日本放射線技術学会雑誌
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検討班報告
わが国の小児股関節撮影における生殖腺防護の継続中止に関する報告
竹井 泰孝江口 佳孝川浦 稚代鈴木 昇一廣瀬 悦子広藤 喜章本元 強宮嵜 治五十嵐 隆元島田 義也松原 孝祐
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2022 年 78 巻 12 号 p. 1495-1510

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抄録

➢1900年代,放射線照射による不妊や発達異常の発生,放射線誘発突然変異が世代間で受け継がれることが動物実験で証明.

➢1950年代の科学的知見には放射線誘発の遺伝性突然変異が含まれており,遺伝的影響の発症リスクを最小限にするため生殖腺防護具の使用がガイドラインなどで推奨.

➢その後の放射線影響に関する疫学調査や最新の原爆被爆者追跡調査(LSS)において,遺伝性疾患の発生頻度が増加したという明確な証拠は得られていない.

➢ICRPは2007年勧告において,全集団に対する遺伝性影響の名目リスク係数を1990年勧告の1.3(10−2・Sv−1)から0.2(10−2・Sv−1)へと大幅に引き下げた.

➢精巣線量の大半は一次X線によるものであり,生殖腺防護によって精巣線量は効果的に低減できるが,卵巣線量の大半は生殖腺防護の遮蔽範囲外からの散乱線によるものであり,生殖腺防護による卵巣の線量低減効果は精巣よりも低い.

➢体内の生殖腺の位置には個人差があり,特に卵巣は体外から目視できず,骨盤内の広い範囲に位置するため遮蔽は困難.

➢X線装置の性能向上や高感度受光系の開発により,生殖腺線量は1896年から2018年の間で約1/400にまで減少.

➢生殖腺防護は自動露出制御(AEC)機構の使用を妨げ,より放射線感受性の高いかもしれない他の臓器線量を増加させてしまう可能性がある.

➢生殖腺防護によって本来描出される解剖学的構造が覆い隠されるため,診断能の低下あるいは妨げとなって,再撮影が必要となる可能性がある.

➢2019年にAAPMが「X線検査時の患者の生殖腺や胎児への放射線防護具の日常業務としての使用を中止する必要がある」との声明を発出.ACRやASRT, ACPSEM, CAR, HPS, Image Gentry, RSNAなどもこの声明を支持.

➢2020年に英国のBIRは「放射線検査時の患者への放射線防護具の使用に関するガイドライン」を発出.ほとんどの放射線診断で生殖腺防護を推奨せず.

➢2021年1月にNCRPより,「腹部および骨盤部のX線撮影時の日常的な生殖腺防護を終了するためのNCRP勧告」が発出.

➢わが国ではJSRT小児股関節撮影における生殖腺防護検討班によって,わが国の小児股関節撮影における生殖腺防護の実態調査が実施.

➢小児股関節撮影の生殖腺防護実施率は80%,そのうち60%が昔からの慣習として実施.多くの施設で検査依頼医や撮影を担当する診療放射線技師が生殖腺防護の実施を判断.

➢回答者の90%が生殖腺防護に起因する再撮影を経験し,再撮理由の80%は放射線防護具が原因.

➢これまで日常業務として実施している生殖腺防護を中止するためには,回答者の90%が学会などの指針が必要と考えている.

➢本検討班は1950年代以降に得られた生殖腺被ばくの遺伝的影響に関する科学的根拠やX線撮影装置の性能向上に伴う撮影線量の低線量化,生殖腺防護に伴うデメリットなどを考慮し,わが国でも日常的に実施されてきた生殖腺防護を中止することは妥当であると考える.

➢患者が生殖腺防護の実施を強く求める場合,デメリットも含めた説明を丁寧に行って理解が得られ,かつ画像検査に支障がないと判断される場合に限って生殖腺防護を実施.

➢生殖腺防護の中止には画像診断に関わるすべての医療者や患者だけでなく,広く国民の間にも生殖腺防護中止に係る情報提供や放射線被ばくに関するリスクコミュニケーションの実施が重要.

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© 2022 公益社団法人日本放射線技術学会
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