心理学研究
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漢字の複雑性を表す指標としての周囲長複雑度の妥当性
白石 紗衣齋藤 岳人樋口 大樹小林 哲生井上 和哉
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電子付録

論文ID: 96.23314

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Translated Abstract

Perimetric complexity, a character (letter) complexity metric, can be easily computed with a computer program and thus has the potential for application to characters in a wide range of languages. However, the validity of perimetric complexity for Japanese has only been tested for kana characters. Thus, the validity of perimetric complexity for kanji characters is still an open question that was addressed in the current study. We asked Japanese and English speakers to rate the subjective complexity of different kanji characters, which was averaged into the subjective complexity of each character for each speaker group. On the basis of these ratings, we calculated the correlations between perimetric complexity and subjective complexity. The results revealed three main findings: (a) we found strong correlations between the two factors (rs >.85), (b) the correlation was comparable to that between subjective complexity and other measures of character complexity (i.e., stroke count), and (c) subjective complexity was highly correlated between Japanese and English speakers. These results suggest that perimetric complexity is a valid index of the subjective complexity of kanji and is more useful than stroke count given its multilingual versatility.

われわれが外界の情報を読み取り,理解する上で,文字を認識することは不可欠である。文字の認識に関わるメカニズムを解明する1つの試みとして,文字そのものの特性に注目する研究が行われてきた。文字自体の特性に注目した研究では,視覚的な情報(複雑性や文字同士の類似性など)や接触頻度が文字の認識に関連していることが報告されている(Bernard & Chung, 2011; 樋口他,2019a, 2019b)。

文字認識における重要な要因の1つとして,文字の視覚的複雑性が指摘されている。例えば,Pelli et al.(2006)は複雑性の高い文字ほどマスキング下で認識効率が低下することを報告している。また,Bernard & Chung(2011)は,参加者に文字列を呈示し,中央のターゲット文字に対して選択反応をさせる課題(フランカー課題)において,フランカー(中央以外の文字)とターゲットの視覚的複雑性が課題のエラー率に影響することを報告している。このように,文字を刺激として用いる研究では,文字の複雑性が条件間での課題成績の違いに交絡する可能性があるため,文字の視覚的複雑性を事前に統制したり(矢後・中山,2016),分析段階で複雑性の影響を考慮する必要がある(Kihara & Osaka, 2008)。後者の方法の1つとして,実験参加者に文字の主観的複雑度を評定させることが考えられる。しかし,齋藤他(2022)が指摘しているように,実験の主課題に加えて文字の評定課題を同時に行うことは実験参加者に余計な負担をかけることになる。また,2つの課題を1つの実験内で行わせることは結果の交絡に繋がる可能性もある。そのため,主観的な複雑度の代替となる指標が検討されてきた。

近年,文字の主観的な複雑性を表す指標として周囲長複雑度が注目されている。周囲長複雑度とは,文字の周囲の長さを二乗した値を面積(インク領域)で割ることで求められる値であり,文字の物理的な情報から簡便に算出が可能な指標である(図による説明として,齋藤他,2022を参照)。アルファベットでは周囲長複雑度と主観的複雑度の関連が示されており(Pelli et al., 2006),文字を刺激とした研究で文字の複雑度をコントロールするために広く利用されている(例えば,Castet et al., 2017; Grainger et al., 2010; Liu et al., 2016)。

文字の複雑さを表す指標は,主観評定に基づく指標と画像から機械的に複雑度を計算する計量的指標に大別される。後者の利点として,外国語や様々なフォントに対しても容易に拡張可能という点があげられる。計量的な指標として,本研究で用いた周囲長複雑度やドット数が存在する(近藤・天野,1999)。ドット数は文字の面積を反映した簡便な方法であるが,文字の丸みや尖りを捉えることができない。一方,周囲長複雑度は,面積と周囲長に基づく指標であり,文字の丸みや尖りも検出できる。例えば,真円とギザギザのついた円であれば,面積が同じであっても後者の方が周囲長複雑度は高くなり,文字形態の微妙な差異を捉えることができる。また,著者の知る限り,ドット数は日本語以外での複雑度指標としての妥当性は報告されていないが,周囲長複雑度は日本語以外の言語においても妥当性が確認されている(Pelli et al., 2006)。以上のような理由から,周囲長複雑度は複雑度を反映する指標として妥当性が高いと考えられる。

周囲長複雑度は,日本語への適用可能性も検討されている。齋藤他(2022)が仮名文字での周囲長複雑度と主観的複雑度との関連を検討したところ,2つの間に強い正の相関が示された。加えて,画数と主観的複雑度の相関係数と,周囲長複雑度と主観的複雑度の相関係数を比較したところ,周囲長複雑度との相関の方が有意に高いことが明らかになった。齋藤他(2022)は,これらの結果から周囲長複雑度が日本語においても文字の主観的複雑度を表す指標として妥当であると主張している。

しかし,日本語の文字体系には仮名文字に加え,漢字も含まれる。漢字は仮名文字より複雑な要素から構成されるだけではなく,以下で説明するように仮名文字とは異なる特徴を持つため,周囲長複雑度が漢字に対しても適用可能かを検討する必要がある。漢字は文字そのものが特定の意味も表す表語文字だが,仮名は特定の意味情報をもたない表音文字である。もし,文字に含まれる意味情報が人間の複雑性の判断に影響を与えるのであれば,単純な物理的指標である周囲長複雑度では,漢字に対する主観的複雑度を十分に反映していない可能性がある。そこで本研究では,仮名文字を用いた場合(齋藤他,2022)と同様の結果が,漢字を刺激とした場合でも見られるかを検討し,周囲長複雑度が日本語文字体系全体に適用できるかどうかを調べることを目的とする。具体的には,齋藤他(2022)と同様に,文字の主観的複雑度と周囲長複雑度の相関係数を算出することにより,周囲長複雑度が漢字の複雑性を表す指標として妥当かを検討する。

上記の目的に加えて,周囲長複雑度が文字の字形の複雑性という形態的要因を反映しているのか確認するため,日本語の学習経験のない英語母語話者も対象とした。日本語母語話者は文字の意味や音を知っているため,それらの要因によって主観的複雑度の評定が影響される可能性があり,たとえ日本語母語話者の主観的複雑度と周囲長複雑度の高い相関が認められたとしても,周囲長複雑度が漢字の字形の複雑さを反映する指標であると結論付けることはできない。一方,英語母語話者は文字の音や意味などの知識を持たないため,純粋に字形の複雑さをもとに主観的複雑度を評定していると考えられる。そのため,英語母語話者の主観的複雑度と周囲長複雑度の相関関係を確認することができれば,周囲長複雑度が漢字の字形の複雑さを反映した指標であることをより直接的に確認可能である。

方法

実験参加者

日本語母語話者100名(男性50名,女性50名),英語母語話者100名(男性50名,女性48名,無回答2名)が実験に参加した。参加者はWeb調査会社を通して募集された。日本語母語話者は日本国内に,英語母語話者は英国に在住しており,すべての英語母語話者には日本語の学習経験がなかった。参加者の平均年齢は日本語母語話者33.20歳(標準偏差4.65),英語母語話者32.27歳(標準偏差5.62)であった。本研究は,NTTコミュニケーション科学基礎研究所研究倫理委員会の承認を得て実施された(承認番号H31-010)。

提示刺激

刺激は仮名文字18文字(ひらがな9文字,カタカナ9文字),漢字120文字(例:鋼・塁・梨・捗・伺・伯・斗)を用いた(刺激の詳細はJ-STAGEの電子付録を参照)。仮名文字はひらがなとカタカナそれぞれ清音46文字,濁音20文字,半濁音5文字の合計71文字から,漢字は常用漢字2,136文字からランダムに抽出した。書体はすべてMSゴシック体であった。各文字は300×300ピクセルの画像として用意し,パソコンの場合は等倍,スマートフォンの場合は画面の横幅に合わせて提示した。

手続き

参加者はWebブラウザで実験プログラムのURLに接続し,オンラインで実験に参加した。仮名文字と漢字のいずれかを画面に1文字ずつ提示し,それぞれの文字の主観的複雑度を7段階のリッカート尺度方式(1: 全く複雑でない―7: 非常に複雑)で評定するよう求めた。文字の提示順はランダマイズした。実験に使用する端末は指定しなかった。試行数の増加を防ぐため,練習試行は実施しなかった。また,本研究では文字の複雑性の相対的な値が分析対象であったため,参加者が調査時に使用する端末は指定しなかった。そのため,端末によって大きさや輝度などの提示条件は異なっていたが,参加者の人数を考慮すると,これらの提示条件の違いによる影響はランダム要因として相殺されていたと考えられる。

分析

本研究は文字の特性を調べることが目的であるため,参加者単位ではなく文字単位の分析を行った。主観的複雑度は日本語母語話者と英語母語話者ごとに各文字の主観的複雑度の評定値の参加者間平均を使用した(文字ごとの主観的複雑度についてはJ-STAGEの電子付録のTable S1を参照)。周囲長複雑度は文字向けに提唱されているアルゴリズム(Pelli et al., 2006)に従い,文字の周囲長の二乗を面積で割った値を使用した。

また,仮名文字の主観的複雑度と周囲長複雑度の関連を調べた先行研究(齋藤他,2022)をもとに,主観的複雑度の関連について画数との比較も行った。使用した画数は,漢字も仮名文字も筆画の定義(字を書くのに,筆を紙面に下ろしてから離すまでにできる線もしくは点;加藤他,2007)に基づくものであった。漢字の画数については,デジタル大辞泉を収録したgoo国語辞書(松村,2022)に掲載されているものを使用し,ひらがなの画数については著者らが算出したものを使用した。

結果

日本語母語話者1名はすべての文字の主観的複雑度を同じ値で評定していた。このため,課題を適切に行っていないと判断し,分析の対象から除外した。

統計解析はR version 4.2.0(R Core Team, 2022)を用いて行った。ただし,重回帰分析にはHAD version 18.008を使用した(清水,2016)。はじめに,話者(日本語母語話者と英語母語話者)と文字(仮名文字と漢字)ごとの主観的複雑度の平均及び標準偏差をJ-STAGEの電子付録のTable S1に示す。

周囲長複雑度と主観的複雑度の相関

周囲長複雑度と主観的複雑度の関係を図示するために,日本語母語話者と英語母語話者ごとに散布図を作成した(Figure 1)。周囲長複雑度が主観的複雑度を反映しているかを明らかにするために,これらのPearsonの積率相関係数を仮名文字と漢字それぞれで算出した。その結果,仮名文字では日本語母語話者でr (16) =.85(p<.001),英語母語話者でr (16) =.87(p<.001)であり,漢字では日本語母語話者でr (118) =.88(p<.001),英語母語話者でr (118) =.88(p<.001)であり,話者及び文字の種類にかかわらず,周囲長複雑度と主観的複雑度の間に強い正の相関が示された。したがって,仮名文字に加え(齋藤他,2022),漢字のような複雑な文字形態であっても,周囲長複雑度は主観的複雑度と強く関連することが示された。

Figure 1

Subjective complexity as a function of perimetric complexity (perimetric2 / area) for Japanese and English speakers

Note. Triangles (△) show kana characters, and black circles (●) show kanji. Each line shows a regression line calculated for each character category and speaker type combination.

周囲長複雑度と画数の有効性の比較

周囲長複雑度と画数のどちらがより強く主観的複雑度と関連するかを明らかにするために,画数と主観的複雑度とのPearsonの積率相関係数を算出した(Figure 2)。その結果,仮名文字の場合は,日本語母語話者(r (16) =.69, p=.002)と英語母語話者(r (16) =.73, p=.001)の両方で比較的強い正の相関が示された。漢字の場合も同様に,日本語母語話者(r (118) =.85, p<.001)と英語母語話者(r (118) =.86, p<.001)の両方で強い正の相関が示された。

Figure 2

Subjective complexity as a function of strokes for Japanese and English speakers

Note. Triangles (△) show kana characters, and black circles (●) show kanji.

次に,周囲長複雑度と主観的複雑度の相関及び画数と主観的複雑度の相関を比較するために,相関係数の差の検定を行った。その結果,漢字の場合は両話者ともに相関係数に有意な差は認められなかった(日本語母語話者:t (117) =1.53, p=.129;英語母語話者:t (117) =1.37, p=.173)。また,仮名文字の場合も両話者ともに周囲長複雑度の方が主観的複雑度との相関が高い傾向が認められなかった(日本語母語話者:t (15) =2.02, p=.062;英語母語話者:t (15) =1.75, p=.100)。

言語的知識の影響

言語的知識の有無が主観的複雑度に及ぼす影響を明らかにするために,独立した2群の相関係数の差の検定を用いて,主観的複雑度と周囲長複雑度の相関係数を日本語話者と英語話者で比較した。その結果,仮名文字・漢字ともに日本語母語話者と英語母語話者の相関係数に有意な差は認められなかった(仮名文字:z=0.18, p=.853;漢字:z=0.23, p=.820)。この結果は,主観的複雑度と周囲長複雑度の相対的な関係は文字の読み方や意味を知っているかどうかによって大きく異ならない可能性を示している。

その一方で,Figure 1の散布図を観察すると,英語話者は日本語話者と比べて,周囲長複雑度が低い段階から急激に主観的複雑度が増加し,周囲長複雑度が300を超えた段階で頭打ちになる非線形の傾向が見られた。この傾向を定量的に捉えるために,周囲長複雑度を対数変換した上で文字全体での相関係数を算出したところ,変換前(r=.92)と比べて変換後の相関係数(r=.95)に有意な増加が認められ(t (135) =5.57, p<.001),当てはまりが改善した(Figure 3)。しかし,日本語話者の場合は,対数変換前の文字全体での相関係数(r=.91)と変換後の文字全体での相関係数(r=.92)に有意な違いは認められなかった(t (135) =0.83, p=.410)。なお,画数に関しても同様の結果が得られた(詳細はJ-STAGEの電子付録の追加分析1を参照)。また,言語的知識の影響を再度検討するために,対数変換後の相関係数に対しても差の検定を行った。その結果,仮名文字では日本語話者(r=.88)と英語話者(r=.88)の間に有意な差は認められず(z=0.04, p=.966),漢字でも日本語話者(r=.89)と英語話者(r=.92)の間で有意な差は認められなかった(z=1.54, p=.123)。

Figure 3

Subjective complexity as a function of log-transformed perimetric complexity for Japanese and English speakers

Note. Triangles (△) show kana characters, and black circles (●) show kanji. Each line shows a regression line calculated for each character category and speaker type combination.

日本語話者と英語話者で仮名文字と漢字に対する評定パターンの詳細が異なるのか検討するため,話者と表記形態の組み合わせごとに,対数変換した周囲長複雑度を独立変数とした単回帰分析を行い,散布図上に回帰直線を示した(Figure 3)。その結果,仮名文字については,日本語母語話者の傾きは英語母語話者の傾きに比べて小さかったが(日本語母語話者:b=1.76, t (16) =7.26, p<.001;英語母語話者:b=4.02, t (16) =7.39, p<.001),漢字の傾きは両話者ともに同程度であった(日本語母語話者:b=5.45, t (118) =21.00, p<.001;英語母語話者:b=5.76, t (118) =26.23, p<.001)。話者間の傾きの違いを統計学的に確認するために,仮名文字と漢字ごとに,主観的複雑度を従属変数とし,話者と対数変換した周囲長複雑度及び両者の交互作用を独立変数とする重回帰分析を行った。その結果,仮名文字については有意な交互作用が認められ(β=0.18, t (32) =3.58, p=.001),日本語話者と英語話者で有意に傾きが異なることが認められた。それに対し,漢字では有意な交互作用は認められなかった(β=0.01, t (236) =0.35, p=.727;文字全体の分析の交互作用はJ-STAGEの電子付録の追加分析2を参照)。また,表記形態にかかわらず,話者の主効果が認められ,主観的複雑度は英語話者よりも日本語話者で低かった(仮名文字:β=0.82, t (32) =15.95, p<.001;漢字:β=0.68, t (236) =30.09, p<.001)。

考察

本研究の目的は,周囲長複雑度が仮名文字だけでなく漢字においても主観的複雑度を表す指標として妥当かを検討することであった。本研究から3点の主要な結果が得られた。第1に,漢字の周囲長複雑度と主観的複雑度の相関分析から,両者の間に強い正の相関が得られた。第2に,漢字の周囲長複雑度と主観的複雑度の相関係数と,他の物理的指標(画数)と主観的複雑度の相関係数との間には有意な差はなかった。最後に,周囲長複雑度と主観的複雑度の相関係数を日本語話者と英語話者で比較したところ,漢字か仮名文字にかかわらず相関係数に有意な差は認められなかった。

漢字においても周囲長複雑度と主観的複雑度の間に強い正の相関があった。このことは,漢字のように複雑度が高く,意味を持つ文字に対しても,周囲長複雑度は適用可能であり,漢字の主観的複雑度を表す指標として周囲長複雑度は妥当であることを示している。

漢字,仮名文字ともに,周囲長複雑度と主観的複雑度の相関係数と,画数と主観的複雑度の相関係数との間に有意な差は見られなかった。この仮名文字の結果は,仮名142文字を対象とし,画数-主観的複雑度と比較して周囲長複雑度-主観的複雑度間の相関係数が有意に高いことを示した先行研究の結果(齋藤他,2022)と一致しない。本研究では,漢字の周囲長複雑度の妥当性を目的としていたため,使用された仮名は18文字のみであった。先行研究と同様の方法論であったことを考えると,刺激数の少なさによって有意な差が得られなかった可能性がある。

漢字の場合は,上記の結果を考慮すると,主観的複雑度を反映する指標として周囲長複雑度と画数の妥当性は同程度だと考えられる。一方,より多くの仮名文字を対象とした先行研究において周囲長複雑度の方が画数よりも主観的複雑度を反映する指標であったことを考慮すると(齋藤他,2022),日本語の文字体系全体でみると,周囲長複雑度の方が画数よりも主観的複雑度を反映する指標として適していると言えるかもしれない。具体的には,漢字や仮名という複数の文字体系を含めて研究する場合では,周囲長複雑度は画数よりも有用な指標となり得る。また,先行研究の仮名文字でのみ有意な差が認められた理由としては,画数が本来は漢字の複雑性を表すものであり,仮名文字の複雑性を表す指標としては妥当ではなかった点があげられる。仮名文字は漢字を崩した文字であるため,漢字では複数の画数として数えられていた箇所が少なく見積もられることがある。例えば,「あ」の下側の部分は漢字の「安」の女の部分に由来するが,漢字では3画と数えられるのに対し,ひらがなでは1画と数えられる。実際,仮名文字は画数のレンジが狭く(今回使用した文字刺激も漢字は3―23画であるのに対し仮名文字は1―6画),離散的であるため,画数では仮名文字の微妙な形態の違いを十分に表現できなかった可能性がある。

表記形態にかかわらず,日本語母語話者も英語母語話者も周囲長複雑度と主観的複雑度の相関係数に有意差は認められず,仮名文字での先行研究(齋藤他,2022)と同様の結果が示された。さらに,対数変換した周囲長複雑度と主観的複雑度の相関係数に関しても,表記形態にかかわらず,話者間で有意差は認められなかった。これらのことから,周囲長複雑度と主観的複雑度の相対的な関係は,話者間で大まかには一致していることが示された。

一方,より詳細な分析を行ったところ,話者による違いも認められた。例えば,文字に関する言語的知識を持っていた日本語母語話者は,言語的知識を持たない英語母語話者よりも文字全般の主観的複雑度を低く評定しており,日本語母語話者と英語母語話者では複雑度の評定のベースラインが異なっていたことが示唆された。文字の複雑度の判断には親密度も影響しており,よく見知っている文字ほど主観的複雑度が低下することも報告されている(賀集他,1979; 近藤・天野,1999)。このことから,仮名文字や漢字への接触頻度が高く,親密度の高い日本語母語話者の方が英語母語話者よりも全般的に複雑度を低く評定していた可能性がある。また,日本語母語話者と英語母語話者で対数変換した周囲長複雑度と主観的複雑度の回帰係数を比較したところ,仮名文字に関しては,日本語話者で回帰直線の傾きが有意に小さかった。統計学的な分析は行われてないものの,仮名文字と周囲長複雑度の関係を調べた齋藤他(2022)のFigure 2からも同様の傾向は明らかである。この結果は,日本語母語話者は,仮名文字よりも複雑な文字体系である漢字が日本語に存在することを知っているため,仮名文字間の微妙な複雑性や形体の違いを軽視し,さらには仮名文字の複雑さを全体的に低く評定していたために生じたのかもしれない。一方,英語母語話者は単純な形態の文字を見慣れていることに加え,日本語の文字体系に関する知識がなく仮名文字と漢字を区別して評定していないため,仮名文字や周囲長複雑度の低い漢字に関しても微妙な複雑性や形体の違いを考慮して複雑度を評定した可能性がある。この考えと一致して,英語話者に関しては,対数変換した周囲長複雑度と主観的複雑度の相関の方が未変換のものよりも当てはまりがよく,英語話者の主観的複雑度の評定は周囲長複雑度が低い段階で立ち上がりが早く,頭打ちも早い傾向が示されていた。以上の結果から示されたように,日本語話者の場合,表記形態によって周囲長複雑度と主観的複雑度の評定パターンが異なるため,周囲長複雑度を用いて日本語話者の刺激を統制する場合には,表記形態ごとに統制することが望ましい。

結論と今後の展望

本研究の結果から,周囲長複雑度は日本語の文字形態全般に利用可能な複雑性の指標であることが示された。しかし,本研究の結果は単一の文字に対する複雑度のみを扱っており,単語のような複数の文字で構成されたものに対しても周囲長複雑度が適用可能かは不明である。例えば,「りんご」という3文字からなる単語を見た時に経験される複雑さが,それぞれの文字の周囲長複雑度の加算によって説明できるかどうかは不明である。心理学の研究で使用される刺激は,文字列や文なども多いため,今後はより複雑な状況における周囲長複雑度の妥当性を検討することが必要である。

利益相反

本論文に関して,開示すべき利益相反関連事項はない。

電子付録

本研究の結果の一部をJ-STAGEの電子付録に記載した。

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