論文ID: 96.24206
The aim of this study was to develop the Japanese version of the Mentalization Questionnaire (MZQ-J), used to measure mentalizing deficits, and to test its validity and reliability. The author conducted an Internet survey, and data for 250 adults were collected. A confirmatory factor analysis indicated that the MZQ-J had a single factor structure common to both genders, and sufficient internal consistency and test-retest reliability were confirmed. A correlation analysis showed that the MZQ-J was closely related to self-related mentalization as well as to mindfulness, empathy, Big Five personality traits, attachment, and self-esteem. The MZQ-J clearly showed correlations with pathological indicators of borderline personality traits and depression and anxiety. The results established the acceptable validity and reliability of the MZQ-J. The MZQ-J will also make it possible to provide appropriate clinical psychological assistance tailored to mentalizing capabilities and compare research findings of empirical studies regarding mentalizing at the international level.
メンタライジング(mentalizing)とは,特に行動を説明する際に,自分自身あるいは他者の精神状態に対する気づきと定義される(Fonagy & Bateman, 2019)。メンタライジングは,行動を説明するために,その人の情動,思考,信念,希望を知覚し,解釈することや,他者がおかれている環境,その人の行動様式や経験への気づきという意味合いをも含んでいる。境界性パーソナリティ障害(Borderline Personality Disorder: 以下,BPDとする)をはじめとしたあらゆる精神疾患に共通する問題がメンタライジングの欠損であり,メンタライジングの回復を目的としたMentalization Based Therapy(以下,MBTとする; Fonagy & Bateman, 2019)は,日本でも臨床心理学的支援に導入され始めている。
メンタライジングの測定を目的として開発された最初のアセスメントツールはReflective Functioning Scale(Fonagy et al., 1998)である。これは,メンタライジングを自己に対する省察機能1と操作的に定義したうえで,親子関係を中心とした愛着に関するメンタライジング能力を詳細に評価できる優れた面接手法であるが,面接者には高度な専門技能が求められるうえ,測定に時間がかかるという欠点がある。簡便な臨床心理学的アセスメントおよび実証研究には自己報告式尺度が有用であることから,のちにReflective Functioning Questionnaire(Fonagy et al., 2016)が開発された。
ところで,Mentalization Questionnaire(以下,MZQとする; Hausberg et al., 2012)は,心理療法過程において患者のメンタライジングが回復しているか把握するための臨床尺度として開発された。メンタライジングは,怒りや恐怖などの強い情動体験により,感情調整が困難な状況でうまくいかなくなり,(a)目的論モード(行動は具体的で物理的な結果としてのみ理解され,内的な心理状態は理解されない),(b)心的等価モード(現実世界が自分の考えを忠実に反映しているかのようにふるまう),(c)プリテンドモード(内的世界と外的現実との間に関連がなく,両者は切り離されている),という非メンタライジングが表面化する(Bateman & Fonagy, 2006 池田監訳 2019)。Hausberg et al.(2012)には明記されていないが,MZQの項目内容は,心的等価モードを表すもの2(項目6,8,15: Table 1)のほかは,すべて個人内や人間関係において生じる感情の是認や同定,調整の困難を表す項目である。Raimondi et al.(2022)は,MZQが感情面の問題を測定する項目を含むことを疑問視しているが,Bateman & Fonagy(2006 池田監訳 2019)もAllen et al.(2008 上地他訳 2014)も,感情面の問題とメンタライジングの問題は不可分と考え,MBT理論を展開している。MZQは,メンタライジングができない患者の臨床像を参照して項目が作成されていることから,感情面の問題はメンタライジングの欠損を代表する表現型と考えるべきものと思われる。なお,MZQは,2018年までに公表されたメンタライジング測定尺度のうち,唯一メンタライジングの次元3を包括的に測定できる尺度として評価されている(Luyten et al., 2019)。
MZQ-Jの確認的因子分析結果と項目の記述統計量
No. | 項目 | 1因子モデル | 3因子モデル | Mean | SD | 尖度 | 歪度 | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
FL | R2 | FL | R2 | |||||||
注)上段にT1,下段にT2の統計量を示す。F1は「他者についての自己の心理状態:認知とコミュニケーション」,F2は「自己についての心理状態:感情調整」,F3は「自己についての心理状態:感情の知覚と分化」である。太字は基準に満たない指標を示す。 | ||||||||||
1 | ほかの人から説明されても,わたしの気持ちを理解するのにはほとんど役に立たない | F1 | .635 .699 |
.404 .488 |
.692 .737 |
.479 .544 |
2.884 2.848 |
0.891 1.014 |
0.246 ‒0.217 |
‒0.079 0.123 |
2 | ときには,自分の気持ちが自分にとって危険なものであると思うことがある | F2 | .737 .675 |
.543 .455 |
.762 .678 |
.581 .459 |
2.852 2.808 |
1.063 1.077 |
‒0.670 ‒0.667 |
‒0.105 ‒0.097 |
3 | 誰かに批判されたり,怒られたりするかもしれないと思うと,どんどんこわくなってくる | F2 | .575 .654 |
.331 .428 |
.580 .661 |
.337 .437 |
3.144 3.024 |
1.135 1.179 |
‒0.694 ‒0.752 |
‒0.054 ‒0.165 |
4 | わたしが感じていることを言葉にすると,その気持ちはますます強くなってしまう | F1 | .522 .604 |
.272 .365 |
.552 .630 |
.305 .397 |
3.068 2.992 |
1.010 0.986 |
‒0.253 ‒0.162 |
‒0.161 ‒0.263 |
5 | たいていの場合,自分の考えや気持ちをほかの人に話したくはない | F1 | .469 .501 |
.220 .251 |
.504 .531 |
.254 .282 |
3.344 3.344 |
1.034 1.061 |
‒0.455 ‒0.448 |
‒0.136 ‒0.134 |
6 | わたしの前であくびをする人がいたら,それはその人がわたしと一緒にいて退屈しているという確実なサインだ | F1 | .355 .391 |
.126 .153 |
.431 .450 |
.186 .202 |
2.868 2.880 |
1.050 1.046 |
‒0.448 ‒0.360 |
‒0.006 ‒0.012 |
7 | ふり返ってみてはじめて自分の気持ちに気づくことがある | F3 | .494 .459 |
.244 .210 |
.492 .473 |
.243 .223 |
3.080 3.052 |
0.932 1.015 |
‒0.304 ‒0.484 |
‒0.250 ‒0.384 |
8 | 人との関係性が変わるということはわたしには信じられない | F1 | .349 .426 |
.122 .181 |
.365 .395 |
.133 .156 |
2.512 2.448 |
1.046 1.029 |
‒0.527 ‒0.475 |
0.148 0.263 |
9 | 自分でさえ,自分の中で何が起こっているのかわからないことが多い | F3 | .756 .792 |
.571 .627 |
.761 .820 |
.579 .672 |
2.792 2.644 |
1.100 1.178 |
‒0.687 ‒0.951 |
‒0.036 0.127 |
10 | 誰かに批判されたり,不快にさせられたりするかもしれないと思うとこわくなってしまうことが多い | F2 | .614 .658 |
.377 .433 |
.638 .666 |
.408 .444 |
3.100 3.036 |
1.106 1.173 |
‒0.703 ‒0.697 |
‒0.056 ‒0.085 |
11 | たいていの場合は,何も感じない方がいい | F3 | .598 .556 |
.357 .309 |
.594 .544 |
.353 .296 |
2.996 2.908 |
1.055 1.058 |
‒0.441 ‒0.512 |
‒0.075 ‒0.122 |
12 | 自分の気持ちをコントロールできないことが多い | F2 | .664 .722 |
.441 .522 |
.685 .725 |
.470 .526 |
2.596 2.504 |
1.123 1.076 |
‒0.591 ‒0.308 |
0.349 0.447 |
13 | 自分の気持ちをめいっぱい感じ取るのが難しいことがよくある | F3 | .605 .752 |
.367 .565 |
.607 .775 |
.368 .600 |
2.816 2.608 |
1.067 1.097 |
‒0.713 ‒0.616 |
‒0.026 0.219 |
14 | 身体的な緊張感や不快感を覚えても,注意をそらしきれなくなるまでは,無視しようとする | F3 | .541 .608 |
.293 .369 |
.539 .602 |
.291 .363 |
2.724 2.772 |
0.918 1.030 |
‒0.579 ‒0.493 |
‒0.146 ‒0.109 |
15 | 誰かがわたしのことを本当に好きだという,現実的な証拠(例えば,デート,プレゼント,ハグなど)が十分にあるときにだけ,わたしはそれを信じられる | F1 | .252 .371 |
.064 .137 |
.326 .380 |
.106 .145 |
2.996 3.020 |
1.036 1.062 |
‒0.324 ‒0.402 |
‒0.189 -0.283 |
MZQは,自傷行為,自殺企図,BPD,不安定な愛着,依存症(Hausberg et al., 2012),抑うつや小児トラウマ(Belvederi Murri et al., 2017),情緒的虐待やネグレクト(Berardelli et al., 2022),ストレスやコーピング(Schwarzer et al., 2022)などと関連が深いことが実証されている。MZQは,原版であるドイツ語版と英語版(Hausberg et al., 2012),イタリア語版(Ponti et al., 2019),フィンランド語版(Eloranta et al., 2022),スペイン語版(Nonweiler et al., 2024)が発表されており,メンタライジングに関する実証研究で最も多く使用されている尺度の1つである。
MZQの因子構造は複数の研究で検討されている。原版(Hausberg et al., 2012)では,臨床群を対象とした調査を行い,主成分分析の結果,自己省察の拒絶(refusing self-reflection),情動への気づき(emotional awareness),心的等価モード(psychic equivalence mode),感情調整(regulation of affect)の4因子が見出されたものの,非臨床群のデータを含めた検討がなされるまでは下位尺度を用いるべきではないとして,合計得点のみが分析で使用されている。非臨床群を対象としたRiedl et al.(2022)は,探索的因子分析の結果,他者についての自己の心理状態:認知とコミュニケーション(mental states in oneself regarding others: cognition and communication),自己についての心理状態: 感情調整(mental states regarding oneself: affect regulation),自己についての心理状態: 感情の知覚と分化(mental states regarding oneself: affect-perception and -differentiation)という3因子構造を見出しながら,上記3因子と1つの一般因子からなる双因子モデルが最も適合したために,下位尺度を採用する根拠はないとし,Hausberg et al.(2012)同様,合計得点のみを分析に使用している。Ponti et al.(2019),Raimondi et al.(2022)では,1因子構造と4因子構造をそれぞれ仮定したモデルを確認的因子分析によって比較したのち,複数の項目誤差間に共分散を加えた1因子モデルを最終的に採用している。MZQの因子構造は,非メンタライジングが因子として抽出されないためか,積極的に1因子構造が採用されているわけではないようである。
メンタライジングの性差については見解が一致していない(例えば,Desatnik et al., 2023; 松葉他, 2022)。しかし,性別で多母集団同時分析を行い,因子構造の等質性を確認している研究は,Raimondi et al.(2022)を除いて皆無である。MZQの因子構造を検討する際,多母集団同時分析によって性別で共通した因子構造が示されることでこそ,メンタライジングの性差について議論することが可能となると思われる。
また,非臨床群を対象にMZQを用いた調査研究は多いが,そのほとんどが精神病理指標との関連しか検討されていないことにも批判がある。メンタライジングには,複数の近接概念が存在するが,特に共感,マインドフルネスとの関連については概念レベルでよく検討されている(Allen et al., 2008 上地他訳 2014; Bateman & Fonagy, 2006 池田監訳 2019)。共感は,他者に焦点を合わせ,情動が強調されていることから,自己と他者および情動と認知に焦点を合わせているメンタライジングの一部とされる。マインドフルネスは,現在にのみ焦点を合わせ,心理状態に限定されていないことから,過去から未来にかけての心理状態のみに焦点を合わせているメンタライジングとは異なる(Allen et al., 2008 上地他訳 2014)。
MZQとマインドフルネスとの間に中程度の相関があるという報告(Török & Kéri, 2022)もあるが,共感性などと関連を調べた研究は皆無であり,それらはMentalization Scale(以下,MentSとする; Dimitrijević et al., 2018),Multidimensional Mentalizing Questionnaire(以下,MMQとする; Gori et al., 2021)といったMZQより新しいメンタライジング測定尺度で検討されているのみである。Dimitrijević et al.(2018)は,MentSを作成する際,メンタライジングの測定においては,より一般的な心理学概念である共感性,愛着,Big Fiveパーソナリティなどと関連を調べることが必要と述べ,メンタライジングと共感性,愛着スタイルの回避と不安,Big Fiveパーソナリティの神経症傾向と外向性との関連を仮定し,それを確認している。Nonweiler et al.(2024)は,MZQとBig Fiveパーソナリティの関連を調べ,神経症傾向との関連の強さと開放性との関連の弱さを確認しているが,残る3特性との関連は不明である。また,Gori et al.(2021)は,MMQで測定できるメンタライジングの次元のうち,自我の強さ(ego strength),悪いメンタライジング(bad mentalizing)と自尊感情との間に中程度以上の相関を報告している。
MentSが自己へのメンタライジング(以下,自己Mとする),他者へのメンタライジング(以下,他者Mとする),メンタライジングへの関心(以下,関心Mとする)という3因子であることをうけ,MZQはメンタライジングの自己領域しか測定できていないという批判もある(Müller et al., 2023)。一方,Luyten et al.(2019)の評価では,MZQはメンタライジングの他者領域を測定できるのに対し,MentSは測定できないとされるが,評価基準は不明である。両尺度がメンタライジングの他者領域を測定できるかどうか意見は分かれるものの,項目次元で見ると,自己Mは自己の感情面に関する項目のみで構成されているため,自己の感情面に関する項目を多く含むMZQと関連が強いと思われる。
以上のことから,本研究では,MZQを邦訳した日本語版MZQ(the Japanese version of MZQ: 以下,MZQ-Jとする)を作成し,妥当性と信頼性を検証することを目的とする。具体的には,性別で共通したMZQ-Jの因子構造を確認し,日本語版のあるMentS,一般的な心理学概念,精神病理指標との関連を調べる。MZQ-Jの開発によって,メンタライジングの問題を簡便にアセスメントできれば,メンタライジング能力に応じた適切な臨床心理学的支援が可能となる。また,メンタライジングに関する実証研究では,現在でもMZQが一般的に使用されているため,国際的な研究知見の蓄積に寄与することが期待される。
本研究の仮説は以下のとおりである。
1. MZQ-Jは,1因子構造であり,性別で同じ因子構造が成立する。
2. MZQ-Jは,MentSの自己Mと関連が強い。
3. MZQ-Jは,マインドフルネス,共感性,Big Fiveパーソナリティの神経症傾向と外向性,愛着スタイルの回避と不安,自尊感情との間に一定の相関を示す。また,Big Fiveパーソナリティの開放性とは無相関である。
4. MZQ-Jは,BPD特性,抑うつ・不安との関連が強い。
2024年1月中旬から2月の初旬にかけて,セルフ型アンケートツール “Freeasy” を利用し,18歳から59歳までの成人を対象とした縦断的なweb調査を行った。1回目の調査(T1)は,対象者を18―29歳,30―39歳,40―49歳,50歳以上という年齢層に分け,男女それぞれ50名ずつ合計400名分のデータ収集を依頼した。T1で回収されたデータのうち,質問票全体で3問設定したDirected Question Scale(例えば,「この質問では,『あまりあてはまらない』を選んでください」)に1つでも誤回答した者のデータを除外した318名に対し,2週間経過した時点で2回目の調査(T2)への協力を依頼した。1週間の回収期間を設け,250名(Male = 125名,Female = 125名;平均年齢 = 42.360歳,SD = 13.494,Range = 18―82)分のデータが回収され,このすべてをデータ分析の対象とした。
質問票の構成MZQ-J MZQ-Jを作成するにあたり,原著者から許可を得たうえで,著者が英日翻訳を行った。そして,精神分析理論になじみがあり,メンタライジング理論にも詳しく,専門職として10年以上の実践経験をもつ臨床心理士・公認心理師5名に対し,質問内容と文章表現に関する意見を求め,意味が伝わりにくい項目について表現を修正した。その後,学術論文翻訳会社に日英翻訳を依頼し,逆翻訳された項目すべてについて原著者のチェックを受け,原版の項目内容が正しく反映されているとの回答を得た。最後に,大学生20名に対し,質問文の内容について,「1. まったく理解できない」から「5. とてもよく理解できる」の5件法で評価を求めたところ,すべて平均4点以上であった。以上のことから,15項目すべてをMZQ-Jとして調査に用いても問題はないと判断した。
回答選択肢は,原版に従い,「1. まったくそう思わない」から「5. 完全にそう思う」までの5件法とした。得点が高いほどメンタライジング能力が低いことを示す。
メンタライジング MentSは,自己M,他者M,関心Mの3側面からメンタライジング能力を測定する尺度であり,日本語版(MentS-J; 松葉他, 2022)も存在する。全18項目について,「1. まったくあてはまらない」から「5. とてもよくあてはまる」までの5件法で回答を求めた。MentS-Jは,下位尺度得点を用い,得点が高いほどメンタライジング能力が高いことを示す。
マインドフルネス Mindful Attention Awareness Scale(以下,MAASとする; Brown & Ryan, 2003)は,マインドフルネス特性を測定する尺度であり,藤野他(2015)が日本語版(MAAS-J)を作成した。15項目からなり,「1. ほとんど全くない」から「6. ほとんど常にある」までの6件法で回答を求めた。得点が高いほどマインドフルネス特性が低いことを示す。
共感性 多次元共感性尺度(Multidimensional Empathy Scale: 以下,MESとする; 鈴木・木野, 2008)は,被影響性,他者指向的反応,想像性,視点取得,自己指向的反応の5次元から共感性を測定できる。全24項目について,「1. まったくあてはまらない」から「5. とてもよくあてはまる」までの5件法で回答を求めた。MESは,下位尺度得点のみを用い,得点が高いほど各次元の共感性が高いことを示す。
Big Fiveパーソナリティ Ten Item Personality Inventory(以下,TIPIとする; Gosling et al., 2003)は,Big Fiveパーソナリティを測定する尺度であり,小塩他(2012)によって日本語版(TIPI-J)が作成された。外向性,協調性,勤勉性,神経症傾向,開放性を各2項目で測定できる。「1. まったく違うと思う」から「7. 強くそう思う」までの7件法で回答を求めた。TIPI-Jは,下位尺度得点のみを用い,得点が高いほどパーソナリティの各次元の特性が強いことを示す。
愛着スタイル Experiences in Close relationships-Relationship Structures Questionnaire(以下,ECR-RSとする; Fraley et al., 2011)は,成人の愛着スタイルを測定する尺度であり,古村他(2016)によって日本語版が作成された。回避と不安に関する項目に対し,愛着対象を想起させて回答を求めるものである。本研究では,両親のような身近な愛着対象に限定されない一般的な愛着スタイルを測定すべく,一般的な友人を想起させ,「1. まったくあてはまらない」から「7. 非常にあてはまる」までの7件法で回答を求めた。得点が高いほど愛着スタイルの各次元が強いことを示す。
自尊感情 Rosenberg's Self Esteem Scale(以下,RSESとする; Rosenberg, 1965)は,自己全体への感情的評価を測定する尺度であり,本研究では山本他(1982)のものを使用した。全10項目について,「1. まったくあてはまらない」から「5. 非常によくあてはまる」までの5件法で回答を求めた。得点が高いほど自己への感情評価が高いことを示す。
BPD特性 DSM-5パーソナリティ障害のための構造化面接(Structured Clinical Interview for DSM-5 Personality Disorders: 以下,SCID-5-PDとする; First et al., 2016 高橋監訳 2017)に含まれるスクリーニングパーソナリティ質問票(SCID-5 Screening Personality Questionnaire: 以下,SCID-5-SPQとする)のうち,BPDに関する15項目を用いた。SCID-5-SPQは,各項目について「はい」,「いいえ」の2件法で回答を求める尺度だが,本研究はBPD症状の有無ではなく,コミュニティサンプルの有するパーソナリティ特性としてのBPD特性の強弱の測定を目的としている。そこで,市川・望月(2013)に倣い,よりBPD特性の個人差が際立つように,「1. いいえ」,「2. どちらかといえばいいえ」,「3. どちらともいえない」,「4. どちらかといえばはい」,「5. はい」の5件法に変更し,合計得点を分析に使用した。得点が高いほどBPD特性が強いことを示す。
抑うつ・不安 Kessler 10(以下,K10とする; Kessler et al., 2002)は,抑うつや不安を測定する臨床尺度であり,古川他(2003)が日本語版を作成した。全10項目について,過去30日の経験を想起させ,「0. 全くない」から「4. いつも」までの5件法で回答を求めた。得点が高いほど抑うつ・不安が強いことを示す。
なお,T1では上記すべての尺度を使用し,T2ではMZQ-Jのみを用いた。Directed Question Scaleは,MentS-J,MES,ECR-RSに1つずつ含めた。
倫理的配慮質問票の表紙には,インフォームド・コンセントに関する事項(調査協力は任意であり,回答の拒否,中止,撤回をした場合でも何ら不利益を受けないこと),個人情報保護に関する事項(完全匿名の調査であり,数量化されたデータから個人を特定することは不可能であること,それゆえにデータ送信後の同意撤回には応じられないこと,収集したデータはパスワード管理し,一定期間経過後破棄すること)を明記した。以上の配慮事項をふまえ,調査協力への同意を確認するためのチェック項目を設定した。さらに,すべての設問が終わり,データを送信する前に,送信後の同意撤回には応じられないことを最終的に確認するためのチェック項目を設けたうえでデータの送信を求めた。本研究は,大正大学研究倫理委員会の承認を得た(承認番号:第23-44号)。
統計分析データ分析には,JASP 0.18.3(JASP Team, 2024)を用いた。因子分析を行う前に,MZQ-Jの各項目得点の分布について,尖度と歪度を確認し,George & Mallery(2019)に従い,絶対値が1以下の項目を因子分析に用いた。MZQ-Jの因子構造については,1因子,3因子(Riedl et al., 2022),4因子(Hausberg et al., 2012)をそれぞれ仮定した最尤法による確認的因子分析を行い,モデルを比較した。モデル適合度の絶対指標は,Hu & Bentler(1999)に従い,.90<CFI, RMSEA 90%上限値<.10, SRMR<.10とした。また,Weston & Gore(2006)を参考に,χ2/dfの値をCFIより優先し,.90<CFIよりもχ2/df<3.0であることを重視した。モデル修正の際には,FLとR2に着目し,FL<.30(Ponti et al., 2019), R2<.16(Raimondi et al., 2022)を項目削除の目安としたが,項目を削除してもモデル適合度が大きく改善しない限り,項目は削除しないこととした。また,Ponti et al.(2019),Raimondi et al.(2022)と同様に,修正指標に基づき,誤差共分散の設定がモデル適合の改善に必要と考えられる場合,項目間に共通する要因が想定されるかどうかを基準とし,追加の是非を判断することとした。複数のモデル間で適合度を比較する際には,AICがより小さいことを前提としつつ,絶対指標が全体的に良好であることを基準として総合的に判断した。また,モデル修正後に性別による多母集団同時分析を行うこととした。
MZQ-Jの信頼性を検証する際に,内的一貫性の指標としてCronbach's α,McDonald's ωを用い,石井(2014)がパーソナリティ尺度における経験的目安とした.70≦αを基準とし,ωも同様とした。また,再検査信頼性の指標として級内相関係数(intraclass correlation coefficients: ICC)を用い,Koo & Li(2016)に従って,.75<ICC 95%下限値であれば良好な信頼性を示すものとした。
MZQ-Jの妥当性を評価する際の相関係数の解釈は,Cohen(1988)に従い,.10<|r|<.30であれば弱く,.30<|r|<.50であれば中程度の,.50<|r|であれば強い相関関係とした。ただし,5%水準で非有意なものは,弱い相関ではなく無相関と評価した。
T1のデータを用いて,項目得点分布の形状を確認したところ,いずれも尖度,歪度に問題はなく,15項目すべてを因子分析に用いた(Table 1)。3種類の因子構造を仮定したモデルについて確認的因子分析を行ったところ,4因子モデルでは潜在変数の共分散行列が負となる不適解となったため,1因子モデルと3因子モデルを比較した。
1因子モデルの適合度は,χ2/df=3.605, CFI=.805, RMSEA=.102, 90%CI [.090, .114], SRMR=.066, AIC=9996.259であり,基準を満たさなかった。項目6,8,15がいずれもR2<.16であったが,これらの項目を削除しても,適合度指標は改善しなかったため(χ2/df=3.820, CFI=.855, RMSEA=.106, 90%CI [.091, .122], SRMR=.058, AIC=7856.870),これらの項目を削除せず,修正指標に基づいてモデルを修正することとした。修正指標から,項目3,10の誤差間に共分散を追加することでモデル改善が期待された。この2項目は文章表現がよく似ていることが背景要因となっている可能性があると思われ,誤差間に共分散を設定することに問題はないと判断した。項目3,10の誤差間に共分散を追加したところ,χ2/df=2.516, CFI=.888, RMSEA=.078, 90%CI [.065, .091], SRMR=.059, AIC=9897.780となり,モデル適合度はほぼ問題のない水準となった4。3因子モデルでも,項目3,10に誤差共分散を設定したモデルの適合度が最もよかった(χ2/df=2.408, CFI=.899, RMSEA=.075, 90%CI [.062, .088], SRMR=.056, AIC=9886.930)。また,T2のデータでも,どちらのモデルも成立した(1因子モデル: χ2/df=2.842, CFI=.893, RMSEA=.086, 90%CI [.074, .098], SRMR=.058, AIC=9836.562; 3因子モデル: χ2/df=2.995, CFI=.891, RMSEA=.089, 90%CI [.077, .102], SRMR=.059, AIC=9816.605)。
次に,2つのモデルで性別による多母集団同時分析を行ったところ,3因子モデルではT1,T2ともに潜在変数の共分散行列が負となる不適解となり,配置不変モデルが成立しなかったのに対し,1因子モデルは全母数を等値制約した測定不変モデルまで成立した(T1:χ2/df=1.578, CFI=.891, RMSEA=.068, 90%CI [.054, .081], SRMR=.079, AIC=9893.223; T2: χ2/df=1.896, CFI=.868, RMSEA=.085, 90%CI [.072, .097], SRMR=.080, AIC=9824.498)。
以上のことから,本研究ではMZQ-Jを1因子構造ととらえ,合計得点をMZQ-J得点として,以降の分析で用いることとした。項目全体の内的一貫性は,α=.868,ω=.844であり,再検査信頼性は,ICC=.844, 95%CI [.800, .878] と良好な値を示した。
MZQ-Jの妥当性の検証MZQ-J得点の平均は,女性の方が高かったため(t (244) =2.084, p=.038, d=0.263, 95%CI [0.015, 0.511]),MZQ-Jと各尺度の間の相関係数を性別に算出した(Table 2)。
MZQ-J,MentS-Jと各尺度得点の間の相関係数
MZQ-J | 自己M | 他者M | 関心M | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
注)上段は男性,下段は女性の相関係数を示す。 *p < .05, **p < .01, ***p < .001 |
||||||||
自己M | ‒.750 ‒.779 |
*** ** |
||||||
他者M | .162 ‒.160 |
‒.036 .196 |
* | |||||
関心M | ‒.014 ‒.203 |
* | .125 .226 |
* | .516 .330 |
*** *** |
||
MAAS-J | .492 .684 |
*** *** |
‒.582 ‒.661 |
*** *** |
.125 ‒.096 |
‒.133 ‒.249 |
** | |
被影響性 | .267 .360 |
** *** |
‒.545 ‒.376 |
*** *** |
‒.107 ‒.095 |
‒.083 ‒.065 |
||
他者指向的反応 | ‒.239 ‒.355 |
** *** |
.288 .328 |
** *** |
.216 .292 |
* *** |
.564 .582 |
*** *** |
想像性 | .472 .323 |
*** *** |
‒.426 ‒.209 |
*** * |
.371 .049 |
*** | .222 .142 |
* |
視点取得 | ‒.175 ‒.349 |
*** | .310 .369 |
*** *** |
.390 .522 |
*** *** |
.575 .542 |
*** *** |
自己指向的反応 | .341 .400 |
*** *** |
‒.350 ‒.279 |
*** ** |
.122 .047 |
.085 .214 |
* | |
外向性 | ‒.071 ‒.212 |
* | .011 .064 |
.347 .192 |
*** * |
.112 .134 |
||
協調性 | ‒.319 ‒.535 |
*** *** |
.393 .492 |
*** *** |
.278 .299 |
** *** |
.416 .322 |
*** *** |
勤勉性 | ‒.223 ‒.399 |
* *** |
.193 .399 |
* *** |
.318 .387 |
*** *** |
.084 .253 |
** |
神経症傾向 | .389 .567 |
*** *** |
‒.432 ‒.431 |
*** *** |
‒.312 ‒.391 |
*** *** |
‒.149 ‒.106 |
|
開放性 | ‒.063 ‒.106 |
.090 .068 |
.387 .200 |
*** * |
.061 .056 |
|||
回避 | .060 .303 |
*** | ‒.030 ‒.295 |
*** | ‒.448 ‒.182 |
*** * |
‒.410 ‒.301 |
*** *** |
不安 | .505 .533 |
*** *** |
‒.623 ‒.382 |
*** *** |
.233 .124 |
** | .055 .099 |
|
RSES | ‒.446 ‒.605 |
*** *** |
.419 .418 |
*** *** |
.320 .394 |
*** *** |
.125 .193 |
* |
SCID-5-SPQ | .442 .675 |
*** *** |
‒.593 ‒.626 |
*** *** |
.132 ‒.031 |
‒.083 ‒.217 |
* | |
K10 | .473 .681 |
*** *** |
‒.541 ‒.524 |
*** *** |
‒.054 ‒.050 |
‒.130 ‒.141 |
メンタライジング能力を測定するMentS-Jとの関連において,男女ともに,自己M(男性(male: M): r=‒.750, p<.001; 女性(female: F): r=‒.779, p<.001)との間に負の相関が示された。一方,他者Mは,男女ともに無相関(M: r=.162, p=.071; F: r=‒.160, p=.074)であり,関心Mは,女性のみ負の相関を示した(M: r=‒.014, p=.876; F: r=‒.203, p=.023)。
マインドフルネス特性を測定するMAAS-Jとの関連において,男性(r=.492, p<.001),女性(r=.684, p<.001)ともに正の相関が示された。
共感性を測定するMESとの関連において,男女ともに,被影響性(M: r=.267, p=.003; F: r=.360, p<.001),想像性(M: r=.472, p<.001; F: r=.323, p<.001),自己指向的反応(M: r=.341, p<.001; F: r=.400, p<.001)との間に正の,他者指向的反応(M: r=‒.239, p=.007; F: r=‒.355, p<.001)との間に負の相関が示された。一方,視点取得は,女性のみ負の相関を示した(M: r=‒.175, p=.051; F: r=‒.349, p<.001)。
Big Fiveパーソナリティ特性を測定するTIPI-Jとの関連において,男女ともに,神経症傾向(M: r=.389, p<.001; F: r=.567, p<.001)との間に正の,協調性(M: r=‒.319, p<.001; F: r=‒.535, p<.001),勤勉性(M: r=‒.223, p=.013; F: r=‒.399, p<.001)との間に負の相関が示された。一方,外向性は,女性のみ負の相関を示し(M: r=‒.071, p=.433; F: r=‒.212, p=.018),開放性は,男女ともに無相関であった(M: r=‒.063, p=.484; F: r=‒.106, p=.239)。
愛着スタイルを測定するECR-RSとの関連において,男女ともに不安(M: r=.505, p<.001; F: r=.533, p<.001)との間に正の相関が示された。一方,回避は,女性のみ正の相関を示した(M: r=.060, p=.508; F: r=.303, p<.001)。
自尊感情を測定するRSESとの関連において,男性(r=‒.446, p<.001),女性(r=‒.605, p<.001)ともに負の相関が示された。
BPD特性を測定するSCID-5-SPQ,抑うつ・不安を測定するK10との関連においては,いずれも男性(SCID-5-SPQ: r=.442, p<.001; K10: r=.473, p<.001),女性(SCID-5-SPQ: r=.675, p<.001; K10: r=.681, p<.001)ともに正の相関が示された。
本研究の目的は,メンタライジングの欠損を測定する自己報告式尺度であるMZQを邦訳したMZQ-Jを作成し,妥当性と信頼性を確認することであった。MZQ-Jの因子構造は,Hausberg et al.(2012)で報告された4因子構造は不適解となり,多くの先行研究で採用されてきた1因子構造と,Riedl et al.(2022)で報告された3因子構造の間でモデル比較が行われた。先行研究と同様に,項目の誤差間に共分散を設定する必要があったものの,どちらのモデルも成り立ち,絶対指標や相対指標を比較してもモデル選択の決め手とすることが困難であった。そこで,性別による多母集団同時分析を行ったところ,3因子モデルは不適解となり,1因子モデルは全母数を等値制約したモデルまで成立したため,これを根拠としてMZQ-Jは1因子構造であると判断した。MZQ-Jは内的一貫性,再検査信頼性ともに良好な値を示し,先行研究で疑問視されてきた因子構造の安定性についても確認された。以上のことから,仮説1は支持された。
次に,MZQ-Jの妥当性を検証するために相関分析を行った。MZQ-JはMentS-Jの自己Mと関連が強く,他者M,関心Mとは関連が弱かった。MZQ-Jと自己Mの間の関連の強さは,感情面に関する項目を共通して含むことに起因すると思われる。MentSは,回答の質が回答者のメンタライジング能力に左右される点が限界とされているが(Dimitrijević et al., 2018),特に他者M,関心Mは,回答に反映されるのが回答者のメンタライジングなのか,実際の行動と乖離した思考であるプリテンドモードなのか区別できない。他者Mや関心Mの回答にはメンタライジングと非メンタライジングが混在する可能性があるため,メンタライジングの欠損を一貫して測定しているMZQ-Jとは関連が弱かったと考えられる。以上のことから,仮説2は支持された。
MZQ-Jとマインドフルネス,自尊感情との間には,男性では中程度,女性では強い関連がみられた。これらは, Gori et al.(2021),Török & Kéri(2022)と同様の結果であったといえる。
共感性では,他者指向的反応との間に,男性は弱く,女性は中程度の負の相関を示した一方,被影響性,想像性,自己指向的反応との間には正の相関がみられた。また,視点取得との間には,女性のみ中程度の負の相関を示した。鈴木・木野(2008)は,MESの被影響性,想像性は自己指向的,視点取得は他者指向としている。自己指向的な因子の項目内容は,「他人の成功を素直に喜べないことがある」など,メンタライジングできていない状態を表すものが多く,他者指向的な因子は,「人と対立しても,相手の立場に立つ努力をする」など,メンタライジングできている状態を表すものが多い。そのため,自己指向的因子はMZQ-Jと正の関連を示し,他者指向的因子は負の相関を示した可能性がある。また,視点取得に関して,有意な関連が認められたのは女性のみであった。鈴木・木野(2008)によると,想像性は自己志向的な認知傾向,視点取得は他者志向的な認知傾向を示している。本研究の結果では,メンタライジングと想像性との関連は男性の方が強く,視点取得との関連は女性の方が強いため,男性は自己志向的,女性は他者志向的にメンタライジングを捉えている可能性がある。
Big Fiveパーソナリティでは,男性は協調性,神経症傾向と中程度,勤勉性と弱い関連を示した一方,女性は協調性,神経症傾向と強く,勤勉性と中程度,外向性と弱い関連を示し,開放性は男女とも無相関であった。松葉他(2022)では性別の相関は示されていないが,神経症傾向以外すべて自己Mと弱い関連であった。本研究では全体的に女性の方が強い関連を示しながらも,松葉他(2022)と同様の結果であったと考えられる。開放性との関連の弱さは,Nonweiler et al.(2024)と一致していた。外向性に関しては,女性のみメンタライジングと関連していた。Dimitrijević et al.(2018)は,MentSの回答傾向から,外向性と勤勉性がともに高い人ほど他者志向的なメンタライジングが高い傾向にあることを見出している。MZQ-Jと外向性,勤勉性ともに女性の方が強い関連を示したことから,女性の方がメンタライジングを他者志向的に捉えている可能性がある。
愛着では,男女ともに不安との関連は強かった一方,回避との関連が認められたのは女性においてのみであった。中尾・加藤(2004)は,不安は愛着関係における自己について,回避は他者との関係性についてのネガティブな認知とそれぞれ関連するとしている。自己の感情面における問題に関する項目が多いMZQ-Jは,不安との関連が特に強く,回避との関連は弱かったものと考えられる。また,男性における回避との関連の弱さは,男性においてメンタライジングと他者との関係性についてのネガティブな認知は関連しないことを意味しており,男性は,メンタライジングをあまり他者志向的に捉えていない可能性がある。以上から,仮説3についても概ね支持されたものと思われる。
MZQ-JとBPD特性,抑うつ・不安との間には,男女ともに強い関連が示された。これは, Belvederi Murri et al.(2017),Hausberg et al.(2012)と同様の結果であり,仮説4は支持された。この結果は,Fonagy & Bateman(2019)のように,BPDや抑うつをもつ患者に対してメンタライジングを回復させることを目的とした臨床的介入の意義にもつながるものである。
本研究では,MZQの因子構造や,他のメンタライジング能力を測定する尺度との関連,非臨床群にも広く適用できる一般的な心理学概念との関連といった,MZQに関する研究でこれまで十分に検討されてこなかった点を含めて検討を行った。その結果,MZQ-Jの妥当性,信頼性は一定の水準で確認されたと思われる。MZQ-Jによってメンタライジングの問題をアセスメントすることで,より効果的な臨床心理学的心理援助を提供することができるようになる可能性がある。また,MZQ-Jを用いた調査研究が行われることで,日本におけるメンタライジングの実証研究で得られた知見を国際的に比較していくことが可能となると思われる。
一方で,今後の検討課題も明らかになった。まず,MZQ-Jの項目6,8,15は,他の項目とは異質なものとして調査協力者に理解されていた可能性がある。上述の通り,項目6,8,15は,MZQ-Jの中で心的等価モードもしくは目的論モードを表す項目である。いずれも未熟な非メンタライジングの形態であり,自傷など行動化傾向と関連が深く,より重篤な精神病理と関連しているとされる(Bateman & Fonagy, 2006 池田監訳 2019)。感情面の問題と非メンタライジングの差異については,今後も引き続き検討していく必要がある。
また,本研究は日本人成人のコミュニティサンプルを対象としたため,臨床群と非臨床群の区別をしていない。Hausberg et al.(2012)は,MZQのみを用いて精神医学的診断基準を満たすような精神疾患を鑑別することは困難であるが,MZQの合計得点は臨床群と非臨床群の間に顕著な差が認められると述べている。今後,臨床群を対象とした研究知見を蓄積しながら,MZQ-Jを用いて精神疾患をスクリーニングすることが可能かどうか模索していくことが望まれる。
本研究には,開示すべき利益相反はない。
本研究の実施にあたり,邦訳の許可をくださったSylke Andreas教授(Alpen-Adria-Universität Klagenfurt),Andreas教授を紹介してくださったDavid Riedl氏(Medizinische Universität Innsbruck),邦訳の表現についてご助言いただいた心理職の諸先生方に感謝申し上げます。
「reflection=省察」,「attachment=愛着」,「emotion=情動」,「affect=感情」など,メンタライジング理論で頻出する用語の日本語表現は,Allen et al.(2008 上地他訳 2014)に従った。
2Hausberg et al.(2012)は,項目15はプリテンドモードを表すとしている。項目6,8,15を目的論モードと解釈する余地はあるが,情動と思考の隔離を特徴とするプリテンドモードと解釈することは不適切である。
3Lieberman(2007)は,メンタライジングの次元として,(a)自動的vs制御的,(b)自己vs他者,(c)外的vs内的,(d)感情vs認知,の4つを抽出し,MBTではアセスメントの際,各次元のバランスを重視している。
4項目3,10の合計を合成変数としたモデルは,変数の減少に伴い相対指標は減少したが,絶対指標はすべて悪化した(χ2/df=2.686, CFI=.870, RMSEA=.082, 90%CI [.069, .096], SRMR=.061, AIC=9636.053)。また,項目3,10の誤差間に共分散を追加した状態で項目15を削除するとモデル適合度は向上した。同時に項目6,8のFLとR2が大きく悪化したため,この2項目も削除すると,モデル適合度はさらに向上した(χ2/df=1.974, CFI=.951, RMSEA=.062, 90%CI [.045, .080], SRMR=.044, AIC=7757.215)。しかし,項目6,8,15は心理的等価モードを表す項目であり,これらの項目を削除すると,モデル適合度は向上しても,非メンタライジングというMZQ-Jの重要な要素が欠落してしまう。以上のことから,項目15については,R2が小さいものの,削除することで項目6,8も付随して削除する必要が生じることから,本研究では削除しないこととした。