抄録
本稿では,上中流域の遊水地の一例として宮崎県北川町における霞堤を取り上げ,主に農業従事者の聞き取り調査からその選択肢のもつ現状の問題点と将来の展望を論じる.北川町の霞堤はそれまでの地先治水から国主体の治水への移行を象徴し,また従来の河道主義治水に代わりうる流域治水のひとつの方策を堤示しているのに加え,「治水」と「環境」保全の機能を両方併せ持つ近代的な遊水地および霞堤であるといえる.当地の霞堤は,本来中上流地域における耕作可能面積の確保と下流域の治水を目的としたが,近年の農業の停滞により,前者の必要性が減少し,流域関係者,特に作物に被害を受ける農業従事者にとって,その意義の問い直しが重要となりつつある.河川法改正以降の「環境」重視の視点は,意義のひとつとして人々に認識されつつも共有されているとはいえない.治水技術が発達した現在,一定の不利益を甘受しなければならない地域での制度的同意を今後どう得ていくのか,には課題が多い.今後は,森林・田・川の関係を統合的に把握した上で,関係官庁との連携のもと,遊水地に伴う「補償」をより実質的な環境保全への対価として統一的に実施していくことが求められる.