の整理が行われ,プロトタイプ性(MIN)の得点によって中心的な混合感情語と周辺的な混合感情語に分類された。中心的な混合感情語としては「名残惜しい」,「思いにふける」,「羨ましい」などが挙げられ,周辺的な特性語としては「戸惑い」,「憧れ」,「悔しい」などが挙げられた。中心的な混合感情語は,ポジティブ感情とネガティブ感情のどちらか一方のみ中央値より高い(低い)という語が多く,周辺的な混合感情語は一方が中央値より有意に高いがもう一方は中央値より有意に低いという語が多かった。つまり中心的な混合感情語の方が,周辺的な混合感情語よりもポジティブな程度とネガティブな程度が相反していない傾向にあることが分かった。全体的には,ポジティブな語よりもポジティブでない語の方が多かったが,ネガティブな語の方がネガティブでない語よりも多いわけではなかった。これらのことから,本研究で取り上げた混合感情語は,ポジティブでないことに特徴づけられる語が多かったと考えられる。

これらを総合的に踏まえると,周辺的な混合感情語は混合感情を表す語として収集されてはいたが,その評価としてはポジティブ感情ないしネガティブ感情としての特徴が強いと考えられた。つまり本邦においては,ポジティブ感情とネガティブ感情の要素が拮抗している(あるいは,その差があまり大きくない)概念語が,混合感情として典型的(中心的)とみなされやすいことを示唆している。このことは,例えば英語圏における混合感情語とされるaweやnostalgiaはポジティブな要素が優勢でありネガティブな要素の割合が少ないという傾向と異なっている。この結果は,日本を含むアジア圏の人々がポジティブな感情とネガティブな感情をバランスよく経験したいと志向しやすいという知見(Miyamoto et al., 2017)と一致していると解釈できるだろう。周辺的な混合感情語には罪悪感を表すような「申し訳ない」や「感謝」,「感動」といった既存の研究でよく検討されている感情概念に該当する語がみられたが,これらの語は混合している可能性はあるものの優勢的にポジティブ(ネガティブ)な感情であると推測され,収集した語の中で相対的に混合感情としての特徴が弱いことから,本邦における典型的な混合感情語としてみなすことは難しいと判断された。そのため,研究2では混合感情としての性質をより強く有すると考えられる中心的な混合感情語12語のみを用いて検討を行うこととした。

なお,理解度についてはほぼすべての感情語で中央値(3.5)より有意に高い値を示していたが,愛憎のみ有意な差がみられなかった。愛憎は中心的な混合感情語の中に含まれているが,理解度の結果を加味すると,使用されている漢字のイメージから連想される表面的な印象が反映された結果である可能性がある。続く研究2では実際の感情体験を想起してもらうため,愛憎に関する結果が単に言語的な印象によるものなのかどうかを検討できると考えられた。

研究2

目的

研究1で中心的な混合感情語とされた12語について,より詳細な特徴の把握を行うこと,および結果の一般化可能性を検証することを目的とした。具体的には,直接的な混合感情のプロトタイプ性について尋ねるほか,当該の感情を経験した際における実際のポジティブ(ネガティブ)感情の強度を測定したうえでMINを算出することとし,それらの内容について広く18歳以上の男女を対象としてデータを収集することとした。

方法

調査参加者および手続き マクロミルにモニターとして登録している1,322名を対象として,セルフアンケートツールであるQuestantを用いてオンライン調査を行った。このうち,自由記述において適当な回答をしていると判断された者(例えば,文章として成り立っていない),自由記述においてすべての感情について「経験したことがない」と回答した者,単一選択式の項目について極端な偏り(例えば,すべての回答で同じ選択肢)がみられた者を除く1,099名(男性587名,女性512名,平均年齢46.39±12.64歳)が最終的な分析対象者となった。

本調査の内容 本研究はオンライン調査であることおよび複数の自由記述を伴う内容であるから,すべての感情への回答を求めると負担の大きさから努力の最小限化が生じてしまう可能性があった。そのため,中心的な混合感情語12語をランダムに3セット(1セットにつき4語)に分けたうえで,参加者はランダムに割り振られたいずれか1セットについて回答するという形態をとった。質問紙の内容は以下の通りである。

まず研究1と同様の形で,割り振られた4つの混合感情語についての理解度を尋ねた。変更点としては,オンライン調査であることを加味し,回答の負担を減らすために6件法から3件法(1. 分からない,2. なんとなく分かる,3. 分かる)へと変更した。続いて,割り振られた混合感情語4語について,それぞれの感情を経験した時の状況を想起してもらい,その状況の具体的な内容について記述してもらった。その後,経験した状況でポジティブ感情およびネガティブ感情をどの程度経験したかについて尋ねた。尋ねる際は,予備調査や研究1と同様の定義を提示したうえで,「あなたは,この出来事を経験した時,ポジティブ(ネガティブ)感情をどのくらい感じましたか。あてはまる数字を選んでください」と教示し,8件法(1. 全く感じなかった―8. 非常によく感じた)で回答を求めた。この際,経験したことが無い場合にはその旨を記述したうえで,ポジティブ感情とネガティブ感情に関する設問はスキップするように求めた。分析の際は,この2つの指標の最小値をMINとした。

最後に,混合感情のプロトタイプ性を直接尋ねる設問として,予備調査と同様に混合感情を定義したうえで「あなたは,以下の言葉について,どのくらい「混合感情」を表す言葉だと思いますか」と教示し,7件法(1. 全く表していない―7. 非常によく表している)で回答を求めた。

倫理的配慮 研究1と同様に,筑波大学人間系の研究倫理審査委員会の承認を受けたうえで行われ(承認番号:筑2019-127),研究1と同様の倫理的配慮について画面上で説明を行った。

結果

基礎統計量 研究2における混合感情語12語におけるMIN,ポジティブ(ネガティブ)感情評定,プロトタイプ性(直接評定),理解度の平均値と標準偏差をTable 2に示した。

Table 2

各感情語のMIN,ポジティブ(ネガティブ)感情評定,プロトタイプ性(直接評定),理解度

回答数 MIN ポジティブ感情評定 ネガティブ感情評定 プロトタイプ性(直接評定) 理解度
M SD M SD M SD M SD M SD
注)感情語はMINの値が高いものから順に並んでいる。数値は,各感情語において欠測が無かったサンプルのデータを示している。回答数は自由記述および当時の感情評定を行った者の数(該当語に関する理解度評定で「1. 分からない」と答えた者を除く)を表している。
名残惜しい 346 3.23 1.32 4.01 1.72 4.69 1.74 4.28 1.27 2.65 0.58
哀愁 263 3.20 1.38 3.84 1.77 4.91 1.71 4.06 1.34 2.63 0.60
恥じらい 309 3.07 1.33 3.81 1.80 4.73 1.83 3.90 1.37 2.47 0.65
切ない 332 2.92 1.43 3.20 1.69 5.41 1.76 3.86 1.39 2.64 0.58
思いにふける 306 2.87 0.92 3.66 1.40 3.82 1.44 4.07 1.34 2.50 0.63
甘酸っぱい 319 2.78 1.00 4.30 1.41 3.08 1.27 3.96 1.33 2.64 0.61
もどかしい 347 2.76 1.00 3.07 1.27 4.42 1.51 3.97 1.32 2.66 0.60
儚い 246 2.75 1.08 2.94 1.28 4.67 1.45 4.04 1.38 2.35 0.74
羨ましい 356 2.75 1.01 3.11 1.31 4.43 1.49 4.04 1.34 2.73 0.55
愛憎 230 2.73 1.16 2.89 1.34 4.70 1.57 4.60 1.68 2.35 0.75
待ち焦がれる 308 2.71 1.07 4.74 1.57 3.06 1.39 3.89 1.42 2.54 0.63
待ち遠しい 362 2.71 1.11 4.83 1.50 2.94 1.32 3.88 1.50 2.76 0.52

理解度 混合感情語12語に関して,理解度が理論的中央値(2)より高いかどうかそれぞれt検定を行ったところ,12語すべてが理論的中央値よりも値が有意に高かった(ts>8.78, ps<.001, ds>0.47)。なお研究1と同様,理解度評定において「1. 分からない」を選択した場合,その他の回答データは以降の分析から除外された(この処理は感情語ごとに行われた)。

感情評定 研究1と同じく,混合感情語12語についてポジティブな要素とネガティブな要素のどちらを強く持ち合わせているのか(あるいは両方とも強く持ち合わせているのか)を確認するため,各感情語のポジティブ(ネガティブ)感情評定について,理論的中央値(4.5)を基準とした検定を行った。

まず,ポジティブ感情評定の値が理論的中央値(4.5)と有意な差があるかどうかt検定を行ったところ,「待ち遠しい」,「待ち焦がれる」の2語は理論的中央値よりも値が有意に高く(順にts=4.17, 2.65, ps<.008, ds=0.22, 0.15),その他の10語は理論的中央値よりも値が有意に低かった(ts>2.51, ps<.02, ds>0.14)。

次に,ネガティブ感情評定の値が理論的中央値(4.5)と有意な差があるかどうかt検定を行ったところ,「待ち遠しい」,「待ち焦がれる」,「甘酸っぱい」,「思いにふける」の4語は理論的中央値よりも値が有意に低く(ts>8.20, ps<.001, ds>0.46),「羨ましい」,「もどかしい」,「儚い」,「愛憎」の4語は理論的中央値との間に有意な差がみられなかった(ts=0.92―1.85, ps=.06―.36, ds=0.05―0.13)。「名残惜しい」,「恥じらい」,「哀愁」,「切ない」の4語は理論的中央値よりも値が有意に高かった(ts>2.01, ps<.05, ds>0.10)。

プロトタイプ性(直接評定) 混合感情語12語について,混合感情としてのプロトタイプ性が実際に高いのかどうか検証するために,プロトタイプ性(直接評定)の理論的中央値(4)を基準とした1サンプルのt検定を行った。その結果,「名残惜しい」と「愛憎」の2語は理論的中央値よりも値が有意に高く(順にts=4.10, 5.34, ps<.001, ds=0.22, 0.36),他の10語は理論的中央値との間に有意な差がみられなかった(ts<1.86, ps>.06, ds<0.11)。

MINとプロトタイプ性(直接評定)との関連 実際の混合感情体験としてのMINと,混合感情らしさの評定であるプロトタイプ性(直接評定)の関連を検証するために,感情語ごとにこれらの2変数間の相関係数(Pearsonの積率相関係数)を算出した。その結果,すべての感情語において2変数間に有意な正の相関がみられた(rs=.17―.38, ps<.005)。

考察

研究2の結果,12語の中心的な混合感情語について詳細な特徴の整理が行われた。まず,理解度については研究1とほぼ同様の結果となっていた。唯一,研究1で理解度の値が中央値と有意な差のなかった「愛憎」については,研究2では中央値より有意に高い値が得られた。これは,対象の違いが1つの理由として考えられ,大学生を主な対象とした研究1と異なり幅広い年齢を対象とした研究2では,「愛憎」の言語的知識を経験の中で獲得した参加者が多かったのかもしれない。

ポジティブ感情評定とネガティブ感情評定については,研究1と同様に全体的にはポジティブでないということに特徴づけられる傾向にあった。また,各感情語における特徴についてもおおむね研究1と同様となり,特にMINについては順位で見た場合,12語中8語において研究1におけるプロトタイプ性(MIN)の順位との差が3以下であり,差の取りうる範囲(0―11)における理論的中央値(5.5)よりも大きな差がみられたのは2語(「切ない」,「羨ましい」)しかなかった。さらに,研究2におけるすべての感情語においてプロトタイプ性(直接評定)とMINとの間に有意な正の相関がみられたことも踏まえると,語の印象と実際の感情経験との間で評価が類似する傾向があること,ある感情が混合感情であるかどうかの直接評定は実際の感情体験を反映出来ていることの2点が明らかになったといえる。加えて研究1と研究2では対象としたサンプルの質も異なっていることを踏まえると,各感情語の感情価評価ならびに理解度評価についての結果は,頑健性が高いと主張できるだろう。

研究2における独自の知見としては,プロトタイプ性(直接評定)に関する結果が挙げられる。12語の感情語のうち,プロトタイプ性(直接評定)について中央値より有意に高い値を示したのは,「名残惜しい」と「愛憎」であった。「名残惜しい」については,研究2におけるMINと,研究1におけるプロトタイプ性(MIN)の両方において最も高い値を示していたことから,日本人が想定する混合感情の中で,特に典型性が高く,実際の体験としても混合する程度が高いものであるといえよう。この知見は,日本人が混合感情をどのように捉えているか,また日本文化において独自の混合感情とは何かについて大きなヒントを提供し得ると考えられる。「名残惜しい」は辞書では「別れがつらく,心残りのするさま」(松本, 2006)と定義されているが,物事の終わり,特に対人的な事象の終焉に対する感情を意味していると想定される。実際に,本研究で収集した「名残惜しい」に関する自由記述の内容を確認した結果,362の自由記述の中で,他者(友人,恋人,家族など)が明確に描写されていた記述の数は219(60.49%)であり,名残惜しいという感情経験が対人的な要素の強いものであることが伺えた。「名残惜しい」と類似した感情的現象としては,poignancy(Hershfield et al., 2008)がある。これは自身にとって重要性が高い(基本的にポジティブ感情を誘発する)ものが終わりを迎える時に悲しみが混ざることで混合感情が経験されるというものであるが,必ずしも対人的な要素を含むものではない。一方で「名残惜しい」は,上述したように対人的な要素が強いと考えられ,日本人が協調的自己観が優勢であり対人関係を重視する文化を有する(Markus & Kitayama, 1991)からこそ経験されやすく,ゆえに典型的な混合感情語として評価されやすいのかもしれない。一方でこれらは推論に留まるものであり,poignancyに関しては日本人を対象とした研究や文化比較研究も進んでいないため,なぜ日本において「名残惜しい」が典型的な混合感情として評価されやすいのかや,poignancyと「名残惜しい」の概念的異同,および「名残惜しい」に相当する感情語が日本以外の文化圏でもみられるかどうかなどについては,今後詳細に検討する必要がある。

研究2におけるプロトタイプ性(直接評定)の評価が高かったもう1つの感情語が「愛憎」である。「愛憎」は「愛おしい」と「憎らしい」という2つの相反する語によって構成される感情語であり,言語的な意味としても混合感情的であることが推測されるが,研究2における理解度の結果を踏まえると参加者は語の意味を十分に理解していることが伺えるため,使用している漢字による表面的な印象からもたらされる評定ではないと考えられる。ただし,「愛憎」は実際の経験におけるMINは12語の中でも相対的に低い値を示しており,順位でいうと12語中10番目であった。したがって「愛憎」は,実際の体験におけるMINの値も高かった「名残惜しい」とは異なり,感情経験としてそれほど強い混合感情的要素を有するものではないのかもしれない。また,研究1においては使用した感情語の中で唯一,理解度の評価が中央値と差がみられないという結果であり,少なくとも大学生といった比較的若い年代においては,その意味が伝わりにくい傾向にあることが伺えた。こうしたことから「愛憎」は,本研究で取り上げた感情語の中でもイメージと実際の感情体験との乖離が大きい感情語であるといえ,なぜそうした乖離が生じ得るのかについても,今後詳細な検討が望まれる。例えば研究2では,「愛憎」を含めた感情の喚起については簡便的な自由記述を用いて行っているため,以降の研究では実験室場面でより鮮明な形での教示を行ったり,感情喚起刺激を用いたりしたうえで「愛憎」を喚起し,その際の感情経験の質について明らかにするなどのアプローチを行うことが望まれる。

上記の2語以外の混合感情語は,プロトタイプ性(直接評定)に関して理論的中央値との間に有意な差がみられなかった。しかしこれらの結果が,残り10語が日本における典型的な混合感情とみなすことが難しいという事実を表しているわけではないと考えられる理由が2つある。

まず1点目は,これら10語が,プロトタイプ性(直接評定)の評価において理論的中央値よりも値が低かったわけではないということである。これはつまり,残りの10語が混合感情語として典型的であるともないともいえないと判断されたということを指している。プロトタイプ・アプローチは一般の人々が特定の概念をどのように捉えているかという観点から検討を行う方法であるが,すでに述べているように混合感情は複雑な概念であり日常において頻出する語でもないため,典型性の評価がしにくく,結果的に中央値寄りの回答が多くなってしまった可能性がある。一方でプロトタイプ性(直接評定)は実際の感情体験におけるMINとの有意な正の相関が全般的にみられたことから,一定の妥当性を有していると推測される。

2点目は,実際の感情体験と感情語評定との乖離である。「愛憎」について述べた際にも言及したが,このプロトタイプ性(直接評定)の高さが,実際の混合感情体験の強さとイコールなわけではない。これは,プロトタイプ性(直接評定)とMINとの相関が有意な正の相関でありつつ,その効果量が小から中程度であったことからも伺える。例えば,プロトタイプ性(直接評定)の値が最も高かったのは「愛憎」であるが,実際の感情体験における混合感情の程度を反映しているMINでは,「愛憎」よりも高い値を示した語が9つ(「名残惜しい」,「哀愁」,「恥じらい」,「切ない」,「思いにふける」,「甘酸っぱい」,「もどかしい」,「儚い」,「羨ましい」)あった。「名残惜しい」以外の8語はプロトタイプ性(直接評定)の値が理論的中央値よりも有意に高いわけではなかったが,実際の感情体験としては「愛憎」より混合感情的であるといえ,相対的には混合感情としての性質を強く有しているといえるだろう。さらに,これら9つの感情語の中でも研究2で用いた感情語の中で上位であった6つ(「名残惜しい」,「哀愁」,「恥じらい」,「切ない」,「思いにふける」,「甘酸っぱい」)については,日本の文化的特徴を強く反映した混合感情を表す可能性のある語として今後特に注目していく必要があると考えられる。

まとめと今後の展望

本研究は,日本において典型的な混合感情として評価されやすい感情語の特徴を把握することを目的とした検討を行った。3つの調査を行った結果,日本において混合感情語として特に典型的だと評価されやすい12の感情語が明らかになった。混合感情かどうかを判断する絶対的な基準はこれまでの先行研究で存在していないものの,本研究は一般に「混合感情を表している」として想起されやすい感情語の中でも,相対的にどの感情語がより混合感情的であると評価されやすいか(あるいは,実体験として混合感情的であるか)について明らかにすることが出来た。中心的な混合感情語の中でも,最も重要な指標である感情体験としてのMINが上位だった6語(「名残惜しい」,「哀愁」,「恥じらい」,「切ない」,「思いにふける」,「甘酸っぱい」)は,相対的な観点から本邦における特に典型的な混合感情としてみなすことができるだろう。また,補足的ではあるものの絶対的な基準ということを考えると,プロトタイプ性(直接評定)が理論的中央値より有意に高かった2語(「名残惜しい」,「愛憎」)については,より客観的な視点から,本邦における典型的な混合感情とみなすことができるかもしれない。

「名残惜しい」を初めとして,本研究で取り上げられた混合感情語は日本人の感情体験の様相を強く表しているものであることが考えられるため,本研究の取り組みは本邦における混合感情研究を発展させる足掛かりとなるだけでなく,日本文化における感情体験の独自性や,欧米といった諸外国と日本の文化的差異を明らかにしていくうえでの基盤にもなると考えられる。

また本研究で得られた知見は,今後混合感情について検討するうえで有用な資料となりうると推察される。例えば本研究で混合感情としての典型性が高かった12語について,各感情に関する強度を尋ねてそれらの数値を合成することで混合感情を測定する新たな指標を作成することが出来るだろう。また,テキストマイニングへ応用することで,各個人においてどの程度強い混合感情が経験されているかを記述された文章から判断することが出来るかもしれない。加えて,ある混合感情(例えば,awe)が有する心理的な効果を検討したい場合に,典型性の高い他の混合感情を併せて測定することで,その効果が目的とする感情独自のものであるかをより精緻に検証することが出来るだろう。このように,文化比較の観点にとどまらず,本研究で得られた結果は混合感情研究を日本で進めていくうえで有用な点が多いと考えられる。

ただし,本研究にはいくつかの課題がある。今後の研究ではこれらの課題を踏まえ,より多様な検討をしていくことが望まれる。

まず本研究では,各感情語について典型性や感情価の評価を回答してもらったが,当該の感情を実際にその場で喚起したわけではない。それゆえに,特に感情価の部分ではバイアスが生じやすい可能性がある。混合感情はその定義からポジティブさとネガティブさが併存しているかどうかが重要であり,各感情語における混合の程度や,ポジティブ/ネガティブのどちらが優勢なのかを詳細に知るためには,感覚的な刺激を使用するなどして各感情を実際にその場で喚起させたうえで感情価を評定してもらう必要があるだろう。

また,混合感情の中には,“saudade”(Neto & Mullet, 2014, 2022)のようにその文化の特徴を反映していると評価されやすく他文化の言語への翻訳が難しい(感情語として存在しない)ものもあれば,“nostalgia”(Hepper et al., 2014)のようにおおむね文化普遍的でどの文化圏にも類似した語が存在するという感情語も存在する。本研究で収集したそれぞれの混合感情語について,日本語以外の言語で翻訳可能かどうかや実際に日本文化の特徴を反映していると評価されやすいかどうかを今後検討することで,日本人の感情体験における文化的特徴について,より詳しい知見を得ることができるだろう。

最後に,本研究で収集した感情語については,その多くが未だ実証的な心理学的研究の対象になっていないものである。そのため,それぞれの語が反映している感情が具体的にどのような機序で生起し,またどのような心理的機能を持ち合わせているかについては多くの側面で未知である。したがって今後は,各感情語について既存の個別の混合感情(例えば,nostalgia: Hepper et al., 2012; Wildschut et al., 2006)のようにその詳細な特徴について多角的に検討していくことが望ましい。

利益相反

本論文に関して,開示すべき利益相反関連事項はない。

長峯 聖人 現所属:江戸川大学

1

本論文で用いられているデータの一部は日本感情心理学会第25回大会(2017)の発表でも利用されている。

2

調査を行う際は,記載されている以外の項目についても尋ねていた。しかし,それらは本研究の目的とは関連しないため,本研究では割愛する。

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